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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十一話〈森に住まう者〉

 ルシアたちはジェネラルが潜んでいた洞窟よりもさらに森の奥深くまで進んでいた。以前であれば魔物との遭遇は避けられなかったが一度も出くわしていなかった。


「以前ほど嫌な感じはしなくなったわね」

「魔物がいなくなったわけじゃないけれど、だいぶ安全になったみたいだね」


 以前のような禍々しい雰囲気はなくなり

鳥の声や動物たちの気配が戻っていた。

 連れていたラパも落ち着いた様子で草を()んでいた。

 しかしバルムークの森は広大で北へと進むほどに鬱蒼(うっそう)として気温も下がる。そしてレオンが言っていたとおり強力な魔物も生息する。


「ルシア、今日の野営はこの森の中ですることになるけど、安全なこの辺りでしておこうか」

「少し早いけれどその方が安全ね」

「明日は早くから移動して一気に森を抜けよう」


 二人の判断は正しかった。気温が下がれば体力を奪われやすく、寒さ対策も必須となりその分動きも鈍くなる。

 敵に急襲されれば対応が遅れ不利にもなりかねないからだ。

 シオンは手頃な木にラパを繋ぐと荷物を下ろして手早く設営を始めた。


「ルシア、薪でも拾ってきてもらえるかい? その間に設営を済ませておくよ」

「わかったわ。何かあったら叫ぶのよ」

「僕はか弱い女の子のじゃないんだよ……ルシア」


 ルシアは野営地の周辺で薪を集めながら、周囲の状況を注意深く観察力していた。

 大型の獣や魔物が動き回った形跡はないが、木の低い位置に硬い獣毛が絡まっているのを見つけていた。


「これは……バッカラ? にしては大きいわね」


 つまみ上げた獣毛を宙に散らしながら周囲を見回す。獣毛はそこら中の木に絡まっていた。バッカラは大型のネズミだが基本的には人を襲うことはなく、せいぜい農作物や人の食べ物を荒らすくらいで警戒の必要な生物ではなかった。


「シオン、集めてきたけれどこれで足りる?」

「ありがとうルシア、十分だよ」

「シオンこそ、一人で設営大変だったでしょう? ありがとう」


 シオンは少し照れた様子で手早く焚火に薪を組んでいった。彼は薪を組み終えると立ち上がって大きく息をついた。


「まだ明るいね夕食には早いから、その辺を見て回ろうか」

「それなら少し気になったことがあるから見てもらえる?」

「気になること? 構わないよ」


 ルシアはバッカラの毛を見つけた場所までシオンを案内した。彼はルシアと同じように幹に付いていた獣毛を手に取る。


「確かにバッカラみたいだけど……毛量が多いし位置も高い」

「そうよね、それって……」

「かなり巨大な個体かもしれない。彼らは人を襲わないはずだけど警戒しておこうか」


* * *


探索者感知(エクスセンス)


 シオンが魔法を唱えると柔らかな薄青色のドームが野営地を中心に広がり次の瞬間には消え失せた。


「今のは?」

「一瞬ドームが見えただろう? あの範囲内に敵対生物が侵入するとアラームを出す感知魔法さ。見張りには起きているつもりだけれど一応ね」


 そう言いながら細長いクリスタルをテントの入口付近に吊り下げ、ルシアの横に座った。静寂に焚火の弾ける音が響き、炎が二人を照らしていた。


「君は少し変わったね」

「そうね。自分だけが不幸で少し剣が扱えて……思い上がっていたのね、私は」


 そう言うとルシアは木々の間からのぞく満点の星空を仰いだ。焚火に怪しく照らされた黒髪が美しくなびいた。


「良くあることさ君だけじゃないよ。でも、自分で気がつける人はほとんどいないんだ」

「そうだと良いけれど……それよりもシオン、あなたこそただの魔術師って訳じゃないわよね?」

「そうだね魔術師を生業(なりわい)にはしていないかな。でも今は話せないんだ、ごめんねルシア」


 二人の視線が交差する。

 ルシアはラーゼに馴染んで生活をしているが魔王の疑惑が晴れたわけではないし、シオンは黒髪の伝承を追っているという理由でずっとルシアを気にかけている風だが真意は分からない。

 むしろ黒髪という分かりやすい目印があるルシアよりも、若いが高位の魔術をいくつも使いこなすシオンの方が得体の知れない恐ろしさはあるのかも知れない。


「……まあ良いわ。誰にでも秘密なんてあるものよ、無闇に追及するものじゃないわね」


 ルシアが大きく息を吐いて伸びをしながら言うと、シオンも緊張が解けたかのようにいつもの表情に戻った。


「ありがとうルシア。いつか必ず話すよ、約束する」


 二人は他愛のない話しをしながら過ごし、やがて夜が更けるとルシアは見張りを買って出て、シオンを先に休ませることにした。


「悪いけど先に休ませてもらうよ。魔法が何かを感知するとこれが赤く光るから」


 シオンはテントの入口に吊り下げたクリスタルを手にしながらルシアに言うと中へと入って行った。

 ルシアは不思議そうにクリスタルを手に取って眺める。なんの変哲もないクリスタル、恐らく感知したことが相手に目立たないように媒体として選んだのだろう。


「不思議ね彼と旅をするなんて……違うわね。旅の仲間ができること自体考えてもいなかった」


 ラーゼに来るまで彼女は一生一人で生きていかなければならないことを覚悟していた。なるべく人目につかずに各地を転々として過ごすものだと。

 ルシアは横になり眠っているラパに寄りかかるように座った。彼は閉じた目を開きルシアの匂いを嗅ぐと再び目を閉じた。


「いい子ね、この旅が終わったら私に貰えないかしら……とは言っても買う場所がないわね」


 ルシアは眠っているラパの頭を撫でながら呟いた。彼女は可愛いものが大好きなのだ、恐らくそれを知っているのはタリアとバルドーくらいのものだろう。

 ラパの体温を背中に感じながら星空を眺める、森は以前では考えられないほど穏やかな時間が流れていた。

 どれだけ時間が経ったのだろう、ラパが突然目を覚まして首をもたげると暗闇を見つめた。その瞬間、テントに吊るされたクリスタルが赤色に輝きだした。


「!?」


 ルシアは細剣を右手で抜くと動揺するラパを左手でなだめながら彼が見つめる暗闇へ目を凝らす。

 途端にクリスタルの光が陰った、テントから伸びた手がクリスタルを回収していた。


「何かいるみたいだね。少なくとも友好的じゃない」


 小さなテントから被っていたフードを脱ぎながらシオンが這い出てきていた。


光球(ライトスフィア)


 シオンが杖を掲げて唱えると眩い光球が四方へ飛んで空中に留まった。しかし何者かの姿は未だに見えていなかった。ルシアとシオンは背中合わせに周囲を警戒する。

 やがて光球よりさらに奥の暗闇に赤く光る物が無数に表れた。それはルシアたちを完全に取り囲むように光っていた。


「凄い数ね」

「僕は詠唱を始める。彼らがかかってきたら時間を稼いでもらえるかい?」

「難しいわね。私はこの(ラパ)を守ってあげないと」

「ルシア……僕は村までたどり着ける気がしないよ」


 そう言いながらもシオンが詠唱を始めるとみるみる周囲の気温が低下するのが分かった。

 茂みが鳴り彼らが姿を現す。


「バッカラ……大きすぎるわよ」


 通常は二十センチメートほどの背丈だが、現れたバッカラは六十センチメートルはあろう大きさであった。長く黄ばんだ前歯、薄汚れごわごわとした体毛、何より悪臭が鼻を突いた。

 一匹がルシアたちに向かって走り出したのを皮切りに周囲のバッカラも走り出した。

 飛び掛かるバッカラを素早い突きで次々と落としていく。シオンは微動だにせず詠唱を続けていた。


「数が多いわ、そんなには持たないわよ! シオン!」


 シオンが目を開く。


細氷乱舞(フリージングダンス)


 大気中に無数の氷の結晶が現れ嵐の如く吹き荒れるとバッカラたちは次々と彫刻のように凍りつき動かなくなった。


「本当に大したもの──」

「ルシア終わりじゃないみたいだ。詠唱はもう間に合わない」


 森の奥からさらに多くのバッカラが姿を現す。

 シオンが杖の先から火球を放ち数匹を葬ると興奮した彼らはけたたましく鳴き、一斉にルシアたちに襲いかかる。

 ルシアはレオンとの稽古の成果か危なげなく飛びかかるバッカラを落としていくが、シオンは杖で叩き落とし詠唱のない簡単な魔法でとどめを刺していた。


〈私は何とかなるけど……シオンは追い付いていないわ〉


 そう思ったときルシアを目掛けてきたと思った一匹が目の前を通り過ぎてシオンの背後を狙った。


「シオン!」


 ルシアの声にシオンは杖でバッカラを叩き落とすが、彼の正面から迫っていた数匹がすでに飛びかかっていた。

 シオンが杖を地面に突き刺したかと思うと飛びかかるバッカラを拳と蹴りで叩き落としルシアに微笑む。


「どういうこと!?」

「いつ僕が魔法以外で戦えないと言ったのさ」


 徒手空拳。

 彼は魔術を極める一方で素手での戦いを得意としていた。余計な荷物を持たず、咄嗟の事態にも武器の持ち換えを必要とせず対応できることが魔術師である彼にとって都合が良かった。

 しかし事態が改善されたわけではない。バッカラはいくら倒してもその数を減らす様子はなかった。


「このままではジリ貧ね……この子だけでも逃がせないかしら」

「無理だろうね。敵は四方八方から迫ってる逃げ道が見当たらないよ」

「私が時間を稼ぐわ。もう一度魔法で何とかならない?」

「その子を守りながらできるかい?」

「それは……」


 ラパを見捨てることになるが命には変えられない。ラパも理解しているかのようにルシアに視線を向けていた。

 ルシアは胸を締め付けられる思いのまま答えた。


「ここで旅を終えるわけにはいかないわ。ごめんなさい……」

「分かっ──」


 緑色に輝く閃光が森から夜空にかけて一直線に昇った。

 それは上空で満点の星と(たが)わぬほどの数に弾けて地面へと降り注ぎ始めた。


「ルシアっ!」


 シオンは自らのローブの中にルシアを引き入れると庇うように抱きしめた。

 降り注ぐ閃光は次々とバッカラを射貫き息の根を止めていったが、それがルシアたちを傷つけることはなかった。

 やがて何事もなかったかのような静寂が訪れた。


「本当に仲良しね、あなたたち」


 二人は慌てた様子で離れると声のする方向へ視線を向ける。

 そこにはシーナがラパの頭を撫でながら立っていた。


「シーナ……どうしてあなたが?」

「あら名前を覚えていてくれたのね、興味がないのかと思ってた。それに言ったでしょう? 私はこの森に住んでいるのよ、あなたたちが入ってきたことを知らないとでも?」

「それよりもシーナさっきの魔法は君が? あんなのは見たことがないよ」


 シーナは人懐っこい笑顔を見せると手に持っていた弓をシオンに向けた。


「弓?」

「そうね、正確には自然を司る精霊の力を弓に乗せたの。この森ではとても強い力が借りられるから」


 そう言うとシーナは火の消えかかった焚火の前に座って薪を焚べだした。


「今夜は私が見ておいてあげるわ、二人は朝まで休んだら? まだ夜は長いのよ」


 シーナには聞きたいことがあったが、二人は彼女の提案に乗り休むことに決めた。

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