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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十五話〈守護するモノ〉

「来たか……そろそろかと思うておった」


 ルシアたちは村人が床を出るよりも早く山道の入口へと来ていた。

 しかし入り口にはすでに村長が待っていた。


「村長……どうして?」

「送り出す者としての責任だよ。それにな、わしは初めて山に選ばれた者を見られる気がしてな」


 シオンが初めて訪れたとき、山道の入口付近は数センチメートル先も見えないほどに吹雪が激しく吹き荒れ、入ろうとする者を拒んでいた。

 しかし今は吹雪も弱まり十分に先へ進むことができそうであった。


「吹雪がここまで弱まるのはわしも初めて見た、山に(いざな)われているようだな」


 ルシアたちは村長への挨拶を済ませ山道を登り始めた。雪は深く、吹雪は容赦なく体温と視界を奪った。

 吹雪は止むことも弱まることもなく山頂までの距離も計り知れない。通常であれば半日も持たないほどに過酷な状況であった。


「シオンが色々な属性魔法に精通していて助かったわ。この保護魔法がなければ到底登りきれないもの」

「褒めてくれていると思いたいけれど……勘弁してよシーナ」


 シオンはバツが悪そうに後頭部を掻いた。

 とはいえ実際にシオンの保護魔法のおかげで三人は外気の影響をほぼ受けずにいられた。

 代わり映えのしない雪道を登り続けたが山頂へ到達する気配は感じられなかった。吹雪で景色を見ることもできず、自分たちがどこまで登っているのかも分からなかった。

 日が落ちかけたところで山道沿いの壁に浅い洞穴を見つけた三人は朝までそこで過ごすことに決めた。


「この環境を歩き続けるのは心身ともに疲れるわね」


 ルシアが壁にもたれて呟く。

 わずかな(たきぎ)に灯された炎を囲み三人は外の様子を伺っていた。

 日が暮れても吹雪が止むことはない、吹雪の音に紛れて狼の遠吠えが聞こえていた。


「スノーウルフね」


 シーナが目を閉じて周囲の気配と音を探り、再び目を開くと腑に落ちない顔をした。


「スノーウルフにしては……何か」

「何か気になるのかい?」

「遠吠えの感じが違う気がしたの。でも私の勘違いだと思うわ」


 シオンは洞穴の入口に立って周囲を探ろうとするが吹雪と闇が全てを覆い隠していた。

 ひとつため息を付くと感知魔法を展開した。


「見張りは僕がしておくから二人は先に休むといいよ」


* * *


 寄り添って眠るルシアとシーナの横でシオンは入口に目を向けていた。

 深い新雪を踏みしめるような足音がかすかに聞こえた気がして手元の杖を握り締めた。感知魔法に反応がないのは危険のない証拠だが、神の領域であるこの山では何があるか分からない。


「誰だ……」


 吹雪の中で確かに足音が聞こえた。シオンが入口に向かって声をかけると、その声に反応してルシアとシーナが目を覚ます。

 今度は洞穴のすぐそばで新雪を踏みしめる音がはっきりと聞こえた。そして輝くような純白の毛皮に覆われた脚が洞穴の目の前に現れた。


「スノー……ウルフ?」


 シーナが怯えたように呟く。

 通常のスノーウルフは体高九十センチメートルほどだが、彼らの目の前に現れたのは体高が二メートル近いスノーウルフだった。

 洞穴の入口をよりも高い位置にある頭をゆっくりと下げて洞穴の中の三人を覗き込んだ。美しく穏やかな瞳、そして額に現れた淡い金色の紋章が普通のスノーウルフではないことを示していた。


「感知魔法は反応しなかった、敵意はないはずだ」


 二人を安心させるようにシオンが呟く。

 スノーウルフは三人をしばらく観察すると鼻先を空に向け何かを嗅ぎ分けるような動作をすると、一瞬でその場から姿を消した。

 三人はほぼ同時に大きく息を吐いた、強張っていた体の力が抜けていくのが分かった。


「嫌な感じは全くしなかったわ、神々しいくらい」


 ルシアが言うように彼の姿は恐ろしくも美しく、畏敬の念すら感じるほどであった。

 翌朝、夜明け前に三人は再び山頂を目指して歩きだした。吹雪は変わらず吹き荒れ、夜明け前の山道は一メートル先を見通すことすら難しかった。


「昨晩のやつに出くわさなければいいけれど」

「私たちのことを確認しに来ていたみたいに感じたわ」

「目的は分からないけれど、敵意がないことだけを祈るよ」


 黙々と雪深い山道を歩き続けてやがて夜が明けた。シオンの魔法による灯りが必要なくなっただけで薄暗い吹雪の中を進むことに変わりはなかった。

 洞穴を出てからどれくらい歩いただろうか、ここに来て初めて吹雪が弱まりつつあった。山道からは下界が見えた、距離的には山頂までは三分の一といったところだった。


「今日中には山頂までたどり着けそうだね」

「安心したわ。昨日は運良く洞穴が合ったけど、この雪の中で野宿なんて考えたくもないもの」


 そのとき彼らのすぐ近くで狼の遠吠えが響いた。ルシアたちの頭上、右手の急な斜面の上から複数のスノーウルフが彼らを見下ろしていた。


「こんなところで! ルシア、シオンあそこまで走って!」


 行く先に不自然に開けた場所が見えた。

 不安はあったが狭い山道では身動きが取れず 戦うには不利だった。

 彼らが走り出すと数匹は山道から、残った狼は斜面伝いにルシアたちを追った。広場に到着すると三人は瞬く間に狼に囲まれた。

 ルシアたちは背中合わせに全周囲を警戒する、狼たちはゆっくりとした足取りで一定の距離を取ってルシアたちを囲んだ。


「数は多いけど何とかなりそうだ」


 シオンはそう言うなり詠唱を開始し、ルシアとシーナも武器を構えた。


「待って! 武器を下ろして」


 ルシアが山頂から続く山道へ目を向けて叫んだ。

 昨晩見かけた大型のスノーウルフがゆっくりと降りてきていた。道を空けた狼たちの間を通り抜けて、ルシアたちの少し手前で止まった。

 そして何をするでもなくルシアたちを見つめていた。


「どういうことなのかしら?」

「分からない。少なくとも先に進んでいいって感じじゃなさそうだね」


 ルシアは武器を収めてスノーウルフへの脇を通り抜けようとするが、白い巨体は音もなくルシアの前方へ回り込み頭でルシア押した。

 ルシアとスノーウルフはしばらく見つめ合っていた。


「力を示せって……」


 ルシアはシオンたちの方へ振り返ると唐突に言った。


「ルシア、彼の声が聞こえるのかい?」

「戦えってこと?」

「分からないわ……ただ一言それだけ」


 ルシアがシオンたちの元へと戻る。

 大型のスノーウルフが一声吠えるとルシアたちを囲む狼たちが唸り声をあげて臨戦態勢をとる。


「まさか……向こうも僕らを殺す気はないよね?」


 シオンが不安そうな顔でにルシアたちに問いかけたが二人からの返事はなかった。


「ああもう! 僕は知らないよ!」

「文句言っても仕方ないでしょう? 速度上昇(ヘイスト)


 シーナがシオンをなだめながら速度強化魔法をかける。三人の体が緑色の輝く粒子に包まれた。


「少しでも助けになるといいけれど」

「十分よ、私にとっては速度が命ですもの。行きましょう」


 シオンが杖を上空にかざして魔法を発動した。


火炎柱(フレイム・ピラー)!」

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