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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第十二話〈調査団〉

 ルシアたちがラーゼの目前まで迫ったところで街道の先から見慣れない一団が向かって来るのが見えた。

 嫌な予感がした。

 ルシアたちは道の端に寄り進路を妨げないように進む。


「お前ら止まれ」


 すれ違うその瞬間、先頭を行く騎馬の男が声をかけた。

 ラーゼの巡回兵ではなかった。


「黒髪と獣人か。面倒を起こしてくれそうな組み合わせだな」

「なにかしら。それにあなたたちは?」

「田舎者はこれだからな。我々は帝都からの調査団だ」

「そう、それなら行って良いかしら? 急いでいるの」


 ルシアの態度に馬上の男は眉を吊り上げると右手を上げる。

 その途端、騎馬の後ろに整列していた兵士たちが武器を手にルシアたちを取り囲む。


「どういうつもり?」

「不穏分子の排除に理由など必要かね?」


 ルシアと男が睨み会う。男は嫌らしい笑みを浮かべて次の言葉を待っているようだった。

 ルシアは獣人たちに小声で話しかける


「(私が動いたら獣化してラーゼまで全力で走って)」


 獣人たちは心配そうな表情を向けるが、ルシアは力強く頷く。


「ご苦労なことね。余計なことをしないでさっさと調査に向かった方が良いんじゃない?」

「心配には及ばんよ、すぐに終わる。こいつらを殺せ」


 馬上の男が上げていた手を振り下ろす。兵士たちはルシアたちに向かって槍を突き出す。

 ルシアは兵士の攻撃を受け流し、その胸に蹴りを叩き込む。不意を突かれた兵士は吹き飛び地面を転がる。

 獣人たちは獣化してルシアが空けた道から兵士たちの包囲を抜けてラーゼに向かって走り出した。


「くだらん。あんなもののために自らを窮地に追い込むとはな」

「そうね、お人好しだとは思うわ。でも皇帝の勅命すら忘れて、弱者いじめに精をだすよりましだわ」

「貴様……さっさとそいつを殺せ!」

 

 兵士たちの槍が次々とルシアを襲う。しかし兵士たちの攻撃はルシアに当たるはずもなかった。

 問題は彼らを傷付けることはできないということだった。先に言いがかりを付けられたとしても、相手だけが怪我をしていれば不利になる。


〈面倒ね。全員殺してしまえば……〉


 そんな考えが浮かぶが兵士たちに罪はない。馬上でふんぞり返る男に従っているだけなのだ。

 ルシアは兵士たちの槍を捌くと打撃だけで応戦する。何度も打ちのめされた兵士たちには疲労の色が見えた。

 馬上の上の男は落ち着かない様子でそれを眺めていた。


「大丈夫かしら? お仲間はだいぶお疲れのようよ、休憩ばかりの隊長さん」


 ルシアは肩で息をする兵士たちから距離を取って剣を納める。

 隊長は歯ぎしりをすると面倒くさそうに馬上から降りて剣を抜く。


「舐めるなよ小娘。私が直々に切り刻んでやる、光栄に思え」

「武器を納めている女の子を切り刻むなんて良い趣味をお持ちね」


 再び兵士たちがルシアを取り囲み、隊長が斬りかかる。確かに兵士たちよりも太刀筋は鋭いが毛が生えた程度だった。

 余裕の表情で攻撃をかわすルシアに、隊長は怒りと焦りの表情を浮かべる。

 ルシアは渾身の一撃をかわすと彼の背後に回り込み背中に蹴りを叩き込む。隊長は顔面から地面に倒れ込む。

 慌てた兵士たちが駆け寄り助け起こすが、その手を振り払って立ち上がるとルシアの方へ振り返る。ルシアは呆れた顔で首を左右に振る。


「貴様ッ! 絶対に許さんぞ! あのゴミムシ共々八つ裂きにしてくれる!」

「勝手に転んでおいて何を息巻いているの?」


 ルシアはそう言い放つと素早く兵士たちの合間を縫い、隊長が乗っていた馬の横に立つ。そして馬の尻を叩いた。

 馬は勢い良く走り出すと彼方へと消えて行った。


「私は行くわ。ゴミムシ仲間が待っているからね」

「おいッ! 貴様、逃げるのか! 追え逃がすな!」


 走り出したルシアの後を兵士たちが追う。鎧を身にまとい、疲れきった兵士たちが彼女に追い付けるはずもなかった。

 追いかけっこから脱落して行く兵士を見てルシアは笑いが止まらなかった。


* * *


 獣人たちは門の手前でラーゼの重装兵に取り囲まれていた。


「急いでいたんだ子供たちが……危害を加えるつもりはなかった」

「分かっている。だが一文無しで、病気の子供を二人抱えてどうするつもりだ」

「それは……ルシアという黒髪の子にここへ行くように言われたんだ。キースという人間と話せと」


 対応していた兵士が重装兵に耳打ちをすると、兵士は獣人たちに立ち上がるように促す。


「彼らを詰め所へ」


 ルシアがラーゼに到着すると詰め所へと案内された。

 獣人の子は仮眠用のベッドに寝かされ、獣人たちとキースはテーブルに着いていた。


「まあ座れ。おおよそのことは彼らから聞いた」

「それなら私が話せることなんてほとんどないけど、私が怪我をさせた兵士はいないわ」

「それは幸いだな」


 キースはボサボサの頭をかきながら獣人の子に目を向ける。


「で? あれはどうするんだ?」

「バルドーのところに置いてもらうわ、滞在費用は私が持つから問題ないわ」

「まあ面倒を見る奴がいるなら街に入ることを拒否はしねえが——」


 そのとき詰め所の外で言い争う声が聞こえた。室内の全員が目を見合わせた。それから全員がキースを見る。


「おいでなすったな……ったく、面倒くせぇな」


 ため息を付きながら外へと出ていく、ルシアたちもキースに続いて外へと出る。


「貴様じゃ話にならん! 黒髪の女と獣人が来ているはずだ、ここへ連れてこい!」

「あー……私がこの街の警備隊長のキースだ。調査団の……」

「貴様かッ! ボンクラ警備隊の隊長は!」


 ルシアが出くわした調査団の隊長だった。

 彼はキースの胸ぐらを掴んで怒鳴っていたがルシアと目が合うと彼を突き放し、ルシアに迫ろうとしたがキースが割って入る。


「お待ちください、彼らからも話しは聞いております。何もしていないと」

「ぬかせ! 奴らから我々に斬りかかって来たんだぞ! 皇帝陛下の勅命である任務の邪魔をするなど万死に値する!」


 キースは再び胸ぐらを捕まれ首が取れるかと思うほど揺さぶられていた。ラーゼと調査団の兵士たちもにらみ合いを続けていた。

 騒ぎを聞き付けた住民たちも集まり、ルシアが思っていたよりも大事になっていた。


「マグナ、まるでお前が陛下から勅命を受けたような口振りだな」


 集まっていた住民たちがざわつき、人だかりか二つに割れると見慣れない一団が現れた。

 キースを含め全ての兵士が現れた男に跪いた。


「こ……これは、レオン様」


 レオンと呼ばれた男はウェーブミディアムのプラチナブロンドに白銀の鎧を身にまとっており、その若さに似つかわしくない風格を漂わせていた。

 その瞳にルシアが映る。マグナと呼ばれた男を素通りし、ルシアの前で立ち止まる。


「君がルシアくんか。私はレオン・アシュフォードだ」

「私のことを知っているのね」

「この街ではもちろん、帝都では黒髪の少女の名でね」

「帝都? 帝都ではまだ何もしてないわ」


 レオンは楽しそうに笑うとマグナの方へ向き直る。立ちすくんで黙っていたマグナの背筋が伸びる。


「マグナ、この件は私が預かる」

「レオン様……しかし、そいつらは」

「私が預かる、構わないな?」


 優しげな物言いではあるが背筋が凍るような冷たさを感じた。マグナが息を飲み、レオンに(ひざまづ)く。


「キース殿、迷惑をかけてしまったな。私から謝罪する、この件はこれでおさめてもらえまいか」

「こちらこそレオン様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。そうおっしゃっていただけるのであれば、こちらは何も……」


 キースがルシアたちを一瞥する、ルシアたちは頷いた。


「そうか、そう言ってもらえて安心したよ。それでは我々は失礼するよ。ルシアくん、今度はゆっくりと話せると良いな」

「ええ、面倒な話じゃなければね」


 レオンは高らかに笑うと颯爽と去って行った。マグナたちも大人しくその後に続いた。

 彼らの姿が見えなくなると残された一同は大きなため息を付き、緊張が解かれるのを感じた。


「ルシア……彼が誰だか知っているのかい?」

「帝国のお偉いさんでしょ? 知らないし興味ないわ」


 キースは再び大きなため息をつくとレオンについて教えてくれた。

 レオン・アシュフォード。

 彼は帝国最強を誇る第一軍団の団長を勤める不敗の将である。皇帝からの信頼も厚く、白銀の悪魔の異名を持つ。

 閃光の如く戦場を駆け、敵兵の命をことごとく刈り取るその姿から名付けられたと言われている。


「そう。一旅人が関わるような人じゃないから、なおさら関係ないわね」

「あちらさんは君を気に入ってそうだがな。光栄なことだぜ、上手くやりなよ」


 キースはそう言うと呆れ顔で詰め所へと戻って行った。

 ひとまず問題は去ったが本来の目的とは違う。ルシアたちは獣人の子供たちを連れてバルドーの宿へと向かった。

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