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◇◇◇
王子の提案を受け入れることにし、ある意味覚悟も決まった気分になった私はずいぶんと気持ちが軽くなっていた。
最初は王子に世話なんて……と思っていたが、未知の料理という言葉に全てを持って行かれてしまったのだ。
美味しい食事を食べられるというのなら、私は全てを受け入れよう。
申し訳ないが、私はそういう人間なのだ。
自分の興味の九割が食事に向いているのだから仕方ないではないか。
「そちらから何か質問はあるか?」
ウキウキとしていると、王子が私に聞いてきた。ちなみにアーノルドはまだ一人で笑っている。
「質問、ですか? それなら、どうして私を指名されたのかおうかがいしても? その、私が選ばれたのは殿下のご希望だったと父から聞きましたので」
「ああ」
今となれば何の文句もないというか、諸手を挙げて歓迎する案件だが、どうして私だったのかは是非聞いておきたいところだ。
もちろん、一目惚れされたとか、そういうのはないと分かっている。
殿下はひとつ頷くと、その時のことを思い出すように語った。
「君を名指しはしなかったな。ただ、父上に婚約者の希望を聞かれたから答えただけだ。『好き嫌いがなく、たくさん食べてくれる女性がいい』と。世話をしたいという話はしていたから父上も分かったと頷いて下さった」
「えっと……」
「高位貴族でこの条件は少し厳しいかとも心配していたのだが、つい先日、父上が要望通りの令嬢を見つけたとおっしゃって下さって。その相手が君だったんだ」
「な、なるほど……」
理解した。
好き嫌いのない、大食いの高位貴族の令嬢。
間違いなく、私にご指名がかかる案件である。
大食いの女性は私の知り合いにもいるが、好き嫌いが全くないと言えば難しい。
食べ物は大丈夫でも辛いものが駄目とか、すっぱいものが駄目とかそういうのはあるのだ。
そして、更に王子と結婚できる爵位の娘となれば……公爵令嬢では私だけだと思う。
何故私が選ばれたのか、深く納得した瞬間だった。
「よく分かりました……」
「質問は以上か?」
「はい」
徹頭徹尾、世話をしたいためだけの条件だった。
ある意味、はっきりしていていいかもしれない。私も美味しい食事ができるのなら文句はないわけだし、どちらにも損がない。
これは予想よりよほど楽しい生活ができるかもしれないとちょっとワクワクし始めていると、王子が椅子から立ち上がった。
「それでは早速ではあるが、屋敷に案内しようか」
「? 屋敷?」
なんの話だ。
首を傾げる。助けを求めるようにアーノルドを見ると、彼は笑顔でとんでもないことを告げた。
「これから殿下とシャーロット様がお暮らしになる住まいのことですね。屋敷というか、離宮になりますが」
「へ?」
暮らす?
何それ?
目を大きく見開く。驚きのあまり言葉を発せない私に王子が当然のように言ってくる。
「だから、世話をさせて欲しいと言っただろう。そして君はその条件に頷いた。離れて暮らしていては世話ができない。だから君にはこちらに越してきてもらわなければならない。自明の理だと思うが?」
「いやいやいや……ええええ?」
思考がついていかない。
いくら婚約者とはいえ、結婚もしていない男女が一つ屋根の下に住むとか、普通に考えてあり得ないのではないか。
なのに王子は当たり前のような顔をしている。
「ん? 父上は公爵にはすでに了承を取ってあるとおっしゃっていたぞ。あとは君さえ婚約に頷けば連れて行っていいと。アーノルド、そうだったな?」
「はい、確かに陛下はそうおっしゃられておりましたね」
「……」
――お父様!! それ、ものすごく大事な話!!
どうして言ってくれなかったのだ。
父の了承を取っていると聞き、その場に頽れそうになった。
先ほどの父の『達者でな』の意味が分かった瞬間である。
「は……ははは……」
「君の了承は先ほど取れたし、そういうことだから離宮の方に移動したいのだが」
「……ワカリマシタ」
最早逃げ道は塞がれた。
『未知の美味しい食事』に釣られて、それを『どこで』いただくか、そして『どう』世話をされるのか考えなかった私のミスである。
しかし父も、こうなることを知っていたのなら最初に教えてくれれば良かったのに。
いや、さすがに『婚約者の王子と一緒に住むことになる』とは父も言いづらかったのだろう。
その気持ちは分からなくもないが、いきなり聞かされた方の身にもなって欲しいと思う。
殿下が輝くような笑顔で私に言った。
「さあ、離宮に向かおう。公爵が君の荷物を送ってくれているはずだから、何も心配しなくていい」
「……ソウデスカ。アリガトウゴザイマス」
それ以外なんと答えられただろう。
引っ越しの準備は万端だったようである。断れるとは最初から思っていないから構わないが、この電光石火の早業には溜息を吐くしかない。
「ご案内致します」
アーノルドが胸に手を当て、優雅に一礼する。
その立ち居振る舞いはさすがの一言だったが、口元が笑っていたので台無しだった。
おそらくずっと驚きまくっている私の様子が面白くて堪らないのだろう。
先ほどからの彼の様子を見ていれば、それくらいは推測できた。
――なんか、殿下といい、お付きの騎士といい、変な人ばっかりなんだけど。
皆、格好良いのは間違いなく格好良いのだが、どこかがズレているような気がしてならない。
とはいえ、王子の申し出を受け入れると決めたのは自分だ。
もとよりこの婚約を断るなんて選択もなかったことだし、こうなった限りは与えられた環境に順応していくより他はないだろう。
先ほど自分から『お世話されます』と大々的に宣言したことだし、もうなるようになれだ。
私は美味しいご飯が食べられるのなら、なんでもいいのである。
「シャーロット嬢。何をしている。行くぞ」
「は、はい」
返事をする。
そうして私はアーノルドと王子に連れられ、これから暮らすという離宮へと向かうことになった。
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