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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十話〈北へ〉

 ルシアの稽古が終わると調査団の任務も一段落つき、ルシアとシオンも旅立ちの準備を進めていた。


「近いうちにシオンとしばらく北へ向かうわ。戻ってはくるつもりだけれど」

「街を離れるんだね、また会える日を楽しみにしているよ。とは言え、我々も本国へ戻ることになっていてね。次に会えるのはいつになるやら」


 レオンは椅子から立ち上がるとルシアの前まで行き右手を差し出した。ルシアは差し出された手と彼の顔を交互に見る。少し寂しそうな表情をしたレオンの右手を握った。


「調査団として来たかいがあったよ。思った以上に君のことを知ることができた」

「それは良かったわね。でも一つ忠告しておくわ、あなたは自分の行動にもっと気をつかうべきね」

「最後まで手厳しいね君は」

「〝あの〟借りは返していないもの。忘れていないわよ」


 レオが困った様子で視線をそらしたのを見て、ルシアは小さく笑った。


「それはそうと北の魔物はこちらより狂暴だ。くれぐれも油断しないことだ」

「もう大丈夫よ。あなたの……いいえ、みんなのおかげ」

「そうか、そうだったね。でも君が戻るころには調査団は別の隊と交代している、人選はしておくが期待はしないことだ」

「気を付けるわ。それとありがとう、本当に感謝してる」

「私の方こそ部下が世話になったね。みんな君のことがお気に入りみたいだし、寂しがるだろうね」


 ルシアと別れたレオンは執務室の窓から街を眺めていた。そう長い滞在ではなかったがこの街はレオンの描く理想であった。

 誰もが受け入れられ努力が報われる。今の帝都とは程遠く、人々は生き生きとして希望に溢れていた。


* * *


「ルシア久しぶりじゃない、街を出るって聞いたわ」

「戻ってくるわ。少しの間だけよ?」

「あらそう。私の仕事は減らないってことね」

「そうね、シアにはもう少し頑張ってもらうことになるわね」 


  シアは艶やかな水色の髪を耳にかけるような仕草をしながら(うつむ)いて笑いを堪えていた。

 ルシアはカウンター置かれたシアの手に自らの手を重ねる。


「少し行ってくるわね」

「気を付けて、必ず戻ってくるのよ。あなたにお願いしたい依頼は山ほどあるんだから」


 ルシアはシアに別れを告げると宿へと戻る、宿にはゼラとバルドーがルシアを待っていた。ゼラはルシアの顔を見るなり嬉しそうに駆け寄った。


「街を出るって聞いてな、急いで仕上げたんだ。急いだとは言ったが手は抜いてねえぞ」


 ゼラが手渡したのは修理を頼んでいたチェストプレートだった。あれだけ派手にへこんでいた部分は新品同様に直されていた。


「こんなに早く、凄いわ。新品同様ね」

「見くびるなよ誰だと思ってんだ」


 ゼラは得意気な顔で自らの胸を拳で叩いた。

 チェストプレートを良く見ると修理以外にも胸や肩に接する内側部分が格段に改良されていた。


「気がついたか? おめえは無茶するからな、多少はマシになるだろうよ」

「ゼラ……ありがとう。いつの間にか私ばかりが助けて貰っているわね」

「バカ言え。そんなもん片手間だ気にするな」


 ゼラは恥ずかしそうに後頭部を掻いてルシアから目をそらすと、入口脇のテーブルに戻りビールをあおった。


「感動の再会は仕舞いか?」


 ゼラの向かいの席に座っていたバルドーが座ったまま話しかける。

 ルシアはテーブルに近付く。


「そうね。あなたにもお別れを言わなきゃね」

「お別れ? 冒険者なんて毎日お別れみてえなもんだ、わざわざいらねえよそんなもん。それに戻ってくるんだろ?」

「どちらにしろ精算しておくわ。何があるか分からないもの」

「いらねえよ。部屋もそのままにしておけ、必要のねえ荷物は置いていって構わねえ」

「ありがたいけどそうはいかない──」


 ルシアが言い終える前にバルドーは席を立つと彼女の肩に手を置いて瞳をみつめる。


「あの部屋は元々使ってねえんだ。それに帰る故郷なんてねえだろ……それならここがそんな場所でも良いだろ」

「バルドー……」

「おめえが気に食わねえって言うなら無理にとは言わねえよ。荷物を引き上げて出て行けば良い」


 バルドーはそう言うとカウンターの奧の部屋に引っ込んで行った。

 ルシアは彼の背中を見送ると深くため息をついた。


「あいつも寂しいんだ……ああいう性格だし、素直になれねえんだな。誰かさんにそっくりだぜ」


 テーブルで飲んでいたゼラが背を向けたままつぶやいた。


「私も寂しくないわけじゃないわよ?」

「何でもいいがな。あいつとお前さんの帰りを待ってるよ」


 ルシアの出て行った部屋でバルドーはメモとぬいぐるみを見つけた。


『連れていけないから預かっておいて。大切なものだからくれぐれも丁寧に扱って』

「お嬢のやつ……」


* * *


「今日は奮発しちゃおうかしら」

「ルシアちゃんが珍しいわね。何か良いことでもあったの?」

「しばらくシオンと街を出るの、シオンから聞いていなかった?」

「聞いていないわよ。水くさいわねぇ……」

「ここでシオンと待ち合わせなの。今日伝えるつもりだったのかも知れないわね」


 タリアは珍しく不満げな顔をすると鼻を鳴らした。

 ルシアはテーブルに備え付けられているメニューを手に取ると、スペシャルと書かれた項目から肉料理を選んだ。


「少し時間がかかるけど、とびきり美味しいのを作るわね」

「それは楽しみね」


 店内にひときわ良い香りが漂い、店内のお客もまばらになったお昼過ぎにシオンはやってきた。彼はルシアの向かいの席に座る。


「タリアさんご立腹よ。街を出ることを話していなかったの?」

「あぁ……いや。今日話せば良いかなと思っていたんだ」

「今日発つのに?」

 

 シオンは恐る恐る厨房のタリアに視線を向ける。タリアは調理の手を止めずに無表情でシオンの方を見ているようだった。


「あれは怒っているね……」

「旅から戻る頃には機嫌も直っているわよ」

「それじゃあ意味ないじゃないか」


 ルシアは口元に拳をあてながら小さく笑った。その姿を見てシオンは諦めたように天を仰いだ。

 ルシアの前に豪華な肉料理が並べられ、シオンが驚きの声をあげる。


「タリアさん、僕も同じものをいただけるかな?」

「滅多に出ない料理だから、ルシアちゃんのために張りきっちゃったわ。お口に合うと良いのだけれど」

「凄く美味しそう! 口に合わないわけないわ、ありがとうタリアさん」

「あの……僕も同じ物を」


 タリアはシオンと目を合わせることもなく厨房へ戻って行ってしまった。ルシアが楽しそうに笑う。


「笑い事じゃないよ、これから発つのに僕は食事抜きってこと?」

「大丈夫。きっとあなたのよ」


 ルシアは顎で厨房の方をしゃくる。

 タリアは厨房で慌ただしく調理を続けていた、ルシアの後に注文をしたお客はいないはずだった。


「だと良いけれどね」


* * *


 結局シオンの料理もしっかりと提供されたがタリアは口を聞いてはくれなかった。

 しかし料理の手は抜かない、二人は舌鼓をうちながら料理をあっという間に平らげてしまった。


「タリアさんの腕前はさすがだね。こんなに本格的な料理は初めて食べたよ」

「本当ね。これよりも美味しい物を食べた記憶がないわ」

「それはそうと少しだけ真面目な話しをしても良いかい?」


 リヒト村はラーゼよりも遥か北の雪深い地方にある。以前はバルムークの森を迂回しなければならなかったが、ゴブリンジェネラル討伐以降は魔物の数が大幅に減り、それなりに戦うことができれば森を抜けることができるようになっていた。

 それでもリヒト村までは一週間を要し、途中に宿泊費できる場所はほぼないため、野宿を強いられることになるため準備が必要になる。


「ある程度の準備は済ませて外のラパに積んでおいたよ。他に必要な物があるなら街を出る前に買っておいた方が良いね」

「全部準備して貰って悪いわね」

「良いさ、僕がお願いしたんだから」

「そうね……それならここは私が奢るわ」

「そんなの良いって、悪いよ」

「あなたが支払うといくら吹っ掛けられるか分からないわよ?」


 ルシアは横目でタリアの方を見る。つられてシオンがタリアに目を向けると目が合ったようですぐにルシアへ視線を戻した。


「ルシアごめんね、ダメそうだ……ここの支払いはお願いするよ」


 気まずそうな表情のシオンにルシアは吹き出しそうになっていた。

 ルシアが支払いを済ませて外へ出ると可愛らしいラパが荷物のを背負い、その横にシオンが立っていた。

 ラパは馬よりも小さくずんぐりむっくりとした体型で主に荷物運びに利用される草食獣だ。その愛くるしい瞳と容姿は人々に愛されている。


「ずいぶんと可愛らしい冒険仲間ね」

「ルシア……そんなことよりタリアさんは」

「大丈夫よ怒ってないわ。ちょっと懲らしめてやろうと思ってだって笑っていたわ」

「はぁ……怒ってないなら良かった。しばらく会えないし、きちんと挨拶してくるよ」


 シオンはそういうと再び店内へと戻って行った。

 ルシアがラパの頭を優しく撫でると、ラパは気持ち良さそうに目を閉じて鼻を鳴らした。


「よろしくね。小さな冒険者さん」


* * *


 ルシアたちはキースたち警備兵に見送られて街を出た。二人が街から離れたところで振り返ると手を振るほどの愛想こそないものの、兵士たちはまだ見送ってくれていた。


「なんだか今生の別れみたいね」

「縁起でもないことを言わないでくれよ」


 バルムークの森へと向かう二人を待ち構える者がいることを彼らはまだ知らなかった。

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