06.ローセンタルの森
「出る日付と帰ってくる予定の日付と……あ、あと。お二人さんの名前もな」
裏門にある寂れた関所を通ろうとすると守衛に呼び止められ、薄汚れた羊皮紙に記入させられる。
「帰ってくる日付まで書くってことは、もし帰って来なかったりしたら探しに来てくれるってこと?」
「いんや。これは残された方の為に書いてんのさ。魔物の腹ん中だから諦めろってな」
そう言って犬歯が抜けた汚い前歯を見せて守衛のおじさんは笑った。
いろんな意味でゾッと体を震わせた私にギータが心配そうに覗き込む。
「やめとくか?」
私は首を横に振った。行き先はローセンタルの森。日帰りで十分。そんな場所ぐらい平気で行けるようにならなくちゃ、それこそ魔女失格だ。とんがり帽子は今すぐ脱ぐべき。
「行こう、ギータ!」
意を決して、一歩踏み出す。私の新しい第一歩。
頬を撫でる風が、気のせいだろうか。学園や街中で感じるより、爽やかで澄んでいる気がした。
◇
”ローセンタルの森まで、あと5キロ”
今にも朽ち落ちてしまいそうな木製の看板を見て、ため息をつく。
近いと思っていたローセンタルの森は実際こうして歩いてみると、意外と距離を感じた。何たってどこから魔物が飛び出してくるか分からない。そんな緊張感も疲れる原因の一つだろう。
「はぁ……いいこと考えた!ギータ、乗って!」
「乗るってどこに……?」
マジックロッドに跨った私にギータは首を傾げる。
「どこ、って決まってるじゃない。私の後ろよ」
「は……はぁ!?」
「早くってば!」
「あっ、ちょっ!」
尻込みするギータの腕を掴んで後ろに乗せると、さすが銀貨一枚の格安ロッド。ミシッ!っと音を立てて軋んだ。ピッタリくっついてないと、どちらかが降り落ちそう……。
でも、時間の節約に勝るものはない。時は金なり、だ!
ロッドに魔力を込めて念じる。
「っわわ!」
ゆっくりと地面から足が離れていき、浮遊感に包まれる。地上から1メートル、2メートル……どんどん高く上がっていった。
「……問題は、ここからね」
「は……?問題……?」
そう、私は魔力こそ多いがコントロールはド下手くそだ。
ラピ執事に幾分か吸って貰ってるとはいえ、そう急に上達するものでもない。慎重に、慎重に。
「よし……前進!!!」
「うっ!うわあああああぁーッ!!!」
――そして。
ボキッ!バサッ!メキッ!ボキボキッ!
「キャァーッ!!!」
「痛でででで!!!」
ご察しの通り、暴走したマジックロッドが森へと猛スピードで突っ込み、私もギータも満身創痍で森へと到着する羽目になった……。
「俺ぁ!もう二度どお前のロッドに乗らねぇかんなっ!!」
至る所に擦り傷をつくり、破れたシャツの上に着た皮のベストには枝をつけたまま、ギータが叫ぶ。
「でも早く着いたじゃん」
「魔物じゃなくてお前に殺されるとこだった」
うんざりと言わんばかりの表情でため息をつく。
そんなギータの背後で、ぷよん。何かが跳ねた。
あ!あれは、かの有名な……!
「ギ、ギータ……あれ……!」
「出たな!スライム!」
薄透明なブルーとピンクのスライム二体だ。
「だっ、ど、どうするっ!」
「どうするも何も戦うっきゃねーだろ!」
「でも、ギータ武器なんて」
「俺の武器は……これだッ!!!」
そう言ってギータがエプロンベルトから取り出したのは、手頃な大きさのハンマー。
「それ、ギータが鍛治仕事に使ってるやつ」
「おう!手に馴染んで最強だぜ!」
「そ、そっか……」
「ロマナ、覚えてるか?俺たちの必殺技」
「あれは必殺技っていうか、戦闘スタイルっていうか……」
幼い頃、二人で街へ遊びに行くと必ずと言っていいほど街の子供達に絡まれた。職人街の子供のくせに生意気だといって。
いつも二人で力を合わせて戦ってきた。そうして培ってきたギータと私のコンビネーションは抜群な筈。
カップルスライムにもきっと負けない!
「ロマナ行くぞ!」
「よしっ!!」
ギータは鍛冶屋ハンマー。そして私は銀貨一枚で買ったマジックロッド(ギータ曰く、ただの木の棒)を握り締め、先手必勝とばかりに二人で同時に飛び出した。
「「必殺!タコ殴りっっ!!!」」