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「ルイス……」
泣きそうになりながら彼を見る。ルイスは冷たい目で言い放った。
「君の言い分はよく分かった。……これからひと月、おやつは抜きにする」
「ええっ!? 嘘でしょう?」
とんでもない宣言にギョッとした。
おやつ抜き? あり得ない。そんなの、晩ご飯までお腹がもつはずがない。
格好など気にしていられない。私はルイスに泣きついた。
「ルイス、お願いします。それだけは、それだけは止めて下さい。ルイスのおやつをひと月も食べられないなんて私……」
「駄目だ。ああ、一応言っておくが、もちろん今日用意するつもりだったタルトもなし、だ。捨てるのは勿体ないから、そうだな……アーノルドとカーティスに食べさせるとするか」
「いやあああああ!」
情けないとは思うが、この世の終わりのような悲鳴を上げてしまった。
カーティスが軽い声で言う。
「え、マジで? 殿下のケーキが食べられるの? ラッキー」
「有り難くご相伴にあずかります」
アーノルドも笑顔で追随した。
皆、笑っている。だが私は笑えない。笑えるはずがないではないか。
だって私の為に用意してくれたタルトが、ふたりの口に入るというのだ。
そんな馬鹿な話、受け入れられるわけがない。
私の中での天秤が、ルイスのおやつに大きく傾いた瞬間だった。
「わ、分かりました! 分かりましたから!」
声を上げる。ルイスが余裕たっぷりな態度で聞いてくる。
「何が分かったんだ?」
「わ、私が全部悪かったです。ルイスが駄目だって言うなら、もう食べ歩きにも行きません……! だ、だから、何卒おやつ抜きだけは勘弁して下さいっ!」
パンッと両手を合わせる。
完全にルイスに餌付けされてしまった私は、最早彼のご飯とおやつなしでは耐えられない身体になっていた。
食べ歩きに行かないなんて、いつもの私なら嘘でも口にしない言葉だ。だけど、それよりもルイスのおやつを食べられない方が嫌だと思ってしまったのだ。
彼のおやつをひと月食べられなくなる。それに比べれば、食べ歩きに出ないと約束する方が百倍マシだ。
縋る私に、ルイスが唇の端を吊り上げ、告げる。
「別に、無理にそうしてくれなくていいぞ。強制するのは好きではない」
――うああああああ!
どの口が強制は好きではないなんて言うのか。誰がどう見たって今の状況は強制ではないか。
だが言えない。だって今現在、決定権を持っているのはルイスだ。私は彼の慈悲に縋るしかない。
彼が「いいよ」と言ってくれるのを待つしかないのだ。
心の中で涙を滂沱と流しながら私は言った。
「無理なんてしていません! 私はルイスのおやつの方が大事なんです!」
――ああもう!
嘘じゃないのが悔しい。
凄まじいまでの敗北感が私を襲ってくる。
ルイスはじっと私を見ていたが、やがて実に満足そうに笑った。
「そうか。そんなに私のおやつが食べたいのか」
「は……はい」
「もう、食べ歩きには行かないと言うのだな?」
「……約束します。その……今日は勝手なことをしてすみませんでした」
「勝手なこと、とは?」
「……ルイスがご飯を作ってくれるのに、ルイスが作ったもの以外を食べたことです」
ようやく理解した彼が怒っていた理由を告げると、彼は「そうだな」と頷いた。
どうやら許してくれる気になったようでホッとする。彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、私に言った。
「分かってくれたのならいい。今後は気をつけるように」
「はい」
「それなら、タルトを用意しようか。紅茶も。お腹が空いただろう」
「……ありがとうございます」
「ちょっと待っていろ」
明らかに機嫌を良くしたルイスが厨房に向かう。
カーティスが残念そうに言った。
「なーんだ。殿下のタルトが食べられるかと思って楽しみにしてたのに、無理っぽいね」
「最初から殿下は、彼女以外に食べさせるつもりはありませんでしたよ。こうなるようにわざと話を持っていったのでしょう」
「いや、知ってるけどさ。もしかしてって思うじゃん。ほら、カロリー計算がどうとか言っていたし」
「思いません」
「えー」
楽しげに会話する双子の騎士。彼らが話していることは聞こえていたが、今のやりとりでものすごく疲れてしまった私の耳には素通り状態だった。
――つ、疲れた……。
しかし、自分が言い出したこととはいえ、食べ歩きができなくなってしまうとは悲しすぎる。
「でも……ま、仕方ないか」
いつまでも落ち込んでいても楽しくない。せっかくルイスがタルトを出してくれるというのだ。バシッと気持ちを切り替えよう。
「うん。今、私が楽しみにするのはグレープフルーツとレモンのムースタルトのことだけでいいよね」
言葉にすると本気で楽しくなってきた。
彼のタルトを食べるのは初めてなので、ワクワクする。
「ルイスのタルト、楽しみだなあ」
厨房を眺めつつ独り言を言う。それを聞いていた双子の騎士が呆れた目で私を見ていたが、タルトのことで頭がいっぱいになっていた私は気づかなかったし、気づきたくなかった。