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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第十三話〈魔女〉

「おい嬢ちゃん、一体どういうこった! 獣人を四人も置いてくれってのは」


 バルドーが思わず声を張り上げる。ルシアが急に連れてきた獣人の家族、さらに子供は意識もない。挙げ句に金もない。


「落ち着いてバルドー。お金は私が払うわ、お金さえ払えばどんな客でも文句ないって言ったわよね?」

「う……いやまあ、確かに言ったけどよ。調査団の件で部屋が空いてねえんだよ」

「そう、それなら私の部屋で良いわ」


 そう言い放つとルシアは獣人たちを連れて自分の借りている部屋へと行ってしまった。

 バルドーは頭を抱えてため息をついた。

 ルシアは自分の使っていたベッドに子供たちを寝かせた。意識は戻らないまま、辛そうに呼吸をしていた。


「詳しい人に見てもらわないと何も分からないわね、私はギルドで聞いてみるわ。あなたたちはここにいて」


 部屋を飛び出すと食事を持ってきたバルドーとぶつかりそうになったが、ルシアはそのまま走り去って行った。

 ギルドへ向かう途中、タリアの店から出てきたシオンとぶつかる。


「ルシアじゃないか! 何を急いで——」

「帰ってきていたのね! あなた魔法使えるわよね? 治癒には詳しい?」

「え、あぁ? まあ、そこそこは」


 ルシアはシオンの腕を掴むと宿に向けて走り出した。シオンは説明もされないまま引きずられて行った。


「バッカラの巣穴?」

「私の泊まっている宿よ。気にしないで」


 宿に入るとバルドーは何か言いたげな目でルシアたちを見るが、何かを察したのか声をかけてこなかった。

 シオンは申し訳なさそうな顔で店主に会釈をして、ルシアに引きずられるままに通りすぎる。


「この中よ。あなたに見てほしい人がいるの」


 ルシアに促されて部屋へ入る。

 シオンが目にしたのはベッドの上で眠る獣人の子が二人と、その脇でしゃがみ込み、子供たちを心配そうに見守る獣人の夫婦だった。


「ルシア……彼らは?」

「成り行きよ、良く知らないわ。あの子たちが意識を失っていて、その原因が分からないの」

「それを僕に調べて欲しいって?」

「そうよ、私が知っていて頼れそうな人はあなたしかいないわ。シオン」

「分かった、やってみるよ」


 二人が話す姿を獣人の夫婦はすがるような目で見ていた。

 シオンがベッドに近付き夫婦に会釈をする、夫婦は深くお辞儀をするとベッドから離れて場所を空けた。

 シオンは寝ている子供たちに両手をかざすと目を閉じて詠唱を始める

 子供たちの下に白く輝く魔法陣が現れ、さらに詠唱を続けると魔法陣は子供たちを挟むように上にも表れる。そして魔法陣は静かに光の粒となって消えた。

 詠唱を終えたシオンが目を開く。

 そして申し訳なさそうに首を横に振った。


「ごめん……治癒魔法では完治させられそうにない。症状は和らいだとは思うけど」


 確かに子供たちは穏やかな表情で呼吸も落ち着いていた。夫婦は心配そうな顔をしていたが、少し落ち着いた子供たちを見て安堵の

表情を見せた。


「薬や病気に詳しい……誰か……ルシア! 魔女だ!」


 シオンはルシアの両肩に手をかけて叫んだ。あまりの勢いに圧倒されそうになる。


「ちょっと落ち着いて! 魔女って誰よ」

「あ、あぁ……ごめん。居るんだよ魔女が、路地裏で店をやってる」

「路地裏……煙草を吸っている愛想の悪い?」

「知っているのかい?」

「一度買い物をしただけよ」


 確かに魔女と言われればそんな雰囲気だったかもしれないとルシアは思った。自分の思いを見透かしたような対応にやけに品質の良い薬。

 気難しそうではあるが悪い人ではないとルシアは思っていた。


* * *


 ルシアは魔女の店の前にいた。

 薄汚れた窓から見える雑然とした薄暗い店内、隙間だらけの適当な扉、店の名前はどこにも書いていない。今思えば自分はどうやってこの店を選んだのかルシアは覚えていなかった。

 扉を開くと独特の香の香りがする。相変わらず老婆は店内にいないようだった。

 急いでいたが奥に声をかけてまで呼び出すのは(はばか)られた。いや、そうしない方が良いような気がしたのだ。

 狭い店内にある商品はどれも埃をかぶっているうえに説明も何もない。物を売るという気が一切感じられない不思議な店だと改めて感じていた。


「……あんたかい」


 奥の部屋から煙草を(くゆ)らせながらながら老婆が姿を現す。

 白髪を後頭部でまとめ上げ、薄紫色の宝石がはめ込まれた耳飾りと指輪を付けていた。


「じろじろ見るんじゃないよ。用がないなら出ていきな」

「この前貰ったポーション、助かったわ」


 老婆はカウンターの椅子に座ったまま、目だけを動かして見上げるようにルシアの顔を見る。


「ああ、あんたかい」


 ルシアは返事もせずに手近な瓶を取って眺める。

 老婆が鼻で笑う。


「要件を言いな。まどろっこしいね」

「そうね、そう思うわ。助けて欲しい獣人の子供がいるの」


 ルシアが事情を話しているあいだも、老婆は関心がなさそうに煙草を吹かし続けていた。ルシアもそんな老婆の態度を気にせず経緯を説明した。

 話しが終わると老婆は何も言わずに煙草の置いて店を出た。ルシアは小さく笑うと老婆の後を追った。

 道中二人が言葉を交わすことはなかった。老婆は目的地も聞かずにバッカラの巣穴へと真っすぐに向かい、そのまま店内へ入っていった。

 バルドーはたびたび訪れる珍客を苦虫を嚙み潰したような顔で迎えた。老婆はそんな店主を鼻で笑い飛ばす。

 そのままルシアの部屋の前まで行くとノックもせずに扉を開けて中へ入る。


「どきな」


 老婆は部屋へ入るなりぶっきらぼうに言う。 

 子供たちの横で様子を見ていたシオンが驚いた表情で場所を空けた。


「ルシア、まさか連れてくるなんて」

「見てもらわなきゃ分からないでしょう?」

「うるさいよ。気が散るから黙りな」


 老婆は子供たちの全身をくまなく確認すると難しい顔をした。

 部屋の全員が息を飲んだ。


「珍しいね。こいつは獣人特有の感染症だ、長くは生きられない」

「そんな……どうして。どうか、どうかお願いします。お願いします」


 獣人の女性が老婆にすがり付いて助けを乞う。

 感情の無い表情で全員を見渡して老婆が答える。


「方法が無いわけじゃないよ。一人金貨五枚だね、二人とも助けたいなら十枚。銅貨一枚だってまからないよ」

「――!?」


 全員が言葉を失った。

 老婆は誰の返事も待たずに静かに部屋を出て行き、部屋は静寂に包まれた。


「金貨十枚なんて法外な……」


 獣人の男性が呟き、その胸にすがり付き獣人の妻が泣いていた。


「僕が彼女のことを言わなければ期待を持たせることもなかった……」

「それでも彼らを救えるのは彼女だけよ」


 日が暮れてシオンが『宿へ戻る』と言い出すまで誰も口を開くことはなかった。

 それから夜が更けるまで獣人の夫婦は子供たちを側でずっと見守っていた。


* * *


「こんな夜更けにどこへ行くんだ」


 獣人の男性が部屋を出ようとするルシアに声をかけた。


「少し風にあたりたくてね」

「すまない。俺たちのせいで……」

「私が言い出したことよ、気にしないで」


 そう言うとルシアは部屋を出た。

 向かった先は老婆の店だった。窓越しに店内の蝋燭の光が揺らめいているのが見えた。

 扉を開けると老婆は相変わらず椅子に座って煙草を吹かしていたが、入って来たルシアに視線をやることもなくただ座っていた。

 ルシアは何も言わずに十枚の金貨をカウンターに置いた。

 老婆は金貨を数えることもなく棚の奥から美しい透明な瓶に入ったポーションを二つ取り出した。それには淡いエメラルドグリーンの液体が入っていた。


「こいつを元に生成する。ちょっと待ってな」


 そう言うと老婆は奥の部屋へと消えていった。

 あのポーションには見覚えがあった。通りの高級そうな店でハイポーションとして売られていた品物に液体の色が酷似していた。ハイポーションは普通のポーションと異なり、致命的な傷ですら驚異的な速度で治癒することができる高級品でルシアが見たのは一個で金貨四枚だった。

 老婆はそれを元にと言っていた。そうであれば一個で金貨五枚は法外とも言えない価格だった。

 どれだけ時間が経ったのだろう。ルシアが壁に寄りかかり目を閉じていると奥の部屋から老婆の出てくる気配がした。


「待たせたね」


 老婆は薄桃色の液体を(たた)えたポーションをカウンターに置いた。


「ありがとう。助かるわ」

「金の分の仕事をしたまでさ。ただね、一つだけ頼まれてもらえるかい?」


 表情には出さなかったがルシアは内心驚いていた。この老婆が頼みごとをしてくるとは思ってもいなかったからだ。老婆の表情は真剣なものだった。


「いいわ、言って」

「すぐにとは言わないよ。どこかで見かけたらで良い、エルペジアの花を持ってきておくれ」

「……分かったわ。期待はしないで」


 ルシアはそう言い残すと店を出た。

 エルペジアの花は霊薬の材料にも使われると言われるほど非常に希少価値が高く、金貨十枚という高額で取引されることもある物だった。それは雪深い高山にのみ生息し、大半は雪の中に埋もれているため探して見つかるような物ではなかった。

 老婆がそれを求めた理由は一つ、今回の薬の生成にその花を使ったのだろう。つまりルシアに渡された薬は一個が金貨九枚に相当することになる。

 ルシアは店を出ると扉越しに深くお辞儀をして走り去った。老婆は薄汚れた窓越しにルシアが去って行く姿を見送ると蝋燭を吹き消した。


* * *


 ルシアが部屋に戻ると獣人の妻は床に座ったままベッドにもたれ掛かり、夫は机に突っ伏して寝ていたい。二人は森を出てから満足に休んでいなかったのだから無理もないことだった。

 ルシアが老婆に貰ったポーションを机に置くと夫が目を覚ます。


「ああ、すまない。私だけ眠ってしまって」

「良いのよ森を出てから休んでいないんだもの。それよりもそれ」


 机に置いたポーションを指さす。

 夫はそれを手に取って眺めると驚いた顔でルシアを見る。ルシアは小さく微笑んで首を縦に振った。


「一体どうして! 金は……金はどうした?」


 夫の大きな声に妻がビクリと体を震わせて起き上がる。


「そんなことはどうでも良いわ。早く飲ませてあげて」

「あなたどうしたの? 急に」

「彼女が薬を持ってきてくれた、子供たちのために」


 妻は夫から薬を受け取るとルシアに何も言うことなく子供たちに薬を飲ませた。


「おい、彼女に礼を……」


 妻をたしなめようとした夫をルシアは手で制して成り行きを見守る。

 子供たちの様子に変化はない。


「しばらく待つことね。あの老婆は信用できるわ」


 不安そうな目を向ける妻にルシアはそう言うと再び部屋から出ていった。

 自分も疲れていたがあの部屋で眠りこけるわけにもいかず受付へと向かったのだ。


「なんだ嬢ちゃん、また出掛けるのか? こんな時間に」

「あなたこそ、いつ寝ているの? いつもいるけど」


 バルドーはいつもの特徴的な笑い声をあげるとカウンターの陰に置いてあった酒をあおる。


「俺はいつだって休憩中さ」

「呆れた……どうでも良いけど、そこのテーブルを借りるわね。私も疲れたわ」


 バルドーは呆れ顔で『好きにしろ』と言うとボトルからグラスへ酒をそそぐ。

 ルシアは部屋の片隅にあるテーブルに着くと腕を枕に眠りについた。

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