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さすがに自意識過剰過ぎるだろう。そう思ったのだが、彼はキョトンとした顔をして言った。
「? みたいも何も、そう言ったのだが」
「は?」
「私は君を独り占めしたいぞ。それくらいとうに分かってくれていただろう?」
「はああああ?」
目を大きく見開く。
まさかそんなことを言われると思わなかった私は目を白黒させた。
「ル、ルル、ルイス……」
「君の世話は他の誰にも任せたくないし、君には一生私の作ったもの以外食べて欲しくない。できればこの館に閉じ込めて、私以外の目に触れないようにしたいくらいだ。独占欲は強い方だと自覚している」
「……え」
さらりと軟禁発言が飛び出し、ギョッとした。
――そんなこと、堂々と言われても。
どう答えていいものかとても困る。なんだか頭がズキズキと痛み出してきた。これは……ストレスだろうか。いや、多分、突然多量の情報を詰め込まれて頭が悲鳴を上げているだけなのだと思う。
「え、ええとですね、ルイス。私、さすがに閉じ込められるのはちょっと……」
我ながらズレた回答だなと思ったが、思考能力が麻痺した頭ではこれが精一杯だった。ルイスが腕を組み、頷く。
「だから、実行してはいないだろう。……料理に関しては……まあ、本気だが」
「本気なんですか……」
「ああ」
断言され、絶句した。それ以上何も言えなかった。
だけど、だけどだ。本気だと言われても実際の話、ルイスの作ったもの以外を一生食べないというのはさすがに無理があると思う。
何とか気持ちを持ち直した私は、できるだけ強めにルイスに言った。
確認のつもりだった。
「ルイス、念のため言っておきますけど、あなたの作ったもの以外を一生食べないとか、普通に無理ですからね? 世話は約束ですから受け入れますし、嫌じゃないですけど、そういうのは本気で実行しようとしないで下さいよ?」
「? 何故だ。前にも言ったが、君は私の妻になるのだろう。ずっと私に世話をされておけばいい。問題は何も起こらないと思うが」
――嘘でしょ。これで伝わらないの?
本気で分かっていないらしいと知り、愕然とした。なんというか、自分の頬がまるで痙攣したみたいに引き攣っているのが分かる。
「いやいや……ええと、たとえば、たとえばですけど、ルイスが死んだらどうするんですか。ルイスの作るもの以外食べられないと私、何も食べられなくなりますよね?」
我ながらひどいたとえだなと思ったが、それ以外急には思いつけなかったのだ。でも、実際そうだと思う。
たとえ結婚しても死ぬ時は別だ。彼は料理が上手だし、完全に胃袋を掴まれているので、私が先に死ぬなら彼の言うことを聞くのもありかもしれないが、逆だったらどうするつもりなのだろう。
だが、ルイスは首を傾げるだけだった。
「私が死んだら? ますます分からないことを言うな。君は私のものなのだから、私が死んでまで生きている意味はないだろう。一緒に眠ってくれるのではないのか?」
「へ……」
「大体、私が君を他の男に渡すわけがない。それくらいとっくに分かってくれていると思っていたが?」
「ふあ……?」
「自分で言うのもなんだが、私はかなり重たい男だぞ? 今更逃げられるとでも思っていたのか? 逃がすわけがない」
「えええええええ?」
予想の斜め上過ぎる答えが返ってきてギョッとした。
改めてルイスを見る。彼は何を当たり前のことを、という顔をしていた。本気で言っているのは間違いない。
「ええと……」
これはもしかして、もしかしなくても。
――え、そういうこと、なの?
彼の言動から辿り着いた、とある答えに嘘だろうと思いつつも、確認しなければならないので口を開く。ちょっと声が震えていた。
「あの……もしかしてルイスって……私のことを結構好きだったりするんですか? その……恋愛的な意味で」
「……」
じとっと睨まれた。その視線が怖くて、慌てて否定する。
「あっ、すみません。そんなわけないですよね。私はルイスがお世話するのにちょうど良いから選ばれただけって分かってます。言ってみただけ――って……ルイス?」
ルイスが信じられないという顔で私を見ていた。
何故そんな顔をされなければならないのか。私の方こそ意味が分かりませんと叫びたいところなのだけれど。
「ルイス。……あの、私」
「……まさかとは思うが、本気で今まで気づいていなかったのか」
「へ」
何を、という言葉は声にならなかった。驚きに目を見張る私にルイスがゆっくりと、まるで言い聞かせるように告げる。
「私が、君を好きだということを、だ」
「は……」
息が止まる。その言葉を告げられた一瞬、世界から音が消えた。
「愛していると言い換えてもいい」
「……ひえ」
――アイシテイル?
吃驚しすぎて変な声しか出ない。頭の中は真っ白だ。
だってルイスが私を好き? そんなことあるわけないだろう。
何せ私は彼のご飯を美味しい美味しいと食べ、彼の世話を受けていただけで、他に特別なことなど何一つしていない。どこに惚れられる要素があるというのか。
それに、それに、だ。
「ルイスは、私のこと、妹か何かだと思ってますよね? わ、私もルイスのことお母さんみたいだなって思って……」
「誰が母だ、誰が。私は君の夫になる男だろう」
「あいたっ」
ぺしっと頭をはたかれた。
ルイスがこれ見よがしな溜息を吐く。
「確かに最初は君を妹のように思っていた。それは否定しない。だが、それはずいぶんと早い段階で消え失せたぞ? ……君と過ごした殆どの月日、私は君をひとりの女性として見ていたし、今だってそうだ。私としては行動に出しているつもりだったし、君も気づいてくれているものと思っていたのだが? 私の気のせいだったようだな……」
「ひえっ……す、すみません」
事実、全く気づいていなかったので謝るしかない。
だけど、ルイスも同罪だと思う。だって今まで一言も好きだと言わなかったのだから。
確かにそれに近しい言葉は何度も聞いたが、好意的に接してもらえているのは分かっていたし、家族愛だと信じていたから、彼が恋愛の意味で言っているとは思いもしなかったのだ。
私を見る目に熱が籠もる。好意を隠さない瞳に、頬が勝手に熱を持っていく。
――嘘でしょ? え、ルイスって本当に私のことが好き、なの? え、嘘、まずくない?
冷静に考えれば、何もまずくはない。
私とルイスは正式な婚約者で、結婚の予定があるのだから。だが、すっかり混乱しきった私は、もう何が正しいのかさっぱり分からなかった。
だから思わず叫んでしまう。
「わ、私、ルイスのこと、お母さんだと思っていたのに!」
「だから、誰が母親だと。……分かった。鈍い君には直接的に言わないと駄目なようだな。これからは君を意識させていくよう行動していくから、そのつもりで」
「む、無理ですっ!」
今まで以上に顔が真っ赤になる。もう全てが恥ずかしかった。
「わ、わ、私……」
ルイスが鷹揚に頷く。
「まあでも、そうだな。君だけが悪いとは言わない。婚約者という立場と、態度で察してくれていると思い言葉にしなかった私にも責はあると思うからな。……分かった。反省の意味を込めて、今後は積極的に好意を口にしくことにしよう。好きだ」
「ひぃっ!」
「君だけを愛している」
「ふぉっ……!」
「私の気持ちに応えてくれると嬉しい。母親ではなくひとりの男として」
「……へ」
「ああ、もちろん君がどんな答えを出そうが、結婚する事実は変わらないぞ。だから君にはできる限り早く私を男として好きになってもらいたい。今のままでも楽しいが、どうせなら両想いの恋人同士になりたいからな」
「……」
――無理。本当、無理。
甘い声に耐えきれず両耳を塞ぐ。恥ずかし過ぎて泣きたい。
だけどどうしてだろう。
ルイスを見ていると、胸がバクバクしてどうしようもないくらいに痛くなってくる。低くも心地良い声がジンジンと脳髄を揺らし、堪らない気持ちになる。
――何、何なのこれ!
子供のように顔を赤くし、わたわたと狼狽える私に、ルイスがまるで今思い出したかのような顔をして言った。
「ああ、そうだ。そういえば言っていなかったな。実は最近、私は趣向が変わったんだ。今までは誰でも良いから世話をさせてもらいたい。ただ、世話ができればそれで満足だったんだが――」
わざとらしく、言葉を区切る。彼は私の手を取り、その甲に口づけながらニヤリと笑った。
勝利を確信した笑みだった。
「今の私の趣味は、君の世話をすることだ。分かったら、これからもしっかり世話されてくれ。――愛しいロティ」
「ほわああああああああああ……!」
こんな威力のある攻撃を受けて私が無事でいられるはずがない。
呆気なく色んな意味での許容量を超えた私は、そのまま床にばったりと倒れ伏した。
ありがとうございました。これにて、殿下の趣味は完結です。
5/28発売予定の書籍版では、ルイス視点をあちこちに追加して、彼がその時考えていたことや事件の真相についてなど、書き下ろしエピソードもりだくさんでお届けします。
また、第二部を来月くらいから連載開始予定です。
こちらもお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは一旦完結とさせていただきます。おつきあい、ありがとうございました。




