表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

京一の物語2

 俺がその知らせを見たのは、いつもの様に学校とバイトを終えて帰宅してから、自宅のパソコンで動画を見ようとしたときの事だった。

 

「作曲者募集……? 」


 先日デビューしたDominationの所属する事務所の、コマーシャル的な動画。

 基本プラス歩合給と、何だか営業職の募集みたいな告知だったが、これを見た瞬間に俺は、心が少し騒ぎ出すのを感じた。

 これまで俺は十曲と少し、楽曲を作成してきた。


 ギターしか弾けない俺だが、ひとまずバンドに必要な音源はパソコンで代用できる。

 バンド向けに作っている楽曲も複数あり、自信はなくもない。

 というか……。


「マジか、Dominationってバンドで売り出すのか」


 Dominationが演奏を担当、歌うことになるという旨の告知を見て、俺は心底この仕事をやってみたいと考えた。

 もちろん、そう考える人間は俺だけじゃないだろうし、寧ろとんでもない人数いるであろうことが予想される。

 場合によっては国家試験クラスの狭き門になるのではないか、とさえ思う。


 その動画から、公式ホームページへのリンクが張られていたので俺はすかさず接続し、募集要項を読む。


「……なるほど。バンドをやるってことしか決まってない、と。しかも演奏指導までしてくれる人、と……」


 こうなってくると少し話は変わってくる。

 俺は人に教えた経験なんかないし、俺の技術がどの程度のものなのか、正直わかりかねているのだ。

 もしかしたら井の中の蛙、なんてことも十分あり得る。


 彼女たちのデビューにあたるトーク番組は見ていたが、あれに勝るとも劣らない恥をかく、なんてことも十分に考えられる。


「とは言ってもな……このまま俺の曲が埋もれてしまう、というのも何となく残念な気が。うーむ……」

「やってみたらいいじゃない」


 いつの間に部屋に入っていたのか、母が後ろから声をかけてくる。

 気配消して忍び寄ってくるとか、一流の暗殺者かよ。


「私、あんたの曲割と好きよ」

「おい待て。何で俺の曲聴いたことあんだよ」

「だってあんたのパソコン、ロックかかってないし」

「思春期の息子のパソコン覗き見とか、最悪の趣味だな母さんや。検索履歴とか見られて自殺したくなる様な男子高校生はそれなりいると思うぞ」

「調べものしたかっただけだし。それに私はそういうのに寛大だから。見て見ぬふりくらいお手の物よ」

「何得意げに言ってんだよ……スマホあんだろ、そろそろ使いこなしてくれ、頼むから……」


 ひとしきり文句を言うと、母はあと少しで晩御飯ができる、とだけ告げて部屋を出ていく。

 正直なところあの様子じゃ俺の検索履歴も見られてるに違いないが、気持ちを切り替えていこう。

 母はやってみたらいいと言ってくれた。


 確かに応募するだけならタダだ。

 しないであきらめるくらいなら、やってダメだった方がまだあきらめもつくってものだろう。


「ま、母さんの言うことももっともだな。やってみるか」


 必要な情報を入力し、最後に楽曲データを添付する欄。

 三曲まで添付できる様だ。

 それなりにいいサーバーを使っているのだろうか。


「これとこれと……」


 激しめの曲、しっとり系の曲、いかにもポップスな感じ。

 粗削りかもしれないが、それでも自分の力量を知るにはいい機会だ。

 これでダメなら、趣味でやっていくのも一興というものだ。


「これでよしっと……」


 よく送信のタイミングで躊躇って、なんてことがドラマやアニメだと見受けられるが、俺にそんな概念はない。

 決めたら即行動。

 これだけは以前先輩にも褒められたことがあるのを思い出し、ふふっとなった。


「何をニヤニヤしてるの、気持ち悪い。早くご飯食べにきなさい」

 

 またもいつの間にやら現れた母から軽蔑のまなざしをもらいながらもパソコンをシャットダウンすると、俺は晩御飯を食べるために階下へと降りていったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おはよ、今日もなんだかやる気なさそうな顔してる」

 

 翌朝、あくびをしながら登校して教室へ入ると、声をかけてくる女子が一人。

 いつものことではある。


「お前か。毎日毎日、よく飽きもせず俺に声なんかかけてくるね」

「ご挨拶だなぁ……ていうかお前って呼ぶな。私には静流っていう名前があるの」


 俺の返しにむくれた様な顔を見せるのは、小学校からの腐れ縁でもある道長静流みちながしずる

 何と小学校一年から高校二年である今年まで、すべての学年で同じクラスになっている。

 一度くらい別のクラスになっても、と思ったがこればかりは俺が決めているわけでも静流が決めているわけでもないので、どうしようもないことはわかっている。


 そして特に面白くも何ともないであろう俺に、毎朝必ず声をかけてくるのだ。

 いわゆる幼馴染というやつなのだろうか。


「悪かったよ。で、俺に何か用なのか? 」

「別に……何か声かけないと気持ち悪いなって」

「何その日課。まぁ俺も忙しくはないからいいんだけど」

「それに長い付き合いなんだから、そんなに邪険にしなくてもいいじゃん」

「いや、俺っていつもこんな感じじゃね? 」


 そう言いながらスマホを取り出し、昨日送った楽曲の自動返信メールを確認する。

 昨夜寝る前も今朝起きてからも確認はしたのだが、やはり気になる。


「何見てるの? エロサイト? 」

「アホか。そんなんこんなとこで見るわけねーだろ。仮に見るとしても、お前の……っと、静流の前で見るとかすると思うのか? 」

「だって、何かニヤニヤしながら見てたから」

「え、俺そんな顔してた? 」


 静流のご指摘の通りだとしたら、俺って相当キモいやつなのかもしれない。

 母が昨日言ってたのもうなづける。


「そうじゃなかったら、あの先輩? 京一とどういう関係なの? もうヤった? 」

「おいおいおーい。直接的すぎんだろ。あとあの人と俺はそういう関係じゃねぇから」

「でも、京一あの人好みでしょ。Dominationのデビュー番組、キモい顔で見てた」

「……言い方に悪意を感じるけど、否定はしない。見てくれだけはいいからな。けどあの人はDominationの人じゃないだろ」

「……はぁ? 本気で言ってんの? 」


 まるで床にまき散らかされた汚物でも見るかの様な目で、静流は俺を見てくる。

 人によっては新しい扉でも開いてしまいそうな、そんな目で。


「どう考えても同一人物でしょ。神代琴乃って、同姓同名で見た目もほとんど同じなんだよ? アイドルは売れなかったらお金にならないって言うし、生活補うためにスーパーでバイトしてるんだと思うけど」

「いやいやいや……Dominationの神代さんだったら、もっと上品だろうが。あんながさつで下品で下ネタ三昧な人がアイドルなわけねぇって。もしそうだとしたら、俺は世を儚んで自殺するね」

「へー。じゃあ京一の死期はそう遠くなさそう」


 静流が意地悪くそう言うと、始業のチャイムが鳴り響きクラスメイトは皆それぞれの席に戻っていく。

 ぶっちゃけ俺も先輩がDominationの人なんじゃないか、って何度も思った。

 というか店長もそんなことを言っていたが、俺は頑として信じなかった。


 あの女神の様な人が、あのがさつな先輩である、ということなどあってはならない。

 そんなのは間違っているし、そうだとしたらとんでもない化け猫被り女だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「というかな、今朝なんだけど」

「ああ、あのキモい顔の」

「キモくねぇから。あれは先輩関係ねぇんだって」

「そうなの? 」


 昼休み。

 昨夜の出来事をざっくりと説明すると、静流は呆れた様な表情で俺を一瞥して、自分の弁当に視線を戻した。


「はー……関係なくないじゃん。どう考えてもその先輩絡みになるって、それ」

「まだ言うか。よーしいいだろう。お前の言うことが正しかったら、お前の言うこと何でも一個聞いてやるよ」


 俺がそう言うと、静流はぴたりと弁当を食べる箸を止めてニヤリと口元を歪める。

 女ってみんな、こんな悪い顔する生き物なのか?


「……へぇ、何でも。何でもって言ったね? 」

「お、俺にできることならな。というかそんなことにはならねぇから。勝負に勝つのは俺だ」

「盛大に敗北フラグ立ててるの、気づいてる? こんな見えた勝負を挑むなんて、京一の頭の具合を疑うよ本当」

「おんもしれぇじゃねぇのよ。じゃあ今日のバイトで、本人に確認してきてやっから」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ? 何言ってんだお前、今更。みんな知ってることなんだけど」

「…………」


 そ、そんな馬鹿な。

 まさか先輩が、あのDominationの女神だった……?

 いや、これは夢だ。


 出来の悪い悪夢を、俺は見ているに違いない。


「おい、顔色悪いけど大丈夫か? あ、そうかわかった。お前の大好きな先輩がアイドルだったって知って、頭の処理が追いついてねぇんだろ。まぁ何だ、握手くらいならしてやってもいいんだぜ? 」

「…………」


 どうしよう。

 どうする、俺。

 静流との賭け。


 死んで見せて、とか言われたら……マジで死なないといけないのか、俺。

 いや待て……まだ慌てる様な時間じゃない。

 あいつに言わなければ、そう!

 

 バレなければいい。

 捏造してしまえばいいのだ。

 どうせ明日また学校で会うわけだし、その時に……。


「おいてめぇコラ! 尊い女神様の話を無視してんじゃねぇよ! ってどうした? 」

「え、あ……何……だと……」


 静流との約束など反故にしてしまえばいい。

 そう考えた矢先だった。

 俺と先輩が品出しをしている通路の終わりの地に、そいつはいた。


「げぇっ! し、静流!? 」

「あ? ああ、こないだのやかましいお前の幼馴染じゃねーの。ごきげんよう」

「こんにちは、アイドル先輩。やかましいは余計ですけど、京一が相変わらずお世話になってる様で」


 今までに見たことがないくらい、静流は悪どい顔をしている。

 黙ってればそれなり可愛くて、モテているはずの普段の静流からはかけ離れた、俺の知らない静流。


「京一、勝負は私の勝ちだねぇ。さて、何お願いしようかな」

「勝負だ? どういうことだよ」

「え、えーと……」


 今日の昼のやり取りを簡単に説明している間に静流はお邪魔しました、と引き上げていく。

 先輩は微妙そうな顔をしながら俺の話を聞いていた。


「いや、お前……あたしがアイドルやってるって、あたし自身も言ったことあんだけど」

「信じられるわけないでしょ!? こんながさつで下品な先輩と、あの女神がイコールだなんぶぉ!? 」


 言い終わる前に、先輩の渾身の右ストレートが俺の鼻面に綺麗に決まり、衝撃と共に俺はそのまま意識を失っていた。

 目が覚めたら全部夢でした、なんてことがあったらよかったのに……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 色々あって、夜になって閉店時間を迎え、俺は帰宅の途に着く。

 あの後先輩は気を悪くしたのか、俺とは目も合わせてくれなかった。

 もっとも俺を事務所まで運んでくれたのは先輩らしいが、自分でやったことなんだから後始末をするのは至極当然といえよう。


 当然と言えば、目が覚めても先輩がDominationの神代琴乃さんである、という事実は変わっていなかった。

 俺はトイレで一人静かに泣いた。


「……あれ? 」


 何気なくスマホを確認すると、新着メールの文字。

 まさかと思って開いてみると、Dominationの所属事務所である間宮プロからだった。


『この度はDominationの楽曲作成者募集へのご応募、まことにありがとうございました。厳正なる審査の結果、新宮様の楽曲作成能力を採用させて頂くという結論に至りましたので、ご連絡差し上げました。つきましては、ご都合のよろしい日時をご連絡頂ければ幸いです。間宮プロ 佐倉彩さくらあや


 文面の最後に、ホームページにも記載のあった連絡先が記載されている。

 思わず足を止めて見入ってしまっていた。

 採用。


 採用ってことはだよ? 

 これって俺があのDominationの楽曲担当になった、ってことなのか?

 あのDominationの……あの下品先輩のアイドルグループの。


 今からでも断ったりできないかな……。

 そう考えたとき、あの先輩が逃げたら殺す、と言っている様な、そんな気がして全身に悪寒が走る。

 いや、人選に関わってるわけはないんだけど、それでもあとで何かしらの方法で先輩の耳に入ったら。


 気まずいなんてレベルじゃない。

 というか生きて生還できる気がしない。


「…………」


 前向きに考えよう。

 お給料がもらえて、現役アイドルとリアルで関われる。

 大好きな音楽も仕事にできる。


 何とかかんとか俺は俺の中の何かを誤魔化しながら、再び自宅への道を急ぐことにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ