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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二話〈天賦〉

 両親と別れて三年の月日が流れていた。

 ルシアは十五歳になっていたが、未だに森や洞窟に潜みながら時には盗みを働き、浮浪者のような生活をして過ごしていた。


「うんざり……いつまでこんな生活を続ければいいのかしら」


 そう呟きながら少女はカビが生え硬くなったパンをかじる。

 病にかかり生死の境を彷徨(さまよ)ったときもあったが、両親と別れたあの日から手を差しのべてくれた人など誰一人としていなかった。

 そんなことを考えていたとき、けたたましく走る馬車の音とそれを追う沢山の蹄の音。そして荒々しい男たちの罵声が聞こえた。

 すぐに馬車が転倒する激しい音が森に響き渡り、続いて歓喜に喚く男たちの声が聞こえた。


「またなのね……」


 ルシアは森の中を走る街道の近くに潜んでいた。ここでは時折、商隊や貴族の馬車が盗賊に教われる。

 彼女はその度に争いの音や悲鳴が止むのを息を潜めて待つ。そして静まり返ったところでおこぼれにあずかるのだ。

 残酷な話ではあるが、幼かった彼女が三年間も生き延びることができた理由の一つでもある。


「やめて……助けて……」


 戦闘の音が静まりルシアが茂みから覗き込もうとしたとき少女のか細い声が聞こえた。

 引き返そうとしたが思わず覗き込んでしまった。自分と同じか少し年下の少女が盗賊たちに詰め寄られ、今にも襲われてしまいそうになっていた。

 貴族の娘のように見えた。白い肌に緩いウェーブのかかった美しいブロンドヘア、上質なドレスは無惨に引き裂かれ、それでも必死に手で隠しながら許しを懇願(こんがん)していた。

 こんな場面は幾度も見てきた、いつのもように目を閉じて耳を塞ぎすべてが済むのを待てば良かった。


「お願いします、助けてください」

「助けてくださいだとよ! 俺たちは貴族様から助けて貰ったことなんて一度もねえのによ!」

「ちげえねぇ! まあお前さんの具合によっちゃ助けてやるかもな、途中で死んじまうかもしれねえがな!」


 ゲタゲタと下品に笑う男たちの声が酷く耳障りだった。

 この少女が襲われどんな目に合うのか容易に想像はついたし、これまでに何度もそんなことはあった。しかしこんなに小さな少女がそんな目にあう姿を見たことは無かった。

 彼女が仮に生き延び、きらびやかな貴族の生活に戻れたとしても全てを失ったまま抜け殻のように生きることになるだろう。

 何もかも奪われた自分ですら生きる希望を失ってはいない。彼女はどうだろうか。


「うんざりだわ……本当に」


 ルシアはそう呟くと茂みから飛び出していた。

 少女の護衛が使っていた物だろうか、目の前に落ちていた細剣を掴むと少女に迫る男に躍りかかる。

 夢中で突き出した剣先は目の前の男の喉元へ突き刺さり、男は呻き声ひとつ漏らさず首元を押さえながら地面に倒れ込む。


「この野郎! 誰だてめぇは!」


 少女に手を伸ばそうとしていた男がそのままの体勢で喚く。

 ルシアは周囲の男の間を(かい)い潜り、少女に伸ばした男の手を切り払うと、男の胸へと剣を突き立てた。


「黒……髪」


 男の胸から剣を引き抜き横目で少女を見ると驚いたような表情で呟いた。

 聞き飽きた言葉にいつもの表情、黒髪はいつでも厄介者だった。


「黒髪のお嬢ちゃんか。いい度胸してるじゃねえか」

「俺たちの仲間を殺っておいてタダで済むと思うなよ」


 離れた場所で荷物を漁っていた盗賊たちが異変に気が付き駆け付けていた。ルシアをの周りを十人以上の男たちが取り囲み剣を向けていた。


「タダじゃないって何かいただけるのかしら? でも残念ね」


 ルシアは盗賊たちに向かって顎をしゃくり、街道の先へ視線を向けた。

 多くの蹄の音が聞こえた。重い蹄の音、盗賊たちのような軽装のものとは違った。

 護衛の騎士か街の兵士かは分からないが盗賊が敵うような相手ではないのは確かだった。


「お姫様を迎えに来た王子様かもね」

「クソッ、覚えてやがれよ! お前らずらかるぞ!」


 盗賊たちはそそくさと馬に飛び乗り、蹄の音と反対方向へ向かって走り去った。

 ルシアも少女一瞥(いちべつ)して無事を確かめると、拾った細剣を持ったまま森の中へ姿を消した。


「あっ、あの……」


 少女は何か言おうとしたが、ルシアの姿は木々に遮られ見えなくなっていた。


* * *


 ルシアは森の中にある池の畔で細剣を眺めていた。

 鋼とは違い、ほの白く輝いた刀身。柄はシンプルな籠状になっており、絵柄には薄青色の宝石があしらわれていた。


「綺麗……」


 先ほどの少女付きの護衛が使っていた物だろう。護衛は女性のようであったが回りには十名ほどの盗賊の死体が折り重なっていた。

 自身も複数の矢を受け、最後は多方から刺されて絶命していたようだった。奮戦具合から見ても相当な手練れだったか、少女のことが余程大切だったのだろう。

 この細剣は市販のものではない。細部にまでこだわって作られており、彼女のために特別にあつらえた一品に見えた。

 それにも関わらず、この細剣はルシア手にも馴染んだ。


「剣術なんて習ったこともなかったのに……」


 ルシアが剣を構え軽く振るうと、剣閃が美しく空を舞った。

 彼女自身も気が付いてはいないが、並みの剣士であれば太刀筋を見切ることは難しいほど鋭いものであった。


「まるで自分の体の一部みたい」


 ルシアはそう呟くと再び細剣を眺めてから鞘に納めると、森の奥へと姿を消した。


* * *


 あの日からルシアは独学で剣術を学び始め半年が経っていた。

 細剣での戦いは突きを主体とし、力でぶつかり合うのは分が悪い。そのため素早い身のこなしとフェイントで相手を翻弄する必要があった。力で劣る少女には都合が良かった。


「今日はここまでね」


 ルシアはいつものように池の畔で剣術の練習をしていた。今日も日射しが強くなる前に切り上げようとしたそのときだった。

 馬車が転倒する激しい音が聞こえ、次いで下品な男たちの笑い声が響いた。

 貴族か商人かは分からないが、彼らはなぜか危険なこの街道を通ることが多い。

 ルシアは剣の柄を強く握り締めると、声のする方向を見つめてから走り出した。


「いつもおこぼれを貰ってばかりだもの、たまには返さないとね」


 そう呟いた彼女は軽装鎧とフード付きの外套に身を包んでいた。どれもこの街道で襲われた者たちからのおこぼれだった。

 一旦立ち止まり呼吸を整えフードを深く被ると、ルシアは茂みから勢い良く飛び出した。

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