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琴乃の物語2

「じゃあ、この方で決定ということでいいですね? 」


 佐倉さんがプレゼンを中断して、社長と二人で別室へ……とは言ってもちょっと厚めのアコーディオンカーテン? で仕切られた社長スペースへ行って話し込むこと二十分。

 あたしたちは、佐倉さんたちが仕切りの奥に引っ込んだ後で冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して飲みながら待っていた。

 それぞれ一言も話すことはなく、二人がぼそぼそと話し込む声がかろうじて聞こえるかどうかの空間。

 

 普段騒がしい美依ですら、声を出すことが躊躇われている様だった。

 そして、重苦しい沈黙から解放されたと思った直後に、二人が仕切りの奥から出てくる。

 

「ごめんねー、ちょっと動きがあったから」

「株でもやってるんですか? 」

「それ値動きだよね……違うからね? さっき社長が言ってたでしょ? 作曲者の募集をかけてるって」


 ということは、その作曲者が決まった、ということになるのだろうか。

 そうなのだとしたら、あたしは作曲なんて勉強しなくていいし、本当ならそんなにやりたくはないけど、ギターと歌に専念したらいいのだ。

 もちろん触ったことはないから、これからが大変ではあるわけだが。


「その作曲をしてくれる方が、見つかったってことですか? その方って男の人なんですか? 」


 少し不安そうにしているのは、和奏だった。

 女子高出身だと言う和奏は、家族以外の男と接する機会などほとんどなかったと以前聞いたことがある。

 それ故に男性に対するイメージは、普通の女性とは異なるのかもしれない。


「そうね、まだ若い男の子。募集期間そのものはかなり短く絞っていたけど、それなりの人数の応募があったの。その中でも、ちゃんと作曲して音源を添付できたのは三人だけだった」


 実際に何人が応募したのかは知らないが、こちらの要求基準を満たせたのは三人しかいなかったということか。

 その中から一人に絞ったということなのだろう。

 しかしこんな急ごしらえのネタみたいなバンドの作曲担当をしたいなんて、酔狂な人間というのはいるもんなんだなと思う。


「一部演奏指導も兼ねてくれるから、全くのゼロからやらなければならないわけではないわ。ただ、全部の楽器をできるかはわからないから、この後から各自練習に励んでもらいたいの。あと……これはちょっと言いにくいんだけど」


 やや暗い表情になった佐倉さんが、社長の方を見て社長が頷いたのを確認するとあたしを見る。


「琴乃のギターなんだけど……自分で選んできてほしいのね」

「……はい? 」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 何というか超展開、急転直下? 

 楽器なんて習ったこともないし、ギターなんてテレビでプロのミュージシャンが弾いてるのを見て、よくこんな指動くなぁ、程度にしか思った事がないあたしが、自分の目で見てギターを選んでこなければならない。

 しかも最初、事務所は経費をケチろうとしたのかあたしに自前で用意させようとしていた。


 さすがにいくらするかもわからないものでもあるし、一人暮らしのあたしには負担が大きすぎるということもあり、猛抗議。

 ほかのメンバーの楽器はメーカーが用意してくれたというのに、何であたしだけが自腹切らなきゃならんのだ、と軽く暴れてやったのだ。

 そんなあたしに社長は、十五万までなら経費で落とすと言ってきた。


 初めに十五万という数字を聞いて、正直あたしは時が止まった。

 ギターってそんなにするの? というのが初めに頭に浮かんだ。

 そして、ギターで十五万……いや、これが安いのかどうかも正直わからない上に、それくらいはするであろう楽器をポンと提供するっていうメーカーもすごい。


「どーすっかなぁ……」


 バイト先で品出しをしながらぼやいていると、童貞……じゃなくて新宮があたしを怪訝そうに見ていた。

 こいつはあたしを手伝って、時にはレジの応援に行ったりとさながらあたしの犬の様に働いている。

 とても気分がいい。


 おかげであたしは心置きなく今後のことに思いをはせることができるというものだ。

 ところが、こいつはこいつであたしに何か言いたいことがあるのかチラチラとあたしを見ている。

 そして、通路の先からも視線を感じて見てみると、そこには以前新宮を訪ねてきた自称幼馴染の女子。


 新宮はただの腐れ縁だと言っていたが、どう見ても女の方は新宮に気がある。

 というか最初こいつら付き合っててあたしに見せびらかしにきたのかとさえ思った。

 そして、新宮はあたしがDominationのアイドルなのかどうかを聞きたかったということが判明。


 ずいぶん前にこいつにはそうだと言った記憶があったが、どうもこいつの中であたしとDominationのあたしが結びつかなかったらしい。

 更には下品だなんだと罵倒してきやがったので、つい頭に血が上ってしまって顔面にパンチを見舞ってしまった。

 仕事中に気を失うとか、貧弱にできてんなぁ、と思ったが仕方なく事務所に運び……その途中でお客さん方からは変な目で見られた気がするが、無視して事務所へ放り込んで仕事を続行した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「楽器か……何処で買えばいいんだろ。通販でもいいのかな」


 そう思って自宅にてスマホで通販アプリを開くも、値段を見て目玉が飛び出そうになった。

 高いものは四十万を余裕で超える。

 何が違うんだろうか。


 素材とか? 音が違う? 弾き心地?

 レビューやらを見ててもさっぱりだった。

 長崎から何となく夢を見て上京してきて、そのままスカウトされてとんとん拍子にデビューが決まったはいいが、現在のアイドル一本の収入では生活はままならない。


 両親は貧乏ではないにしろ、裕福というわけでもないので仕送りを当てにするわけにもいかない。

 そんな中で余計な出費をするのは、と考える。

 大体経費で落とす場合に、うちの事務所は先にこちらで負担して領収書を出してもらい、それを提出して負担分を後から受け取るという。


 そうなると、受け取れるのがいつなのかわからない為迂闊なことはできない。


「……あいつ、そういうの詳しいかな」


 そう考えたものの、何だかあいつに頼むのは気が引ける。

 何しろさっき盛大にぶっ飛ばしてしまったばかりなのだ。

 いくら頭にきたからと言って、あれはさすがにひどかったかもしれない、とさすがのあたしも少し反省した。


「しゃーない、自分で何とかするか……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そう決意した翌日。

 日曜なのにバイトは休み。

 客商売なら多少、日曜は人手が必要だったりしそうなものだが、今日は休まされたのだ。


「……何でお前、ここにいんの」

「えっと……ギターの弦を買いにきたんですけど」


 昨日決意したあたしがものすごく馬鹿みたいに思えてくる。

 まさかこんなところでこいつに会うとは。

 しかもこいつ、ギター背負ってる。


 やっぱ音楽やってるのか。

 たまに店の有線でこいつが好きそうな曲が流れてくると、リズムを取りながら仕事してたりするのを見たことがあった。


「先輩はその……ギターを? 」

「おう。事務所から、自分で用意しろって言われてよ。信じらんねぇだろ、本当。ギターなんか触ったことねぇんだっつの」

「ですよね……」


 何だこいつ、今日はやけにしおらしいな。

 つかこいつもギターやってんだったら、こいつに選んでもらうのも……。

 いや、やっぱ自分で選ばないとダメだよな。


「お前のギター、どんななの? 」

「え、俺のですか? えっと……」


 あたしの知ってるギターはもう少し大きい気がしたが、新宮の持っているギターは何だか小ぶりに見える。

 あれか、弦を結び付けてる様なところがないからか。


「一弦、切れちゃってるんで変えないとですけど」

「ほーん」


 一弦と言われても何のこっちゃという感じだが、こいつも高校生なりにギターマンやってるんだ、と思う。

 少し待っててくださいと言うと、新宮はささっと弦を購入して手早く弦を張り替える。

 意外にも器用なんだと思った。


「良かったら慣らしも兼ねて音出して行きませんか? 」


 店員に言われて、新宮が少し狼狽した様子を見せる。

 人前で弾くのが恥ずかしいのだろうか。

 だが、あたしとしても少しだけ……そう、本当に少しだけだがこいつの演奏に興味があった。


「丁度いいや、見せてくれよ」

「え、マジですか……そんなに上手くないですよ、俺」

「お前にそんなん期待してねぇから」


 言われて新宮は少しがっかりした様な顔をして見せたが、アンプとギターをつなぐと表情が一変する。

 雰囲気すらも少し変わった様に見えた。


「……おお……!? 」


 時間にしておよそ一分半程度だろうか。

 新宮はあたしの聴いたことのないフレーズを軽やかに、しかし力強く奏でて見せた。

 店員ももちろん、他の客も足を止めて新宮の演奏に聴き入っている様だ。


「お、おい何だよ今の。お前、すげぇな! あんな指動くのかよ! 」

「い、いやそんな……ていうか落ち着いてください」


 あたしが褒めてみせると新宮は普段と違って顔を真っ赤にしていた。

 周りにいた客たちからも拍手が上がっている。


「アドリブっていうか……オリジナルのフレーズですから。知ってる曲じゃなくて申し訳ない」

「いやいや、お前すげーって! 胸張っていいぞ! 」


 あたしの事じゃないのに、何だかこっちまで嬉しくなってくる。

 身近にこんなすごいやつがいたのか、そう思うと何だか胸が高鳴った。


「そのギター、何てやつ? いくらくらいすんの? 」

「えっと、ストランドバーグってメーカーで……値段はわからないです。貰い物なので。けど、たぶん二十万を下ることはないかなって」

「二十万!? そんなんくれるって、どんなやつだよ。脅して奪ったとかじゃねぇの? 」

「先輩と一緒にしないでもらっていいですかね……」

「あたしがいつそんなことしたよ……しかしそのギター軽そうだし、いいなって思ったんだけど……予算オーバーか……」

「そうでもないですよ」


 少しがっかりしていたところに声をかけてきたのは、先ほど新宮に試しに音出ししないかと言ってきた店員。

 新宮とは顔見知りなのか、親しげに話しているのをさっき見た。


「ストランドバーグは確かに高いんですけど、新品だからあの値段になるわけで……中古でそこそこ状態がいいものなら、このくらいまで下げられますよ」


 そう言って電卓を出して、値段を見せてきた店員。

 その額何と。


「十八万……」

「かなり破格ですけどね。ご予算いくらくらいですか? 」


 十八万を破格と言えるって、みんなどんだけ富豪なんだよ。

 とは言え二十万を下らない、というのが二十万で買えるという意味ではないことくらいは、あたしだってもちろん知っている。

 そう考えてみると、お得だわっ、なんて思えてくるから不思議だ。


「ふむ、十五万……あー、お客さんDominationの……」

「しっ! そんな有名じゃなくても、何処で誰が見てるかわからないんで……」

「あはは、すみません。十五万か……うーん……」


 値段交渉をしているつもりはないし、何よりまだ現物を見ていない。

 なのにこんなに悩まれても困る。


「あっ、そうでしたね。ギター、見てみます? 先日買い取って、さっきクリーニングやら終わったばかりなんですよ。フレットもほぼ減ってないし、状態としては悪くないと思うんですよ。待っててくださいね」


 そう言って店員が奥へ引っ込んでいく。

 新宮は心配そうにあたしを見ていた。


「……何だよ」

「いや、先輩ギターなんか弾けるのかなって」

「弾ける様にならなきゃ困るだろうが……これから練習することになるんだよ、嫌でもな」

「それもそうか。あ、そうそうそういえば……」


 新宮が何か言いかけた時、店員がギターを持って戻ってくる。

 あたしとしては、色は紫とか好みだったのだが、店員が持ってきたのは青っぽい色のものだった。

 マーブルっぽく白いペイント? がされていて、ちょっとおしゃれに見えなくもない。


「あれはペイントじゃなくて木目ですよ」

「てめぇ、あたしの思考を読むな」


 なるほど、ギターって木でできてるのか、初めて知った。

 てっきりエレキギターってくらいだから、全部鉄とかでできてるもんだとばっかり……。


「さっき十八万って言いましたけど、新宮さんのお知り合いでもあるみたいだし……それにこないだデビューされたお祝いってことで十六万まで下げますよ。どうですか? 」

「どうですか、って……安いのか? 」

「ちょっと待ってくださいね、調べてみます」


 状態がどうとか、正直見てもあたしがわかるわけはない。

 だが、新宮も見ているし素人目にも傷とかそういうのが目立ってある様子はなかった。


「……安いと思います。俺なら母ちゃんに借金してでも買うかもしれない」

「え、そんなに? 」

「これ見てください」


 そう言って新宮が見せてきたのは、スマホの検索結果。

 そこには何と……。


「げ、倍……!? 」

「それは新品の価格ですけど、中古でもほら」


 さっき新宮が二十万は下らない、と言ったのはどうやら嘘ではなかったらしい。

 だとしたら相当いいギターなんだろう。


「ケースとか必要なものある程度つけてくれる? 」

「そうですね、本当は別売りですけど……この際なんで、即決してくれるならつけちゃいますよ」

「うお、マジか! 」


 そんなわけであたしはちょこちょこ貯めていた貯金をはたいて、中古のギターを購入したのだった。

 おまけとしてつけてくれたのはケースに替えの弦、シールド? とか言うアンプとつなぐためのコードにチューナーとピックが数枚。

 割といい買い物をした、という気分になった。


「タイミングよかったかもですね、先輩」

「あー……まぁ、そうなのかな」


 正直あたしが弾けるわけじゃないし、実感は湧かない。

 さっきの新宮みたいな演奏ができる日が来るのかどうか……。

 それより、長居したからなのかトイレに行きたくなってきた。


「あ、そうそうさっき言いかけたことなんですけど」

「わりぃ! マジでトイレ行きたくてさ……今度ゆっくり聞かせてもらうわ。ありがとな、また明日! 」

 

 割とガチで膀胱の堤防が決壊寸前だったあたしは、申し訳ないと思いながらも新宮の話をさえぎって近くのコンビニに駆け込む。

 あっ……と何か言いたそうにしている新宮が捨てられた犬みたいで可哀想だったが、ひとまず明日にでも埋め合わせをすればいいと、コンビニで借りたトイレの中で一息つきながら考えるのだった。

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