第十話 アルテミスの想い
シャルス城の裏庭にアルスが来ていた。
「アルス様! お待たせ致しました」
其処に着替えを済ましたディーネがやって来る。しかし、いつもの清楚を思わせる純白のローブではない。
「ああ…ディーネ、いつもと違うね?」
「真の時空魔導士になれましたから。どうですか?」
そう言ってディーネはくるりと一周その場で回った。
今、纏っているロープは灰色に近い黒色の足首まである長いスカートのロープ。背中には大きく時計の刺繍がしてある。
実は聖王国ユグドラシル奪還後に特注で注文していたのだ。もし時空魔導士になれたら纏おうと考えていた。
しかし、契約する余裕が無い程、回復魔法でマナを使い続けて来て、やっと今回契約が出来た……もっとも心の問題で契約に失敗していただろうが。
「うん…似合うよ」
「ありがとうございます」
そして、アルスは神経な眼差しでディーネを見詰める。
「君に確り確認したい事がある。今まで言いそびれたが、これからも君と一緒にいるか否か重要な事だ」
「……はい」
アルスの真剣な眼差しを見てディーネも何を言われるか不安になりつつも真剣な顔でアルスを見詰めた。
しかし、やがてアルスの表情が暗くなる。
「ユグドラシルの戦いで……リュウザンを殺した草人が言っていたんだ。正直信じ難い、だが、嘘とも思えない……本当なのか? ディーネ…ユグドラシルがガディウスを生み出し、私の祖先イクタを利用したというのは?」
「ははは……」
ディーネは、から笑いを浮かべ虚空を眺める。
「な~んだ…アルス様は知っていたのか……私の口からお話する筈だったんだけどなぁ」
「じゃあ……」
アルスの顔が青冷めていく。
彼女は真顔に戻りアルスに向き直し、きっぱり言い放つ。
「事実です」
「っ!?」
アルスに取ってそれは聞きたくない言葉だった。それを聞き後ろへ後退る。
ディーネは眼を瞑りしばらく俯く。そして、ゆっくり眼を開けながら顔を上げた。
その瞬間、アルスに緊張が走る。ディーネの表情が俯く前と後では違う事からだ。
アルスと対面してる時に一度も見せなくなった王女としての彼女の表情をしていた……。
「全てお話致します。そう私達が“呪われし血”を引く者だというお話を……」
ディーネは全てを語った。ユグドラシルが犯した罪を、それを隠す為にタルミッタが出来た事を……。
そして最後にこう繋ぐ。
「……ですが、これだけはどうか信じて頂きたいと思っております。アルテミス様はイクタ様を本当に愛しておられました。決して利用などするつもりなんてございませんでした。ですが国の為にやむを得なく……」
胸元で握り拳を作り一心に訴えた。
「わかった……信じよう」
アルスは眼を瞑り静かに答える。
「ありがとうございます」
ディーネは頭を垂れる。
「だが、君はどうなんだい?」
「えっ!?」
素が出てしまい直ぐ様頭を上げた。
「君も私を利用しているのか? 過去のユグドラシルのように」
「………」
何て答えて良いのかわからず、暫く沈黙してしまう……ように見えるが、実際には眼尻をどんどん吊り上がっている。
いつものツンツンではなく、完全に怒っていた。
「バカなのっ!?」
そして怒鳴るように吐き捨てた。
「えっ!?」
「利用しようとしてる相手との婚約を解消しようとする人が何処にいるのよっ!?」
「確かに……そうだね。すまない…バカなの事を言ってしまった」
素直に頭を垂れる。
「す~は~」
ディーネは眼を瞑り深呼吸してゆっくり眼を開ける。再び王女の顔に戻った。
「此方こそ申し訳ございません。ただロッカ様がどうお考えなのかまではわかりかねます」
「そう…だね」
今、此処にいないのだから。
「それと私はアルテミス様の想いを継ぎたいと考えております。アルテミス様は本当は全てを詳らかにしたかったのです。ですから私は、この大陸解放を成し得た後、全てを口外致します」
「えっ!?」
アルスが驚く。アルテミスがそんな想いを抱いていた事、ディーネの想い。だけどそれ以上に……。
「君が決めて良い事ではないだろ? ロッカ様がお決めになる事だ」
「わかっております。それと先程の利用してるかのお話ですが、ロッカ様にもどうぞ直接お聞きください」
「そうだね。ロッカ様にお伺いしたい」
「では一旦失礼します……『ソウテン』」
そう言うと転移魔法を唱え、ディーネの横に五芒星の魔法陣の現れ、其処に吸い込まれるようにして消えた。
しばらくすると、再び魔法陣が現れ、ディーネとロッカの二人が姿を現す。
「ディーネ、いきなり有無を言わさず何なのですか?」
ロッカはディーネに突然連れて来られたらしく困惑気味だ。
「お話がありますと言いましたが?」
ディーネは首を傾げる。
「は~……もう良いです。それと転移魔法は一人しか飛ばせないのではないのですか?」
溜息を溢し疑問を口にする。アルスもそれは思っていた。
「真と時空魔導士になれましたから……あれが本来の転移魔法でございますロッカ様」
転移魔法ソウテンとは本来は触れた者を、あるいは触れた者と一緒に飛ばせるもの。
しかし、その魔法は時空魔導士にしか使えず、昔の魔導士はその便利な魔法故に他の者も使えないかと研究。
その結果、簡易版の一人だけを飛ばす転移魔法が出来た。
それがセイラや今までのディーネが使っていたソウテンであり、素養があれば時空魔導士でなくても使えるものなのだ。
しかし、ちゃんとした時空魔導士になれたディーネは、複数人飛ばす事も可能になった。
「そうですか。それで御召し物まで変わっているのですね」
ロッカはディーネを上から下まで眺めた後、再び口を開く。
「それでお話とは? アルス様もいらっしゃいるようですし、重要なものでしょうか?」
「はい…アルス様」
ディーネは答えるとアルスに振る。アルスはコクリと頷くとロッカの方へ真っ直ぐ向く。
「ロッカ様、率直にお伺いします。ロッカ様は私を利用しておられますか?」
「………」
ロッカは何の話だろうと首を傾げたが、ディーネの先程からの振る舞い……王女としてのディーネ。それとアルスの真っ直ぐな眼差し。
それを瞳に捕らえ、何を言うべきか悩んだが、確り答えるべきと考えた。
そして、黙考が続く。その間、疑念を抱くアルスに緊張の汗が流れる。
やがてロッカが口を開く。
「はい…利用しております」
きっぱり答えた。
アルスはディーネの時と同じく顔が青冷めながら後退りしつつ問い掛ける。
「そ、それは聖王国ユグドラシルの失態を隠す為にですか?」
「失態? ……聖王国ユグドラシルが陥ちたのは周知の事実。隠しようがないと思いますが?」
再びロッカが困惑気味に首を傾げる。
ここでアルスが言う利用と自分が口にした利用とでは意味が違うと気付いた。
「申し訳ございません。お話が見えておりませんでした。ディーネ、何のお話をしてるのでしょうか?」
「ユグドラシルが暗黒魔王を作った事でございます」
「話されたのですか?」
ロッカが眼を丸くし、声のトーンが少し上がる。
「はい、ロッカ様のお許しも無く申し訳ございません。ですが、アルス様もある程度ご存知でした」
「話されたのは構わないのですが……それを私にお伝えください」
「そうでしたね。申し訳ございません」
ディーネは頭を垂れた。
ロッカは扇子を取り出し口元に当てる。
「ふふふ……そうとは知らずお恥ずかしい事を言ってしまいました」
微笑みそう言うとアルスと向き合う。
「アルス様、そういう意味での利用はしておりません」
「そういう意味?」
訝しげな眼をロッカに向けた。
「はい…こう言ってしまうとディーネには申し訳ございませんが……」
其処で言葉を切る。ロッカは言葉を選ぶ。どう言えば伝わるかを悩み、再びしばしの黙考が続く。
「ロッカ様、何でしょうか?」
痺れを切らしディーネが問い掛ける。
「そのまま伝えた方が良いでしょうか……我がユグドラシルとディーネのタルミッタでは役目が違います」
「役目ですか?」
ロッカは悩んだ挙句、そのまま言う事にした。それをアルスが訊き返す。
「我がユグドラシルは大陸を導く事、タルミッタはかつてのユグドラシルの失態を隠す事がそれぞれ役目でございます」
「ロッカ様、その物言いですと……」
「はい…ですからディーネには申し訳ないと申したのです。私は、その件に重きを置いておりません」
ディーネの言葉を遮り、ロッカがきっぱりそう言った。
「ですが、かつてのユグドラシルが罪を犯したのは事実。ですから一刻も早く大陸解放をする事が、私なりの責任を果たし方と考えております」
「ロッカ様のお考えはわかりました」
ディーネは眼を瞑り頭を垂れ納得の意を示した。
「では、ロッカ様は先程、私を利用してると仰いましたが、どう言った意味ですか?」
アルスが先程の疑問に思った事を口にする。
「大陸解放です。ただ一つ勘違いされないようにお伝え致しますが、アルス様には選択の余地を与えております」
「選択の余地ですか?」
「ルンゲンの腕輪でございます」
アルスの左腕にはロッカから託されたルンゲンの腕輪が嵌めらている。
「それを私にお返しするという選択です」
そう続けた。
「これを……」
「ルンゲンの腕輪を持つ者は聖王国ユグドラシルの名の元に、その行動全てが聖王国ユグドラシルに承認されたものになります。それがあれば、例えば私を殺め、聖王国ユグドラシルの王位を簒奪する事もまた聖王国ユグドラシルの承認を受けた事になります」
「「っ!?」」
勿論アルスにそんな事をするつもりはないが、其処まで権限があった事に二人は驚いた。
「何故其処まで?」
「利用するからには、私もそれなりの覚悟を持っているという事ですわ」
「ロッカ様、それは利用するとは言いませんよ」
アルスは、慌ててそう口にする。
これでは利用する側はアルスの方になるのは明白。
「そうですね。しかし先程のお二人を見ていたら、そう言うべきと思いました。それがまさか、かつてのユグドラシルの失態のお話だったとは……お恥ずかしいですわ。ふふふ……」
扇子を口元に当て少し頬を赤らめ優雅に笑う。
「では、ロッカ様…どうして王位を簒奪される危険を冒してまで私にこれを託されたのですか?」
「ガディウスが力を付けるのは混乱と混沌、逆に打ちのめすのは人々が互いを信じ合う事だと私は考えております。ライアーラ城で初めてアルス様の戦いを見て、その可能性を垣間見ました」
「そうだったのですか」
「ですが、それは茨の道……アルス様の抱く理想を突き進むならば、きっとまたお辛い目に合うでしょう。心折れたならば、その時はどうぞルンゲンの腕輪をお返しください」
「いえ、是非最後まで私は利用してください」
アルスは笑いおどけてそう言った。
もう先程のような疑念などはアルスにはないからだ。
「あらあら、ふふふ……では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」
扇子を口元に当て微笑むとそう言った。
「では、ロッカ様…大陸解放後にかつてのユグドラシルの失態の口外をお願い致します」
「……ディーネ? 些か唐突ではございませんか?」
突然のディーネの言葉にロッカは眼をしばたかせた。
「いえ、本題は此方です」
「口外ですか? そうなるとユグドラシルの権威が失われ、大陸に再び混沌が訪れますよ?」
「それでもでございます」
「………」
ロッカは逡巡した。
ユグドラシルの権威が無くなれば、交易面や政治面でユグドラシルを中心にしていたのが崩壊し、数十年は大陸全土が困窮するからだ。
「やはり、それは難しいですね」
ロッカは結局答えを出せなかった。
「ならば、私が口外します。タルミッタで隠してるものを全て」
「ディーネっ!?」
ロッカにしては珍しく焦り、驚き上がる。
「聖王国ユグドラシルが口外するのと我がタルミッタが口外するの果たしてどちらが、混乱が少ないと思いますか?」
「……ディーネ、それは脅しでございますか?」
「どう捉えるかはロッカ様の自由です。ただ私はアルテミス様の想いを継ぎたいと思っております」
「は~」
ロッカが溜息を一つ付き熟慮しだす。
「昨朝、私を頑固と仰ったのは何処の何方ですか?」
「さて何方でしょうね?」
ロッカに問われ視線を泳がせディーネはそっぽ向いた。
「は~」
今日何度目の溜息だろうか……それ以前にロッカが溜息を付くなど珍しい。それだけ今日のディーネの行動に呆れ返っているのだ。
「二つ確認しますディーネ。まず時空魔導士に成られたという事は、貴女も前戦に出られるのですか?」
「アルス様のお許しを頂けるのなら」
「もう一つ、私が口外したとしたら、その煽りは必ずやタルミッタにも行きます。その覚悟はお有りですか?」
「はいっ!」
きっぱりディーネは答え……。
「それにロッカ様の補佐を全力でするつもりでいます」
そう繋げた。
「わかりました。口外致しましょう」
遂にはロッカも折れ決断した。
「ありがとうございます!」
「ただし、生きて大陸解放をしなさい」
そう言うと扇子をディーネに向ける。
「ユリアン=ロッカ=ユグドラシルの名において命じます。前戦に出ても死ぬ事は許しませんっ!!」
力強く命令を発した。
「はい、ロッカ様。必ずやその命を果たします」
「混乱に陥る大陸を補佐無しで維持させるのは難しいでしょう。よって貴女が死ぬような事があれば、この話は無しです。わかりましたね?」
「わかりました、ロッカ様」
「宜しい」
「そういう事ですアルス様……むふ~」
鼻息を荒くし、ドヤ顔をアルスに向ける。
「は~」
アルスは溜息を付き頭を抱え左右に振った。
「何ですか? その態度はっ!!」
いつもの眼尻が吊り上がるツンツンだ。
「アルス様でなくても頭を抱えたくなりますよ、ディーネ」
「せっかく良い表情で話していたのに最後に台無しだよ」
ロッカが言い、アルスが繋ぐ。
「そんな事はどうでも良いんですっ!!」
と言う割には吊り上がった眼尻が徐々に和らぐ。
「そういうわけでお願いです。最後までお供させてください」
ディーネは真摯に訴え掛けた。
「じゃあ私から一つお願いある」
「……はい」
「私の城…イクタベーレ奪還に私と共に来て欲しい……君の力を貸して欲しい」
「勿論ですっ!!」
ディーネは満面な笑みで応えた。
やはりロッカの口調は難しいですね(汗)
たぶん前よりはスラスラ描いてるとは思うのですが、それでも何度も描き直しております
まぁディーネは半端にしてるので良いのですが(笑)




