京一の物語1
初めに、綺麗な人だと思った。
凛とした佇まい。
クールな雰囲気。
澄んだ声でありながら高すぎず低すぎず。
失礼ながら、少し人間離れした存在感。
そして次に思った事、それは。
「あーもう! 発注しろって言われてたの忘れてた! 」
「…………」
ヒステリックな声を上げ、頭をガシガシと掻きながら、鬼の様な形相を浮かべる美人。
見た目と性格のギャップすごすぎ。
ちなみにこの人は同じアルバイトの先輩。
「何ボサッと見てんの!? 新宮てめぇ! あたしが困ってるんだから、助けろよ!! 」
「……いや、理不尽じゃないです? 忘れてたの先輩で……」
「つべこべ言わない! 品出しもまだ終わってないし……」
何ていうか、せっかち。
多分視野が狭いのかなと思う。
残念美人という言葉があるが、まさにこの人はそれを体現している。
「発注、今日しないと次の便に間に合わないんだってば! 」
「はぁ……」
溜息と共に覚悟を決めると、先輩が顔を寄せてきて……本来ならドキドキしてもおかしくないシチュエーションなのに、全くドキドキしない。
だって、この時の先輩ってばめっちゃゲスい顔してたんだもの。
「なぁ……あたしみたいな美人が頼んでるんだぜ? お前みたいな童貞だったら本当なら嬉ションものだろ? 素直にありがとうございます! って絶叫しながら涙ちょちょぎらせていいんだぞ? 」
「……はぁ。わかったので、どれやれって言うんですか? 発注するって言うなら、俺品出ししたらいいですか? 」
俺が渋々でも納得したのを見て、神代先輩がニヤリとほくそ笑む。
何ていうかもう、悪い人の顔。
「最初からそう言えばいいのに。品出しと掃除な。まぁ、レジ混んだらそれも」
「…………」
「何だよその顔。あ、そうかわかった! 美人にお願いされてエロい見返りとか期待しちゃってんだろ。たかがスーパーのバイトの手伝いでそんなん想像しちゃうとか、どんだけ童貞なんだよお前」
どう育ったらこんな下品な女が出来上がるのか、というくらいに下品。
ミス下品コンテストとかあったらぶっちぎりで優勝できそう。
「オーケーわかった。仕事中だからそういう下品な発言は控えてくださいね。言われたことはやっとくので、ちゃんと発注終わらせてくださいよ」
「あぁ!? てめぇ、あたしみたいな美人に……」
「わかったから……」
まだ何か言いたそうな先輩を尻目に、俺はやれやれとやりかけの品出しに手を伸ばす。
本当、黙ってれば物凄い美人だし正直俺だって、よからぬことを考えないでもない。
だって色々と盛りの男子高校生なんだもの。
まさに残念美人にカテゴライズされる種類の人間なんだろう。
いや、人間なんだから欠点の一つや二つ……。
「…………」
いや、あれ一個や二個ってレベルじゃなくね?
ちょっと前にデビューしたアイドルグループ、Dominationの一人に超そっくりなのに。
まぁ、あの人はすごいクールで上品な感じするから、先輩とは天地の差があると思うけど。
あれが同一人物なんて、まずありえない。
Dominationのあの人は女神と言って差し支えないレベルだ。
「新宮くん、ごめんレジお願い」
「あ、はい」
順調に品出しをしていた俺だが、ピークタイムが近づいてきて混みあってきたらしく店長に呼ばれてレジ応援に入る。
レジにはレジの専用要員が数人いるのだが、住宅街に面したこの店は数人のレジ要員では対応しきれないことが多い。
「いや、悪いね新宮くん。品出しの最中だったのに」
「いえ、これも仕事ですから」
高校生のアルバイトとは言え、お金をもらっている以上は手を抜いてはならない。
もちろんずっと張りつめていては疲れてしまうが……あの先輩の様になったら何か終わる気がしてならない。
そういう意味では、あの先輩は反面教師として立派に役割を果たしている……のか?
いや、やっぱり何か間違っている気がする。
「はー、お疲れ様。今日も大変だったなぁ」
「いや、先輩発注以外ほとんど……」
「おいこら、細けぇこたぁいいんだよ。あたしの仕事はお前のもの。お前の仕事もお前のもの。な? 世の中そうやって成り立ってんだよ」
「そんなんで成り立つ世の中とか俺、嫌なんで帰ったら死にますわ」
「おいおい……しょうがねぇなぁ。ほれ、これやるから」
店の営業時間が終了し、無事に閉店。
バックヤードに戻ると、次々にパートのおばちゃんやあまりかかわりのない人たちはそそくさと引き上げていく。
そして先輩が俺に差し出してきたのは、明らかに飲みかけのお茶のペットボトル。
「……えっと、これって」
「お前ほら、あたしのこと大好きじゃん? あたしのこと舐めまわす様に見つめてくるし」
「事実をさらっと捻じ曲げるのやめてもらえます? 」
「そんなあたしの飲みかけのお茶だぞ? 家宝にしてもいいからな? 」
「…………」
いや人の話聞けよ。
……確かに初めて会った時、一瞬見とれたのは認めよう。
こんなでも、見た目だけはすごくいい。
スタイルだっていいし、何かいい匂いするし。
だけどこの人が人間であることは紛れもない事実だし、人間の飲みかけのお茶はさすがに家宝にはできない。
というか仮に持ち帰って神棚にでも飾ったとしたら……母ちゃんにぶっ飛ばされる未来しか見えない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー……」
家に帰り、鞄をおろすと母が俺の部屋に入ってくる。
正直勝手に入ってくるなと言いたいところではあるが、養われの身で更に部屋まで与えてもらい、あまつさえ部屋の掃除までしてくれているのだ。
文句は言うまい。
「最近帰り遅くない? 」
「そうかな。閉店まで作業してると、こんなもんだよ」
母の心配もわからないではないが、俺ももう高校生だしある程度信用してくれてもいいと思う。
もちろん高校生には勤労の義務がないのだから、必ずしもこんな時間にならなければならないということはないと思うが。
「……それ、何? 」
「ん? 」
鞄の中身を整理していると、母が怪訝そうな顔をしながら指さしてくる。
その先にあったもの、それは。
「……げっ」
「あんた、そんなシールとか貼ったりするっけ? 」
「あ、いやこれはだな……」
あのアマ……。
あたしからだってわかる様に、シール貼っておいてやっから! とか楽しそうにギャルギャルしたシールをごてごてと貼ってくれたのをすっかりと忘れていた。
「まぁ何といいますか、よんどころない事情があるというか」
簡単に事情を説明してみせると、母は何とも言えない表情でペットボトルを見つめる。
まぁ、そうなるよな。
「あんたの性癖がよっぽど歪んだりしなければ、私も口出しは控えるけど」
「おい、性癖とか言うな」
「あんまりぶっ飛んだことはしないでね、頼むから」
「…………」
母からいらぬ誤解を受けてしまったが、やることあるから、と部屋から追い出すと俺はスタンドに立てかけてあるギターを手にして、アンプにつなぐ。
時間も遅いのでアンプにヘッドフォンをつなぎ、耳に当てた。
赤いストランドバーグのギター。
昔隣に住んでいたお姉さんが引っ越すにあたって餞別にとくれたものだ。
調べてみると、高校生にはそうそう手が出ないくらいに高い代物であることがわかり、俺は真面目にギターを始めようと思ったものだ。
このギター、そしてアンプにケース、ストラップにピックと豪華にそろったセットをもらってから早三年。
コピーである程度弾ける様になると、オリジナル楽曲の作成などもやってみたいと考える様になり、俺は作曲も勉強した。
割とこっちの方は才能があったのかもしれない。
そこまでやっているとバンドを組まないか、と学校で誘われることも多かったが、俺は断ってきた。
理由としては、俺の技術はまだまだ独りよがりであること、そして何より他人と組んでやっていける自信がなかったというところが一番大きい。
何しろ学校ではそんなに友達が多くはないし、コミュ力が高いわけでもないから、志半ばで破綻してしまいそうなのが怖かったのだ。
「ひとまず、こんなもんか」
一か月ほど前から書き続けてきた曲をひと段落させ、俺は風呂に入る準備をする。
明日もまたバイトがあることだし、今日は早めに寝ておかなければ。
新宮京一
17歳高校二年生
B型 10月1日生まれ
身長177cm 体重55kg
のんびりした性格で物事に動じない。それ故に歯に衣着せぬ言動や思い切った行動が目立つ。
近所のスーパーでアルバイトをしている。そこで知り合った先輩が気になっているが、その気持ちの正体をつかめずにいる。ギターが趣味、バンド経験はなし。作曲も嗜んでいる。琴乃がDominationのメンバーであることを信じていない。
神代琴乃
19歳 現役アイドル
A型 6月18日生まれ
身長166㎝ 体重47kg
せっかちでズボラ。京一を犬か何かのごとくこき使う。事務所所属の現役アイドルだが、売れていない為収入はごくわずか。その為スーパーのバイトで足りない生活費を賄っている。地方から上京してきてすぐにスカウトされた。京一以外のスーパーの従業員は皆、Dominationのメンバーであることを知っている。