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一見、イチャイチャしているようにしか見えない今の光景は正しく分析するならそういったところだろう。
殿下の様子を見ていたカーティスが顔を顰める。
「わ……殿下の目、キッツー。あんなドロドロの目を向けられて気づかないとか、可哀想すぎない? あの子」
「別に婚約者なのだから構わないでしょう」
「え? さっき面白くないって言ってなかった?」
「言いましたよ。面白くありません。どちらかというと面倒だと思っています」
「面倒?」
「互いの気持ちが釣り合っていないどころか、向いている方向が違うんですよ? 面倒以外の何ものでもないでしょう」
「あー……」
僕の言葉に、カーティスは納得という顔をした。
「明らかに殿下の方が重いもんね」
「それに対して、彼女の方は完全な家族愛。このまま何事もなければ僕だって勝手にやれと思いますが、変なところで拗れてしまっては困ります」
「うん、それは面倒だし、絶対にかかわりたくない」
「でしょう?」
ふたりに視線を移す。殿下とシャーロット嬢はまだイチャイチャとしていた。
髪に花びらが付いていたと、殿下が彼女の頭に触れる。
彼女は焦ったように、でも嬉しそうにお礼を言っていた。
「あっま。何あの殿下の顔」
うええと舌を出すカーティス。残念ながら僕も同感だ。
溜息を吐いていると、殿下とシャーロット嬢の話し声が聞こえてきた。
「ルイス、今日の晩ご飯はなんですか?」
「はは、君はいつもそれだな。そんなに私の作る料理が好きか?」
「はい、大好きです」
キラキラとした笑顔で殿下に答えるシャーロット嬢。殿下は嬉しそうにしているが、その大好きは料理に対して向けられたもので決して殿下個人に向けて言われたものではないということに気づいているのだろうか。
「夕食のリクエストはあるのか?」
「いいんですか? 私、できればまた茶碗蒸しが食べたいです」
「またか? この間も作っただろう」
「ルイスの作る茶碗蒸し、すごく美味しくて……できればまた食べたいなって」
お願いというように上目遣いで殿下を見るシャーロット嬢。彼女に惚れている殿下がその攻撃に逆らえるはずもなく、殿下はあっという間に撃沈していた。
ほんのりと頬を染め、わざとらしく咳払いをする。
「い、良いだろう」
「わあ、ありがとうございます」
「殿下、よえー……」
隣でカーティスがボソッと呟いたが、僕も全くの同感だった。
ふたりで渋すぎるお茶を飲んだ時ような顔をしていると、殿下たちは散歩を終わらせることに決めたのか、館の方に向かって歩き始めた。慌ててその後を追う。何もなくても僕たちは護衛として側にいるのだ。置いて行かれるわけにはいかない。
すぐ後ろにつくと、殿下が甘い笑みを浮かべながらシャーロット嬢と話しているのが聞こえた。
「良ければ、厨房に来るか? 味見をさせてやるが」
「行きますっ! あ、でも、最近毎日のように厨房にお邪魔して、迷惑ではありませんか?」
「迷惑なものか。君がいてくれると、料理をする楽しさが倍増する心地だ」
「ルイスってばお上手ですね。でもそう言ってもらえると嬉しいです」
シャーロット嬢が笑顔になる。
殿下の今の言葉は社交辞令でもなんでもなく、単なる本心だ。好きな女性にいつも側にいて欲しいというそれだけの話。
シャーロット嬢は全く気がついていないようだけれども。
ふたりは仲良く話を続けながら厨房に入っていった。僕たちもその入り口に陣取り、引き続き護衛の任を果たす。だが、ふたりの会話が甘すぎて、できれば声が聞こえない位置まで移動したいと思ってしまった。料理をしながらも、イチャつきは止まらない。
「ほら、味見だ。口を開けてみろ。あーん」
「あーん。あ、美味しい」
――僕は何を見せられているのだろう。
ついに、食べさせ合いまで始めてしまった。
味見と称してはいるが、絶対にあれは不必要な行動である。ただ、『あーん』をやりたいから、あんなことをしているだけなのだ。
それがわかるだけに、何とも言えない顔になる。
「うまかったか。良ければもうひとつどうだ?」
「あ、頂きます!」
今度は自分から口を開けるシャーロット嬢。給餌行動をされていることを全く恥ずかしいと思っていない……いや、あれは自分が何をさせられているのか気づいていないだけだろう。そんな感じだ。
これで「何をしているんですか」と突っ込みのひとつも入れれば、今度は殿下から余計なことをするなという氷の視線が飛んでくるのだろう。分かっているだけに、放っておくしかない。
「……はあ」
殿下たちには聞こえないように溜息を吐く。だが、片割れには聞こえてしまったようで、視線を向けられた。
「ん? アーノルド、どうしたの?」
「いえ……まさか殿下がああいう風になるとは思わなかったので。……この方ならと思い、ここまで着いてきましたが、僕としたことが間違えましたかね」
「別に間違えてはないんじゃね。殿下はあのクソ野郎とは全然違って、あの子にすっげー優しいし。気持ち悪いし甘すぎて見てられないって思うけど、別に殿下が変わったってわけじゃないなら、いいんじゃね」
「……ま、確かにあなたの言う通りですね。見切りを付ける必要はない、ですか」
「少なくともオレはそう思うよ。それにさ、実際の話、他に碌なのいないじゃん。殿下が一番マシ」
「そうですね。ええ、それでは引き続き殿下の忠実な騎士として頑張りましょうか」
「だねー」
僕たちの目的のために。
僕たちは、幼い頃からとある目的を持って行動している。その目的のためなら誰を蹴落とそうが構わないと思っているし、それがたとえ仕えている殿下であっても必要であるのならやってみせると決意している。
まあ、今のところその必要はなさそうだけれども。
殿下は恋をして少々おかしくはなったが、好きになった理由は十分過ぎるほど理解できるし、彼女のこと以外に関しては何も変わっていない。昔、僕たちが判断した通りの『未来に希望が持てる王子』のままだ。
だからまあ構わないといえば構わないのだが……。
見ないようにしていた殿下たちにチラリと視線を向ける。瞬間、やめておけば良かったととてもとても後悔した。
「今度は私にも食べさせてくれないか? ほら、両手が塞がっているから難しいんだ」
「良いですよ。はい、あーん」
「……僕たちは一体何を見せられているのでしょうね」
乾いた声が出た。カーティスも似たような温度で返してくる。
「バカップルのイチャイチャ?」
「だから、まだあれ、付き合っていないんですよ。少なくとも片方は家族愛みたいなものなんですよ」
「……じゃあさ、本当のカップルになったらどうなるわけ? もっとすごくなるの? オレ、勘弁して欲しいんだけど」
「……」
考えたくなくて無言になる。
気づけばまたイチャイチャとし始めるふたりを見て、妙な虚無感に襲われるのはもう仕方のないことなのかもしれないと思った。




