第三話 牙向けし者の苦悶
日の光に照らされた教室。
爽やかな、風の吹き抜ける窓際の隅に、怯える少年の姿があった。
三ケ崎 重である。
(あれから、大体三日が経ったけど、ミラ…………あいつはほとんど何もしてこない)
あの夜――スマホを破壊され、気が付けば裏路地に寝かされていた、三日前の夜。
その夜以来、重はミラに恐れを抱いてならなかった。
自身が行った、ストーカー行為を咎めるだけならばともかく、口外し難き“ミラの正体”によって、スマホと共に自らの尊厳を徹底的に破壊される。
ミラの所業により、まごうことなき、屈辱と畏怖の念を植えつけられた瞬間であった。
「おはよう、重」
突然背後から聞こえてきた声と共に、重は飛び上がる。
椅子を思わず蹴り飛ばし、自分の机すらも飛び上がった拍子になぎ倒して、後ろを向くとそこにはミラの姿があった。
可憐な、姿を前に重は青白い顔をより蒼白に近しい色に染めあげていく。
ミラは、そんな重の様子を気にもとめない様子で笑みを浮かべた。
「体調、悪そうだね」
何気ない、気遣いの言葉。
だが、本性を知る重にとってはただの、監視下での皮肉のようにしか聞こえずにいた。
言葉の意図を、邪推せずにはいられなかった。
“体調が悪いことを察せられるほどに、お前の事は、いつでも見ている”という意図を。
「あ、だ、大丈夫……あっ、です……」
「あっそう」
それだけ言うと、ミラは満面の笑みを浮かべ、重からみて奥の席へ向かった。
奥の席には、ミラの様子を見ていたローラ。
ローラは、ミラが近づくと笑みをたたえ、雑談へと誘う。
ミラは、喜んで雑談を受けた。
その様は、正体を知らぬものにとってはただの、女子学生が戯れ合っている光景としか思えないものだった。
重は、これまで何気なく見つめていたその風景に、より絶望を覚える。
(三日前から、ずっとミラは人間ではないと言っても、誰も信じちゃくれないし………どうしたものか)
ふと、重は黒板に張られた時間割を見つめた。
時間割には、いつも通りの授業が書き連ねられている。
放課後の部活動に関しては、何も書かれていなかった。
(よし、今日は何の部活もない。なら、今日はミラの様子を見てみるか………しかし、どうやって……またあの人外じみた脅迫を受けるのも………)
重はただ、机に頭を伏し、策を労するが――それらが無駄と知るのは時間の問題だった。
時は流れ、放課後――午後四時。
ミラは、いつも通りローラの隣で歩みを揃えて、談笑に付き合っていた。
談笑が続くのは、十字路までということを忘れて。
だが、この日ばかり――ミラは十字路に入る前に、ローラに別れを告げる。
「ローラ、今日は早く帰らないといけないの。じゃあね」
「そっか、じゃあまたね。今度ホットチョコまた飲もう」
ローラは、ミラへ手を振ると、十字路へと続く一本道へ向かっていった。
地平線から、ローラの姿が見えなくなるとミラは、その場で膝から崩れ落ちる。
喉の奥で押さえていた咳と、喘ぎ声に促されるように。
「げほっ、がほっ………はぁ、はぁ…………」
吐息が漏れると同時に、次第にミラの視界は闇に包まれていく。
その原因は、ミラ自身がよく分かっていた。
(血が……欲しい)
薄れゆく意識を、震える両足に全力を入れ、立ち上がる。
そして、背中にコウモリの如き羽を生やし、飛翔した。
その向かう先は――。




