第三話 氷の女神敗れる
「ユアン! ユアンどうした? 確りしろっ!!」
「り、リオ…ン?」
傷付き倒れるユアンを最初に発見したのは見回りをしていた兄であるリオンだった。
「俺がわかるか? 確りしろ!」
リオンがユアンを抱きかかえる。
「ええ…それ…より…ディーネ…様が…拐われ……た」
ガクリとユアンの首が落ちる。意識が混沌に呑まれた。
彼女は誰かにこれを伝える為、気を張り続け意識を保っていたのだ。そして今、緊張の糸が切れた。
・・・・・・・・・・・・
シャルスの周りに森が広がる。本来なら、それはそれは美しい森なのだが、シャルス城から南の中心部は丸裸で、それ以外も焼け崩れていたり、矢が刺さりまくっていたりと悲惨な状況だ。
誰が後処理をすると思っているのやら……。
他でもないアルスである。シャルス城……シャルスの国自体そうだが、本来はジキルス国王が治めていた。
それが今では様々な経緯を得て解放軍の拠点となっているのだ。つまり、占領したという事になる。
そんな事態になれば、暴動や反乱が起きてもおかしくない。ましてやシャルスの名物と言って良い森が破壊されているのだ。
起きて当然である。それでも、暴動も反乱も何もないのは、アルスが後処理に完璧にこなしてるからに他ならない。
それはもう寝る間も惜しんで、一人で全部抱え込んでいた。
しかし、ディーネが拐われた報告を受けた時は、何故か酒を口にしていた精神的にも肉体的も疲れきって遂に酒に手を出してしまったのか、という感じだが、実際には付き合わされたのだ。
「ちょっと付き合え!」
イスカにそうと言われ、お人好しアルスはついつい断れず、ましては王女の幼馴染となれば尚更だ。
「アルス様、命令致しますわ。イスカにお付き合いしなさい」
更には、共に政をしていたロッカに畳み掛けるようにそう言われれば付き合わないわけにいかない始末だ。
呼び出されてテラスに行ったところイスカに「飲め飲め飲め」やら「俺様の酒が飲めんつうのか!」と言われる状況である。
しかも後半の言葉から、察して自分だけ酔っているようだ。だが、イスカが酔い潰れる瞬間、アルスにとって心に来るの言葉を発した。
「てめぇは一人じゃねぇ! 俺様やセイラがいる。例え大陸中が敵に回っても、俺様は味方でいてやる。たぶんセイラも同じ気持ちだ」
口は悪いが、いつも一人で抱え込んでしまう彼の心に響く言葉であった。そして……。
「だからっ! その背の荷、俺様にも担がせろ!!」
真っ直ぐ真剣な眼差しでアルスを見詰め発する。その瞬間イスカは倒れた。
遂には酔い潰れた。その後は通りかかったジェリドに部屋に連れ戻される。
またジェリドはこう語ってからイスカを連れて行った。
「抱え込み過ぎは身体に毒だ。人が死ぬのが嫌なら、さっさと戦争を終わらせれば良い……その為に俺達がいる」
……と。
そして、二人……正確にはもう一人、ロッカだ。彼女が奔走しイスカを嗾けて、ジェリドを途中で行かせた。
まあアルスから見れば二人なので、その二人のお陰で気が楽になったのか、アルスは一人で酒をチビチビ軽く飲み始めた。
その時にディーネが拐われた報告が来たというわけだ。
それは、ともかくシャルスの森より更に南…やや東側の南南東に古い砦がある。もう既に破棄されているらしく時代を感じさせる砦だった
昔は重要な拠点だったのかもしれないが、今ではその存在を知る者は少なく、いや皆無と言ってもおかしくない。
200年放置されて来ただけあり、コケを生やし根を巻き付かせ自然と一体化していた。
とは言うものの、その砦は視界から剥奪されている。つまり見えないのだ。
特殊な結界が張ってあり、近付けば目視は可能であるが、このような場所に来ようとする者はいない。
人型人間外生物に類するガーゴイルは此処にディーネを幽閉し、アルス達解放軍に彼女を捜索させる事で撹乱させる策略を立てた。
万が一この砦に訪れてたら、十中八九調べられる。従って結界を張り、視界から剥奪するよう仕掛けた。
しかし、思わぬ盤狂わせに出くわす。解放軍に人並み外れた視力の持ち主がいたなど誰が予想しよう……。
少なくてもガーゴイルは、森の上を飛ぶ姿を見られる事など思いもしなかった。
しかし、彼女はガーゴイルの存在を捉え、現にこうして此処にいる。
驚きはしたが、直ぐに頭を冷却させた。このくらいで自分の策略が崩れるわけない。
そう考え彼女を嘲笑う。恐らく、此処を知ったのは彼女一人。要は口を封じれば良いのだ、とガーゴイルは考えた。
「はぁぁっ!」
サラは手に持つ槍に力を籠めた。
その槍は、彼女専用の武器。果てしなく繰り返してきた冒険の中で手にしたお気に入りの一品。
名を“サンダーランス”と言う。その文字られた通りの意味を示す……。
「サンダースピアーっ!!」
サラの口の発せられた叫びと共に体を反転。槍を突き出した。その刹那、刃先が電撃が迸る。
そして、彼女が跳ねる。次の瞬間!
ズッドォォンっ!!
唸りを上げた電撃が勢いを増し、彼女を吹き飛ばした。
サラの戦いは華麗なもの。槍を自在に操り、鮮やかな曲芸をするかのような、魅了する美しさがあった。
それは、戦う相手ですら圧巻させるようなダンスのような槍技。実のところ彼女のそれは、彼女独特の槍使いあった。
普通では考えられない使い方をするのだ。型に囚われない戦いが、彼女の強さである。現に彼女は本来、敵に飛ばす電撃を真後ろ放った。
それにより、彼女の体はガーゴイルとの距離は急速に縮まる。数mあった距離があっという間になくなった。
ガーゴイルが俄然に迫ったサラは身体を一気に捻る。
「電光一文字突きっ!!」
まだ電撃を帯びているそれをゼロ距離から突き入れる。体に反転による勢いと、唸り上げる電撃と、突き出す腕の力強さと、そして鋭い刃先がガーゴイルを襲う。
まさに必殺の一撃を繰り出した。
「なっ!」
しかし、サラは驚愕の顔を示す。
確かに今ガーゴイルを捕捉した。刃先が相手の目の前に突き入れるところまで目視できた。
だというのに、電撃を帯びたそれは虚空を突き刺す。必殺の一撃なのだから、必ず殺る一撃ではなくてはならない。
だという虚しく空振る。これで仕留められなかった者は皆無。彼女のそれは、電撃で吹き飛んだ勢いと、電撃が込められ刃先が必殺を意味をするわけではない。
勿論それもあるが、本当にそれを意味するのは、突き込みにあった。突き込みとは、槍の基本にして最強の極意。
基本が故に蔑ろにされやすいものだが、サラは忠実にそれを必殺の一撃までに昇華させた。
師であるハイマンに教わった槍使いは突き込みのみ。それを素直に受け、今でも突き込みの鍛錬を怠らなかった彼女のそれは、疾風のように速く、蜂のように鋭いものだ。
それに更に腰の捻りや、電撃の勢いも加わり、烈火烈風の一撃である。
彼女に取って自信のある一撃だった。多少は狙いが外れる事はあっても、完全に躱されるなど思いもしなかった。
故にその驚愕の声は響き、砦の中を駆け巡る。また彼女だけではなくディーネも驚いてた。傍にいた為、しかと見ていた。槍の刃先がガーゴイルを捉える寸前まで、ガーゴイルは其処にいたところを。
瞬間移動に近い速さを持っているのは、ユアンとの戦いで知っている。
しかし、だからと言って目の前に…体に触れるかどうかの距離から躱せるものなのか。もしかしたら、本当にガーゴイルは瞬間移動したのではないかと思ってしまう。
『ファイ』
次の瞬間、炎系初級魔法の名が木霊した。サラは一呼吸してから、再び体を反転。それと同時に槍を大きく振るった。
ボォォンっ!
槍に炎系初級が弾かれ、虚しく消失する。彼女は冒険者の感、あるいは魔導を習った事による魔導の察知によるものなのか、
背後に迫る炎系初級に気付いていた。そして、タイミング良く槍を振るったのだ。
「グハハハハ……なかなかやるな…今のファイといい。サンダーランスを面白い使い方をした事と良い」
皮肉ではない、ガーゴイルは率直にそう思った。
「では、次は此方から……」
禍々しく瞳を光らせたガーゴイルが羽根を一扇ぎした。たったそれだけの動作でサラは腕を交差させ頭を庇った。次の瞬間、突風が走る。
「くっ!」
その風に飛ばされまいと、彼女は歯を食い縛った。それだけの強烈な突風が彼女を襲ったのだ。
そしてガーゴイルは、羽根を一気にばたつかせた。
ゴゴゴゴゴゴ……っ!!
唸りを上げ竜巻が起きる。砦の中という狭い空間で、突風を立て続けに起こしたのだ。逃げ場のない風は、空間を彷徨い、やがて荒れ狂う嵐のようになった。
この竜巻の中にいたら人溜まりもない。サラは吹き飛ばされ続け、内壁に叩き付けられそうになる。
その度に腕や足でバランスを取り彼女は体勢を変え、壁を蹴り衝撃を抑えていた。それを悠然とガーゴイルは眺める。
並外れた運動神経を持つ彼女には、攻撃に転じれないという以外、苦でもなんでもない。
それに彼女に拘束などされていなく自由という事もあった。拘束されている方は堪ったもんじゃない。
次から次へと激痛が走る。声を発する事すらできぬ程、背中を叩き付けられ、腹部を叩き付けられ、頭部を叩き付けられた。
「ディーネっ!!」
それに気付いたサラはディーネの元に飛んだ。突風を利用し、一気に彼女を抱き上げる。
しかし、これでサラの腕は自由を失った。今までバランスを取っていた腕はディーネがいる。
それだけではない。ディーネに繋がれた、天井から吊り下げられた鎖により、移動範囲が限定された。
「ぐはっ!」
サラが顔を歪ます。壁に叩き付けられそうになると、ディーネを庇うように自分から当たりにいった。
背中を打ち付け、息もままならない。それでも、ディーネだけは打ち付けぬように身を挺した。
ディーネが何かを呟くが、この暴風では何を言っているのかわからない。
また、ディーネを見てる余裕は彼女にはないので、唇から読み取る事も不可能だった。
(このままではラチがあかない)
胸中ごちったサラは、内壁に叩き付けられる瞬間、意を決して左手を突き出しだ。
『レイガっ!!』
詠唱破棄による氷系中級魔法だ。みるみる自身の左腕が凍り付く。
そして彼女は竜巻の中、身を停止させた。しかし、壁と共に左腕が凍り付き、その場から動けなくなった。彼女は左腕を封じる事で、自身の体を固定したのだ。
「ぐぅぅ!!」
左腕に激痛が走り、サラが唸りをあげた。固定してしまった事により、爆風で腕が引き千切れそうになる。
地に足を付けられる高さではない上にディーネを右腕で抱えている。
そう彼女達は、地面より2m上にいるのだ。また右手には槍がある。一歩間違えば、自分かディーネを刺してしまう。
「くっ!」
左腕の痛みを必死に堪え、右手の槍を口に咥える。次にディーネ抱えていた右腕を放し、その瞬間に天井から垂れている鎖を掴んだ。場所的に腕を拘束している直ぐ上辺りだ。
「ぐぁ!」
それにより事態は悪化。サラにディーネの身体が絶え間なくぶつかってくる。
先程までは、ディーネは抱えて、抑えて込んでいたが、鎖を掴んだ為に、風に煽られるがままにディーネが舞った。
左手で千切れそうな上にこれでは人溜まりもない。だが、彼女は苦痛の声をあげならもそれに耐える。
「はぁぁっ!!」
そして気合いの一喝とともに、鎖を内壁に叩き付けた。
『レイガ』
次に壁と鎖を拘束させた。
「ディーネすまない『レイガ』」
続けざまに詠唱破棄による氷系中級魔法を唱えた。
狙いは彼女の足。鎖だけ固定しても、体は爆風の餌食。そこでサラは彼女の足も内壁とともに凍り付かせたのだ。
こうして上下固定し、ディーネの安全だけは確保した。
「ハァハァハァ……」
しかし、その代償はあまりにも大きい。中級を休む間もなく三回も詠唱破棄してしまったのだ。相当な負担が来ているのは一目瞭然。
「ハァハァハァ……」
それでもガーゴイルを睨み付け、次の策に思考を巡らせた。しかし、突如ガーゴイルは羽根の動きをピタッと止めた。
「グハハハハ……これで身動きとれまい」
ガーゴイルが嘲笑う。
「そうでもないさ……」
槍を口から手に持ち変えたサラがガーゴイルを見下ろし不敵に笑う。
シュッ!
そして凍らせた鎖の更に上を槍で斬り裂く。
「何っ!?」
「くぅぅぅ……サラ…大丈夫……なの?」
全身の痛みに堪え、ディーネは、何とか言葉を絞り出した。あっちこっち打ち付けられていたが、まだ意識は保っていたようだ。
「心配するな……これを頼む」
槍を指す出す。拘束された手でも、掴むくらいはできた。
「預かってれば良いの?」
「ああ……ただこの位置で固定を頼む」
「ちょっとっ!?」
ディーネが叫んだ。彼女が叫ぶのも無理ない。槍の刃先はサラの凍りついた左腕に突き付けられていた。
「良いからっ!」
そして、サラは一言怒鳴り、ガーゴイルに向き直した。
「サラ大丈夫なの?」
戸惑いの表情でディーネが問い掛けた。
「……さあ」
右手で天を仰いだ。
「さあ……ってちょっとっ!!」
ディーネが怒鳴る。
「スー……」
それを無視し、大きく息を吸い込んで右手をガーゴイルに向けて突き出した。
「グハハハハ……」
ガーゴイルは不敵に笑い身構える様子もない。
『レイスレイスレイスレイスレイスレイス……』
サラは右手一本で、氷系初級魔法を連打した。片手なのにスパイシーロードで両手で連打した時と同じ数だ。
だというのに右手から放たれた氷はその時の比ではない。大きさは、スパイシーロードで放った人の頭分サイズに対し今回は拳サイズだ。
では何が比ではないか……それは速さにある。
過去のは常人でも、眼で追えるスピードだが、今回はそんな生易しいスピードではない。
どのくらい速いかというと、氷が飛ぶ時の風を切る音がワンテンポ遅れて聞こえるスピードだ。
つまり、サラの氷系初級は音速の速さに達していた。
それでいて拳サイズという小ささでは、眼に捉えるのは困難である。
だというのに、その全てを躱す。瞬間移動しているのではないかというガーゴイルのスピードはレイスのそれを完全に凌駕していた。
しかし、サラにとってそれは予測の範疇。彼女は全ての感覚を総動員してガーゴイルの動きを追った。ガーゴイルが行く場所行く場所全てに右手を向ける。
そうやって、ガーゴイルにひたすらレイスを放ち続けた。そして何発何十発も放ち続けて、ようやくガーゴイルを捉える。
「くっ!」
ガーゴイルの右翼に当たる。感覚の全て総動員したサラはそれを見逃さない。
『レイスっ!』
右翼に当てられ、怯んだガーゴイルに一際力強くレイスを放つ。その氷系初級魔法は、人の頭二つ分及ぶ。
ゴーンっ!!
砦中に鈍い音が響き渡る。ガーゴイルの顔面にレイスが直撃したのだ。次の刹那、彼女は地に足が付いていた。
時間にすると、十秒にも満たない。既に左腕には自分で凍らせた氷などない。代わりに黒ずんでいた……。
彼女はレイスを放った瞬間に凍りついた左腕に当てられたディーネに預てある槍に触れ、サンダースピアーと叫んでいたのだ。
つまり自身の腕に向けて電撃を飛ばしていた事になる。それにより、氷は砕け散りサラは地面に降りて来ていたわけだ。
自身の左腕に電撃を放つ事により、足枷をなくしたサラは地面に降り立つ事ができたが、その代償は大きかった。
氷という盾があったとはいえ、至近距離から左腕に電撃を放ったのだ。しばらくは使い物にならない。
衣服の腕部が吹き飛び、剥き出しになっている黒ずんだ左腕を見ればそれは一目瞭然である。
そして彼女は落下の最中、ただ重力に身を任せたわけではない。
『ダイアモンドダストーっ!!』
叫びと共に両手を前に付き出す。
氷系上級魔法の詠唱を行なっていた。ただし、短縮詠唱だが……。
彼女は、落下までに全ての詠唱を行うのは無理だと判断し、短縮していた。
「くっ!」
電撃のダメージのある左腕は、挙げただけで激痛が走る。苦痛のあまり、彼女の顔が歪む。
それでも左腕を下ろさずに構える。そして氷鳥が掌から飛び立つ。羽根を羽ばたかせガーゴイルを襲う。
そっちの方が格好良いからという理由で、無駄に名を変えているが、本来の名はレイザバル。
人が五人乗れるくらいの大きさはある巨大な氷鳥が駆け抜け、その軌跡には輝く氷の粒が美しく煌めく。
そして、貫く者を一瞬で凍らす。ガーゴイルはみるみる凍りついた。レイスが顔面に当たり、一瞬固まっていた。その隙を付いた見事な攻撃だ。
だが、彼女の攻撃はこれだけではない。もう一手あるのだ。彼女の戦闘スタイルは、槍技と魔法による美しいコラボ。
つまり槍技が残っている。しかし、肝心の槍は……。
「キャー!!」
槍を持ったディーネが突如落下してくる。
「はっ!!」
真下にいたサラがすかさず、お姫様抱っこによるキャッチ。
直ぐ様地面にディーネを立たせ、槍を引ったくる形で取り上げた。
事前に凍らせた鎖の上の部分を斬っておいたので、ディーネは落ちて来れた。
それはまるでメロディを奏でるかのようにリズムに乗っていた。
それもその筈、全て彼女の計算の内なのだから……。
ディーネを固定した二発のレイガは、ある一定の時間が立つと、溶けるように調整が施されていた。
流石に自分の左腕を封じたレイガまでは、咄嗟の事で、こなせなかったようだが……。
こうして、サラの手には槍が戻り、ディーネの拘束は解け自由の身となる……そう此処までは全て綺麗に完璧に綻びなく流れていた。
サラは振り上げた槍を一気に引いた。そして次の一手の為にあの言葉を叫ぶ……。
「サンダー……」
予定だった……。
此処まで完璧だったのに、最後の一手を行う事は叶わなかった。
「うっ!」
頭がグラ付く。前方が歪む。吐き気がする。激痛が走る。
「サ……ン…ダー……」
それでも、あの言葉を叫ぼうとする。だが、彼女は膝から崩れ落ちる。
「さ、サラ!」
ディーネの戸惑った声が聞こえた。そして彼女は地面に伏す。彼女の身体は限界を疾うに越しているのだ。
詠唱破棄による中級三連発、初級の何十発もにも及ぶ連発、挙げ句に上級の短縮詠唱を行なった。
一流の魔導士でも中級二発でマナ枯渇するものだ。実際のところサラは、中級三連発で枯渇していた。
だが、精神力でマナが無理矢理絞り出した。友を泣かした怒り、友を護りたい想い、それらが彼女の原動力となり、彼女を突き動かした。
だからと言って、彼女の力が永久的に続くわけではない。人である以上、限界はある。
「ぐぅあ゛あ゛ぎゃっぐぅぅ」
次の瞬間、サラは仰向けになり、右手で左腕を抑え、声にならない声を上げ、のたうち回る。
使い物にならない左腕を無理矢理挙げ、氷系上級を放ったのだ。左腕が悲鳴を上げるのは当然である。
「サラぁ! サラ確りしてぇ……今、回復するから」
ディーネが座り込みサラに両手を当てた。
『精霊達よ御身の呼び掛ける。彼の者に安らぎと祝福を与えん。願わくば再び立つ力を……キュアメントっ!!』
そして回復中級魔法を唱える。しかし、焼け石に水。電撃を受けた腕のや打ち付けられた身体は多少回復する。しかし溜まった疲労や、枯渇したマナが回復するわけではない。
「ごめんなさい……私が…私が捕まったばっかしに……サラがこんな事になってしまったって……ごめんなさい」
ディーネの瞳に涙が滲む。だが、それをグッと堪える。決して流さない。何故なら、それでもサラは戦っているのだから……。
自分の為に、態々駆け付けてくれて、自分を護ろうとしてくれる。そんな彼女の前で涙を流す事など許されない。ディーネの強い想いが涙を頬をつたらせなかった。
しかし、ディーネは一つ失念していた。
サラがサンダースピアーと叫び、必殺の電光一文字突きをしようとしていた。
それはつまり、まだ終わっていないという事は。それはディーネにも理解できた。彼女もまた、相当なダメージを受けた。それでも、それだけの冷静差が残っていた。
だというのに、たった一つ失念していた。この事態を一時期にではあるが、解決させる方法が一つだけあるのだ。
極めて簡単な事である。たった一つの魔法で急変させる方法が……。
つまり、彼女は肝心なところで、思考が及んでいなかった。転移魔法で、一旦逃げるという事を彼女は失念していたのだ。
さすればアルス達に合流し、全軍でガーゴイルを叩けたのに……。
バリーン!
氷が砕け散る音が木霊する。ガーゴイルが氷を吹き飛ばしたのだ。
未だサラは左腕を抑え、藻掻き苦しむ。ディーネは、どうすれば良いのか戸惑い続けた。
ただ、決して涙だけは溢さぬよう堪えながら……。
結界が張られている以上、援軍には期待できない。まさに絶対絶滅である。
「グハハハハ……効かぬ効かぬ全く効かぬ」
ガーゴイルは瞳を禍々しくギラ付かせサラを嘲笑った。
「っ!!」
ディーネは唇を噛み締め、ガーゴイルを睨み付けた。こんなにもサラが頑張ったのに、ガーゴイルは平然としていた事が腹立たしかったのだ。
「あー恐い恐い」
クチバシをペロリと舐める。完全にディーネを馬鹿にしていた。
「一つ良い事を教えてやろう。昔に貴様ら人間が俺らを追いやった場所は最北の地……」
「なっ!」
激痛に堪え、顔を歪ませたていたサラが表情を一変させる。驚愕の表情を示した。つまり彼女にはガーゴイルの言っている事が理解できたのだ。
「極寒の地であるバルマーラで育ったのだ…氷系など効くわけなかろう……」
サラは今の今まで考えもしていなかった。普通に考えれば、至極当然の話だが、極寒の地であるバルマーラの者に氷系の効力が薄くなるなど全く考えていなかった。
いや、考えようとしてなかったという方が正しいのかもしれない。彼女には氷系しかまともに使えないのだから……。
現に現実を突き付けられたサラは空いた口が塞がらなくなっていた。




