表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の烙印  作者: 猫宮三毛
10/38

第十話〈テサ村〉

 ルシアは扉の外から聞こえる物音と声で目覚めた。トラブルと言うわけでは無さそうだが受付の方から多数の人の声が聞こえた。

 扉から顔を覗かせて様子を伺うと、この宿には似つかわしくない小綺麗な格好をした客が受付に並んでいた。

 身支度を整えると人の合間を縫って宿を出た。


「こんな店に到底泊まりそうもない人たちだけれど何かあったのかしら?」


 宿の外から外観を眺めながらつぶやく。

 通りに並ぶ露天はいつも通りに出ているが慌ただしい雰囲気を醸し出していた。

 南門の方から数名の兵士がやってくるが見えた。先頭の一人が後ろに数名の兵士を従えているようだった。ルシアの前まで来ると先頭の男と目が合う。この街に初めて来たときにルシアの対応をした兵士のようだった。


「黒髪のお嬢ちゃんか。元気そうで何よりだ、困ったことはなかったかい?」

「おかげさまで。それより、いつもより慌ただしい雰囲気ね。何かあったのかしら?」

「急に王都から調査団が入ることになってな。いくつかの宿は急に貸し切りを余儀なくされて、宿泊客は追い出されたってわけさ」


 今朝の騒ぎの合点がいった。急に宿を追い出された人たちが宿を求めて来たのだろう。

 バルドーの嫌いな小金持ち相手にうんざりした顔で対応する彼を思い浮かべてほくそ笑む。


「一応忠告しておくが、お前は王都の奴らに目を付けられやすい。あいつらが居る間は大人しくしているんだな」

「そのつもりはないわ。私はお尋ね者じゃないのよ」


 兵士は頭をポリポリと掻くと困った顔をしながら答える。


「確かにな。俺たちも奴らに好き勝手させるつもりはねえが、何かあったら必ず俺たちに言え。お前からは手を出すなよ、絶対にだ」

「ええ、分かったわ」


 ボサボサ頭に無精髭の中年の男性。制服の着こなしもだらしないが偉そうではなく、兵士たちの様子を見るに慕われ尊敬されているように見えた。


「ルシアさんは頑固だって聞いていたが素直だな」

「どうして私の名前を?」

「ここの警備隊長を預かってるからな。トラブルの種と言ったら悪いがその辺は把握してるんだよ、仕事なんでね」

「私は監視されてるの?」

「人聞きが悪いな。この街に入った奴らは俺たちの庇護下だ、面倒があれば守ってやる必要があるのさ。そいつがトラブルの原因でないならな」


 ここに来たときから彼らのルシアを見る目は常に普通だった。この街以外ではあり得ないことだ。

 自由都市ラーゼ。この街に居る者は誰であれ平等であるという決まりを誰もが守っている。それは人々の意識もあるが、この警備隊の存在も大きいのだろう。


「おっと、そういえば名乗ってなかったな、キース・ヴァルセンだ」

「ルシア・ユーレリアよ」


 差し出されたキースの右手を握る。

 ゴツゴツとした大きな手は温かく力強かった。キースはルシアと目を合わせると小さく頷いてから兵士たちを従えてその去って行った。


* * *


 ルシアはギルドの掲示板を眺めていた。Dランクに昇格したことでCランクまでの依頼を受けられるようになっていた。

 目に付いたのは近隣の村から出された依頼。夜になると家畜が食い荒らされるため、その調査と対象の討伐だった。

 掲示板から依頼表を取るとカウンターのシアに手渡す。


「この依頼だけど、村に出向いて村長と話す必要があるけど大丈夫?」


 シアの心配はもっともだった。この街では普通に生活できていても一歩外へ出れば嫌悪され迫害される身なのは変わっていない。


「そうね。でも依頼者はギルドか派遣した冒険者を理由無く拒否できないはずよ」


 過去に問題を起こしているなどの特別な理由が無い限り、依頼者はギルドから派遣された冒険者を拒否することはできない。不当な拒否はギルドへの依頼資格を一定期間停止、度重なる拒否はギルドとの契約を解除され二度と依頼出すことができなくなる可能性があるのだ。

 そしてルシアの黒髪は拒否の理由になり得ない。


「あら、良く知っているのね」

「だからといって歓迎はされないでしょうけどね」


 シアは複雑な表情をして受付を済ませるとサインした依頼表をルシアに手渡す。

 ルシアは指に挟んだ依頼表を後ろ手に振りギルドを後にした。


「夜に襲われるって書いてあったわね。ちょうど良い物があると良いけど」


 少し路地に入ったところにある怪しげな店に来ていた。店内は薄暗く香が炊かれており、わけの分からない商品が雑然と並んでいた。

 ルシアが商品を見ていると魔女のような風体の老婆が煙草を(くゆ)らせながら奥の部屋から出てきた。

 老婆は何を言うでもなくカウンターの椅子に腰をかけるとプカプカと煙草をふかす。


「あの……夜目が——」

「あるよ」


 老婆はルシアが言い切る前に返事をするとカウンターに一本の小瓶を置いた。埃を被った濃青の瓶には何も記されておらず、見るからに怪しい雰囲気を醸し出していた。

 ルシアが訝しんでいるのを察したのか老婆は鼻を『ふん』とならして口を開いた。


「夜中に使えば日の出前くらいまで効果は続く。気にいらなきゃ他へ行っとくれ」

「そう。二つ貰えるかしら?」

「二つで銀貨四枚。銅貨一枚だってまからないよ」


 ルシアが銀貨を四枚カウンターに置くと本物かどうか確かめるような素振りで硬貨を眺めてから、ぶっきらぼうに二つの小瓶を渡してきた。

 老婆は横目でチラリとルシアを見てから先程よりも一回り小さな小瓶をカウンターに置いて顎をしゃくった。


「余計な物を買う気は無いわ」

「可愛くない子だね。金はいらないから持っていきな」


 小瓶を手に取り蓋を開けて匂いを嗅ぐ。強くは無いが独特の香りがした。


「振りかければ人の体臭を消す。それだけの薬だよ」

「貰っておくわ。ありがとう」


 老婆は煙草を(くゆ)らせながら、動物を追い払うような仕草でさっさと出て行くよう促した。


* * *


 ルシアは街を出て依頼元のテサ村に向かっていた。

 家畜の被害は獣にはよるものだろうと考えていた。襲撃が急に増えたとなれば何かしらの理由があるはず、まずはそれを突き止める必要があった。

 夜間であれば森に引き返す獣を暗闇の中で追う必要が出てくるだろう。そのために夜目が利く薬を買ったのだ。


「でもこの薬……どうして分かったのかしら」


 老婆におまけで貰った小瓶を太陽に透かしながら振ってみる。

 獣は人の体臭に敏感だ、それを消せるとなれば追跡は容易になる。いざとなれば奇襲を仕掛けて優位に立つこともできる。今回の依頼にはもってこいの代物だった。

 日が暮れかけたころ、ルシアはテサ村に到着することができた。

 すぐに話を聞くことができれば今夜から張り込むことができるが、ルシアのことを見る村人の目はお察しのとおりだった。


「出ていけ! 村に入るんじゃない穢れた黒髪が!」

「ギルドから来たのよ、依頼を出したのはあなたたちでしょう? 村長を呼んでもらえるかしら」

「お前がギルドから? そこで待っていろ、絶対に村には入るな。なんでこんな奴が……」


 村人は悪態をついて村の奥へと歩いて行った。数人の男たちが農具を構えてルシアの前に立ちはだかっていた。男たちの目は憎しみに満ちていた。

 数日とはいえラーゼで暮らしていたせいか、分かっていたはずの外の世界の厳しさを改めて感じさせられた。


「武器を下ろしなさい」

「村長! しかしコイツは」


 先ほどの村人が綺麗に禿げ上がり白く長い髭をたくわえた老人を連れてきていた。彼は村人の構えていた農具に手を添えて下ろさせる。


「すまないね。あなたがギルドから?」

「ええ、これを」


 ルシアは登録証とギルドの押印がされた依頼表を老人に手渡す。

 老人は渡された物を確認すると頷きルシアへと返した。


「確かに間違いないようじゃな」

「ありがとう。信じてもらえるのね」

「依頼したのはこちらじゃからな。ここでは落ち着かんじゃろう、わしの家に来なさい」

 

 老人はゆっくりとした足取りで自宅へと向かう。ルシアがその後に続き、さらにその後ろから農具を構えた男が二人着いてきていた。


「さあ入りなさい」


 家の前に着くと老人は扉を開けて中に入るように促す。ルシアが入ると後ろの男たちも入ろうとする。


「お前たちは帰りなさい」

「村長! コイツは!」

「そうじゃな、ギルドからの客人じゃ。問題はなかろう?」


 老人は優しい口調ではあるがきっぱりと護衛を断った。男たちは困惑した表情でルシアを一瞥すると老人にお辞儀をしてから去っていった。


「わし一人の狭い家じゃ。その辺に座っておってください」


 老人はそう言うと奥の部屋へと姿を消す。

 村長とは言っていたが家の外観は他の村民の家と変わらず内部も質素なものであった。


「お待たせしたね。老人一人じゃとろくな物がなくてな」


 そう言いながらルシアの前にお茶と菓子が置かれた。


「気にしないで話を聞きたいだけだから。それよりも彼らを帰してしまって良かったの?」

「構わんよ、仮に君に悪意があってもわしから取るものなんぞ何もない。まあ、彼らを許してやってくれ。分からないものは恐ろしいから警戒する自然なことじゃ」


 老人はルシアの向かいに座るとお茶を啜りながら依頼についての話をしてくれた。

 相手は村人が寝静まる頃に現れると言う。遅くまで起きていた村人が家畜の叫びを聞きつけて様子を見に行ったところ、家畜の囲いの中に赤く光る目を複数見たとのことだった。

 昼間に改めて確認すると血溜まりだけが残され家畜の姿はなかったと言う。


「村人はすぐに逃げて何事もなかったようじゃがな。赤い目が一斉に自分を見たと怯えておった」

「赤い瞳。グレートウルフならどうとでもなるけど魔物なら厄介ね」


 老人は腕組みをして真剣な面持ちで頷く。

 村の自警団ではグレートウルフや魔物と渡り合うことは不可能だ。一度追い払えたとしても被害は甚大で二度三度と襲撃があれば村は壊滅しかねない。


「でも不思議ね。何度も家畜を襲いに来ているのに人には危害を加えてないのが引っ掛かるわ」

「わしもそれは感じておった」

「今夜は現場の近くで見張らせてもらうわ。気にくわないかも知れないけど」

「構わんよ。近くにちょうど良い納屋がある、そこからなら見張るには最適じゃろう。家主にはわしから言っておく」


 話が終わると老人は夜までくつろいで行ってくれと言い残して、納屋の持ち主のところへと出ていった。


* * *


「待たせてしまったね」


 村人たちが夕食の準備を始めるころに老人は戻ってきた。


「納屋は借りられそうかしら?」

「使って構わんそうじゃ」


 納屋を借りるだけならばこんなにも時間はかからなかっただろう、ルシアのために老人は骨を折ってくれたのだろう。


「手間をかけさせてしまったみたいね」

「気になさるな。よろしく頼みましたぞ」

「ええ、任せて」


* * *


 納屋は現場のすぐ隣に建っており、二階の小窓からは現場全体を見渡すことができる見張るにはうってつけの場所だった。

 ルシアは村長にお願いをして囲いの中に一匹だけ家畜を入れてもらっていた。被害に合ってしまうかも知れないが何もいないところにはさすがに相手も出ては来ないだろう。


「村長が良い人で良かったわ。お陰でなんとかなりそうね」


 小窓から見上げた空は月が陰り不穏な空気を醸し出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ