第二十八話〈絆〉
聖堂の扉が開き光が射し込むとルシアはあまりの眩しさに顔を逸せた。
再び正面を向くと地面に座り竜と楽しそうに話をする二人の姿があった。厳しい山の山頂とは思えないほど暖かで緑あふれ、人とエルフと古代竜が話に花を咲かせる幻のような光景に思えた。
聖堂から出てきたルシアに気が付くと二人は手を降った。
「話は終わったのか?」
グラーベがルシアを一瞥して言った。
「ええ、必要なことは聞けたわ」
「ならば真実を聞かせてやれ彼らにもな」
シオンは自分とシーナの間に座るようにルシアを促した。
ルシアは二人の間に座ると一度空を見上げてから、伝承の真実と自分が勇者ベルトールの末裔であることを話して聞かせた。
「魔王の血を引いているとは思っていなかったけど、まさか勇者の血筋だったなんてね。驚いたよ」
「エルフは悪しき者の気配に敏感なの。でも私はあなたから何も感じなかった、むしろ懐かしい感じがsていたの。そういうことだったのね」
「ルシア、君がいない間に僕らも彼と話をしたんだ」
ルシアが老人の元へと行っている間に彼らもグラーべから話を聞かされていた。
彼らもまた勇者ベルトールと行動を共にした者たちの末裔であるという。しかし本来ベルトールと行動を共にした仲間は賢者ファリオン、エルフのノア、ドワーフのドーガの三人であると言う。
「魔王復活の兆しも無い時代にお前らが集まるとは、ベルトールの血が呼んだのかもしれんな。小賢しい男よ」
「知っているの? ベルトールを」
「魔王亡き後も奴は足繁くここに通っていたからな」
グラーべはベルトールというの男について話してくれた。
気さくで愛想も良いが、おおよそ勇者とは思えないほど平凡な容姿の持ち主だった。しかし彼の剣技は神竜であるグラーべが驚くほど人間離れしていたという。
「食えない男ではあったが……実に愉快であったぞ」
グラーべは懐かしそうに目を細めて何かを思い出しているようだった。
「グラーべ、あなたの思い出話はもういいわ」
「お前が聞いておいてそれはなかろう」
「それより聖堂で伝承の改ざんについて聞かされたわ。あなたは何か知っているの?」
「ふむ……お前らも知っておるだろう? 三千年前の戦いで消滅を確認されていない四天王が一人がいることを」
四天王の一人、サーライト。
最も策略に長け魔王の右腕として認められた男。しかし彼はベルトールとベルファリスの戦いの場には現れず、世界に平和が訪れてからも行方は分からずじまいだった。
「その……サーライトっていう奴が元凶だって言うの?」
「そうであろうな、それ以外に考えられるか? 勇者の血筋を絶やそうと暗躍する者など」
「彼はどこにいるの?」
「私にも分からんな。奴ほどの魔力を私が感じ取ることができないのだから、狡猾に身を隠しているのであろうな」
グラーベの言う通りに今もサーライトが暗躍しているのであれば、ルシアが伝承の真実を伝えるのは不可能に近かった。
「彼を探し出さなければ、この黒髪の烙印は無くせないのね」
「存外、奴はお前の近くにいるやもしれんな。勇者の血を継ぐ者の行方を見ていないわけがないからな」
「私の近くに……」
ルシアは自分の身近な人間の中にサーライトが潜んでいることを考えた。ラーゼの人々の顔が浮かんでは消えた、だが誰一人として疑うことはできなかった。忌まわしい考えを断ち切るように彼女は激しく頭を左右に振った。
「考えても仕方がないわ。私は何としてもサーライトを探し出して倒す、それだけよ」
ルシアとグラーベの話を見守っていたシオンが口を開いた。
「僕ならサーライトを炙り出す力になれるかもしれない。ずっと言おうと思っていたことなんだけれど、僕はアステリア今日の教皇なんだ」
「シオン、こんなときに冗談なんてどういうつもり? それにアステリア教の教皇は高齢の老人よ」
「彼は枢機卿だよ、僕が不在の間の代理を頼んだんだ。頼んだとは言っても半ば無理にだけど」
シーナは感づいていたのか大して驚いた様子を見せなかった。
「仮にそうだとして、サーライトとどう繋がるっていうの?」
「アステリア教に信徒がどれだけいるのか知っているかい? 教皇としての僕の言葉は信徒全員……とは言わないけれど多くの人々へ影響を及ぼすことになるんだ。サーライトが存在したら、それを見逃すと思うかい?」
「それができたとして、あなたの命が狙われるのよ?」
「構わないよ、だから教皇を名乗る前に何とかしたかったんだ。確証なんてなかったけれど、間違ってはいなかった」
アステリア教では次期教皇は神託によって決められる。枢機卿や高位の司祭が次期教皇となるわけではない。
シオンは若干十八歳で次期教皇として指名された。それから二年後に教皇が崩御したが、黒髪の伝承に違和感を感じていたシオンは半ば強引に枢機卿の協力を得て旅に出たのだ。
「彼らの力を借りれば偽りの伝承などすぐにボロが出よう。サーライトさえ消し去ることができればな」
「私も真実を知ってしまった以上、放っておくわけには行かないわ。最後まで付き合うわ」
グラーべの頭に自分の作った花飾りを乗せながらシーナが呟く。
エルフは長命だが人との関わりは浅く、多くを語ることも少ない。それ故に人間にとってエルフの語ることの信憑性は高い。
「おいエルフの娘、お前の乗せた〝これ〟は似合っておるのか?」
「ええ、とても可愛らしいわ」
グラーベは頭に乗せられた花飾りを指さしてシーナに問いかけていた。そんな二人のやり取りに目を向けていたルシアの頭に軽く手が乗せられた。
「ルシア大丈夫だよ、サーライトは君が気にしている誰かじゃないさ」
「ありがとう……シオン」
* * *
ルシアたちは神竜グラーべに別れを告げて麓のリヒト村へと戻ると、その足で村長の家へと急いでいた。無事に戻ってきた彼らを村人は驚いた顔で眺めていた。
「無事に戻って来られたのか。君の見立ては間違っていなかったということか?」
「ええ、彼女は……ルシアは勇者の末裔」
「それでは彼女の黒髪は一体」
シオンはことのあらましを村長に話して聞かせた。彼はシオンの話す間、驚いた様子も見せずに時折うなずきながら話しを聞いていた。
「黒髪の勇者ベルトールか……少しだけ時間はあるかな? 着いてきて欲しい場所がある」
「ええ、もちろん構いません」
村長は家を出ると村の広場を通り抜けて人気の少ない村はずれまでルシアたちを案内した。
廃屋が立ち並ぶ小さな広場の中央に雪を被った石像が立っていた。
「この辺りはいつからか人が寄り付かなくなってな、石像の銘板失われておったが彼がベルトールなのかもしれん」
短身で腰に剣を携えた穏やかな青年の石像は遠くを見つめて静かに佇んでいた。雪を被り薄汚れた像の銘板は失われていたが、そこにいた誰もが勇者ベルトールであると確信した。
「彼がベルトール……平凡過ぎるくらい平凡な人ね。グラーベの言うとおり」
ルシアは石像に近付くと失われた銘板のくぼみに手を添えて彼を見上げていた。
「必ず取り戻すわ。あなたの名前と真実を……」
日が落ちかけた広場には氷晶が舞い、石像とルシアをサンピラーが照らしていた。




