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妖精の噂

 「ーーなあ、知ってるか?巷で噂されてるーー」



 オープンカフェと言うには

 見窄らし過ぎる安屋台の飲食スペース。


 ギィギィと音を立てる古い酒樽に腰掛けるバード。

 端材を組み合わせて作ったテーブル、の様な物。

 その上には奴隷区分の人間が食べるには僅かばかり上等な飯の残滓と酒があった。



 食べ終えた頃のバードの耳に飛び込んで来た噂話。

 近くで酒を飲んでいた顔見知りの男が声をかける。


 「外壁の外、草原の向こうに広がる古き森。

 そこに妖精が出るって話さ」



 男は顔を赤くし興奮しながら続きを捲し立てる。



 「……なんでも誰かを探してるらしい」


 「なんだよ?そりゃ」


 「俺の仲間の知り合いの知り合いが見たってーー」


 バードは半目で返す。

 今日び、このご時世に妖精なんて幻想。

 女子供だって信じちゃいない。とんだ笑い話だ。

 まだ巨獣や巨竜が出たなんて話の方が

 現実味があるし生業上での備えにもなる。


 経験上、こんな馬鹿話は胸焼けする程長い。

 深酒して悪酔いするのもなんだと考えた。

 

 「お前、飲み過ぎだぞ」

 

 男の頭を軽く小突きながらバードは席を立った。

 

 「なんだよもう」


 残念そうにジョッキを片手呟く男を尻目に

 バードはひらひらと手を振りながら屋台を後にした。



 「……古き森か。

 粘りの強い木材探しに丁度良いかもな」

 

 

 


 

 街の繁華街から少し離れた場所。

 下水溜まりの嫌な臭いが立ち込める貧民街。

 その隅の中でも隅っこ。


 ある人は『物乞いと死体が仲良く並んでいるのが珍しくない場所』と言った。


 ある人は『プライバシーとかセキュリティーとか……あるわけないよな……ゴメン』と謝罪した。


 ある人は『酔っ払って外で寝るよりかはナンボかマシ』と笑った。


 そんな場所の一角に古い材木数本と

 小汚い帆布を繋ぎ合わせた小さな小さな天幕がある。

 申し訳程度の雨風をギリギリで凌げるコレが

 バードの寝ぐらだった。


 住めば都とは良く言うが同意は全く必要ない。

 横になるとどうしても足がはみ出してしまう程度の敷地面積。

 ほぼダイレクト地面の硬いベッド。


 私財は近隣住民との共有財産となっている様子で

「おかえり」の挨拶と共に鍋や日用品が返って来る。

 永遠に返って来ない時もある。

 酷い日は見知らぬ男が寝ている事すらある。

 蹴っ飛ばしたら知り合いだったりもした。


 そんな慎ましくも生暖かい生活をバードは送っていた。



 「おー!バー坊じゃん?

 今日も生きておかえりー。はいノコギリー。

 借りたよ?返すね?ありがとー」



 ノコギリ片手にひょっこりと姿を現したのは

 しなやかな肢体を持つ黒髪の女性。

 素の肌がこうなのか日焼けなのかはもはや定かではないが、黒に近いそれは

 宵の闇に溶け込み彼女の目と歯、そして手のひらを浮かび上がらせた。

 


 「ただいま。クロエ姉さん」


 彼女は近隣に住む奴隷区分の女性である。


 バードは幼くして両親を亡くしており、

 クロエも同じような境遇だった。

 クロエの場合は祖父が今も尚、健在と言う相違点はあったが。

 バードは姉のように彼女を慕っていたし

 クロエも世話のかかる弟のように彼を大事に思っていた。

 そしてクロエの祖父は

 分け隔てる事もなく孫二人として愛情を注ぎ、

 壁の外でも暮らせるようにと

 狩人としての技術を二人に叩き込んでくれた。


 貧民街の一角でお互い、

 家族同然に接する事が出来る数少ない人間だった。

 バードが年頃になってからは

 寝床にも間柄にも少し距離を置いて接する事が多くなってしまったが……

 


 「こうやって夜に声かけるとギャン泣きしてたバー坊が、 

 一人前の狩人じみた顔つきになってさ……嬉しいやら寂しいやら。」


 よよよ、と手のひらで瞳を隠し泣くような素振りを見せるクロエ。

 戯けた口元から窺えるのは姉としての威厳よりも

 未だ少女の頃の様な無邪気さだった。

 しかしさりとて彼女も弓を持たせれば

 一人前の鳥狩りの奴隷である。

 そしてこの街の娼婦でもある。



 「そうだ、お土産だよ」


 「あっ!これもしかしてーー」


 香油の小瓶をクロエに渡す。

 それを手に取りコルクを開る。

 クンクンと匂いを嗅ぐ彼女。


 「これ欲しかったヤツだー!」


 屈託の無い笑みを浮かべながら、小さく跳ねる。

 その姿を見たバードは思わず笑みが溢れる。


 (この人にはまだ 美しい と言う言葉は似合わないかな)


 「バー坊!なんかエッチな事考えてたでしょ!」


 「いやいや……」


 素っ頓狂な声で的外れな事を言われると

 存外に返答に困ってしまう。

 ここは一つ、話題を変えようと閃いた。

 可愛らしい姉の食いつきそうな話題。

 それはーー



 「クロエ姉さん、妖精の噂話。知ってる?」

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