エピソード 異国の麗豹①
六章のタイトルを<麗豹の忠誠>とさせて頂きましたので、今回はまんま名前ではなく<異国の麗豹>とさせて頂きました
「もうすぐ着くぞ! 起きろ……」
コリンが俺の体を揺する。
「ぅん~……此処は?」
「良かった……まだ生きていたか。此処はマルストだ」
「……お前…グルノニアの騎士ではないのか? ……うっ!」
身体中が痛む。
「まだ安静にしてろ……言っただろう? とある賢者の元に連れて行くって。補給無しにグルノニアへの帰るのは厳しいからなマルストに寄ったんだよ」
「そうか。それで……賢者?」
マルストに賢者がいたのか?
「リャームって賢者だ。名前だけは知っているだろ?」
名前だけは知っている。ミンシア大司祭に並ぶ魔力保持者で大賢者と呼ばれている。そいつがマルストにいたとはな。
大魔導士は攻撃魔法特化、司祭は回復魔法特化、そして賢者は中間だったな。
半端ではあるが、魔力と資質次第では攻撃と回復の両方が強力になると聞いた事がある。
「さあ…着いた」
ペガサスの高度を下げる。
「君は動けまい? 此処で待っていろ……リャーム賢者を連れて来る」
そう言ってコリンだけがペガサスから降り建築物に入って行く。
何処にでもある普通の……そうただの民家にしか見えない。
ほどなくして、コリンは一人のじーさんを連れて戻って来た。歳は70、80行ってそうだな。
「此方がリャーム賢者だ」
簡単に紹介して来た。
「うむ……これは酷いのぉ…生きていたのが不思議じゃ」
「へっ! ……そう簡単に死ぬ…かよ……ぐっ! だが…流石に……」
「良い……喋るんじゃない。待っておるのじゃ…直ぐに治療に入る」
そう言って、リャーム大賢者は両掌を此方に向けて来る。そして、大きく息を吸い込む。
『リザレクション!』
見る見る傷が癒える。これがリザレクションって奴か。使える者は数少ないと言われる。
回復系上級魔法。ロッカ王女も上級を使えるが広範囲回復だけで、単体に対しての絶大な回復力があるこれは使えないんだったな。
「ハァハァ……どうや…ら傷は…癒えた…み……たいだな」
しかし、おかしな事に傷が癒えても意識は朦朧としている。
「まだ喋るでない……傷が癒えた事で、一気に疲労が来たのじゃ……リザレクションは傷が癒えても疲労までは回復できないのじゃ」
通りで……。
「二、三日、此処で休んで行くのじゃ」
「……世話に……なるな」
「コリン……ついでじゃ、こ奴を客間のベッドに運ぶのじゃ」
「ああ……」
コリンが俺を抱きかかえる。男に抱かれる趣味はないんだがな。
「何か…ら、何ま…で、すま……ないな」
「本国へ帰投するついでだから気にするな」
こうして俺はリャーム大賢者の家の客間用ベッドに寝かされた。
「ではこれで私は補給を済まし本国へ帰投する……最後に名前を聞かせてくれないか?」
「リュウ……ザン……だ」
そして俺は深い眠りに落ちた。
「リュウザンか……君が其処までして護ろうとし主君は、さぞそれに値する人物なんだろう……一度会ってみたいものだな」
俺は二、三日どころか、一週間眠りに着いていた。当然だろう…初めてあの力が覚醒したのだから。
まあ…そのお陰で俺はこうして生きている。ただの人間のままだったら、ペガサスで運ばれている最中に死んでいただろう。
だが、あの場で本当にあの力が覚醒した事に正直自分でも驚いた。
「やっと目覚めたようじゃな」
リャーム大賢者は、俺が休む部屋に入って来た。
「ああ」
「簡単なものだが、さあ食べるのじゃ」
そう言ってスープを用意してくれた。
「何から何まですまない」
俺は頭を垂れる。
「若いもんが遠慮するではない……それより一週間も寝ていたとなると相当な生命エネルギーを使っていたのじゃな」
「みたいだな」
あの力を覚醒させたのだ。それによる生命エネルギーの消費は激しいだろう。
「ところでリュウザンじゃったな? 君はこれからどうするのじゃ?」
「………」
言葉に詰まる。どうするのか考えてなかった。ただあの時は、あの時仕えてたアルス王子を護りたかっただけ。今の俺は……。
「ふむ…何か迷いがあるのじゃな?」
俺の心を見透かしたような言葉が来たな。
「……わからない」
俺はどうすれば良いのだ?
「君が命賭して護ろうとした主君の元に帰りたくないのか? ワシが送り届けても構わぬのじゃが……」
リャーム大賢者が言葉を濁す。俺がそれを望んでいないのに気付いたのだろう。
「俺は…俺を肯定してくれる者がいれば良い。肯定してくれる者なら、誰に仕えようが、やる事は変わらない」
そう…なんら変わらない。
「運命は自分の意思で切り開くものじゃ」
リャーム大賢者が意味深な言葉を呟く。
「?」
どういう意味だ?
「な~に。年寄りの戯言じゃ、気にするな。そうじゃな…しばらく此処で休みながら、これからの事を考えるが良い」
「世話になる」
三日後、俺はリャーム大賢者の自宅を出てマルスト城の前に来ていた。
「この城に何の用だ?」
二人の門番が警戒の眼差しを向けてくる。
「……マルスト214世に会わせろっ!!」
簡素に言ってやった。
「貴様何奴っ!? 陛下のお目取りを許されているのか?」
怒鳴ると門番達が槍を俺に突き付けた。
ガシっ!
俺は右側にいた門番の槍を右手で掴んだ。
「な、何っ!?」
そのまま左側の門番に叩き付ける勢いで槍を持ち主ごと回す。
「がはっ!」
左側にいた門番に右側にいた門番が逆さになる形で衝突した。
ドンっ!
次の瞬間、右側にいた門番の腹に左拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!」
門番は吐血しそのまま意識を失う。
「ぐはぁ!」
その門番が衝突した左側の門番は押し潰される形で転倒。俺は槍を掴んでいた右手を引き、取り上げると城門を潜った。
「くっぅぅ……く、曲者だーっ!!」
右側の門番の下敷きになった左側の門番が叫んだ。
そして、城から続々と衛兵達が現れる。
「貴様何が目的だっ!?」
城から出て来た衛兵が勇む。
「だから…マルスト214世に会わせろと言っている」
「お前のような、何処の馬の骨かわからぬ者に誰が会わせるかっ!!」
中庭で衛兵は怒鳴り散らし、俺に迫って来た。
ブスっ!!
槍で一突き。話にならん。
「おのれぇぇ……かかれーっ!!」
次の瞬間、城から出て来た衛兵達が次々に俺の行く手を阻む。
楽しくなって来たじゃねぇか。俺は胸中笑い応戦した。
・
・・
・・・
「ハァハァ……」
もう何時間経っただろうか。もう何人倒しただろうか……。
流石に息が上がって来た。最初に手にした槍は、疾うに折れており、今右手にあるのは、倒した奴から奪い取った剣。
だが、その剣を持つ手に力が入らない。生暖かく赤いものが肩からダラダラ流れてくる。
左脇腹や右足も同じくジンジンしていた。視界が薄れ、頭がぐらつく。それでも向かって来る奴は斬り倒し同じ言葉を叫ぶ。
「マルスト214世に会わせろ」
……と。
「俺に何の用だ?」
遂に現れた。奴はバルコニーから俺を見下ろしている。
「中庭で乱闘が始まったって聞いて、来て見れば何のザマだ……これは?」
マルスト214世は威嚇するような鋭い眼付で、辺りを見回す。それだけで威圧感がビリビリ伝わってくるぜ。
流石はセイランローヌ王女の父。セイランローヌと同じ鷹のような鋭い眼で、自分とこの衛兵達を睨んで行く。
「も、申し訳ありません……直ぐに片付けます」
衛兵の一人が返し、頭を垂れる。それに続き衛兵達全員が頭を垂れた。
「お前がマルスト214世か?」
俺が聞く。
「貴様……陛下になんて口を訊く……」
衛兵が怒鳴る。
「止めろ」
マルスト214世は呟くように静かに言い放つ。それだけで、かなりの重圧がある。それに衛兵は気圧される。
「は、はっ! し、しかし」
それでも衛兵はマルスト214世に食い付く。
「俺は止めろと言ったのだぞ」
また呟くように静かに言い放つ。だが、先程より鷹の眼が鋭くなる。次は無い…そう言わんばかりに……。
俺は震えた。コイツは相当な器の持ち主のようだ。
「俺がマルスト214世だが、貴様は誰だ?」
その鋭い眼差しが、今度は俺に向けられ、思わず気圧されそうになる。
「俺はリュウザン……マルスト214世に会いに来た」
「ほ~……一人でか? で、何の用だ?」
少し感心した眼差しに変わる。
「あんたに仕える為だ」
「俺に仕える?」
そう言って再び辺りを見回した。
「その剣はうちの剣だな? 丸腰……しかも単身で乗り込んで来る根性……それにこれだけの相手を……気に入ったぞ」
マルスト王214世全ての状況を見ていたかのように察した言葉を放った。
気付くと30~40の衛兵が横たわっている。
「だが、これだけの実力……貴様どこかに仕えていたのではないか? 何故俺の所に来た」
「俺は…俺を肯定してくれる者がいれば、それで良い。その者に仕える」
「くくく……ますます気に入ったぞ。良いだろう配下に加えてやる」
薄く笑い承諾してくれた。俺は剣の刀身を左手に添え、跪き剣をマルスト214世に向けて掲げる。
「マルスト214世……これより私は殿下に剣を捧げます」
「では王間に来い! おい誰か案内してやれ」
そう言って身を翻した。
「は、はっ!!」
衛兵が敬礼した。
・
・・
・・・
マルストの騎士になった俺は再びリャーム大賢者の元に訪れた。
「マルスト騎士団に入ったようじゃなリュウザン! 身体は大丈夫なのか?」
先に口を開いたのはリャーム大賢者の方だ。
「心配要りません。有難くも貴方に助けて頂いたこの命はね」
「相変わらずじゃな」
「ええ…俺は変わりませんよ。今までもこれからも」
「まあ…良い。ワシとて其方に感謝して欲しくて助けたわけではない。ワシはただ、生きるべき使命が残っておるようじゃったので手を貸してまでじゃ」
「……使命? マルストの騎士としてマルスト殿下に仕える事か?」
「それは君が決めた事ならな」
「にしても数少ない大賢者様が、こんな所で隠居していたとはな」
「君よりマシじゃ。君が終世の忠誠を誓った主君を離れ、他の者に仕えるのは死に勝る苦しみじゃろうて」
「ふん…なんでもお見通しだってか? だが、俺は一度死んだ。イクタベーレの麗豹はもういないのさ。だから新たに俺を肯定してくれる主君を求めた……それだけだ」
「ふむ…そうか」
「で、あんたはどうなんだ?」
「ワシはもうこのような馬鹿馬鹿しい戦いには参加しないと決めておるのじゃ。人型人間外生物やらガディウスなんてもんは、結局人間が招いた事じゃ。だからもう人には干渉しまいと決めておるのじゃ。じゃが…そんなワシでさえ無視できない者が二人現れた」
リャーム大賢者が淡々と語り出す。
「ん?」
「一人はアルスエード。猛き国王ガイルバッハの子ながら、その力もなく理想を求める気持ちに人々が集まりつつある……そしてもう一人がマルスト214世じゃ。あ奴はアルスエードと対極にある。力で全て動かそうとする男じゃ…凶暴で冷徹で誇り高い。この二人のどちらかが恐らく後々の歴史を変えていく。ワシはそれを見届けたいのじゃ」
「つまり……傍観者気取りか」
俺はつまらなそうに返した。
「君は思い違いをしておるのかもしれぬが、ワシはコリンに頼まれて君を助けたわけではないのじゃ……それからの出来事は全て運命と呼ばれる流れが定めたもの…そして運命は強い意思を持った者によって作られるのじゃ」
「勝手ばかり言ってくれる。まあどのみち関係無い。俺は一度死んだ身、綺麗さっぱり忘れてしまえば良いだけだ」
そう言って身を翻し出口に向かう。
「君は、その運命を受け入れる事が出来るのか?」
「運命? 知ったこっちゃない。俺は…俺を肯定してくれる者がいれば、それで良い。その者に仕えるだけだ」
「もう一度言う……運命は強い意思を持った者によって作られるのじゃ……ならば君の意志一つで、またそれを変える事も出来るのじゃぞ」
俺は一度だけ振り返りそのままリャーム大賢者の自宅を後にした。




