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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十四話〈親友〉

 ルシアたちは雪に覆われたバルムークの森を抜けた、眼前には雪深い平野が広がっていた。

 リヒト村まではさらに数日を要する、魔物と遭遇する可能性は格段に低いが、平野では野盗に教われる可能性があった。


「野盗が出るなら一張くらいテントを手に入れられないかしらね?」

「そうね今のテントは一人用だし、ちょうど良いかもね」


 シーナが物騒なことを呟きながらコロコロと笑うとルシアも同調して笑う。

 二人は森を抜ける間に意気投合したようで、楽しそうにずっと話しをしていた。彼女たちの後ろを歩くシオンは蚊帳の外だった。


「僕が誘ったんだけどな……」

「シオンはルシアと話せないと独り言が増えるのね」

「そういうわけじゃないさ。二人が仲良くなって良かったなと思ってね」

「別にシーナとは仲が悪かったわけじゃないわ」


* * *


 それから数日、野盗に遭遇することはなかったが、すれ違う旅人や商人はルシアを警戒して怯えた様子を見せていた。


「こんなものよね、ラーゼに慣れすぎるのも問題ね。リヒト村……無事に入れるかしら」

「村長は話しの分かる人だったけれど……村人はどこも同じかもしれない。何かあれば僕たちがいるから大丈夫さ」


 視線の先には家の煙突から立ち昇る煙が村までわずかであることを示していた。

 数刻歩くと堅牢な丸太の壁に覆われたリヒト村へと到着した。門前の民兵は警戒して三人に穂先を向けていた。


「このリヒト村に何の用だ! そいつ、黒髪を村に入れるわけにはいかない!」

「そう警戒しないで。僕らはツァルクベルグ山に用があるだけだ、山道まで通して欲しいだけなんだ」


 一人の兵士が門の中へ引っ込むと数名の兵士を引き連れて戻った。増援を呼んだだけで入れてもらえる様子はなかった。


「引き返せ! お前らの話しを聞くつもりはない!」

「誰を入れるかは山が決める、村長は以前にそう……」

「黙れ! だからと言って魔族かもしれない奴を村に入れることなどできるか!」

「彼女は──」


 シオンが反論しかけたとき、門の内側がにわかに騒がしくなると白髪を後ろで束ねて立派な髭をたくわえた老人が現れた。


「何をしておる騒がしい」

「村長! 黒髪の女が──」

「彼らに危害を加えられたのか?」

「いや……しかし黒髪は」

「武器を収めて下がれ。良いな」


 老人の口調は穏やかであったが彼らを黙らせるのには十分な威圧感を含んでいた。民兵たちはバツが悪そうな表情で左右に別れて道を空けた。


「そうか、お主だったか……連れて来たのだな」

「覚えていてくれたんですね、助かりました。彼女がルシア、以前にお話しした子です」


 村長はルシアに近付くと瞳をのぞき込む。深い茶色の瞳に全てを見透かされるような感覚を覚えた。


「そうか君がルシアか……早く行きなさい。私たちは山を守るだけだ、誰を通すか決めるのは私たちの仕事ではない」


 リヒト村へと入ったが既に日が落ちかけていた。夜間の入山は村長に止められたこともあり、三人は宿を取ることにした。

 慣れない雪上の戦闘や旅は彼らを疲弊させていた。空腹も相まっていた彼らは村長の好意に甘え、ツァルクベルグ山へは翌朝向かうことに決めた。


「疲れたわ。雪の中をこんなに長く移動したのは私も初めて、ルシアは大丈夫?」

「私も疲れたわ。でも一人じゃない旅は悪くなかったわ」


 シーナは窓辺に腰をかけ外を眺めながら答えたルシアの頬を人差し指でつついてから抱き締めた。


「ちょっとシーナ、なんなのよ!」

「良いじゃない、あなたのことがとっても愛おしいの。エルフは関わった人間の最後を必ず見届けることになるの……悲しいのよ? 能天気に見えるでしょうけど」


 エルフが他種族と深く関わらない理由は長命であることも理由の一つだ。親しい者の死に慣れる者などいない、シーナはまだ若いエルフだが人間が大好きで多くの関わりを持ち、別れを経験していた。


「シーナ……大丈夫よ。あなたにとっては短いかも知れないけれど、時間はまだあるわ」


 ルシアが浅緑色の髪を優しく撫でるとシーナは満足そうに目を閉じた。

 しばらくして部屋の扉がノックされた。


「二人とも起きているかい? 良かったら食事に行こう」


 二人は離れて小さく笑い合うと、扉の向こうに返事をした。


「起きているわ、行きましょう」


* * *


 三人は村の酒場に来ていた。

 歓迎されないことは分かっていた。彼らは目立たないよう部屋の隅にあった小さな丸テーブルに着いた。周囲の者たちはルシアの黒髪を見ては何かを話しているようだった。


「私は大丈夫。慣れているから気にしないで」

「さっさと夕食を済ませて宿に戻ろうか」


 シオンはそう言うとウェイトレスに向かって手を上げる。愛想のないウェイトレスは黙ったまま注文を受けると厨房へと戻って行った。

 周囲の自分たちへの態度を除けば、酒場は小綺麗に整っており居心地のよさそうな雰囲気を(かも)していた。


「ラーゼではちゃんとした酒場を見たことがなかったわ」


 ルシアが酒場を見回しながら呟く。

 ラーゼの冒険者は割安ですぐに飲めるギルド併設の酒場を利用することが多く、普通の酒場を利用するのはもっぱら一般市民か商人が多かったのだ。

 そもそもルシアにいたっては酒場を利用したこと自体なく、宿かタリアの店で食事をとっていた。


「そう言えばそうだね、確かにルシアはお酒も飲まないからね。まあ僕もだけど」

「あら二人は意外とお子様なのね」

「見た目だけで言ったらシーナが一番飲まなそうに見えるよ」


 三人が会話をしていると注文した料理が次々とテーブルに並べられた。どれも飾り気のない無骨な料理だが、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐった。

 ルシアたちが三人で腰を落ち着けてゆっくりと話しをしたのはこれが初めてだった。食事を楽しみながら会話に花が咲いたころ、近くのテーブルから言い争う声が聞こえ三人は目を向けた。


「おい、止めておけて! 飯を食ったら出て行くだろうよ」

「うるせえ! あんなのが居たら酒がまずくなるだろうが!」


 一人の酔っぱらいが怒声を上げてルシアたちのテーブルの方を睨みつけながら騒ぎ立て、仲間がそれをなだめている様子だった。

 三人は顔を見合わせると首を振った。


「そこそこ食べられたし店を出ようか」

「そうね行きましょう。明日に備えてトラブルは御免だものね」


 シーナがそう言って立ち上がった瞬間、彼女の足元にジョッキが叩きつけられ罵声が浴びせかけられた。


「トラブルだ!? てめえらが村に来たことがトラブルの種だろうが!」

「おう帰れ帰れ! その黒髪が何かしでかしたらお前らに責任取れるのか!」


 それまで黙っていた人々も(せき)を切ったかのように野次を飛ばす。


「いいわ……行きましょう──」


 ルシアがそう言って席を立とうとするとシオンが手で制して立ち上がった。


「君たちは……君たちは黒髪であるということ以外に彼女の何を知っているんだ!」


 ルシアもシーナでさえも驚いた顔でシオンを見ていた。酒場も一瞬静まり返った。


「それだけで十分だろうが! 黒髪は魔王の血を引いてるんだろうが!」

「そんなこと誰が言った?」

「ずっと昔から伝えられた伝承だ! 疑いようもねえ!」


 シオンが軽蔑したような表情をして鼻で笑い飛ばす。


「伝承? 君は事実よりも誰が伝えたのかもしれない伝承とやらを妄信しているのかい?」  

「何が悪い! そうやって救われてきたこともあるだろうが!」

「そうだね、それも間違っていないかもしれないけれど。僕は彼女が根拠のない伝承で忌み嫌われながらも多くの人を助ける姿を見てきた。ここには伝承なんて曖昧なものとは違う事実がある」


 シオンが悲しげな瞳で酒場中を見回し静かに言った。


「君たちにできるのか? 蔑み敵意をぶつけてきた相手に助けの手を差し伸べることが、彼女はたとえ感謝されることがなくてもそうやって生きてきたんだ一人で」


 静まり返った酒場にシーナがテーブルに銀貨を置く音が響いた。


「シオン行きましょう、ルシアも」


 ルシアとシオンには見えなかったが、そう言いながら振り返ったシーナの表情に騒いでいた者たちがたじろいだように見えた。

 三人は静まり返った酒場を後にした。


「シオン……ありがとう、私のために」

「あれは、その……違うんだよ。勘違いされたままだと困るだろう?」

「別に何も困らないわ。私はシオンの言葉にルシアへの愛情を感じたわ」


 シーナがシオンを茶化すとシオンは顔を真っ赤にして否定していた。ルシアはそんな二人の姿を微笑ましく眺め、その心はいつになく晴れやかであった。

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