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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十三話〈覚醒〉

「形勢は不利に逆戻りね」

「不利どころじゃないよ。彼らは魔法を使うし身体に見合わず俊敏だ、何より物理攻撃に強い」


 シーナとシオンの言葉にルシアは下唇を噛んだ、ゴーレム相手に自分ができることは乏しい足手まといにはなりたくなかった。


「スノーシーカーは私が引き受けるわ」

「ルシア……」


 アイスゴーレムを睨む悔しそうなルシアの横顔がシオンの胸を締め付けた。魔法適正についてもっと早く伝えていれば悲しませずに済んだかもしれないと。

 スノーシーカーに向けて駆け出す彼女の背中を見送るしかなかった。


「自分の弱さを認めて役割をこなす、弱い人間にはできないわ」

「そうだね……シーナ」

「私たちも自分の役割をこなしましょう」


 そう言いながら引き絞ったシーナの弓には炎が渦巻く矢がつがえられていた。


硬石短矢(ロック・ボルト)!」


 シオンの眼前に現れた無数の石矢が自分たちに向かって走るゴーレムたち目掛けて放たれた。

 しかし魔法はゴーレムに到達する直前で突如現れた魔方陣に阻まれた。


「パッシブシールド……」

「面倒ね。これが通ると良いけど」


 シーナが片膝立ちで大きく引き絞った矢には先程よりも激しく炎が渦巻いていた。放たれた矢は龍の如く炎の尾を引きながらゴーレムへと一直線に向かって行った。

 一方、ルシアは二人の戦いを横目に一匹目のスノーシーカーを仕留めていた。


「あと二匹……私がもっと戦えたら」


 シーナの放った矢は敵のシールドを難なく打ち破り左肩に命中した。その威力は絶大で着弾地点を中心にゴーレムの身体を大きく融解させた。

 しかしシーナの表情は険しいままだった。


「シーナ、凄いじゃないか! これなら──」

「ダメよ……再生している」


 ゴーレムの右肩は見る間に再生し元通りになっていた。

 そのときシオンは周囲の気温が著しく低下するのを感じた。ゴーレムの周囲に小さな氷塊が無数に現れシオンたちに向かって降り注いだ。


魔法障壁(マジックシールド)!」


 咄嗟に張った魔法障壁は敵の魔法を全て防いだが、駆け寄るもう一体のゴーレムが振り下ろした拳に砕かれた。

 振り下ろされた拳を避けたシオンとシーナは二手に別れると打開策のないままそれぞれ敵を引き付けて距離を取った。


* * *


 ルシアは最後のスノーシーカーを切り伏せたが、シオンとシーナはゴーレムの弱点を見いだせずに攻めあぐねていた。


「シーナ、私の方は片付いたわ!」

「こっちはまだ大丈夫、それよりシオンを!」


 離れた位置で戦うシオンに目を向ける。魔法障壁で敵の魔法を受け、動き回りながら詠唱した魔法を発動するということを繰り返していた。

 詠唱には集中力を要する、強力な魔法の詠唱を動きながら行うことは通常は考えられない。シオンはそんな戦い方を続けていた。その顔には疲労の色が見えた。

 ルシアは全力で地面を蹴った。


火炎矢(フレイム・ボルト)! 火炎球(ファイア・ボール)!」


 炎の矢がゴーレムの魔法障壁を打ち破り、火球が右足を吹き飛ばすとゴーレムは態勢を崩してシオンの目前に轟音と共に倒れ込んだ。

 シオンはその場で再び詠唱を始める。

 ゴーレムの上空には小さな氷塊が無数に形成され始めていた。シオンは詠唱しながらも頭上に魔法障壁を展開する。


「──ン──てっ!」


 降り注ぐ氷塊の音の先に微かに声が聞こえた気がしてシオンは目を開いた。その目に映ったのは地に右手を付き上体を起こしたゴーレムだった。そして左手は今にも振り下ろされようとしていた。


「シオン! 逃げてっ!!」


 今度ははっきりとルシアの声が聞こえた。全力で駆け寄るルシアの表情は悲痛なものだった。

 シオンはルシアに力無く微笑むと、攻撃の軌道上に魔法障壁を三つ展開した。


〈こんなのは意味ないだろうな……油断したよ。ルシア、ごめんね〉


 ゴーレムの拳が振り下ろされ魔法障壁はガラスのように容易く打ち砕かれていく。


「シオン!! 諦めないでよ! シオン!」


 ゴーレムの拳が最後の魔法障壁を打ち砕きシオンに到達した。轟音と共に雪煙が舞い上がり全てを包み込んだ。


* * *


「シオン!!」


 雪上に両膝を付き崩れ落ちたルシアが叫ぶ。

 シーナも戦っていたゴーレムと距離を取り、崩れ落ちたルシアの脇を抱えてその場から飛び退く。


「危険よ、落ち込んでいる場合ではないわ」

「待ってよ! シオンが!」


 シーナは離れた位置でルシアを降ろし、二人で薄れる雪煙を見つめていた。雪煙が晴れるとゴーレムの巨体があらわになる、しかし振り下ろされた拳の先にはシオンが立っていた。

 ゴーレムの拳はシオンの目と鼻の先で止まっていた。正確にはシオンの目前に現れた淡く金色(こんじき)に輝く魔方陣に阻まれていた。


「シオ……ン、生きているの?」

「あの魔方陣……」


 二人が驚きの声を上げる。

 シオンも二人と同じように驚いた表情を見せていたが、正気を取り戻し詠唱していたであろう魔法を即座に発動させる。

  

業火炎破(バースト・フレア)!」


 大爆発がゴーレムの上半身を吹き飛ばす。ゴーレムの上半身があった場所には青白く輝く球体が浮かんでいた。


魔魂(まこん)……シーナ!」

「分かっているわ!」


 シーナが素早く放った矢は魔魂と呼ばれた球体を打ち砕いた。それと同時に残っていたゴーレムの下半身も細かな氷となって崩れ落ちた。


* * *


 ゴーレムは魔魂を有していた。魔魂を持つ魔物はそれを破壊しない限り再生を繰り返すが、それが体内のどこに存在するかは個体によって異なるため探し出すのは難しい。


火炎球(ファイア・ボール)!」


 シオンの魔法がゴーレムの脇腹を吹き飛ばすと魔魂が顔を現す。ルシアがゴーレムの攻撃を引き付け、その隙を狙ってシーナが魔魂を撃ち抜いた。

 三人を苦しめた巨体は雪の大地に還り、深々と雪の降る静寂が再び訪れた。


「分かってしまえば他愛のないものだね」


 雪上に尻餅を付いたシオンが息を切らせながら言うと、ルシアとシーナは顔を見合わせて一瞬止まると笑い出した。


「死にかけたのに良く言うのね」

「良いじゃないか! 結果として僕たちは勝ったし、全員生きているんだから」


 二人のやりとりを見ながらシーナは渋い顔をしていた。


「でもあの魔法陣……」


 そう言いながらシーナがシオンに目を向けるとシオンも真面目な表情で頷いた。


「あの淡い金色の魔法陣、あれは聖属性の魔法障壁だ」

「そうね。私もあなたでも聖属性の魔法は使えない、真に神に祝福された者にしか扱えない魔法」


 そう言うと二人はルシアを見つめた。


「私? まだ魔法の使い方も知らないのよ?」

「シオンの危機に意図せず発動した。そう考えるべきかしら」

「どちらにしろ僕は助けられた。そしてルシアには聖属性の魔法を扱える可能性がある、それだけだよ。ツァルベルグへ向かおう、答えはきっとそこにあるよ」


 ルシアは自分の両手を見つめていた、その右手をシーナの両手が優しく包み込んだ。

 ルシアが顔を上げると優しそうな少女の笑顔が自分の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫よ、悪いことは起きないわ。それにあなたはもう一人じゃないでしょう?」

「シーナ……ありがとう。あなたは小さいのにしっかりしてるのね」

「そうかしら? あなたの十倍以上は生きているけれどね」


 シーナはそう言うと雪上を踊るように歩き近くにいたシオンを突き飛ばした。突き飛ばされたシオンは雪まみれのままシーナを追いかけて行った。


「行きましょう! 森の中で日が暮れたらもっと酷い目に合うわよ」


 楽しそうに先を行く二人の背中を追ってルシアも足を踏み出した。

 聖属性魔法の可能性、それと相反する魔王の血を引くという黒髪。ルシアは自分という存在に戸惑いながらも不安を感じてはいなかった、自分が何者であっても側にいてくれる者たちがいる今はそう思えた。

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