第十話 憎しみを抑えた先の理想
アルスはジキルス国王陛下のいる部屋に到着していた。シャルス王国はイクタベーレ国と元同盟国だけはあり、アルスは此処に訪れた事が多々あった。
そのお陰でジキルスがいる場所が直ぐにわかったのだ。部屋に入り、ゆっくり歩みよる。ジキルスは椅子に腰を掛け、机に向かってうつ伏せっていた。
「ジキルス陛下」
目の前まで来たアルスが声を掛けた、その瞬間……。
ザンっ!
ジキルスはアルスを斬りかかった。
瞬時にかわすが衣服の胸のあたりが切れ、赤く染まっていく。
「……ジキルス陛下」
アルスが今まで見せた事のない顔でジキルスを睨む。憎悪をむき出しにした眼で……。
イクタベーレを陥落の時に同盟軍であったシャルスが騙し打ちした事をずっと怨み続けてた。
「貴様が殺しに来るとはな、あの気弱な小僧が……」
一方ジキルスは酷く脅えた様子でアルスと対峙している。
「私は貴方と話し合う為に此処まで来たのです」
「信用できるか!ガイルバっハの小伜め!」
「……陛下」
「騙せれぬぞ、貴様はわしを殺す気なのだ。二年前イクタベーレを背後から襲撃を命じたのは、このわしなのだ。貴様の故国を暗黒魔王軍に売ったわしを復讐しに来たのだ!違うかっ!?」
「ジキルス陛下……確かに私はこの二年間ずっと貴方に対する復讐心を持ち続けた。父を…母を…姉を…そして国の者達を思い出す度に貴方を憎んだ。それは事実だっ!!」
アルスの瞳は更に強い憎悪のものへと一瞬変わる。今にも目の前の者を殺す勢いだが、それは一瞬の事。
「だけど……」
ジキルスから眼を背け、腰に携えている剣に眼をやった。
「貴方を殺したところで何も解決しない……そんなに簡単じゃないんだっ!!」
感情を剥き出しにして叫ぶ。目の前の男を殺したい。でも、それではバルマーラとなんら変わらない。もっと別の道がある筈だ。アルスの中で複雑に想いが入り乱れていた。
ドンっ!!
腰帯から外した剣を机の上に叩きつける。
「っ!?」
「話をしたいだけなんです……殺し合う為に来たんじゃない!」
アルスの瞳から憎悪は薄れ、真剣な眼差しでジキルスを見据えた。ジキルスはアルスに剣を向けまでいる。
「父が良く言ってました……」
そしてアルスは静かに語り始めた。
「人の迷いや弱さが混乱の火種になる……だから人を統べる者は強くなくてはならない。その父の言葉に賛同し、強くなりたいと思っていた。だけど力だけでは何も変わらないんだ。私は貴方と話し合いたくて此処まで来た。それは私が弱いから……心の中に絶えず迷いがあって何度も過ちを繰り返す弱い人間だから……たぶん貴方も同じようにね」
「何だとっ!?」
「恐らく二年前の私が此処にいたら父の仇を取ったと思う。刺し違えてでも貴方を許さなかっただろう。だけどこの二年に見て来たものや、支えてくれた者達が教えてくれた……“一人じゃ何もできない”って」
「………」
「英雄イクタは、その力でガディウスを倒し、大陸に平和をもたらした。だけど一人が築いた平和は長く続かない。イクタは生涯妻を待たず、建国されたばかりのイクタベーレも陥落の危機に瀕した……」
「貴様は何が言いたいのだ?」
「私は勇者でも英雄でもない。だけどそれでも進んで行けるのは素晴らしい仲間がいてくれるからだ。皆がいてくれなければ私は貴方のように、この時代に蝕まれたかもしれない。ジキルス陛下…大陸を本当に平和にする為には人々が互いを信じ合う事です。そしてそれが暗黒魔王を完全に叩き潰すたった一つの方法なんです。力を貸してくださいっ!」
アルスはジキルスに頭を垂れた。
「貴様の言う事は理想を飛び越え狂気だな……では、わしが許してくれと言って頭を下げれば貴様はわしを許すのか?貴様の父を裏切ったわしをっ!!」
ジキルスが怒鳴りつける。
「正直に言って、それは自分でもわかりません……ですが貴方を殺しても、ただまた怒りの輪を広げるに過ぎません」
「ふん!悪いがわしには、そんな夢物語に付き合ってる暇はないのだ。わしは守るべき領地があり、国民がいる。例え貴様の言う事が立派でも、所詮は机上の空論。それにもう遅過ぎる」
「遅くありません、それに理想を信じる事を止めてしまったら生きていく意味さえなくなってしまいます!」
「では、貴様は最後まで信じるが良い。わしは貴様を殺しバルマーラにその亡骸を引き渡す。それで少なくとも、この国の平和は保証される!」
ジキルスはアルスに向かって剣を振り上げた。
「じ、ジキルス陛下っ!!」
「死ね!ガイルバっハの子伜めっ!!」
剣を振るう。
・・・・・・・・・・・・
「ん~城内には敵はいないみたい」
城内の残りの敵兵の一掃を命じられたリビティナが呟く。
「アルス様大丈夫かな?行ってみよ」
リビティナがとある部屋の前に行くと怒鳴り声が聞こえてきた。
「此処かな?」
そう思い至り扉を開けた。
「っ!?」
信じられない光景が眼に入る。ジキルスがアルスに斬り掛かっている。
「アルス様っ!!」
口と同時に手が動いた。
ヒューン…ブスっ!!
「うっ!ぐはっ」
リビティナの矢がジキルスの心臓を突き抜ける。そのままアルスにもたれ掛かった。
「じ、ジキルス陛下!」
「ふ…ふふ……あの現実主義者の子がな……小僧…いやアルスエード王子よ、その理想信じ抜いてみるが良い……」
「陛下……」
「こんな時代だ…そんな馬鹿が一人くらいいても……良い…かもしれ……なっ」
バタンっ!
アルスを払い退け自ら地面に倒れ伏せた。
「ジキルス陛下っ!!」
「勝手ながら……国民を……た…の……む」
アルスは拳を握りしめ、ジキルスの亡骸を見つめる。
「はい……わかりました」
リビティナは固まっていた。アルスは話し合いがしたいと言っていたのに、自分がその相手を殺してしまった。
アルスが哀しみの眼差しでジキルスの亡骸を見つめるの見て自分は、何て事をやってしまったのだろうと嘆く。
「あ……アルス様!」
アルスはリビティナに顔を向ける。精一杯の笑顔で。無理に作ったものだとわかる。それがわかるリビティナは痛々しく感じると同時に罪悪感が増してしまう。
「リビティナ、すまないが城内に呼びかけてくれ、ジキルス国王陛下は亡くなった。これ以上の戦いは無益だと」
「……はい」
「それと例の魔導士の情報を集めてくれ」
「そういえば現れなかったですね」
「……ああ」
それきりアルスは口を閉ざしてしまった……。
戦争……それは哀しき因果。それを断ち切る術はないだろうか……?
此処に語られる事のない哀しき歴史が新たなに刻まれる。憎しみを抑え、理想を信じ真っ直ぐ進んできた、アルスにとって心残りの幕引きだった。
しかし、こうなる事をジキルスはわかっていた。国民を守る為、仕方なく憎まれ役を買って出たのだから。何かを守る為の哀しき末路だったと言えよう。
・・・・・・・・・・・・
一方ギュスターヴ率いるライアーラ騎士団はクーデターが起きたライアーラ城に戻ってきていた……。
「ギュスターヴ王子」
と、部下に声を掛けられる。
「北の砦の反乱の鎮圧はした。此方はどうだ?」
ギュスターヴが問掛ける。
「ええ…随分手こずりましたが、もう大丈夫です」
「そうか」
「しかし……」
ライアーラ兵が納得のいかないといった面持ちで話始めた。
「おかしな気分ですよ。反乱兵はおよそ十人そこらです。たったそれだけでこんな内乱が起こせるものなのですか?我々がいなかったとはいえ城には国王陛下直属の親衛隊など充分な戦力があったのに。幸い国王陛下は大事無く救出できたから良かったものの……一体どうなっているのでしょう?」
ギュスターヴは地面に向かって、う~んと考え込み、しばらくすると兵と向き直した。
「ところで反乱の首謀者はどうした?」
「はい今、見張りをつけているところです。でも何か酷く脅えているようでした」
・・・・・・・・・・・・
「ご苦労だった、しばらく私が代わろう」
ギュスターヴは、首謀者が囚われている牢に足を運んでいた。
「これは王子!わかりました」
見張りの兵は直ぐに道を開けた。
「ルービス侯!貴公ほどの隠建派が、このような騒動を起こすとは……何があった?」
問掛けるられたルービスは机に伏したまま顔を上げようとしなかった。酷く脅えた様子で小刻みに身体が揺れている。
「ずっとライアーラに忠義を尽くしてくれた貴公がどうしてこんな事を?いや……本当の首謀者は誰なのだ」
今の言葉にルービスが反応し出す。
「ギュスターヴ王子……」
泣き付くようにギュスターヴの肩を掴んできた。
「やはり貴公が首謀者ではないのか……タイミング、無駄が無い作戦行動、兵の統制が取れていたし、何より兵の士気が高かった。悪いが貴公の発案ではこうはいかん。貴公を焚き付け作戦を授けた奴が他にいる筈だ。貴公は操ったのは一体何者だ」
「あ…ああ…うわぁあああっ!」
ルービスは脅えた様子で錯乱し始めた。
「許してくれギュスターヴ王子!わしはわしはわしは……」
次第に落ち着きを取り戻したルービスは机に座り直し、ゆっくりと語り始める。
「……その日、異国の服を来た十二歳くらいの変わった少年がわしの前に現れた。歴史学の研究の為にこの地に訪れてると言っていた。事実随分と歴史に精通していた。
少年は<この戦争こそ後々まで語り継がれる歴史の偉大な転換期。この転換期こそ数多の英雄が生まれ永遠にその名を歴史に残すだろうと、例えばイクタベーレのアルスエード王子、マルストのセイラローヌ王女、そしてライアーラのギュスターヴ王子>だと語ってた。
わしは酒に酔ってもいたし、正直妬ましさもあった。だから言った…誰が本当に名を残す事になるかは終わってみるまでわからない。わしにしてもこのまま今の地位に甘んじるつもりはないよ……と。
すると少年は、嬉しそうな笑ってこう言った<調度良かった…それならボクがお役に立てると思いますよ>と。
そのあとの事は夢を見てるようでよく覚えていない。自分の行動を誰か他人のしてる事のように遠くから見ていた。わしらはクーデターの作戦を立て兵を組織し夜襲を掛け、そして気付いたら此処にこうして」
ギュスターヴは、ルービスの胸ぐらを掴んだ。
「一つ答えろ!その少年は今どこにいる?」
「わからない。決行直前に姿を消してしまった。彼にクーデターの成否など、どうでも良かったのだ。それがわかってもわしは自分を止められなかった。どうしても……まるで魔法を掛けられたように」
再び酷く脅え始めた。
「あぁぁあぁ……っ!!」
(アルス殿は無事だろうか?その少年が戦力を分断させるように仕向けたのだろうか?……となるとアルス殿が危険だ)
ギュスターヴは胸中で様々な不安が渦巻いていた……。




