第十七話〈帰還〉
「ちょっと降ろしなさいよ」
レオンにお姫様抱っこをされたルシアが不満そうに言うと、前を行く兵士たちが二人を横目に小さく笑う。
「洞窟を出るまでだよ。助けてあげたじゃないか」
「意味がわからないわ……」
やがて洞窟の出口が見えた。
外からは月明かりが射し込み外からの心地よい風が一行を迎えた。
「着いたわ、降ろして」
「辛いなら野営地までこのまま運ぶよ。私は構わない」
ルシアは無感情な顔に無言の圧を感じてレオンはしぶしぶ彼女を降ろした。
やっとのことで解放され大きく伸びをすると脇腹に痛みが走り顔をしかめた。
「痛むのか? 私のせいですまない……」
その様子に気が付いた兵士が申し訳なさそうな表情でルシアに声をかける。
「お互い様よ、二人とも助かったしどうでも良いじゃない」
素っ気ない態度で返事をするとルシアは来た道を一人で戻り始めた。三人はそんな彼女の後姿を見ると顔を見合わせて微笑んでいた。
* * *
昼間に三組が分かれた地点に近づくと焚火の明かりが見えた。レオンは一行を制して慎重に近づいたが、そこにはシオンの一団が焚火を囲んでレオンたちを待っていた。
「ルシア!」
ルシアの姿に気が付いたシオンが駆け寄り、彼女のチェストプレートのへこみに気が付く。
「大丈夫なのかい!? ミスリル製の鎧がこんなになるんなんて!」
「……そうね。見てもらえる?」
心底不安そうなシオンの顔に大丈夫とは言えなかった、何より脇腹の痛みは良くなっている様子がなかった。
ルシアは木の幹に背を預けて地面に座る。シオンがかたわらにしゃがみ込み、ルシアの胸元に手を添えると詠唱を始める。
白く輝く小さな魔方陣がルシアの全身にいくつもの現れては消える。
「ボーションを使ってこれかい? 腹部の損傷も酷いけど、肋骨にもヒビが入っているよ」
「安物はダメね」
「良く戦えたね……」
シオンはそう言うと損傷の酷い腹部に両手を添えて詠唱を始める。緑色の魔方陣が二人の足元に広がり、輝く粒子が周囲に溢れる。
「上級治癒」
詠唱が終わると魔方陣は溶けるように消え、ルシアの感じていた痛みも消え去っていた。
「まだ痛むかい?」
「もう大丈夫みたい。ありがとうシオン」
シオンは笑顔をこぼして立ち上がるとレオンたちの方へ振り返る。
「君たちの方は問題ないかい? 負傷者がいれば治癒するよ」
「いや、我々は平気だが……君のそれは」
シオンが顔をしかめて首を横に振る。レオンは何かを察したのかそれ以上言葉を続けることはなかった。
「それはそうと、西へ向かった隊が負傷したんだ。ギルドから来ていた男も負傷して、今は野営地で休んでいる」
「死者は?」
「幸い全員無事だったよ。彼女のおかげでね」
シオンがそう言いながら木の陰に視線を送ると、浅緑色のショートヘアの少女が姿を表した。
「こんばんは。シーナよ」
少女は人懐っこい笑顔で可愛らしくお辞儀をすると焚火の方へ近づく、美しい弓を背負い、目を引いたのは尖った耳だった。
「エルフなのかい?」
「そうよ珍しいかしら? そっちの黒髪さんの方が珍しいんじゃないかな?」
レオンの問いに答え、それから首をかしげながらルシアに笑いかける。
「ずいぶんと若いのね」
「そうね、私はまだ二百歳くらいだもの」
途方もない年齢のようだがエルフから見れば彼女はまだまだ子供だ。
しかしレオンが率いる精鋭たちでも敵わなかった敵を一掃して彼らを救っている。森の民であるエルフは弓と自然魔法を使うが、精霊の力が強い森でその力は一層高まる。
「悪いが自己紹介は後にしよう。まずは野営地に戻って状況を整理しよう、負傷した者たちも心配だ」
レオンがそう言うと全員頷き移動の準備を始める、シーナもそれに従った。
* * *
野営地に戻ると予想に反して賑やかな声が響き、良い香りが漂っていた。
ルシアたちが目にしたのはギルドからきた大男を中心に酒盛りで出来上がった兵士たちの姿であった。
「君たちは何をしているんだい?」
レオンの声が聞こえた途端、酒盛りに参加していた兵士全員が即座に起立して姿勢を正した。
「俺が無理矢理誘ったんだ許してやってくれ。それにこいつらだって死にかけた、楽しめるときに楽しまねえと損ってもんだ」
「とやかく言うつもりはないよ、全員元気そうで何よりだ。だが君とルシアくん、そしてシオンくんとシーナくんは私の幕舎に来てくれ話しを聞きたい」
レオンの幕舎で五人がテーブルを囲むように席に着いた。
洞窟を見つけたレオンたちを除き西と東に向かった隊の状況は似ていた、オーガとカーネルを複数含む集団から奇襲を受けていた。
東へと向かった一団はシオンの的確な指示と魔法によって難を逃れることができたが、西へ向かった一団は負傷者を出し壊滅寸前まで追い込まれシーナに救われた。
レオンたちは森に入る前から監視されていたのだろう、それを指揮していたのがジェネラルだった。
そしてシーナは遥か以前より森で暮らしており異常を認知してはいた。森と共に生きるエルフにとって魔物がはびこるようなことは許せないが、彼女はこの森の中で起こることに干渉する気はなかった。
しかし森でルシアを見かけた。魔王の血を引くと言われる黒髪の伝承はエルフにも伝わっている、そんな黒髪の少女が負傷しながらも魔族と戦っているのを見て手を貸していた。
一点集中──
シーナはルシアに魔法をかけていた。
カーネルに追い詰められたルシアが諦めていなければ一撃必殺の攻撃を狙う。魔法はそのときに発動し、魔法により極限まで高められた集中力は驚異的な速度を生み出す。周囲の動きが遅く見えたことも、攻撃すべき一転にしか焦点が合わなかったことも全てシーナのかけた魔法の効果だった。
「そう……私もあなたに助けられていたのね」
「あなたを助けて良かったわ。伝承には初めから興味もなかったけど所詮伝承だったわね、誰かのために命をかける魔王なんていないもの」
斜向かいに座っていたシオンがルシアに微笑む。ルシアはなんとも言えない表情で首を横に振って答えた。
ルシアたちは幕舎から出ると兵士たちと合流して夕食を済ませた。
「ルシア無事で良かったよ。ゼラがそれを見たら大騒ぎするだろうね」
心配そうな表情でチェストプレートのへこみに目をやったシオンが言う。
ルシアも自分の胸元へ視線を落とす。我ながら良く無事に済んだと改めて感じていた。あのときゼラに会って、これを受け取っていなければどんな最後を迎えていたのか考えるだけでも恐ろしかった。
「そうね。ゼラにも彼らにも感謝しないとね」
一緒に戦った兵士とレオンに目をやる。二人は楽しそうに酒を飲み語らっていたが、ルシアの視線に気がつくと笑顔で返す。
しばらくするとレオンがルシアの元へやってきた。
「少しだけ良いかな?」
「もちろん。どうぞ」
シオンはかしこまって返事をしたが、ルシアは素っ気なく彼を一瞥しただけだった。
「……あなたのお陰で助かったわ。ありがとう」
「素っ気ないわりには素直だね。礼を言わなければならないのは私の方だけどね」
「あなたが? 何に対して?」
「彼から話しは聞いたよ、君に何度も助けられたそうだね。お陰で大切な部下を失わずに済んだ」
「それはお互い様よ」
「そうだね……それでも命をかけて助けられるのは当たり前じゃないさ」
シオンは二人のやり取りをぼんやりと眺めていた。
そしてルシアをツァルベルグ山へ誘ったことを少し後悔していた。
あの山は入ることも難しいが強力な魔物が住まうとも言われている。今回はレオンがいたおかげでルシアは助かった。しかし自分だったらルシアを救えていただろうか?
今回のことでそんな考えが頭をよぎっていた。
「ルシアくん、君さえ良ければ私に稽古を付けさせて欲しい」
「私に? なぜ私があなたに稽古を付けてもらう必要があるの?」
「君は一般的に見れば強いかもしれない。でも基礎がなっていないのも事実だ、このまま戦い続ければ必ず命を落とす」
「……」
驚くシオンとは対照的にルシアは落ち着いた様子で焚火を眺めていた。
彼女自身も己の無力さを実感し、どうすべきか考えあぐねていたのだ。レオンはそんなルシアの横顔を静かに眺めていた。
「そうね。頼むわ」
「そうか良かった。気が向いたときに我々が滞在している宿へきて欲しい」
そう言い残すとレオンは兵士たちの元へと戻って行った。
「シオン、ごめんなさい。一緒に行く話しは少しだけ待ってもらえる?」
「もちろんだよ。急ぐ旅じゃないからね、それに一緒に行ってもらえるってことだよね? それは」
ルシアは焚火から顔を上げて驚いたように目を見開いてシオンの顔を見た。初めて見るルシアの顔にシオンがたまらずに吹き出すとルシアも釣られて笑いだした。
「二人とも楽しそうね。私も良いかな?」
シーナは返事を待たずにルシアのすぐ隣に座り、笑顔で彼女の顔を覗き込む。
「近いわ。座る場所はいくらでもあるでしょう?」
「でもここも空いてるんだから構わないでしょ?」
ルシアは頭を軽く左右に振ると好きにすれば良いと言うように溜め息をついた。
「仲良しなのね。二人で旅をしているの?」
ルシアはシーナからあからさまに顔を逸らして興味なさそうな雰囲気を醸していた。答える気の無さそうなルシアに代わってシオンが口を開く。
「僕らもラーゼで知り合ってそんなに経っていないよ」
「そうなのね。でも一緒に行くとか言っていたから、そうなのかなって」
「今度行く方角がたまたま一緒だから途中までって話しだよ」
ルシアは持っていたカップの中身を飲み干して立ち上がると大きく伸びをした。
「そろそろ寝るわね。今日はいろいろと疲れてしまったわ」
「残念ね。あなたとはまだ何もお話ししていないのに」
「そうね。機会があったらね」
幕舎へと戻って行くルシアの後姿を見送りながらシーナが呟く。
「嫌われちゃったかな……」
「そんなことはないよ。素っ気ないだけで君にも感謝しているさ」
ささやかな宴は遅くまで続き夜は更けていった。




