第十五話〈随行 -中編-〉
「おお、ルシアじゃねえか。ちょうど良かった店に寄ってくれ」
「ゼラ。これから依頼でしばらく街を出るのよ」
「しばらく? ならなおさらだ、すぐに済むからよ」
集合地点に向かう途中、店の前ではゼラに呼び止められた。
煤まみれの顔に薄汚れた革エプロン、ゼラは街でもそこそこ評判の鍛冶屋になっていた。
案内された店内は以前のような伽藍堂ではなく、武器や防具、そして日用品が雑然と棚に並べられていた。
「ずいぶんと見違えたわ。ちゃんと鍛冶屋してるじゃない」
ルシアは店の奥を覗き込みながら声をかける。
「あたりめえよ。やるって言ったらやるんだ俺は、家族とあんたとの約束だしな」
棚には飾られている武器を手に取る、素人目に見ても質の良さが分かる。武骨な造りだが使いやすさは考えられており、まさに冒険者向けだった。
「良さの分からない貴族たちには受けなさそうね」
「ああ? 見た目だけのなまくらが欲しい奴なんざ、こっちから願い下げだ」
奥から金属製のチェストプレートを持ったゼラが姿を表すとカウンターに置いた。
「以前に言っていた礼の品だ、受け取ってくれ」
「確かに動きやすそうだけど……」
手に取ろうとするルシアを見てゼラがニヤリと笑う。
チェストプレートは手に取ると想像を遥かに超えるほど軽く、自分が着用している革製の物と変わりないほどだった。
「これって」
「あんたの剣と同じミスリル製だ。軽くて頑丈、あんたの役に立ってくれるはずだ」
「本当に良いの? 普通に買ったら相当な物よ」
「バカ言え、足りねえくらいだよ。これからだって何でも言ってくれよ、力になるぜ」
ゼラは豪快に笑うと力こぶを見せつけるように腕を上げた。
進められて早速着用したが何も着けていないかの軽快に動くことができた。
「どうだ?」
「凄いわね。これなら断然こっちの方が良いわ」
ゼラは得意気な顔で鼻の下をこすると店の扉を開ける。
「急いでるのに呼び止めて悪かったな。行ってくれ武運を祈ってるぜ」
「ええ、ありがとう」
ルシアはゼラの鍛冶屋を出ると集合地点へと向かっていった。
真新しいチェストプレートが太陽の光を浴びて眩いほどに輝いていた。
* * *
調査団はバルムークの森の入り口に到着していた。ここは以前にルシアが初めて入った場所だった。
ここに野営地を築き、しばらく滞在して調査を行うことになる。
ルシアたちも設営を手伝うと申し出たが兵士たちで十分だとレオンに断られてしまった。そして彼の言ったとおり兵士たちは慣れたもので数刻で設営を終えた。
設営が終わると召集がかかった。
調査団は指揮を執るレオンとギルドからの随行者三名、レオン直属の兵士が十三名の計十七名で編成されていた。
「迅速な設営に感謝する。調査は三部隊に分かれて行うが、これから編成を伝える」
部隊は三つに分けられた。レオン率いる部隊はルシアと兵士が二名の計四名、次がシオンと兵士が四名の計五名、大男のギルド員と兵士四名の計五名、そして野営地に兵士を三名を残す構成となった。
ルシアがカーネルを討伐した場所を起点に調査を行うが、日も落ちかけていることから初日は起点までの道を確保することとなった。
「ルシアくん、道案内を頼むよ」
「どうだったかしらね。敵を誘い込むのに急いでいたから」
草木に覆われた旧街道に沿って道を進む、先頭を行く兵士たちが小枝を打ち払いながら道を確保してくれていた。
しばらく進むと腐臭が漂い始め、目的地が近いことを示していた。
「レオンさん」
「ああ、分かっているよ。全員周囲を警戒しろ、囲まれているみたいだ」
シオンが何かを感じてレオンに声をかけるが、彼も気がついていたようだった。
ルシアも視線を感じていた、それはゴブリンたちの持つ殺意とは違うものだった。
「魔物とは毛色が違うみたいね」
ルシアが先頭を行く兵士の前に出ると茂みの左右から狼の群れが現れる。確認できるだけでも十匹、周囲を取り囲んでいるのも合わせれば相当な数だ。
兵士たちが剣を抜く、正面に気を取られることなく周囲への警戒を強める。
「シオン、追い払える? 彼らは死肉に寄って来ているだけよ、戦う必要はないわ」
「わかった、やってみるよ」
シオンの詠唱が夕闇の迫った薄暗い森に響き渡る。詠唱は驚くほど速く終わり、次の瞬間には狼たちの正面に赤く大きな魔法陣が現れ巨大な火柱が周囲を焼き尽くすほどの熱気をまとい森の木々よりも高く立ち昇った。
魔法陣が現れた瞬間に狼たちは大きく距離を取り、火柱が立ち昇った瞬間に闇の中へ散り散りに消えていた。
「森の中で火炎魔法なんてどういうこと? 下手をしたら全部燃えてしまうわよ」
「それはないよ。幻影だからね」
「あれが幻?」
誰もが閉口するなかでシオンは得意げな顔をしていた。
のんびりとした性格に優し気な容姿と口調に騙されてしまいそうになるが、彼は計り知れない力を持っている。本当に伝承を調べるだけの冒険者なのだろうかとルシアは思っていた。
「おかげで囲んでいた狼たちもいなくなったようだね。時間があまりない、急いで終わらせてしまおう」
レオンが木々の間から見える空を見上げながら沈黙を破った。
一行がさらに奥へと進むと強い腐臭が鼻を突いた。少し先の広場には腐敗しかけたカーネルと多数のゴブリンの死体が転がっていた。
狼たちはこの死肉を漁るために集まっていたのだろう。
「このままにはしておけないね。また狼たちが集まってきてしまうと調査に支障が出てしまう、手分けして死体片付けよう」
周囲を見やすくするため広場にはいくつか火が焚かれた。
カーネルの死体が倒れていた広場の中央付近にゴブリンたちの死体を集める。作業は周囲の焚火が燃え尽きる前に完了した。
集められた死体はシオンが〝本当〟の火炎魔法で焼却する。星が瞬き始めた夜空に一筋の煙が立ち昇った。
* * *
翌朝、ルシアたちは広場に集まりレオンから指示を受けた。レオンの隊は北へ、シオンの隊は西へ、残る一隊は東へと向かうこととなった。
「ルシア、気を付けて」
「この辺は嫌な気配はしていないけれど、シオンあなたも気を付けて」
他の部隊の出発を見届けるとレオンたちも、草木の生い茂る旧街道に沿って北へ向かった。
北を目指すレオンたちのルートは森の奥深くへと行くことになるため必然的に危険度は高くなる。
「魔物さえいなければ緑豊かで良い場所だね」
「そうね悪い場所ではないわね。魔物がいなければいないで、盗賊でも出るでしょうけど」
隣に並んだレオンが草木をどかしながら話しかける。レオンは兵士たちにも気さくに話しかけ、彼らも特にかしこまった素振りは見せなかった。
昨晩も兵士たちに頼まれ剣の稽古に付き合い、そのあとも遅くまで談笑に付き合っていた。帝国最強と言われる人間とは到底思えない気のよい青年に見えた。
「ルシアくん。帝都で君のことを聞くという話しはしたよね?」
「ええ。良い話ではなさそうね」
「それがそうでもなくてね。私が調査団としてここへきた理由の一つでもあるんだよ」
ルシアは騒ぎを起こしたわけでもなく遠く離れた帝都で話題になるような人間でもない。
レオンが帝都内で黒髪の少女の話しを聞くようになったのは最近だった。旅の商人や引っ越してきた若い夫婦などが黒髪の少女に救われたという話しを聞いていただけだった。
そして自由都市ラーゼに滞在している黒髪の少女がゴブリンカーネルを単身で倒しとの報告を受けて興味を引かれたところに、調査団の話しが上がったのだ。
「興味だけで調査団を利用するなんて大したものね」
「手厳しいな君は。でもね、魔王の血を引くかもしれないとなれば帝国としても放っておくわけにもいかないからね。どちらも大切な任務だよ」
「物は言いようね」
レオンはおどけたように笑って見せる。木漏れ日に輝くプラチナブロンドの髪が少年のような可愛らしい笑顔を引き立て、まるで物語の中の王子様といった感じだった。帝都でもラーゼでも彼が街を歩けば黄色い声が絶えない。
しかしそんな様子にルシアは冷ややかだった。
「私には――」
「ルシアくん!!」
咄嗟に上体をそらしたルシアの眼前を戦斧が猛烈な勢いで通り過ぎ、切断された髪が宙を舞った。ルシアはそのまま後ろに飛び退いて剣を構える。
「大丈夫か」
「バカにしないで。あんな雑な攻撃に当たるわけないでしょう」
前方から目を逸らさずにレオンが笑う。
後ろにいた兵士たちは側面と後方を警戒していた。さすがはレオンの部下というべきか、動揺も焦りも見られず自分たちのやるべきことを瞬時に理解していた。
わずかな静寂ののち、木々をかき分けて二メートルはありそうな巨体が二つ現れた。戦斧を携えたオークだった。
「オーク? ゴブリンだけじゃないのか」
「一匹は私が相手をするわ」
「いや大丈夫だ。私が隙をつくるから君が一匹仕留めてくれ」
そう言いながらレオンが剣を抜いて前に出る。ルシアは何度か小さく頷くと姿勢を低く構えて突きの体勢を取る。
オークたちは戦斧を掲げて吠えるとレオンに向かって走り出し、そのままの勢いで武器を振り下ろした。激しい金属音が響き渡る。
レオンの頭上で斜に構えられた剣は二本の戦斧をこともなげに受け止めていたが、その衝撃は凄まじく両脚はわずかに地面に埋もれていた。
レオンが攻撃を受けると同時にオーガの右肋骨の下からルシアの細剣が心臓を貫く。ルシアが飛び退くとオーガはゆっくりと仰向けに倒れた。
「さすがだね」
レオンはそう言うと受け止めていたオーガの戦斧をそのまま弾く、次の瞬間にはオーガの胴体は真っ二つに切り裂かれ上半身だけが地面に倒れた。
「ゴブリンとオーガが共存するのは珍しいことじゃないけれど穏やかじゃないね」
「そうね、近くには村もあるわ。いつ襲われても不思議じゃないわね」
日はまだ高い位置にあったが、奥へ進むほどに森は鬱蒼とし不穏な雰囲気が漂い始める。
ルシアたちは周囲を警戒しながら慎重に歩を進める。ゴブリンやグレートウルフなどの急襲を撃退しながら旧街道沿いを進んでいると脇へそれる獣道にルシアが気が付いた。
「ただの獣道に見える?」
「動物や小柄なゴブリンにして不自然だね」
確かに獣道ではあるが周囲の枝が折れ、踏み荒らされた草の感じから大型生物が頻繁に通っている痕跡が見られた。
一行は旧街道を逸れて獣道を進むがレオンはしきりに周囲を観察していた。
「獣じゃないかもしれないね。獣であれば糞や体毛、そういった痕跡を残すはずだけど見当たらない」
「そう。それならなおさら調査が必要ね」
「君は頼もしいね、本当に」
そのまま獣道を進んだ彼らの目の前に五、六メートルはありそうな切り立った崖が姿を現し、そこには洞窟がぽっかりと大きな口を空けていた。そして多数の小さな足跡と人間の物よりはるかに大きな足跡がいくつも洞窟を出入りしていた。
レオンは木々の間から覗く空を仰ぎ見る、依然として日は高い。
「行こうか。大型の魔物もいるようだから、くれぐれも警戒を怠らないことだ」
「ええ。中では自由に動き回れそうにないし、私にとっては不利ね」
四人は互いに顔を見合わせて頷くと松明を手に洞窟へと踏み入っていった。




