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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十七話〈語り部〉

 山頂へ近付くにつれて吹雪は弱まり、さらに進むと空は晴れ渡り暖かな陽射しに包まれた。周囲には美しい植物すら見られるようになった。


「山頂はまるで別世界だ」


 シオンが驚きの声を上げた。

 緑豊かな山頂は鳥がさえずり小動物の姿も見られた。そして岩場の陰からは尖塔が姿を現した。


「シオン、シーナ、あれを見て!」

「あれは……聖堂?」

「目的地は近いみたいね急ぎましょう」


 シーナは足早に進むと岩場を右に折れそこで足を止めた。


「シーナ、何が──」


 駆け寄ったルシアとシオンの目に止まったのは深い黒紫色の竜がうつ伏せに眠っている姿だった。

 巨大な石造りの聖堂の手前で竜は悠々と眠っており、その背には数匹の小鳥が止まりさえずっていた。


「あれは古代竜(エンシェントドラゴン)……眠っているみたいだけれど」


 三人は恐る恐る近づく。

 息を殺して横を通り抜けようとした瞬間、地の底から響くような声が彼らを呼び止めた。


「ルシア、お前以外はここに残れ」


 竜の方へ目をやると眠っていたときのままの姿勢で目だけがルシアたちを見ていた。


「で……でも僕たちは⸺」

「私と戦いたいのか?」


 黙り込んだ三人を見た竜は身を起こして立ち上がると羽を広げて大あくびをした。


「ふん。犬っころにもて遊ばれておったお前らなど相手にもならんがな、どうしてもと言うなら相手をしてやるぞ」

「犬……ころ?」


 ルシアが不思議そうな顔で訪ねる。


「確か……アストメキアとかいったかな」

「あれよりも強いって言うの?」


 竜の笑い声が響きわたった。


「なかなか笑わせてくれるな。あんなものとは格が違うわ」

「あんなもの……殺されかけたのよ? 私たちは」

「神の守護獣である奴にお前らを殺すなど勝手な真似はできぬわ。それはそうとどうするのだ? 三人で私と戦うか、大人しく従うか」


 ルシアが二人の顔を見ると二人は頷いた。


「君が選ばれたんだ、僕たちのことは気にしないで大丈夫だよ」

「私たちは〝これ〟と待っているわ」


 シーナが顎で竜をしゃくる。


「ありがとう二人とも、すぐに戻るわ」


 高さ五メートルはあろう聖堂の扉の前にルシアが到着すると扉は自然と開き、彼女を中へと招き入れた。

 外から聖堂の中はうかがい知れなかったが、二人は入口へ消えたルシアの背中を見つめていた。


* * *


「行ったか」


 二人がルシアを見送ると唐突に竜が口を開いた。


「さて……お前らには私の相手をしてもらおうか」


 二人が険しい顔で竜から距離を取って武器を構える。

 穏やかだった空気が張り詰め、周囲の小鳥たちが飛び立った。


「さっき……アストメキアと格が違うと言っていたわね」

「君は一体……」

「名乗っていなかったな。私はグラーべ、天地創造のときよりこの地におる」

「神竜グラーべ!?」


 二人の声が重なった。

 神竜グラーべは神が天地を創造したときよりこの地に住み、神と並ぶ力を持つ唯一の存在とされていた。


「私たちに敵うわけが……」

「お前ら勘違いしておらぬか? 私の話し相手になれと言っておるだけだぞ」


 二人が安心して地面にへたり込んだころ、ルシアは蝋燭に照らされた薄暗い聖堂内進んでいた。


「何もないところね、こんなところに人が居るのかしら?」


 石造りの簡素な聖堂内には蝋燭以外の装飾はなく人の気配も感じられなかった。

 しかし聖堂の最も奥に床に両膝をついて、くたびれた法衣をまとった老人が祈りを捧げているのが見えた。

 ルシアは離れた位置で老人の祈りが終わるのを待った。老人の正面にあるステンドグラスからは優しい陽の光が射し込んでいた。


「ようやく辿り着いたのだなルシアよ。待っておったよぞ」

「私の名前……」

「下界の全てを見ておるからな」


 老人は正面を向いたままルシアに語りかけると、それから天を仰ぐような仕草を見せて振り返った。

 深々と被っていたフードを脱ぐと綺麗に剃り上げられた頭に、長い白髭をたくわえた普通の老人が現れた。


「こんなところにいるのがただの老人で驚いたかな?」

「いえ……そういうわけじゃ」


 そう言いつつもルシアは拍子抜けしていた、神に仕える神獣に古代竜、その先にいたのが普通の老人なのだから無理もなかった。


「そう気を使わんでいい、私もお前と同じただの人間だ。神に選ばれたゆえに少し長生きしているだけだ」

「長生き?」

「そうだな……忘れてしまったが最後に人に会ったのは三千年ほど前だったかな」


 老人は優しい表情で話をしているが、どこか悲しげであった。


「さて……知りたいことがあるのだろう? 私の知る限り答えよう」


 ルシアは老人の曇のない瞳を見つめながら息を飲んだ。

 どこかで自分は魔王とは違うと思いながら抗い生きてきた、もしそれが間違いであれば自分はどうなってしまうのか真実を知るのが恐ろしかった。


「しるべのない暗闇を歩み続けるよりも恐ろしいことはあるまい。結果がどうであれ、真実はお前の進むべき道のしるべとなるはずだ」


 ルシアは両親を失ったあのときから進むべき道を見失ったままだった。生きるために正しくないと分かっている選択を選んだこともあったが、それでも自分のことを信じてここまでやってきたのだ。

 仮に魔王の血を引いていたとしてもそれは変わらない。道が示されようとも未来が見えるわけではない、そこで自分が何を選択するのか今と変わらずそれだけだった。


「ルシアよ、この世界の歴史の中で人間が滅んたことは一度も無い。そして人との共生を望んだ魔王も存在する。お前が何者であろうとも望む世界を目指すことはできるはずだ」

「私の望む世界……」

「実現できていなかったか? 黒髪と忌み嫌われていてもお前と関わろうとする者たちがいたはずだ。それは相手の優しさだけではない、お前の行いが生んだ結果でもある」


 ラーゼの人々の顔が浮かび、ルシアの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 自分が魔王の血を引いていると言ったとしても、彼らが態度を変え自分を排除しようとするとは到底思えなかった。知らないうちに心から彼らを信用し、頼っていた自分に気が付いた。


「私は……何者なの?」


 ルシアは涙を拭い老人の瞳を見つめて問いかけた。

 老人はしばらく目を閉じると、再び開いて話し始めた。


「伝承は三千年の時をかけて改ざんされたのだ、真実を知る者はもういない。ルシアよ、お前には真実を伝えよう」


* * *


 魔王のベルファリスを打ち倒した勇者の名はベルトール。二人は実の兄弟であった。

 二人は普通の家庭に生まれ、兄ベルファリスは実直で厳格な性格をしており誰からも信頼された、弟ベルトールは穏やかで優しく誰からも愛された。

 ベルファリスは成人すると冒険者となり家を出た。ベルトールも冒険者を夢見たが両親を気遣い家に残った。

 いつからか兄からの連絡は途絶え、その頃から魔王復活の知らせが世界中を掛け巡った。

 黒髪の魔王ベルファリス。その髪は光すら飲み込む不気味な漆黒の闇。

 ベルトールは真実を確かめるため魔王ベルファリスのもとへと向かい、兄であったベルファリスを打ち倒すことになったのだ。


「二人の兄弟は互いに黒髪であったが、兄が持つ漆黒の黒髪に対して、弟の髪は光を浴びて星空の如く美しく輝いたと言われている……この意味が分かるな?」


 ルシアはその場に両膝を着くと両手で顔を覆い静かに涙を流した。ステンドグラスから射し込む陽の光に照らされて彼女の髪は眩いほどに輝いていた。

 老人はルシアの涙が止まるのを待って言葉を続けた。


「だが、お前が真実を知ったとて人々の認識は何も変わらぬ。人間は弱い生き物だ、真実よりも自分の身を守る選択をするものだ」

「良く知っているわ。だからといって真実が変わることもないわ、私は胸を張って生きて行けるわ」


 老人は嬉しそうに微笑んだ。


「真に奇縁(きえん)なことよ。三千年の前の絆が今に蘇るとはな」

「三千年前の……絆?」

「私が話すようなことではなかったな。外で待つ者たちのもとに戻るがよい、彼らもまた己が真実を知ることになっているだろう」


 老人はそう言うとルシアに背を向けて床に両膝をつき再び祈り始めた。

 ルシアは老人の背に深々と礼をすると聖堂を後にした。


「彼女の進む道に光あらんことを──」

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