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父には申し訳ないが、つい、本音が飛び出してしまった。
王太子ルイスフィード様は、私と同じで御年十八歳。
この国に一人しかいない世継ぎの王子である。
彼は黒髪に紫色の目をしたとても美しい方で、遠目からではあるが、私も何度か拝見させて頂いたことがある。
半年ほど前に成人したこともあり、もうすぐ婚約者の発表があると社交界ではもっぱらの噂だった。
その相手は隣国の王女ではないかとか、いやいや宰相の娘ではないかと色々囁かれていたのはもちろん知っていたが、まさか相手が私になるなんて思いもしなかった。
「ルイスフィード様のお相手が私ですか? 冗談ですよね?」
父が嘘や冗談を言うような人ではないと分かっていたが、思わず言ってしまった。それくらい驚いたのだ。
父も私の驚きは理解していたのだろう。無礼な言葉を咎めなかった。
「いいや、冗談ではない。私も先ほど陛下に呼び出されて、直接話をお伺いしてきたのだ。陛下は、確かにお前の名前をおっしゃられていた」
「ええ?」
「ゆえに勘違いとは考えられない」
「……」
黙り込んでしまった。
確かにうちの家は公爵家で、家格としてはなんの問題もない。
だが特に王子と特別な接点があるわけでもないし、父も王子の後ろ盾になるほどの力はないと思うのだ。何故、我が家が選ばれたのか、本当に分からなかった。
「どうしてでしょう……。私、殿下と直接お話させていただくような機会もありませんでしたが……」
「さて、私も陛下にお伺いしてみたが、答えては下さらなかった。ただ、殿下のご希望だとか」
「殿下のご希望?」
それはますます分からない。
私の容姿は公爵令嬢としてそれなりに整っている方だとは思うが、社交界で噂されるほどのものではないし、紫っぽい銀色の髪に銀灰色の瞳というのは珍しいとは思うが、特別取りだたされるほどのものでもないと思うからだ。
取り柄と呼べるものはいくら食べても太らない体質くらいだけれど、それが殿下のプラスになるとは思えないし、首を傾げるしかない。
助けを求めて父の隣にいた母に目を向けるも、彼女も分からないという風に首を横に振るだけだった。
父が重々しい表情で告げる。
「ともかく、お前の婚約者は殿下と決まった。お前に拒否権がないのは分かっているな?」
「それは……はい、分かっています」
父の言葉に頷く。
貴族社会では父の命令、国王の命令に従うのが当たり前なのだ。
特に娘は嫁ぐためにいると言っても過言ではない。父の言う相手に嫁ぎ、子を成すことこそ使命と考えられている。
だから父が、相手が決まったと言うのなら、「はい」と答えるしかない。
元々覚悟していたことだし、相手が誰であろうとそこは構わなかった。
王太子というのはちょっと予想外だったけれど。
「早速ではあるが、明日、殿下と顔合わせがある。午後に登城するからお前もそのつもりでいなさい」
「分かりました」
「話は以上だ」
父の言葉を受け、椅子から立ち上がり、一礼する。
サロンから出て自室に向かいながら、私はひたすら首を捻っていた。
まさかの婚約相手が王太子。
どうやら私の将来は王太子妃であり、王妃であるようだ。
「こんなこともあるのね……」
父が妙な相手を用意してくるはずがないとは思っていたが、王太子とは予想もしなかった。どうしてこうなったのだろうと思いつつ、あ、と思った。
「王太子様と結婚するんなら、王都から出なくていいから食べ歩きができる……?」
ぽん、と手を叩く。
王子と結婚なら、住まいは王城だ。つまり、王都から出ることがない。
今までと同じで、食べ歩きし放題ではないかと気づいたのだ。
もとより私の結婚相手に求める条件など、『食べ歩きを許可してくれるか』程度のもの。
それが叶いそうだと分かった途端、父に心から感謝したくなってきた。
「やったわ……完全勝利じゃない」
ふふふとほくそ笑む。
ちなみにその後、王太子妃が単身で王都をウロウロできるはずがないことに気づき、私は心から落ち込んだ。