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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十六話〈神獣〉

火炎柱(フレイム・ピラー)!」


 シオンが放った魔法は燃え盛る炎柱となって周囲のスノーウルフを巻き込んだが、彼らは溶けるように消え失せると再び岩場の影から姿を表した。


「幻!?」


 ルシアが倒した狼も同じように消え失せると新たに姿を現す。

 しかし彼らは見せかけだけの幻影ではない、その証拠にルシアたちは彼らの攻撃を衝撃と共に感じていた。


「この()たちをいくら倒してもきりがないってことね。それなら……」


 シーナが雪上に片膝を付いて弓を引く。風の流れがつがえられた矢に集まるように流れ、激しい竜巻が矢へと宿る。

 ランスの如く鋭い風をまとった矢が巨大なスノーウルフに向かって放たれた。

 スノーウルフは避けようともせずにゆっくりとまばたきをすると、淡い金色の魔方陣が展開されて矢は何事もないようにその中に取り込まれた。


「──なっ!?」


 シーナの驚きの声が上がった瞬間、魔方陣から激しい突風が吹き出しシーナを吹き飛ばした。彼女は壁に激しく地着付けられると雪上に落下した。


全反射(フルリフレクション)……あんなのは見たことがないよ」


 シオンの表情が絶望の色を帯びる。

 一般的な反射(リフレクション)は魔法か物理攻撃、そして反射率も術者の魔力に依存する。しかし全反射(フルリフレクション)は魔法も物理攻撃も使用者へ百パーセント反射する聖属性の最上位魔法だった。

 起き上がったシーナが胸を苦しそうに押さえてシオン言う。


「シオン……そんな顔をしないで。方法がないわけじゃないでしょう」

「聖属性魔法は他の属性魔法で受けることも破ることもできないんだ……ルシア」


  奇跡的に魔法障壁(マジックシールド)を発動してシオンを救ったあのときから、ルシアはシーナと訓練を重ねて魔法障壁の発動はできるようになっていたがそれ以外はまるで上手くいっていなかった。


「実戦で使えるほど使いこなせていないのは知っているでしょう?」

「魔法その物を扱えなくても別にも方法はあるわ」


 再びシーナが弓を引く。

 これまで何度も見た光景、つがえられた矢が炎を(まと)う。


「私も風魔法以外は得意じゃないわ。でも武器に乗せることができれば強力な力を得ることができるの、これならあなたにもできるはずよ」


 放たれた矢は竜の如く宙を駆け巡り取り囲む狼たちの半数を一蹴した。


「彼らは私たちに任せて。あなたには一切近づけさせないわ」

「ルシア、ここで引き返すわけにはいかない。君の黒髪の理由(わけ)がこの先にあるはずだ」

「二人とも勝手だけど……どの道戦う以外に方法はないものね」


 痺れを切らせた狼たちが包囲の輪を縮めルシアたちに迫っていた。

 まるで三人の会話を聞いていたかのように、巨大なスノーウルフもルシアに向けてゆっくりと踏み出した。


* * *


 巨大なスノーウルフはそもそもスノーウルフではなかった。彼は神獣アストメキア、神界において最も美しい銀色の毛皮を纏い、神の寵愛を受ける守護獣であった。

 ルシアたちはそんなことを知るよしもなく彼と対峙していた。


「まるで歯が立たないわ……」


 際限なく現れるスノーウルフはシオンとシーナが抑えてくれていた。

 しかしルシアの攻撃は全反射で弾かれ、その衝撃を全て自ら引き受けるルシアは満身創痍であった。しかし依然として武器に魔法を乗せられる気配はなかった。


「力を示せと言ったのにあなたは何もしてこないのね。その価値もないってことかしら?」


 神獣は自ら攻撃することなく佇んでいたが、ルシアの言葉に反応したかのように首をかしげた。

 その瞬間ルシアの周囲に無数の光球(こうきゅう)が発現し、それは避ける間もなく連鎖的に炸裂してルシアを巻き込んだ。


「ルシア!!」


 二人の声が同時に響き渡った。

 吹き飛ばされたルシアの体は雪上に叩きつけられた。膝を付き起き上がるルシアの体は焼け焦げており、魔法の威力を物語っていた。そんなルシアへ向けて容赦なく光の矢が放たれた。


「こんなところでやられるわけには行かないの!」


 前方に差し出した右手の前に金色の魔方障壁が現れると神獣の放った矢を受けた。矢は消滅することなく魔法障壁を押し破ろうとしていた。

 ルシアの額からは球のような汗が流れ落ち、魔法障壁にいくつのも亀裂が入る。次の瞬間に魔法障壁は打ち砕かれ、矢が着弾した地面は真っ赤に溶解していた。


「まともに受けたらお終いね……」


 ルシアは魔法障壁が砕かれる瞬間に神獣の側面に回り込むように飛び退いて事なきを得ていた。

 神獣が横目に自分を捉えているのは分かっていたが側面から渾身の突きを放つ。細剣は直前で全反射によって阻まれ、その衝撃は自らに返る。しかしルシアは力で押さえ込み、それを打ち破ろうとしていた。

 神獣が感心したかのようにルシアの方へ首を向けたを。


火炎球(ファイア・ボール)!」

竜巻(トルネード)


 シオンは巨大な火炎球を神獣の頭上へと放ち、それを巻き込むようにシーナが竜巻を呼んだ。

 二人の魔法は融合すると、業火の刃となって神獣を瞬く間に飲み込んだ。それと同時にルシアの攻撃を阻んでいた魔法陣が消滅した。


「まさか……倒したの?」


 周囲を取り囲んでいたスノーウルフも消滅し、業火をまとった竜巻だけが激しい唸りをあげていた

 二人がルシアの元へと駆け寄ると、発動した魔法の勢いが徐々に弱まり神獣の姿が露になる。


「嘘……でしょう」


 神獣は融合魔法を受ける前と変わらない姿でそこに佇んでいた。銀色の毛皮は微塵も傷付くことなく美しい輝きを保っていた。


「僕らの魔法が一切通用しないっていうのか」


 しかし彼らには絶望に暮れている時間すらなかった。ルシアたちの上空には空を埋め尽くすほどの金色の矢が現れていた。


「二人とも私の側に!」


 ルシアは自分たちを覆うように上空に魔法障壁を展開した。最初の頃の弱々しい魔法障壁とは見違えるほどだが、神獣が放つ桁違いの魔法を防げるとは到底思えなかった。

 一本の矢が猛烈な勢いで魔法障壁に放たれ轟音と共に凄まじい衝撃をルシアにもたらした。


「こんな物が空一面に……ごめんなさい二人とも、私にもっと力があれば」

「良いさ、誘ったのは僕だ。気にしないよ」

「そうね、私も勝手に着いてきただけよ」


 光の矢が無慈悲に地上へと降り注ぎ始めた。


* * *


 降り注いだ矢は地面の雪を巻き上げ、地形が変わるほど岩肌削り取って降り止んだ。

 舞い上がった雪が風に流されると、弱々しい輝きを放つ魔法障壁の下に三人の姿があった。


「終わった……の?」


 ルシアの言葉と共に魔法障壁は消え、彼女は両膝を地面に着いてから座り込んだ。

 シオンとシーナがルシアを庇うように武器を構えて立ちはだかる、神獣はゆっくりと彼らに向かって動き出した。


「二人とも、たぶん大丈夫だから……」


 ルシアの言葉に二人が後ろへ下がる。

 神獣はルシアの元までやってくると自らの鼻先をルシアの鼻先へ軽く押し当ててから、三人の脇をすり抜けて再び強まり始めた吹雪の中へと姿を消した。


「十分だって……それと自分はアストメキア」

「アスト……ルシア、彼がそう名乗ったのかい?」


 シオンは座り込んでいたルシアの肩に手を掛けて驚いたように問いかけた。


「ええ……そう名乗ったわ」

「本当だとしたら彼は神獣アストメキア。伝説やおとぎ話でしか聞いたことがないよ……実在するなんて」

「ルシア、シオン、行きましょう。彼の意図は分からないけれど道は開けたわ」


 シーナはいつもと変わらず冷静に見えたが、その視線は吹雪の中へと消えた神獣の背中を追っていた。

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