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「……ルイスって私を世話したいって言ってたわよね。それって、自分の庇護下にある存在を世話したい的な意味が強かったのかしら」
もちろん彼が私のことをきちんと婚約者として見てくれていることは分かっているが、考えてみれば、私たちの婚約は恋愛が絡んだものではない。
世話をしたい、ご飯を作りたいルイスと、美味しいものをたくさん食べたい私、互いの希望が偶然マッチしたからこそ成り立ったのだ。
そう、当たり前だがそこに恋愛はない。
婚約者ではあるけれど、私たちは恋人同士ではなく、世話をする人とされる人という関係でしかないのだ。
「……昨日は初夜とか難しく考えてしまったけど」
腕を組み、考えを整理する。
婚約者だなんだの思い詰める必要はなかったのかもしれない。
お互い利害関係が一致し、婚約、結婚を決めただけ。だからルイスに対しても、家族のように接すればそれでいいのではないだろうか。
「お母さんと子供、っていうのはさすがに嫌だけど……」
家族にならなれる気がする。
昨日ルイスも『君が良い』と言ってくれたし、世話をする相手として私は及第点だったのだろう。私も彼の料理には深く満足した。
家族。落とし所としてはベストなのではないだろうか。
「うん、うん。そう、そんな感じでいけばいいか……!」
今後ルイスとどう接していくか。
とりあえずの結論が出た私は、すっかり気分が良くなったので、あの謎の三角ご飯をやっぱりつまみ食いしに行くことを決めた。
◇◇◇
「よし、カーティス様はいないわね」
再び厨房にやってきた私は、カーティスがいないことを念入りに確認してからクローシュを開け、こっそり三角ご飯を手に取った。
お昼ご飯用に作ってもらったものなので、さすがに全部は食べない。三つあったので、とりあえずひとつだけ食べようと思った。気持ちを満足させたかったのだ。
「……」
無言で三角ご飯に齧り付く。固いと思っていたご飯は齧り付くとすぐに口の中で解けていった。
絶妙な塩味が口内に広がる。
「……何これ……すっごく美味しいんだけど」
普通にご飯を食べただけでは絶対に味わえない味に私は本気で戦いた。思わずもう一口。
「あっ……」
握ったご飯の中には具が入っていた。これは……魚の身をフレークにしたものだ。
「すごい……」
塩味だけでも信じられないくらい美味しかったのに、具が入るとその美味しさは上限を突破する。
ただ三角に握っただけのご飯のはず。それがここまでの味を出すなんて思いもしなかった。
「間違いない……これは革命だわ……」
黒い部分を持てば手は汚れないし、しっかり握ってあるのでご飯はたくさん詰まっている。
持ち運びに最適、まさにお弁当にぴったりの逸品だ。
「はあ……美味しい」
結構大きく握ってあったのだが、あっという間に一個食べてしまった。つい次のご飯に手が伸びそうになり、慌てて堪える。
「だ、駄目。一個だけって決めたんだから……うう、でも……」
美味しいと分かってしまったものを見て見ぬ振りするのはキツい。
食べないの? と誘われている気分になってしまう。
「う……うう……駄目、駄目よ」
そう言いながらまた手が伸びていく。二個目を取ろうとしたところで楽しげな声が聞こえて来た。
「あー、やっぱりつまみ食いしてんじゃん。殿下に言ってやろ」
「カ、カーティス様!」
振り返るとそこにはやはりと言おうか、カーティスがニヤニヤ笑いながら立っていた。急いで手を引っ込める。
「な、何を……わ、私はただちょっと様子を見にきただけで……」
「米粒、口の端についてるけど」
「っ!!」
慌てて口を拭った。カーティスが爆笑する。
「あははっ! 嘘だって! 騙されてやんの!」
「~~!!」
非常に幼稚な手に引っかかってしまった。顔を真っ赤にしてカーティスを睨みつける。彼は「ん?」と実に楽しそうだ。
「何?」
「……黙ってて下さい」
「何~? 聞こえなーい」
嘘だ。絶対に聞こえている。だが、現時点において私の方が圧倒的に立場が下だ。
私はギリギリとしながらもカーティスに言った。
「ルイスには黙ってて下さい! って、お願いしてるんです!」
「お願いって感じには聞こえないけど?」
「お願いします!!」
叩きつけるように言うと、カーティスは更に笑った。そうして私に手を出す。
「……なんですか」
「賄賂」
「は?」
「だーかーら、賄賂。黙ってて欲しいんでしょ。オレ、優しいから言うこと聞いてあげる。でも、タダっていうのはちょっとな~」
「くっ……足下を見てくるなんて卑怯な……!」
「別に嫌ならいいんだよ? オレは何にも困らないから」
「くううううううう……!」
こちらの立場が弱いと分かって賄賂を要求してくるカーティスに腹が立つ。だが、誘惑に負けてつまみ食いをしたのは自分なのだ。この場を丸く収めるためには、何かを犠牲にしなければならないと分かっていた。
カーティスがほれほれと手を出す。
「あんたがつまみ食いしたその三角ご飯を一個くれたら、黙っててあげる」
「なっ……!」
一番狙われたくないものを指名された。残り二個。昼食時に大事に食べようと思っていたのに、まさかそのひとつを狙われるなんて。
――つまみ食いなんてするんじゃなかった……!
後悔先に立たずという言葉が頭の中をグルグルと回る。だが、私に断るという選択肢はない。
黙っていてもらうためには、カーティスの言う通りのものを捧げるしかなかった。
「……ど、どうぞ」
「え? くれんの? 悪いね」
「……」
全然悪いと思っていない顔でカーティスが私のお弁当から三角ご飯を奪っていく。
ああ、本当にどうして私はつまみ食いなどしてしまったのだろう。大人しく我慢しておけば、全部私のものだったのに。
「あー、めっちゃうま」
パクパクと遠慮なく三角ご飯を食べるカーティスを涙目で見つめながら、私は二度とつまみ食いはしないと誓った。




