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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある事務員さん達シリーズ。

とある事務員さん達の話その16。

作者: 琴鈴





「渡辺、いい眺めだね。」

床に這いつくばり、こちらを見上げるその姿に、無意識のうちに口元を歪めそう呟いていた。

ビクリと目の前の男が肩を震わせる。

それは恐怖なのか、それとも……

「……で、どうするの?」

「っ、くそっ、」

選択肢なんて無いに等しいのにあえてそう口にしてやれば、悔しそうに奥歯を噛み締める。ぎ、とこちらを睨むその視線にゾクゾクした。

これだから、この男は遊びがいがある。

「……あいつには黙ってろよ。」

小さくそう呟いて、渡辺は痛みを耐えるかのようにぎゅっと瞳を閉じた。

それは、了承ととっていいのだろう。僕の好きにしていいと、彼が折れた瞬間だった。

ニヤリ。知らず口角が上がる。

しゃがみこみ視線を合わせてやれば、それでもやはり恥ずかしいのか視線を逸らされた。

手を伸ばし、するりとその背を撫であげてやれば小さく声が漏れる。

「っ、てめ、」

「大丈夫。優しくしてあげるよ。」

笑ってみせても、その瞳から恐怖の色は消えない。今まで散々虐めてきたのだから、信用がないのは仕方ない事だけれど。どうせなら、もっと縋るような視線が欲しい。

「じゃ、このままでいいの?今の状況辛くない?」

身体を撫ぜるその手を離し、あえて立ち上がりそう告げてやれば、やっとその視線は望む色を帯びた。

なぜ今、己が床を這う事態になっているのかようやく思い出したらしい。

震える指が、けれどしっかりと僕の足首を掴んだ。

「……助けて、くれ。」

それは彼にしてみれば屈辱的な言葉だったであろうに。

僕は再び彼の前に膝をつき、その頭を撫でてやった。

「よくできました。」

一言そう告げてやれば、渡辺は眉間に皺を寄せ、僕を全力で睨んだ。

「これで、満足、かよ、」

「まさか。もう少し苦しむ姿を見てるのも面白いと思うけどね。」

「っ、」

つ、と項から背筋のラインを指でなぞれば、その顔が苦痛に歪む。

「っ、さと、」

「ふふっ、冗談だよ。辛いんだよね?」

苦しいに決まってる。立ち上がることすら出来ず、こうして僕を見上げることしかできないのだから。

けれどその表情はなんとも僕を楽しい気分にさせてくれる。

やっぱりもう少しこのまま眺めてみようか。

「っ、佐藤っ頼むから、なぁ、」

切羽詰まった声が僕の思考を中断する。

その瞳にうっすらと滲むものがあるのは気のせいだろうか。

「このままじゃ、」

「そっか。誰かに見つかるかもしれないんだっけ。」

ビクリと身体が跳ねる。

「いくら人の出入りが少ない資料室とはいえ、誰も来ない保証はないからね。」

「そ、だよ。だから、はやく…」

もう身体は限界なのだろう。

それでも僕は渡辺の言葉を無視して、ポケットに入れていたスマホを取り出して渡辺にそれを向けてやる。

「っ、てめ、何をっ」

「何って、次に遊ぶ材料は必要だろう?こんな楽しい事、ちゃんと記録しとかなきゃ。」

スマホのレンズを床を這うその身に向けてシャッターをきってやれば、優秀なカメラが自動で起動したフラッシュが薄暗い部屋を照らす。

恥辱に顔を逸らせる男を写したその一枚は、これ以上ないくらいのベストショットだった。

「……覚えてろよ、」

「忘れるわけないだろ?なんならあとで渡辺にも送ってあげるね。山田君にも…」

「っ、絶対やめろ!」

あえて名前を出してやれば思った通りの反応が返ってくる。

もう、声を上げて笑わずにはいられなかった。

「ははっ、山田君の前ではかっこい先輩でいたいんだ?」

「、たりまえだっ」

「そうだよね、こんな醜態見せられないよね。」

同僚の前で這いつくばって助けを求める姿なんて、あの可愛い後輩君は想像もつかない事だろう。

本当にこの写真を送ってやったらどんな反応をするのか。楽しみではあるけれど、今日のところはそのままポケットにスマホをしまいこんだ。

楽しみは最後の最後までとっておかなくちゃ。切り札を使うのは、目の前の男で遊びきった後で。

「……今度、何してもらおうかなぁ。」

「っの、悪魔、」

なんと言われようと、今の状況ではいつもの凄みはない。

そもそも身体を震わせ、涙で滲んだ瞳を向けられながら言われたって、それはもう笑いにしかならない。

「さとうっ、」

今日はこの辺が限界だろう。

「はいはい。ちゃんと助けてあげるよ。」

僕は込み上げる笑いを堪えながら、ようやく彼の望むようにその身に手を伸ばしてやった。


苦痛に歪む顔。その吐息すら感じられる距離に近づき、腰に手を回す。

触れた瞬間身体が跳ねたが、気にせずその身を抱き起こした。

「っ、」

耳元で聞こえる苦痛の声に、僕ももう限界だった。

「っ、はははっ、そんなに痛いんだ?」

「っ、たりめぇだろ!っ、」

「ほらほら、しっかり掴まって。」

渡辺の腕を肩に回して支えてやる。ゆっくりと立ち上がれば、渡辺は苦悶の声を上げながらも何とか僕に寄りかかる状態で立ち上がれた。

「……救急車、よぶ?」

「ぜってーやめろ。」

「じゃあ、医務室に連れて行ってあげるよ。今日は産業医さんが来てたはずだから。」

ゆっくり、前に進めば渡辺も何とか痛みを堪えながら足を踏み出す。

まるで歩き始めたばかりの小さな子供みたいで、見ているこっちは何とも微笑ましい。

「笑うな。」

「だってねぇ。まぁ、僕達も年取ったって事だね。」

わざと腰に回した手に力を込めてやれば、渡辺はぎゃっ、と呻き声を上げた。

「くっそ、本気で覚えてろよ。大体お前が5年前の施行の資料が欲しいとか言い出すから、」

「はいはい、僕のせいで重いダンボール棚から下ろす羽目になったんだよね。ごめんごめん。」

片腕は僕の肩に、片手で資料室の棚を手すり代わりにしながらなんとか前に進む渡辺は、床に散らばった資料とダンボールに苦々しげに視線を落とす。

「後片付け、やっておくね。」

「お前も同じ目にあいやがれ。」

物騒な事を言われたけれど、今の渡辺に言われてもやっぱり全然凄みがない。

むしろ僕の笑いを増長するだけだってどうしてこの男は気づかないのか。そんなだから、楽しくてついついからかってしまうのに。

僕はお腹を抱えて笑いたくなるのを必死でこらえながら、不機嫌MAXの渡辺を引きずって、資料室を後にした。



ダンボールの後片付けは、高橋にやってもらおうっと。




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