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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

意気揚々と『婚約破棄』を宣言しようとしたら、逆に王子から『婚約破棄』を破棄されそうになった件について

作者: アバタロー

 マリアンナは、豪華な扉の前で、姿勢を正していた。 


「招待状を見せて頂けますでしょうか?」


 扉の真横に待機していたドアマンが、マリアンナに訊ねる。


「ええ」と答えて、マリアンナは、手に持っていた招待状を渡した。


 王城はさすがに、警備も厳しい。


「ご確認致しました。それでは、ご案内させて頂きます」


 慇懃に礼をしたドアマンが、頭を下げる。


 徐々に扉が開かれていく。


 きらびやかな世界。


 呑まれるな、と自分を叱咤する。


 これから始まるのだ。

 マリアンナの、一世一代の「婚約破棄」が。



 


 マリアンナには、婚約者がいた。

 国王の一人息子。眉目秀麗なエレメイ王子である。

 

 大好きだった。


 ところが、ここ半年間で風向きが変わってきた。

 エレメイと話す機会が少なくなった。話し掛けても、どこか上の空。


 その代わりに、エレメイが他の令嬢と仲良くしているという話を聞いてしまった。


 令嬢、シェスティン。


 小柄な美人の彼女は社交界でも有名だった。うるうるとした眼に、庇護欲をそそられるようなか弱い美女。

 今まで、特定の男性と噂になったことがないのが、不思議だと言われていた。


 マリアンナは入念に調査をした……。

 そしたら、出るわ出るわの証拠の数々。

 

 なんと、しかも、二人でエレメイの両親――つまり、国王と王妃に会っていたらしい。


 あり得ない、とマリアンナはあきれていた。

 自分という婚約者がありながら、この仕打ち。ただで黙っているわけにはいかぬ、とマリアンナは裏で密かに婚約破棄の準備を練っていた。

 友人にも頼み、しっかりシミュレーションを繰り返す日々。


 大変だったが、それももう終わりだ。


 もはや、我慢ならない。 


 だからこそ、マリアンナはこの日に決めたのだ。

 エレメイが成人を迎える今日のパーティーで、白黒決着をつける!


 マリアンナは深呼吸をした。


 今日、自分はここで、婚約破棄をする。

 

 

 


 大広間は一面、夢のような世界だった。


 色とりどりのドレス。まばゆいばかりに煌めく装飾。豪華なテーブルの上に並ぶ豪勢な食事。

 

 多くの人間がいるど真ん中には、二人の人物がいた。


 本日も、ぱりっと衣装が決まったマリアンナの婚約者(過去)のエレメイと、令嬢のシェステイン。


 二人が、仲睦まじく話している。

 その光景にちくりと胸が痛むが、構わずにずんずん進んでいく。

 

 マリアンナが近付くと、ただならぬ雰囲気を察したようで、周囲の人だかりは消え、三人だけになった。


 決着をつける。

 そう意気込んだマリアンナは、大きな声でびしっと決めた。


「この度、婚約破棄をさせて頂きます!」


 胸を張って、堂々と宣言する。


「もちろん、理由は、あなたなら分かっているはずです」


 そして、



――さようなら。私の愛した人。


 



 無言。


 周囲は物音ひとつしない。


 ここまではマリアンナの予想どおりだった。


 ここからが問題である。

 二人はどういう対応をしてくるのか。言い訳か、それとも、逆ギレか、もしくは、しらを切るか。


 どうにでもなれ、とマリアンナは思った。こちらの準備はできている。


 二人が一緒にいたという証拠も掴んでいる。もう、言い逃れはできない。


 ただ、ここ半年間、シミュレーションを重ねに重ね、徹底的に考え抜いたマリアンナをもってしても、この展開だけは、予想できなかった。


 誰が想像できただろう。


 エレメイが突如、拍手し始めたことを。





 うん。

 決して、見間違えではない。


 エレメイは、感動したように、長々と割れんばかりの拍手を送っている。


「素晴らしい! 素晴らしいよ。マリアンナ! なんて美しい婚約破棄! なんという立派な婚約破棄なんだ!!」


 アホ王子が、うんうんと何度も頷くと、周囲も堰を切ったように、拍手が渦巻く。


 うん、なんで???????





「いや、待って。どういうこと? だ、誰か説明を……」


 マリアンナは混乱していた。 

 意味がわからない。これほど意味がわからないことも、そうそうないだろう。


 そりゃ、婚約破棄の原因を作ったのは、エレメイの方だけど、マリアンナも、多少は文句を言われる覚悟をしていたのだ。


 というより、こっちだって、それなりのリアクションを期待していた。泣いたり怒ったりとか。


 こんなに大勢の来賓の前で、恥をかかせることになるんだし。



 


 だが、ここで、感動されるとは思わなかった。


 この展開はおかしい。

 なんで、自分が褒められてるんだろう。


 アホ王子は涙が止まらないようで、手からハンカチを手離さない。


「だから、説明しろってぇ!!!」


 マリアンナの絶叫が、王宮中に響き渡った。





「ああ、そうか。愛しのマリーは知らなかったんだね」

「あの今、めちゃくちゃ重要な場面なんで、愛称とか使わないでもらえます? そもそも私、婚約破棄をしたんで、もう婚約者じゃないんで」


 全く状況が飲み込めないマリアンナだったが、とりあえず釘を指すことだけは忘れない。


 実はね、とエレメイが言う。


「これは我が国の伝統的な行事なのさ」

「はあ? 何が?」

「だから、婚約破棄が」

「婚約破棄が、伝統行事?」


 しばし、マリアンナは首をかしげた。 


 エレメイはどうしてしまったのだろう。自分が知るエレメイはもっとこう、なんていうか、こう、頭がよく、知的で、貴公子然とした男性だ。


 こんな訳のわからない発言をする人物ではなかった。


 もしかして、衆人の前で、婚約破棄されたショックにより頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 マリアンナは、本気で王子の頭を心配し始めた。


「ああ、我がマリー。違うんだよ。ほら、サプライズってあるじゃないか。誕生日に、そうとは知られずにプレゼントを贈るとかさ」


 そう言って、エレメイがはにかむ。

 白い歯が見える。

 うん、いい笑顔だ。


「それと同じだよ。君以外のみんなは、この婚約破棄を知っていて、待ち望んでいたのさ」


「え? ってことは、わざわざそっちが婚約破棄されるような状況をつくってたってこと???」


「もちろんさ!」と、エレメイが投げキッスをしてくる。


 しかも一回だけじゃなく、何回も。

 凄い勢いで、手首が回転している。


「そうじゃなかったら、僕が君に半年間も話し掛けないはずはないだろう!」

「いやまあ、たしかに急に話し掛けられなくなったなあ、とは思ったけど……」

 

 頭が、痛くなってきた。


「いや、ちょっと待って、それはおかしい!」とマリアンナはエレメイの影に隠れる小柄な女性にびしっと指を指した。


「大体、あんたはどうなのよ!!!」


 その時、聞いたこともないほど、言葉遣いの悪い声が聞こえてきた。


「はあ、やっと終わったわぁ。マジ、ダルかった」

 

 マリアンナは最初、自分の眼を疑った。


 この声はどこから聞こえてるんだろう。マリアンナの前にいるのは、エレメイとシェスティンだけだ。


 エレメイは未だに投げキッスをしてきているから、消去法的に、シェスティンの声のはず。


 いやだけど、シェスティン嬢といえば、お上品で、美しいと噂の社交界の花……。男子の視線を釘付けするほどの美少女……。


 マリアンナは呆然として目の前で、「かったりぃ~」と肩を回すシェスティンを見つめていた。


「え、どなた?」

「もちろん、シェスティンですよぉ。お・姉・さ・ま」


「ほらな。こういうやつなんだよ」と、ようやく投げキッスに飽きたらしいエレメイが顔をしかめる。


「シェスティン。なんでもいいが、僕のマリアンナからとっとと離れて頂こうか。マリアンナをエスコートするのは、僕だ。君ではない」


 気が付けば、さっきまでエレメイの後ろに隠れて眼をうるうるさせてたシェスティンは、マリアンナの横で眼をうるうるさせている。


「ほんと、これだから男って嫌ですわよねえ。ねえ、お姉さま。粗野で、乱暴で、野蛮で、下品。やっぱり美しいのは、女性だけですわぁ」


 そう言って、シェスティンがマリアンナの身体をさわさわしてくる。


「あの~~シェスティン様って、もしかして、そういうご趣味で……?」

 

「もちろん!」とシェスティンが頬擦りしてくる。


 ああ、やっと理解した。

 社交界の花、シェスティン嬢に今まで、どんな男性が声をかけてもなびかなかった理由が。


「いやいやいや、待って待って待って……」


 慌てて距離をとる。


 ちょっと待て、ちょっと待て。


 ツッコミが追い付かない。

 

 婚約を破棄しようと思ったら、その状況自体が嘘でした?

 どういうつもりなんだ。


「やっぱり、意味がわからない! 一体、なんのためにこんなことをしてるの?」





 その時、堂々たる声が、大広間を貫いた。


「その説明は、ワシがしよう!」


 視線が、一気にその声の主に集まる。


 国王陛下だ。

 やっと、話のできる人物が来た、とマリアンナは安堵した。


 婚約者の話は意味がわからないし、シェスティン嬢もまともな話ができるような状態ではない。


 現国王は、国を繁栄させた名君主としてその名を轟かせていた。

 

 聡明にして賢明。

 国中から尊敬される国王ならば、この状況をきっと説明にしてくれるに違いない。


 威厳に満ちた国王が、口を開いた。


「つまり、これは王妃になるための試練というやつだ。王妃には、様々な謀略がつきまとう。外国との外交に、国内の不穏分子にも眼を光らせなくてはならん。言うなれば、危機管理の一貫だ。婚約者が怪しい挙動をした時に、どのような対応をとるか。それによって、次世代の王妃たる務めが果たせるのかが決まるのだ!」


「なんですか、そのアホな試練は」

 

 うんうん、とひげを触りながら頷く国王には申し訳ないが、さっぱり理解できない。

  

 いやだって、それにしたってもう少し他の方法はあるだろう、とマリアンナは文句を言いたい気分だった。


「そして、その上で、マリアンナ嬢よ。お主の婚約破棄は素晴らしかった」


 国王が、感涙で咽びなく。

 こいつもか。


「証拠の集め方! 仲間の作り方! そして、問い詰める時の冷静な思考回路! うむ。このわしの名をもって、そなたを将来の王妃として認めよう! 皆の衆!! 拍手!!!」

「いや、拍手じゃなくて」


 あ、こいつ使えないわ、とマリアンナは瞬時に判断した。


 本格的に国外脱出を考えたくなってきた。なんだこのちょび髭は。こんなのが国を治めているなんて信じたくない。


「あのー。別になにも、わざわざ浮気みたいな真似をして、婚約破棄を仕向ける必要はないと思うんですけど……」





「その疑問には、私が答えましょう」


 柔らかな声が大広間を包む。


「王妃様!!!」


 マリアンナは歓喜した。


 貞淑にして、穏健。


 勇み足勝ちな現国王の手綱を握っているという噂の彼女ならば、こっちの味方になってくれるはずだった。

 一年前、両親が病を患って地方へ移住してしまってからも、王妃は、なにかと一人残されたマリアンナに気を配ってくれた。


「王妃様! 助けてください!! あなたのとこの息子さんと夫は、ちょっとおかしいです!!!」

「ええ、マリアンナ。よく頑張ったわね。でも、これは私も経験済みよ」

「へ?」


「ああ、あれは思い出すわあ。二十年前、当時婚約していた夫が急に冷たくなってね。それから、気になって、色々と調べたのよ。そしたら、他の女にうつつを抜かしているってわかったから。証拠を突き付けてやってのよ」

「な、なるほど!」


 思わぬ新事実を発見したが、よい兆候だ。

 これなら、王妃だって、こっちに味方してくれるはず!


「じゃ、じゃあ助けてくれますよね? いくら、次期王妃を決めるためとかいって、婚約者を騙すなんて、良くないですよね? 絶対、これおかしいですよね!!」


「それが、そうでもないのよ」と、王妃様がとたんにうっとりした眼で天井を眺める。


「真相を知ったときは、ショックを受けたけど、冷静に考えれば、納得できたわ。王妃というのは、それほど重大な責務があるのよ」


 それに、と王妃様が続ける。


「仲直りしたあの夜は、最高だったの」


「へ? それはどういう……?」


「彼の熱い肉体と、私の柔らかな肢体が混じり合って、極上のハーモニーを醸し出して……」

「あ、もう結構です。聞いた私が馬鹿でした」


 なんだその、官能小説のプロローグみたいなのは。


 マリアンナは頭を抱えた。


 国中から「聖女」として慕われている王妃の知ってはいけない部分に触れてしまった。

 なにが、貞淑にして穏健だ。ただの色ボケじゃないか。

 これじゃ、「聖女」じゃなくて、「性女」である。


 本格的にこの国のモラルが信じられなくなってきた。


 そういえば、なぜかエレメイも、愛情表現の度合いが少々、おかしいような気がする。


 さっきのマシンガンのような投げキッスもそうだし、間違って、マリアンナがヒールの先で、エレメイの足を踏んづけてしまったときも、


「この痛みも君から受けたものだと思うと、どうも嫌いになれないね。できれば、もっと踏んでほしい。さあ、ほら!」と恍惚とした表情で、横たわりながら頼んできたこともあった。


 あれ、冷静に考えると、外見が良いだけの不審者では?


「で、でもこんなの認めるわけにはいきませんから!!」


 マリアンナは、必死に頭を巡らせた。

 ど、どこか、どこかに、突破口があるはず!





「そうだ!」


 マリアンナが眼をつけたのは、来賓の席にたたずんでいる老人であった。


 一人の老人がいた。

 この大騒ぎにも関わらず、どしっと構え、その目は油断なく、前を見据えている。


「大法官様! ね、こんなの許されませんよね? 人の心を踏みにじってますよね!!」


 助かった、とマリアンナは思った。


 この国の司法を一手に司る大法官は、公正・公明な人物として、広く知られていた。不正を許さず、罪を罰する正義の体現者。

 老年を迎えてもなお、その影響力は国中に広がっている。


 この人ならば……。


 大法官が、何やら、横で控えていた側近に、ごにょごにょという。おそらく年で、そこまでの声を出せないのだろう。

 まあ、それでも問題はない。


 きっとその分、年を重ねたまともな判断を下してくれるに違いない。


「ええと、御老公はこう仰っています」


 側近が口を開く。


「わしはもう、この職について六十年になる。そんな中で、幾度も、王妃候補による婚約破棄を見てきた。ところが、わしは最近の婚約破棄はどうも気に食わん。どいつもこいつも、簡単に婚約破棄をしおって。しかし、マリアンナ嬢。お主の婚約破棄は本当によかった。半年間伏せに伏せて、相手の誕生日パーティーで一気に決める。やる気・資格ともに充分。ここ五十年で、五本の指に入るほどの、それはそれは見事な婚約破棄で……」


「そのワインの批評みたいなの、やめてください」


 マリアンナは別方向を向いた。


 こいつもだめだ。使えん。

 くそ、まともな人材はいないのか。

 

 マリアンナはまたしても、本格的にこの国の司法が心配になってきた。実は冤罪率とかめちゃくちゃ高いんじゃないだろうか。





 眼をキラキラと輝かせた王子が、こちらを慈しむような笑みを浮かべる。


 何度も言うが、笑顔はいい。

 笑顔はだけは。


「世にも麗しきわが姫よ。どうしてそんなに焦っているんだい?」

「基本的にあなたのせいです!」

 

 マリアンナは頭を抱えていた。


 味方が、味方がいない。


 どういうことだ。あまりにも四面楚歌が過ぎる。


 もっとこう、自分を全面的にバックアップしてくれる人間がいたっていいのに……。

 と、そこまで考えていたマリアンナは思い出した。


 自分の頼れる味方。唯一無二の親友たちを。


「だから、男に用は無いっての。傷付いた彼女の心も身体も癒せるのは、同じ女性であるこの私だけよ」


「いや、それは違う。元々、僕は君となんかと話している暇があったら、マリアンナと話したかったんだ。なあ、どうしてくれる? マリアンナと話せなかったこの半年間で、僕の体重は激減し、夜は眠れず、朝も起きれない。このままでは、国王になるまでに僕は倒れてしまうことだろう。そうならないためにも、マリアンナの成分を摂取しなくては」 


 未だにエスコートで、シェスティンと揉めているエレメイに大声で問い掛ける。


「ねえねえ。私の友達は? ライラに、アリトラにヘリュ! みんな私の味方になってくれるはず!」

「ああ、それだったら、彼女たちから預かっているものがあるよ」


 さらっとエレメイが言う。


「ほら」

「なにこれ?」


「ビデオレターだね」と告げたエレメイが、何事か合図すると、大広間の一区画に、スクリーンのようなものがてきぱきと設置される。



 写し出された映像の中には、親友たちの姿があった。


 久しぶりだった。

 マリアンナは最後の最後だけは一人でやらせてほしいと言って、ここ一週間ほど、友達の力も借りずに、予行練習を行っていたのだ。


「み、みんな……」


 涙が溢れてくる。みんながいた。手を振っている。


 マリアンナは思わず手を振り返した。


 真ん中いるのは、真面目でリーダーシップのあるライラだ。彼女に励まされて、マリアンナは婚約破棄を決意したのだ。


 その右には、活発なアリトラ。彼女の明るさには何度も助けられた。


 一番左にいるのは、寡黙でおとなしいけど、実は強い意思を秘めたヘリュ。なんだかんだいつも、自分を見守ってくれた。


 今回の婚約破棄ではだいぶ手助けをしてもらった。

 みんな大好きな、マリアンナの親友たちである。

 

「「「せぇの」」」


 みんなが、声を揃える。


 何をするんだろう、とマリアンナはワクワクしていた。わざわざビデオでメッセージを伝える理由はわからないが、きっと大事なことに違いない。


 この親友たちだったら、マリアンナの思いをわかってくれるはずだった。

 親友たちは、この件に関して関わっていないはず……!!





 突如、ぱんぱんという陽気な音が、大広間に鳴り響いた。


「な、なにこの音は……?」


「クラッカーだな」と一人平然としていたエレメイが答える。


 マリアンナは絶句した。


 両端にいたアリトラと、ヘリュが大量のクラッカーを抱え、真ん中のライラに至っては、「祝・婚約破棄」と書かれた横断幕を泣きながら振っている。


 意識が遠くなる。

 あんな真面目で憧れてたライラが、ものすごい、馬鹿みたいな格好をしている。


 ライラだけは。

 ライラだけには、そんな格好をしてほしくはなかった。


「マリアンナ! 最初見たときからずっと思ってた! 良い眼をしていたから。この子の婚約破棄は、絶対に成功するだろうなって!!」


「いやあの、婚約破棄に成功とか失敗ってあるの?」


 ビデオに何をいっても無駄だとわかっているもののツッコまずにはいられない。


「婚約破棄になった時点で、婚約自体が失敗だと思うんですけど……」 


 ところが、マリアンナの疑問に答えてくれるような良識のある人物はこの場にいなかった。 





 場面が変わり、アリトラが姿が写った。


「ああ、良かった……。アリトラ!」

 

 マリアンナは気持ちを入れ換えた。


 アリトラは信頼できる人だ。活発で誰にでも優しく、判断が早い。

 そんな彼女ならば……、きっと…。


 マリアンナはライラの悲劇を忘れて、アリトラに祈った。

 

「これを見てるってことは、たぶん、婚約破棄が成功したってことだよね?」


 そう言って、アリトラが微笑む。


「私ちょっとさ。最近自信をなくしてたんだ。色々あって。でも、マリアンナのお陰で前向きになれた。ひた向きに婚約破棄に向き合うマリアンナを見て、私も頑張ろうって。そう思えたんだ!」


「おお……」という感動の声が至るところから漏れる。

 

 頭が混乱してきた。


 なんか、めちゃくちゃ良いことを言われているような気がするが、「婚約破棄」という一言のせいで、どうにも誉められた気がしない。

 ひたすらに婚約破棄に向き合うって、全然誉め言葉ではない。


「ヘリュ!」


 次に画面に写ったのは、ヘリュだった。


「頼むから……」


 何とかしてくれ、と言い掛けたマリアンナは、泣きじゃくるヘリュを見て、呆然とした。


 普段、大人しく表情の乏しいヘリュがこれほど泣いてくれるなんて、素直に嬉しい。

 

「うう……マリアンナ。本当におめでとう。私ずっと思ってたよ。きっと婚約破棄の神様がいるとしたら、きっとマリアンナは、その祝福を受けたんだろうなって」


 だがしかし、泣いている理由が全くわからない。今までの発言で、一番共感できなかった。


 マリアンナは呆然としていた。


 婚約破棄の神様ってなんだよ……。

 恐ろしく不吉な神である。そんな神の祝福なんて、受けたくなかった。


 もっとこう、あったでしょ、と言いたくなる。

 世界は広いんだから、もうちょっとましな神様だっているはずだ。


 そして、こんなアホなビデオレターは、初めて見た。 





 ところが、気が付けば、大広間は静まり返っていた。

 会場中からすすり泣く音が聞こえる。誰も彼も、このビデオレターに涙を禁じ得ないらしい。


 アホかな?


 あれほど厳格な国王も、大法官も、あれほど冷静な王妃も。誰もかれも、顔を真っ赤にして泣きじゃくっている。


 そしてそれは、エレメイも例外ではなかった。


 再び、手にハンカチを持ったエレメイは、感極まったみたいで、しきりに頷いている。


「わが運命のマリー。素晴らしい友人を持ったね」


「私も十分前まではそう信じていました。今は、ちょっと自信がありません。特に、素晴らしい友人という部分」

「謙遜は要らないよ。僕の子猫ちゃん」


 そして、どうやらエレメイは、泣きすぎて眼が見えていないらしい。


 私はれっきとした人間である。断じて、子猫ちゃんなどではない。


「そうよ! あんなに素晴らしい方たちにはもっと感謝しなきゃ! そもそも、あの人たちの協力がなかったら、婚約破棄もできなかったんでしょ?」


「いやまあ、それもそうだけど……」


 シェスティンが冷静に指摘する。


 何でだろう。ちょいちょいまともなことを言うのをやめてほしい。

 なぜか釈然としない。

 

「っていうか!!!!」


 状況が一向に進展していないことに気が付いたマリアンナは、大声をあげた。

 おかしいおかしい。絶対間違ってる。


 大体、自分は今日、すべてを失う覚悟で、ここに来たのだ。


 なんで、こんな感動の雰囲気になっているんだろう。

 世間一般で、婚約破棄って言ったら、もっとこう、殺伐としているはずだ。 


 絶対違う。こんなの予想していた婚約破棄じゃない!



――その時に、マリアンナの脳に、閃きが舞い降りた。



「そうよ! お母様!! お父様よ!!」

 

 我ながら良い思い付きだ、とマリアンナは小躍りしそうだった。

 

 もう友達は信用できない。見たところ、みんな普通に、婚約破棄をするというアホ文化に慣れすぎていて、とても、頼りになったもんじゃない。


 こういう時こそ、肉親の出番だ。

 身内だからかもしれないが、マリアンナは自分の両親を心の底から愛し、尊敬していた。


 厳しくも優しい父に、温かく穏やかで、何でも相談に乗ってくれる母。

 マリアンナの自慢の両親だった。


 一年ほど前から、病にかかってしまったという二人は、空気の良い地方に身を寄せていた。

 

 きっと、あの二人ならば、このアホな伝統に反対して、マリアンナの味方になってくれることだろう。


「ああ、ご両親ね」


 事も無げに、エレメイが言う。


「ご両親だったら、お手紙を預かっているよ」

「へ? ホントに?」

「もちろん! もちろん! 僕が君に嘘をついたことがないだろう?」


 この男の頭の中では、「婚約破棄」に関するこの半年間はどのようになっているんだろう。

 マリアンナは一回、本気で聞いてみたくなった。


 差し出された便箋を空け、嫌々読み始める。

 しかし、


「あれ、本当にお母様の字だ」


「だから言っただろう」と、エレメイが得意気な顔をする。


「君のお母様はこの状況を予期しておられたんだよ」


 食い入るように読んだ。

 きっと、お母様なら、お母様なら、力になってくれるに違いない……。


「やっほ~、マリアンナ。お母様です。きっと今、マリアンナは混乱していることと思います」


 まあ、若干テンションが高いのが気になるが、それは良いだろう。

 手紙と現実の口調が違うのは、よくあることだ。


「ですが、ここで実は、重大な発表があります」


 その一文に、一気に緊張した。

 母の病状が良くないのだろうか……。


 最悪の想像が頭を駆け巡る。

 そんな……。


「実は、お母様。病気は病気でも、恋の病と言うやつです」


「はあ??????」


「マリーには申し訳ないけど、マリーが大きくなってからというもの、中々お父様とイチャイチャするような機会に恵まれませんでした。やっぱり、夫婦のスキンシップって大事じゃない? ということで、お母様とお父様は、地方に移住することになりました(ここで、盛大な拍手)」


 あまりの衝撃に空いた口が塞がらない。


 尊敬すべき両親の像が、がらがらと崩れていく。 


「本当のことをマリーに黙っていたのは申し訳なかったけど、地方に来たお陰で、のんびりとやれています。昔、マリーは、弟か妹が欲しい、と駄々をこねていましたよね? あなたの願いを叶えることができそうです(やったね)」


「アホか!!!!」


 思わず、手紙を床に叩きつけてしまった。


 こんなの知らない。こんなの知らない。

 両親だけはまともだと思っていたのに……。


 こんなん詐欺である。


「おいおい、何をするんだ」とエレメイが慌てて、手紙を拾い上げる。


「ああ、そうそう。追伸も来てたぞ。

『弟か妹が生まれそうです。是非、成長したら、お姉ちゃんとして、婚約破棄の武勇伝でも聞かせてあげてください』

だそうだ」


「婚約破棄が武勇伝ってどういうことよ」

「まあ、良いんじゃないか。子守唄代わりにってことだろ?」


 当然だが、何が良いのか、さっぱりわからなかった。





「ちょっと待って。ちょっと待って……」


 マリアンナは大広間の雰囲気を見て、ドン引きしていた。

 な、なんだこのアットホームな空間は。


 部屋中の人間が、楽しそうにエレメイとマリアンナと、シェスティンを眺めている。


「さて」


 やがて、エレメイが口を開いた。


「わが愛しの運命の女神、究極の美の化身、マリアンナよ」

 

 自分の名前の上に、形容詞がくっつきまくって最早よくわからないことになっているが、マリアンナは気にしないことにした。


 この男にツッコんだら、負けるのは自分である。


 大体、マリアンナだって褒められるのは好きだったが、これはあまりにも褒め過ぎである。

 逆にバカにされているように思えてきた。


「なによ」

「君の婚約破棄! 確かに受け取った」


 へえ、とマリアンナは思った。

 あ、意外と物分かりはいいんだ。これで、婚約破棄はなしで、とか言われても困るし。


 ところが、次のエレメイの発言に、マリアンナは我が耳を疑った。


 エレメイがひざまづく。


「その上で、僕は君が必要だ。君がいない未来なんて想像できない!! というわけで、僕は君の婚約破棄を破棄させてもらおう!!!」


「はあああああああ?????? え、嘘。そんなのあり???」


「ああ」とエレメイがにこやかに笑う。


「君の『婚約破棄』と、僕の『婚約破棄破棄』。どっちが、正しいのか、勝負しようじゃあないか!!!」


 マリアンナは唖然としていた。


 馬鹿だ。

 ものすごい晴れやかな顔をした馬鹿だ。


 純度百パーセント、正真正銘、本物の馬鹿がここにいた。

 

 言いたいことは色々あった。

 まず、婚約破棄を破棄するってなんだよ、とか。どっちが正しいも何も無いだろ、とか。この伝統は絶対におかしい、とか。


 でも、負けない。

 なぜか、マリアンナにも火がついていた。


 正面から、はっきりと言い切る。


「私は、あなたとの婚約破棄を成功させてみせるわ!」


 それを見て、エレメイが笑う。


「良い眼だ。それでこそ、我がマリー。妻にしがいがあるというもの」 


  

――二人の視線が交差する。



 大広間で熱い視線を交わす二人。

 見目麗しき王子と、令嬢。


 端から見ると、物語のワンシーンのようだったが、全くもってロマンチックではなかった。

 




 なお後日、国外脱出を画策していたマリアンナは、隣国にもこの伝統があると知って、絶望することになる。

 どうやら、アホなのは、この国だけではないようである。






お読みいただき、ありがとうございました!

評価や感想等をいただけたら、とても嬉しいです。


ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] なんか知らんがめっちゃ笑ったw
[良い点] タイトル読んで一瞬混乱しましたw そしてこんなノリが良い婚約破棄は初めて見ました(笑) 次々と色んな人が出てきて主人公を絶望させていく・・・ どんだけ出てくるん!てツッコミ入れちゃいました…
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