第五話 晴れないソラ
「本格的に嵐が来る…騎馬部隊は動き辛いな…これは」
空を見ていたジェリドが呟く。
「嵐?」
ホリンも足を止め、空を眺めていた。まだ昼過ぎ……こんなところで雨が降られた、これからの作戦に支障が出てしまう。
今日の戦いは終わりの見えないような長い長い戦いになると予測されていたからだ。
「我らが空から援護する…心配いらない」
セイラがフォローの言葉を入れる。しかし彼女等がいたからって戦況は不利になるのは眼に見えていた。
(えっ!? 嵐?)
遅れながらアルスも今の会話を意識し出し、再び地図を見始めた。
「そうか…分かったぞっ!!」
そして彼の中に何かが閃いた。
「おい…お前、回復魔法まだかけて貰っていないだろ?」
ジェリドが止めに入る声が響く。彼の視線の先にはソラにやられた腹を抑え、苦しそうにするリビティナがやってきた。
「アルス様、ソラさんを止めてください……彼は……彼は一人でクラヴィスを……!!」
「何っ!?」
ホリンが驚く。
「分かってる…ソラを迎えに行こう!」
アルスはほんの数秒前にソラの思惑に気付いていたので満面な笑みで応えた。
「みんな聞いてくれ……これから私とイスカ、エルク、ゼフィロスそれに弓兵全員を連れソラを迎えに行く。ホリンとリビティナはまだ休んでてくれ……そして残りの皆はセイラ王女とジャイロの指揮の元、全力で西の砦を陥としてくれ」
「承知した」
代表でセイラが応える。
「だが、無理はするな……不利だと思えば下がっても構わない。その時は此処で落ち合おう」
「ああ」
再びセイラが応える。
「最後にミクは、私達やセイラ王女達の行動の連絡係を頼む」
「了解です」
ミクがビシっと敬礼した。
「じゃあ即実行だ…各自の検討を祈る……解散っ!!」
・
・・
・・・
ジェリドが言った通り嵐が来ていた……。
ヒューン……ブスっ!
そんな中でも彼は確実に馬を射抜く。
「やるな……こんな雨の中……」
ゼフィロスが感心し呟く。
「上からだから、ちっと芸がないがな」
余裕と言った感じで軽口を叩く。
標的は下にいて、馬がニ、三頭しか通れない程の狭い崖を通っていた。それにより陣形すら整えられない。更にこの嵐だ。まともに動くのも、ままならない。
「良いな皆! 新兵を狙うな…馬だけを射てっ!!」
アルスが叫ぶ。それと同時に弓兵達が一斉に矢を放ち始める。クラヴィスの操った新兵達は嵐が吹き荒れる狭い崖を通っている為になすすべ無し。
それに加え彼等の部隊には、いなきゃいない者がいない。
「にしも大丈夫なのかお前? 回復魔法結局かけて貰わなかっただろ?」
ジェリドがリビティナを心配する声を掛ける。
「はい…お腹を少し殴られただけですから」
そう言ってリビティナを矢を放つ。そう彼女も来ていた。
「……妙だな」
ゼフィロスが呟く。
「ああ…反撃がない」
アルスも気付いた。
「奴ら弓兵が一人もいないから反撃が出来ないんだ」
真っ先に気付いたのはジェリドだ。そう彼等の部隊には弓兵が一人もいないのだ。それに対しリビティナが答える。
「ソラさんはクラヴィスの策略と新兵の不満を自分一人に引き付けたんですよ。自分がクラヴィスの仕掛ける“災いの火種”になる事で事態を逆に掌握したんです。彼はギリギリまでクラヴィスを欺き、その目論みを失敗させる気でいたんです。その為に彼はわざと弓兵を置いて来たのです。だからあの時こう言っておりました」
─────
バコっ!
ソラに腹を殴られた。
「良いから此処は俺の任せておけ」
クラヴィスに聞こえないようにソラが呟く。
「ごふっ! ……そん…な…馬鹿な…こと…やめ」
そして、リビティナは倒れた。
─────
「彼は自分の命と引き替えにクラヴィスから我々を……アルス様をお護りするつもりなんです」
(ソラ…! 死なせるもんか…!)
アルスは強く胸中想っていた……。
「それにしても王子が言った通り、馬が進めるような崖じゃないな……此処は一体?」
ヒューン……ブスっ!
ジェリドが射抜きながら呟きアルスに視線を向ける。
「湿地帯さ……雨の中、態々此処に踏み込むイクタベーレの人間はいない。でもソラは其処に部隊を進行させて来たんだ」
アルスはソラが通るルートをミクから聞き、地図を見て気が付いたのだ……ソラは正気だと。
・・・・・・・・・・・・
クラヴィスの顔は歪んで行った。それは普段の可愛いらしい瞳とは違い、その奥にある闇が剥き出しになった感じだ。
「……くく…まさかこんな簡単な罠に騙されるとは自分の未熟さに腹が立ちます。このボクが…まさかね」
パリーンっ!
鏡が弾け飛ぶ。アルス達を映したそれを壊した。
「でもおかしいですね…貴方は確かにアルスエード王子を憎んでいた。親友に死をもたらしたアルスエード王子に対して相当な苛立ちの波動を感じてたんですが……ねぇ? ソラさん」
振り返り魔法名破棄の炎系最上級を放つ。
ドォーンっ!
桁たましい爆発音と共に内壁が崩れる。そして、その向こうに雨に打たれたソラがいた。
「ねぇ? そうでしょっ!?」
憎悪を剥き出しにした眼差しで再び問う。
「苛立ちは感じていた……」
ソラは静かに答え眼を瞑る。
「ただし、それは自分自身に対してだ。リュウザンは命を賭してアルス様を護り抜いた。それだけの覚悟が自分にもあるのかと問うと苛立って仕方なかった……」
眼を開き一呼吸置く。
「……俺はアルス様の理想を信じている。こんな混迷な時代には、あの人の持つ理想とそれに向かっていく強い意志は掛け替えのないものだ。それを奴は護り抜いた」
そして、ソラの眼付が一気に変わる。決意の眼差し……。
成し遂げるといった想いのものだ。空が晴れたわけではない。だが彼の中の嵐は止まったのだろう。
「だからっ!! 今度は俺が護り抜く!」
「アハハハハハハハハ……結構結構。でも貴方一人で何ができるのですか?」
クラヴィスが邪悪に満ちた瞳で嘲笑っている。
「何が出来るか…じゃねぇ。何がしたいかだ」
一気に間合いを詰める。そして剣を抜き上段からの斬り掛かった。
「俺は……アルス様を護りたい。うぉぉぉ……っ!!」
『ファイゴル』
ドーンっ!
クラヴィスのが速かった。ソラは腹に一点集中型の炎系最上級の直撃を受け、吹き飛ばされる。
ドーンっ!
「ぐっ!」
砦の外壁にぶち当たる。
外は土砂降り。炎系最上級で焦がされた腹を冷やすのには調度良いのかもしれない。
「ハァハァ……」
それでも、結構きつそうにしていた。外壁に打ち付けた背中が痛む。
何より軽々最上級を詠唱破棄するクラヴィスは本物の悪魔だ。
それでもソラは剣を構えた。
「流石はソラさん……この姿では少々キツイかもしれませんね」
「っ!?」
何の話だと言わんばかりにソラの眼が見開かれる。
「仕方ありません……少しだけ本気を出しますか」
そう言った瞬間、クラヴィスの姿が変わっていく。急成長というべきか……彼の背が伸びていく。
そして、今まで12.3歳の少年だったのに18歳くらいの青年へと姿を変わった。
「何っ!?」
ソラが驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
「ボクはねぇ…年齢を自由に変えられるんですよ。だってそうしないとつまらないでしょう?」
そう言って右手を挙げ、スーっと降ろす。
ズドーンっ!
「うわぁぁぁっ!!」
突如ソラの頭上より雷が飛来。雷系中級を魔法名破棄で使ったのだ。
(何処まで、でたらめなんだ)
ソラが胸中呟く。
「年齢を下げないと魔力が有り余って仕方無いんですよ」
また手を降り下ろす。
「くっ!」
ソラはとりあえず前方に飛んだ。
ズドーンっ!
後ろに雷が落ちる。
「ぐっ…はっ!」
吐血し片膝を付いてしまう。無理もない炎系最上級にラライヤを受けたのだから。
「無理するから……今は土砂降りですから…ラライヤの威力が増幅されているんですよ。直撃を受けて直ぐに動くなんて無茶ですよ」
(よく言うぜ! …ニ発もぶっ放しておいて)
「そろそろ終わりしますか」
(くっ! どうする!? )
『ライザーガっ!! 』
雷系上級を唱えた。
「はっ!」
ソラは胸中魔法名を言ってくれて良かったと思いつつ剣を真上に投げた。
ピッカーン……ゴロゴロ……ズゴゴ……っ!!
雷は剣に当たり、桁たましい爆音をならす。そしてソラは……。
「な、何っ!?」
雷で痺れている身体に鞭を入れ、腰に隠してあったナイフをクラヴィスにぶっ刺した。
「よしっ!」
手応えばっちりと言わんばかりにニヤリと笑った。
「うわぁぁぁっ」
断末魔の叫びが響く。
「終わりだな」
「な~んてね」
「な、何っ!?」
ズドーンっ!!
魔法名破棄で炎系最上級……それもゼロ距離で放たれた。
「ぐぁぁぁ……っ!!」
ソラはそのまま吹き飛ばされてしまう。
雨でグチョグチョになった地面にソラは伏してしまった。
(何なんだよコイツは? 魔法名破棄を平気で連発する。手応えあった一撃がまるで効いてない。クッソーどうすれば良いんだよ。ナイフは今ので、もう使えないし、剣も雷系上級でダメになってる。俺は……俺は何もできないで終わるのか?)
胸中嘆きまくった。
「あれ? 雨止みましたね」
クラヴィスが呟く。
「調度良い……最後に良い物を見せてあげますよ」
クラヴィスの眼付が一気に変り出した。先程まで人を嘲笑うかのようなものだったが、今は殺意を剥き出しにした。
『ファ』
右手の人差し指を立てる。ボォっと其処に火が灯る。
『イ』
次に中指を立てる。ボォっと其処に火が灯る。
『ゴ』
次に薬指を立てる。ボォっと其処に火が灯る。
『ル』
そして小指を立てる。ボォっと其処に火が灯る。
『五連』
最後に親指を立てる。ボォっと其処に火が灯った。
「クッソー何なんだよっ!?」
伏したままソラは叫ぶ。
「これ全て炎系最上級の威力を持ってるですよ……馬鹿な人間だっ! お前等など、みんな業火に焼かれて死に絶えるが良い」
(これじゃ……護り切れない……)
「だから、ボクの手でそうして上げるよ」
(こんなんじゃアイツに会わせる顔がない…こんなんじゃ……リュウザン)
「アハ、アハハハハハハハハ……っ!!」
(お前ならこんな時…どうした…? リュウザン……俺は本当にこれで良かったのか……)
ソラの胸中で嘆き続ける。心の空は尚も晴れない。嵐が止んでも、雨が止んでも、雲には覆われている。これで本当に良かったのかと……。
「じゃあ…そろそろ楽にしてやるよっ!! ……五連ファイ……」
ブスッ!
「があ……!!」
突如、五連ファイゴルを展開していた右手の甲にナイフが刺さる。
「自らを犠牲にして主君を護るなんてのは、選ばれた者のみがやって良い事だ」
何者かの声が響く。
「ま…まさか……?」
ソラは驚きで言葉が続かない。
「ソラ、悪いがお前にゃ、ちょっと荷が重過ぎるぜ」
「な、何故……っ!?」
ソラは夢か幻覚ではと感じずにはいられなでいた。
「ソラ、人間には分相応ってのがあってな、あまりらしくない事をしてると大怪我するぜ……ってもうしてるか」
「う…うるせえ」
それでも反論の言葉だけは反射的に出ていた……。




