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08.初めての訪問客


「こんなもんかな?」

「ええ、綺麗な色が出ましたね」

「確かに学園で作ったものより色味が深いかも」


 ガラス瓶の中でちゃぽんと揺れる緑色の液体。

 ハーブや樹液で味を整えた時に味見はしたけど苦味もなく変な癖もなかった。味だけなら大成功と言ってもいい。

 あとは、肝心のポーションとしての効果だけ。


「う〜ん。どうやって効果……あっ、そういえばギータが怪我してたような……」


 魔物と戦ってじゃなく私のロッドに乗ったせいだけど……。怪我させた張本人として責任とって治して(実験台)あげないと!


「ご主人様。お客様がいらっしゃったようです」

「客ぅ?まだ開店の準備すら出来てないのに?」


 言われてみれば確かに扉を叩く音が聞こえ、ガラス窓のところに人影が見える。

 いつ華々しく開店できるか分からないが、客人とあっては無碍にも出来ず。扉へと向かうとカランコロンとベルを鳴らしながら扉を開いた。

 

「はーい、どなた……です……か?」


 思いもしなかった来客の姿に思考が停止。

 想像してたごくごく普通の来客とは違い、目の前に見えるはホワイトシルバーの軽甲冑。胸にはローセンタル王国の紋章。恐る恐る見上げれば、切れ長の深い藍色の瞳と目が合う。

 思わず慌てて距離を取ってしまう程、凄まじい威圧感だった。

 

「……貴様は誰だ」


 唸るような低い声。仁王立ちから見下ろされる射抜くような鋭い視線に震え上がりつつも答える。

 

「誰って……ここに住んでる者ですが」

「ここに……?」


 ふむ。そう呟いて、もう一度私をみる。

 上から、下まで、じっと。まるで職務質問されている気分だ。

 

「以前……、ここで店をやっていた魔女のことを知らないか?名はディアーナ。ローセンタルの英雄と言えば分かるだろう」

「母のことですか?」

「なっ……!母親だと……?」


 瞳と同じ藍色の長髪を揺らして驚く。よくよくみれば大変な美丈夫の兵士さん。そんな彼の驚いた表情に私も緊張の糸が切れ、小さくため息をついた。

 どうやら私の客人ではなく、母の、客人だったようだ。


「もしやあの薬の作り方を知っているのでは……!」

「ああ、あの薬……盗んでいったんじゃないの?」

「盗んだ、だと?」

「ええ。私、最近帰ってきたばかりだけど店の中はひどい有様だった。隣人に聞いたら一年程前に魔法騎士団の方達がこぞって押入ったって」

「なんだと!?そんな馬鹿な……」

「家の中は荒らされて、商品棚だけはすっからかん」

「盗まれた中にあの薬はあったのか?」

「いいえ?残念でした。あの薬は元々在庫なんてないの」


 私の言葉を聞き兵士さんは頭を抱えた。

 見た感じ二十代前半に見える彼がいつから魔法騎士団に入団しているのか、分からないけど。

 ……変なの。盗みに入ったのはそっちなのに、知らないなんて。


「断言しよう。我々、魔法騎士団は如何なる時も、そのような盗賊の真似事などしない」

「じゃあ一体誰が……」

「ディアーナ様の研究には価値があるものが多い。盗みが入る理由は充分にあるだろう。その件はこの私、ヨルランが責任を持って調査していくことを約束する」


 胸の紋章に手を当て私へと誓う。

 何を盗まれたのか、私自身把握できていないことの方が多い。でも、大事な母の店をこんなにめちゃくちゃにしてくれたのは、やっぱり許せない。

 ヨルランさんへ頷くと、強張っていた表情が少しだけ緩んだように見えた。

 

「ディアーナ様が亡くなられていたことは知っていた。だが……、どうしても諦めきれなかった。あのお方の病を治せるのは、君の母君が作ったあの薬だけなのだ」


 ベラドンナの劇薬。

 それが母をローセンタルの英雄にした薬の名だ。

 

 過去、昔から不治の病と言われていた病気がある。その病名は、魔力過多症。

 

 そもそも人間における魔力とは身体中を巡る血液みたいなもの。その見合わない魔力量に体がついていかなくなり、魔力が体の中で固まってしまう症状を魔力過多症という。

 

 発症時期は人それぞれ。傾向がある人もいれば、ある日突然という人も。

 

 だが、最後は決まっている。まるで石像のように全身が固まりそのまま眠るように命を落とす。そんな不治の病だった。

 

 そう。

 ベラドンナの劇薬が出来るまで、は――。


 母が劇薬を完成させたのは、私が十歳を過ぎた頃。その頃の母はすでに病を患っており、酷く咳き込みながらも大鍋を混ぜていた。その背中を心配そうに見つめる私に振り返り、大丈夫だと言って優しく微笑む。

 ベラドンナの劇薬が母を英雄にし、人々にいくら感謝されようとも、母を無理させるその薬が大嫌いだった。

 私を撫でようと伸ばす母の手は、細く弱々しくなっていくばかり。そうして私が十二を迎える直前に母は亡くなった。

 在庫なんて作れる余裕なんてなかっただろう。レシピだってどこにあるのか、娘の私ですら知らない。

 

「……ごめんなさい。私には作れるのはこんなポーションぐらいしか……」

「ポーション……」


 手に持ったポーションをヨルランに見せる。

 それを見た彼の沈んだような表情が辛くて、俯いた。

 

「ディアーナの娘だけど……私は、学校ですらクビになるぐらい出来損ないで落ちこぼれなので」


 情けない。

 その言葉が私の心を支配する。

 

 何も考えていなかった。母の残した財産は、店だけじゃなく名声も、栄誉もあったのだ。

 そんな母の看板を私なんかが、背負っていけるのだろうか。こんなにも重たい看板を。

 

「どこを探しても、一つも一滴すら残っていない。となれば、もう……」


 彼の瞳が私の手に持つポーションを捉える。

 一度瞬きをして、次に彼は自分の腰にあった剣に手を伸ばすと、鞘から抜いた。美しい銀色が光る。


「え!なっ、斬首だけはっ」


 恐怖で思わず目を瞑り、体を縮こませる……が、今まで経っても痛みはない。首も繋がったまま。

 恐る恐る目を薄ら開くと、飛び込んできた光景に今度は思い切り目を見開いた。


「ちょっ!なんで自分の腕っ!?」


 彼の腕にある一筋の刀傷から、血がぽたりぽたりと滴り落ちていたから。


「そのポーション、寄越せ」

「えっ!」


 私の手からポーションを奪うと、コルクを歯で引き抜き、そのまま口に(ああ、あれだけ一生懸命作った試作品がぁ……)

 ごくり。一口飲み、彼は目を見開いた。


「なんだ、この味は……」

「あ!美味しいでしょう!?実は」


 改良点を自慢げに述べようとした途端、彼の体が明るい緑の光に包まれ傷口は金色に眩く光り、光が消えるのと同時に彼の傷も消えてなくなった。


「なんと……一口で……傷が……」

「なにそれ……すごい……」


 作った張本人さえ、どん引きの効果だ。

 なにがどうなってそうなったのかイマイチ分からないけど大成功だっていうのは分かる。


「やったわ!ロマナ特製オリジナルポーションの完成よ!」


 思わず後ろに控えていたラピ執事とハイタッチ。

 あの寂しい商品棚に並べれるものが一つ出来た。あの分厚くて高価な教科書にも載っていない私だけの、私だけが作れるポーション。


 ふと、私を見つめる視線に気付いた。

 私をじっと見つめ、そしてヨルランは意を決したように息を呑む。


「――決めた。私はお前に賭ける。

 必ず、あの薬を精製しろ。その為になら協力は惜しまない」


 彼はもう一度胸にある王国の紋章に手を当て、私に言う。

 その時、彼の鈍く沈んでいた藍色の瞳が、少しだけ明るく光ったような気がした。


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