災いの黑、光の白を探し求む
「おい、出たぞ。黑が」
『出現地点は?』
「俺の目の前」
『じゃあ君だけで余裕でしょ、クロウ』
「──そうだな」
夜に包まれた現代社会。
明るく輝く街頭が並ぶ景色とは裏腹に、光が届かない場所では〝何か〟が蔓延っている。
その何かは、一部の組織ではこう呼ばれていた。
黒き影──〝黑〟と。
真っ黒で影のように実態がないその化物は、夜で尚且つ光が届かない場所に出現し、特定の人間を喰らう。
物理的に喰らうのではなく。
生命のみを喰らうのだ。
喰らわれる特定の人間というのは、普通の人間ではない。
黑を倒すことで、人間を守る事ができる能力を持つ者。
謂わば異能力者だ。
彼らは、影に対抗する光──〝白〟と呼ばれている。
「……お前か? あいつを喰らった黑は」
灯輝く街の中心にある、とあるビルの屋上。
そこに黑がいた。
眼下に光があるが、直接照らされる場所でなければ、どこにでも現れるらしい。
黒い影の塊の中に、白い丸が二つ、不気味に浮かんでいる。
人間の倍くらいの身長を持つその化物は、上から覆いかぶさるように目の前にいる人物を見下ろしていた。
相対するのは、全身を黒で包んでいる男。
唯一黒でないのは彼の髪。
腰の辺りまで伸びている艷やかな金髪が、ゆらゆらと風にのって靡いている。
ハットの下から覗くは、髪と同じ色をした黄金の瞳。
煌々と輝くその瞳は、眼前にいる黑を静かに見据えていた。
『問いかけたところデ、我らの声は聞こえないクセニ』
「馬鹿か、聞こえるから聞いてんだよ」
『……お主、我らの声が聞こえるのカ』
「だからそう言ってんだろ。白だったら聞こえない。つまり、俺達は残念ながらお前と〝同じ〟でありながら、敵対していると言える」
『どういうコトダ?』
「んなことてめぇらは知らなくていい。もう一度聞く。俺達の〝光〟を喰らったのはお前か?」
一際強い風が吹き、彼──クロウの身体を覆っていたマントが舞い上がる。
その下から現れた衣服には、十字架に巻き付く龍のような模様。
それに似た剣が、彼の右手に握られていた。
『その印と剣……まさカ』
「──何も知らねぇようだな」
その言葉が紡がれると同時に、彼の剣が黑を切り裂いていた。
辺りに黒き血飛沫が飛び散る。
二分された影はベチャリと地に落ち、次第に消えていく。
その様を見下すように眺めながら、クロウは剣に付いた黒い液体を振り払う。
「今回も外れだ」
『何か情報は?』
「ない。というか、コフィン以外のやつは何してやがる」
『さあ? でも反応ないのはいつものことでしょ。スカルはもともと無口だし、ナイトは気分屋だし、シャドウに限っては頭おかしいから放っておいても問題ないと思うけど』
「そうだな、まあでもお前らが全員死んでも俺は構わないぜ? そうなれば〝光〟は俺が独り占め──」
『させない』
『させるわけないじゃん』
『させねぇよ』
『……させない……』
「……チッ、全員無事か」
クロウの頭に直接響く声は、彼の仲間のもの。
黑と〝同じ〟である仲間は、クロウを含めて五人。
それぞれ各地に散らばって、黑を倒しながら〝光〟と呼ぶ人物を探していた。
〝光〟──それは、彼ら五人を救った、白の女性。
クロウはビルの屋上から、眼前に広がる夜景を眺める。
そして小さく呟いた。
「──なぁ、どこに居るんだよ……サクラ」
ある時忽然と姿を消した、彼らの〝光〟。
彼女が白であることを考慮すれば、黑に喰われたという可能性がある。
だから彼らは探すのだ。
黑を倒し、その身体の中から喰われた白の魂が出てくる事を手がかりに、彼女の魂を探しているのだ。
クロウは、首から提げたネックレスを手のひらにのせ、それに視線を落とした。
白銀に輝く、十字のネックレス。
十字が交わる中心には、桜の花のような模様が施されている。
そのネックレスをしばらく見つめたあと、優しく、そして強く握りしめた。
「俺が必ず……必ず見つけ出す。だから、待っていてくれ」
そう祈るように呟くと、クロウの姿は影に溶けるが如く、その場から消えてなくなった。
スカル、ナイト、コフィン、シャドウ、そしてクロウ。
白でない彼らは、黑だった。
厳密には、黑と同じ力を持った人間である。
しかし、白と出会えば黑だと認識され、戦闘に発展する。
忘れてはいけないのは、白も人間であるということ。
黑という化物から、力を持たない人間を守る白。
その白と戦うということは即ち、人間の平和を脅かすことに等しいのだった。
彼ら五人の目印は、黒字に白で描かれた、十字架に巻き付く龍の紋章。
そして、クロウが持つその紋章を模した剣。
故に、彼らはこう呼ばれていた。
世界に災いをもたらす十字の組織──〈災禍の十字〉と。
彼らは今日も、各地で探す。
己に光を与えてくれた、彼女の存在を。