第九話 時空魔導士ディーネ
サラが一人でシャルス城まで戻って来ると、案の定シャルス城ではディーネの捜索が行われていた。
その指揮を取るアルスは城門の前に立っている。彼の瞳にサラが映ると、飛び付くかのように、駆け寄って来た。
「良かった……サラは無事だったのだね」
「私…は……?」
サラは言葉の意味が理解できず首を傾げた。
「ディーネが拐われて直ぐにサラもいない事の気付いて心配していたんだよ……でも無事で良かった」
そこで、ディーネだけではなく自分も捜索されていたのだと知る。
アルスは無事を確認でき、満面な笑みを向けてきた。
「それにしても服がボロボロじゃないか……一体何が合ったんだい?」
サラはディーネの回復魔法と、しばし休息により外傷は、ほとんど治っていた。
だが、流石に衣服はそのままで、あの戦い物語るかのようにボロボロである。
「ちょっとコバエが五月蝿くてな」
「コバエ?」
アルスが一瞬きょとんとする。
「……それがディーネを?」
改めて訊き直した。
「……ああ」
今度は急に血相を変えた。
「そ、それでディーネは……ディーネは無事なのかっ!?」
アルスはサラのボロボロの姿を見た為に、ディーネを案じずにはいられなくなった。
「落ち着くのだ! 無事だ」
「無事って……? じゃあ今は何処に?」
アルスは血相を変えたままだ。
「暫く一人にしてくれだと」
「一人って……そんな事言っている場合かっ!! 直ぐディーネの元に……」
完全に冷静差を失っていた。逸る気持ちを抑えきれず、サラの左脇を通り抜けようとする。
ドンっ!
サラは闘気を右足に集中させ地面を踏み付け、それにより亀裂が走り、アルスの目の前まで迫った。
闘気を一度発現させたサラは自在に扱えつつあるようだ。
アルスの方は、今まで闘気を使って来なかったサラが突如闘気を使った事により眼を白黒させた。
「ディーネが一人にしてくれと言っておるのだ。それでも行くと言うので、あれば……」
シュッ!
槍を降り下ろされる。通せんぼするかのように垂直に突き出された。
「……私を倒してからにしろっ!!」
サラが怒鳴り付けた。
「っ!?」
アルスは突然の事に一瞬言葉を失う。
「……しかし」
「落ち着くのだ。もう一度言う……ディーネは無事だ」
「では何故ディーネは戻って来ない?」
「一人で考えたい事でもあるだろう……王子にもあるだろ? そういうの」
「……そ…うだね」
ようやくアルスが落ち着きを取り戻した。
「すまない。少し取り乱してしまった」
「いや良い……王子の気持ちはわからんでもない」
「とりあえずご苦労だったサラ! ゆっくり休んでくれ」
「ああ…そうさせて貰う」
「それと明日の会議も宜しく頼む」
「早朝だったな?」
「ああ」
「わかった。では失礼する」
そう言うとサラは、城に入って行った。
・
・・
・・・
次の日の早朝。
「では、これよりイクタベーレ奪還の会議を始めます」
キリっとした声で発したのはジャイロだ。
会議はシャルス城のこじんまりした小さな部屋で行われていた。椅子は六つあり、扉から見て奥側の上座にアルスが座り、脇にジャイロが立つ。
アルスの目の前にイクタベーレの地図が広げられた大きな机がある。その机を挟む形で向かい合い、ホリンとゼフィロスが座る。
その隣、アルスから見て奥側で向かい合って、座っているのは、サラとセイラだ。セイラは傷が完治したわけではないが、会議に出るくらい問題は無かった。
更に奥、扉があるアルスの正面に位置する下座の席は空白である。
「皆、此処まで本当にありがとう。皆のお陰で私の……私の故郷イクタベーレを取り戻せる」
アルスは一人一人の顔を見ながら、ゆっくり語る。
「……まだだろ?」
其処にホリンが水を指す。
アルスはじっとホリンを見詰め、しばし口を閉ざす。
「……ああ」
と頷き微笑むと眼を閉じる。
「その通り、もう一息だ。じゃあ作戦を説明する」
眼を開け机に置かれたイクタベーレの地図に指を差した。
「まずこの砦を落とす……恐らく此処は大きな拠点ではないから、然程苦労しないと思う。従って此処での作戦は追って伝える。問題は此処から先だ。この四方にある砦……」
四つの砦を順番に指差す。
「恐らくかなりの増援が配備している筈、このルートはモタモタしていたら、増援に囲まれてしまう……かと言って砦を一つ一つ叩いていたら、本国からの増援は一目瞭然……」
「他にルートはないのか?」
サラが口を挟む。
「馬が通れるのを考慮して、このルートが最短距離でイクタベーレ城に行けます」
それに答えたのはジャイロだ。
そして、アルスが引き継ぐ。
「そう…つまりこの作戦はスピードが要求される」
「………」
アルスの考えは此処から東にある砦を真っ先に陥とす。そのまま進軍し、更に東…イクタベーレ城から見て西にある西の砦を陥として、イクタベーレ城を奪還するというものだ。
イクタベーレ城から見て北西、北東、南西、南東の砦に増援が配備されていると予想している。問題になるのは其処からの増援で囲まれてしまう事である。
会議室にしばしの沈黙が走る。ある者は、う~んと唸っていた。それだけ厳しい戦いになるという事を誰もが感じていたからだ。
一人一人の顔を見渡したアルスは口を開き始める。
「作戦としては、この中央で派手に暴れつつ、少数の精鋭は一気にイクタベーレに乗り込む」
「なるほど……いつもの囮作戦か。じゃあその少数の精鋭には俺が加わるぜ!」
名乗り出たのはホリンだ。
「いや……今回は私が行く」
「はっ?」
ホリンは間の抜けた声を上げ、驚きの表情をした。
いや、彼だけではない。其処にいる一同が驚いた面持ちでアルスを見守る。そして次の言葉待つ……。
「私は……」
ゆっくり瞳を閉ざす。
「……私は皆のお陰で此処まで来れた。そしてこれなからも、皆に頼る事になるだろう……だからっ!!」
カッと眼を見開く。
「此処だけは……私の城だけは、自分の手で取り戻したいんだっ!!」
一心に訴えるかのような眼差しで皆を見た。
「OK…アルス! わかったぜ」
その想いを受けホリンがサムズアップをアルスに向け応えた。
さて、下座の空席である其処に座る予定だったディーネはアルスとは昨日、セイラの部屋で顔を合わせたっきりだ。
アルスはディーネの事が心配で仕方無かった。それはサラも同じで昨日の夜、先に戻ってて欲しいと言われ、それっきりだ。
何故そんな事を言い出したのか、そう言い残した後、ディーネは何を始めたのか、彼女は知らないだけに気になっていた。
アルスは空白のディーネの席を見詰めしばし呆然としまう。
「で、護衛はどうする?」
不意にホリンが話掛けられた。
「えっ!? …え?」
アルスは彼の言葉で我に帰り眼をパチクリする。
「えっ!? …じゃねぇーよ」
とホリン。
「どうした? 王子。疲れているのか?」
ゼフィロスが地図を見たまま安否の声を掛けた。
「あ、すまない。大丈夫だ」
「あんま無理するなよ…で、護衛は?」
ホリンが話を戻す。
「護衛は、ジャイロ…それと……」
言葉に詰まる。それどころか顔色が悪くなって行った。ただしディーネと別の問題でだ。今考えている事を言って良いものか、それ以前にこの考えのままで良いのか迷いが生じていた。
「王子! やはり疲れているのではないか?」
セイラが真っ直ぐアルスを見詰める。
「いや、大丈夫だ……それとソラ、イクタベーレ騎士団が護衛だ」
「そ、ソラだとっ!? ……マジかよ」
ホリンが驚きの声を上げる。
いや彼だけではなく、皆同じ反応をしていた。この頃ソラの様子がおかしいのは、誰もが知っている事なのだから。
「……それとゼフィロスにお願いしたい」
それに構わずアルスが続け、ゼフィロスを見詰める。
「……構わんが、ソラは足手まといだ」
ゼフィロスは誰もが思っている事を臆する事なく口にした。
「わかっている。この戦いまでに彼が今のままなら外す」
それに対しアルスは断言する言葉を放っした。
「OK……で、魔導士は良いのか?」
それを聞き、安心したホリンが笑みを浮かべ、話を続ける。
「セイラ王女、イスカを連れて行きたい」
「私は構わない」
セイラに視線を向けながら言うと何ともない事のように了承した。
「ではイスカ、それとユー……」
バーンっ!
アルスの言葉を遮り、勢い良く扉が開く。
「その役目、私がやりますっ!!」
そう言ってディーネは、部屋に飛び込んで来た……。
「ハァハァ……くっ…ハァハァ…」
勢い良く入って来た彼女は激しく息を絶え絶えにしていた。その彼女に誰もが驚きの眼差しを向ける。
開いた口が塞がらず、文字通り口は<あ>の形を示していた。
皆が驚いているのは、突然扉が開け放たれたからというのもそうだが、何より驚いているのは彼女の……ユリアン=ディーネ=タルミッタの格好だった……。
彼女は回復を専門とする魔導士なので清楚を思わせる純白のローブを身に纏っている。
だが、今はそのローブも所々線切れており、足首まで伸びる長いスカートは短くなっており、太ももから下が丸見えになっていた。
またガーゴイルに斬られた為に胸元がはだけており、下着が微妙に見えている。
長袖である筈の袖は左腕部分は完全になくなっている。
そして、清楚を思わせる純白は紅きものへと変わっていた。例えるなら、踊り子が着るような衣装になっているのだ。もっとも血が乾き黒ずんでおり、何度も地面に転がったので汚れだらけで華やかさはないのだが。
踊り子を生業としているならともかく未婚であり、何より王女がこのような恰好はあってはならないものだ。
このような姿に一同は驚いていた。いや正確には一人は違っている……サラの瞳に映っているのは、そのような姿ではない。
ディーネの表情だ。昨日最後に見た時より引き締まって見えた。平たく言えば大人びて見えた。まるで何か乗り越えたような……。
「ディーネっ!!」
最初に動いたのアルスだ。直ぐ様席を立ち、ディーネの元に駆け寄る。
「今まで何やってたっ!? 本当に心配していたのだぞっ!!」
半分怒鳴り付けるかのように発する。それだけ彼女を…彼女の身を心から案じていた。
「ハァハァ……」
胸に手を置いて呼吸を整える。そして、いつものツンツン口調で話す。
「そんな事より、その精鋭部隊に私を加えなさいっ!!」
「そんな事って……っ!」
アルスは切り返しの言葉が出ないでいた。
「精鋭部隊に加わるって姫さんよー……あんた回復魔法とちょっとした時空魔法しか使えないだろ?」
助け船を出すかのようにホリンが口を挟む。
「ス~」
ディーネは大きく息を吸い、人差し指を立てる。
「ファム」
ボッ!
人差し指の先から小さな赤い炎が上がる。炎系最初級魔法だ。
「ファイ」
続けて炎系初級魔法唱え、掌を上に向けた。
ボォッ!
拳サイズくらいの炎が浮かぶ。
「「「「「「っ!?」」」」」」
その様子に一同驚く。
更に彼女は次の魔法を唱える。
「ファーガ」
ボォォッ!
天井に届かんとする炎が舞い上がる。炎系中級だ。
「更に上のも使えるけど、此処じゃねぇ」
得意気に微笑み辺りを見回す。
「あと……『ワープ』」
瞬間移動魔法を唱え、ディーネが消えて上座の席の前、ジャイロの隣に出現した。
これは眼に見える範囲なら何処でも一瞬で行ける時空魔法の一つである。ただし聖王国ユグドラシルにあった転移魔法を阻む結界が張られいない事が条件だが。
「「「「「「ええーっ!?」」」」」」
更に一同驚愕する。
『ワープ』
瞬間移動魔法で再び元の位置に戻って来た。
しばらく沈黙続く。
「い、いつの間に!?」
目の前で、驚きのあまり立ち竦んでいたアルスがやっと言葉を発する。
「うん…たった今、覚えてきた」
あっけらかんと…それでいて得意気にディーネが話す。
「お主、まさかあの後、契約を行っていたのか?」
サラが言った契約とは勿論精霊との契約の事だ。
「うん」
そう彼女はあの激戦の後、今まで時空魔導士へのランクアップと魔法の習得の為に精霊と契約を行っていた。
ランクアップは魔導士が更なる高見を目指すもので、大魔導士、司祭、賢者等多岐に渡る。
ディーネは希少な時空魔導士の才があったので、そのまま真の……というより未熟ではなくちゃんとした時空魔導士になったのだ。
それにしても契約したばかりの魔法を詠唱破棄で行うとは、今まで回復魔法や転移魔法で培って高めたマナは伊達じゃないという事だろう……。
「しかし、囮部隊にお主がいないとなると、誰が回復をやるのだ?」
周囲が驚きに固まっているのを余所に話を進めるサラ。
「大丈夫! ユーリがいるわ」
満面な笑みで答える。
「はっ? ユーリは魔導……」
「司祭になったから大丈夫」
サラの言葉を遮り切り返す。
「「「「「「っ!?」」」」」」」
またまたまた一同驚き上がる。
「……っと言っているが王子…どうする?」
サラはアルスに視線を移す。
「うん…あ、あー……とりあえずこの会議は次回に持ち越しで」
アルスは驚きで戸惑ってしまい言葉を詰まらせながら発した。
「持ち越しって?」
ホリンが訊き返す。
「少しディーネと二人で話をしたい。人選はそれからだ」
「了解」
頷くとホリンは会議室から退室して行った。それに続きディーネを残して皆、出て行った。
「良いね? ディーネ」
「はい」
「それと恰好が酷いよ」
「仕方無いでしょうっ!? 変な鳥が鬱陶しかったんだからっ!!」
再び眼尻を吊り上げツンツンし出すディーネ。
「鳥? サラはコバエとか言っていたけど?」
「どっちでも良いわよっ!! サラが倒したんだからっ!」
「……そうだね。でも未婚の女性がそのような恰好をするものじゃない」
アルスは先程から微妙に視線を外していた。
「仕方無いでしょうっ!! 会議の為に急いだんだから! 文句あるっ!!」
「あるよ!」
「えっ!?」
今までアルスはディーネに対し遠慮しがち、それもつんけんしてる時は特にそうだったが、初めて言い返したのだ。それにディーネは眼を丸くする。
「何か羽織るくらい出来るでしょう? 見えてるの気付いていないの?」
ディーネは自分の姿を下から上まで見始める。そして、胸元で下着が微妙に見えている事に気付き少し顔を朱くした。
「……それは他の男に私のこんな姿見せたくないという独占欲?」
羞恥心を隠し悪戯な笑みを浮かべた。
「そう…だと言ったら?」
「元婚約者が調子乗らないで」
言葉はキツイが眼尻は下がっており、強くは言っていない。内心嬉しくディーネは感じていた。
「そう…だったね……すまない」
「いえ私の方こそすみません。一方的に解消したのは私ですのに」
「いや、それは私が君の気持ちを蔑ろにしたから……」
「もう止めましょう」
「えっ!?」
アルスは戸惑う。先程からディーネがいつもの態度ではない事を。
勿論つんけんしてる事もある。他の人の前では柔らかくなってるのも見ている。
しかし、こうして二人だけで向かい合ってつんけんだけではない、いろんな表情……と言っても目線を逸らしてるのでまじまじ見れていないが、他の表情を見せている事にアルスは驚いた。
そして、ついディーネの方を向いてしまう。しかし微妙に見える下着が視界に入り、直ぐに視線を逸らす。
「アルス様のえっち」
「あ、いや……すまない」
「ふふふ……冗談です。では、着替えて来ますので、何処でお話しましょうか?」
「じゃあ裏庭に来てくれるかい?」
「わかりました。では失礼します」
そう言ってディーネは会議室から出て行った。
一人残ったアルスはしばし呆然としていた。下着が見れてラッキーとかそんな疚しい事からではない。
ディーネが様子が違う事に。ランクアップに新たな魔法、それだけでも驚きだが、それ以上に彼女の内が変わったように感じらたからだ……。




