第二章
お久しぶりです。更新再開します。
「おはよう」
「……んん……えっ!?」
朝の挨拶をされ、目を覚ます。
目の前には、昨日婚約者となったルイスがいて、私は思わず悲鳴を上げた。
◇◇◇
「……大変お待たせしました。その……どうぞ」
寝起きにルイスという状況に大混乱に陥った私だったが、とにかく一旦彼を追い出し、急いで着替えた。
見苦しくないよう最低限の身嗜みを整えてから、改めて外で待っていた彼を招く。
当たり前だが護衛として一緒にいたアーノルドも入って来た。
ルイスが私を見て、あからさまに残念そうな顔をした。
「なんだ。せっかく着替えを持ってきたのに。着替えてしまったのか……」
「え……」
何の話だ。
怪訝な顔をする私に、ルイスはまるでそれが当然であるかのように言う。
「朝、着替えを持ってくるのは普通、メイドの仕事だろう? だが君にはいない。当たり前だ。許可しなかったからな。だから責任を持って、私が君のドレスを持ってきた」
「??」
意味が分からず、ルイスを見る。
確かに彼は綺麗にたたまれたドレスを両手に持っていた。次にアーノルドの方に視線を向けると……彼は何故か銀のワゴンカートを押している。
「えーと……これは……」
説明を求めると、ルイスは自信満々な顔をした。
「目覚めの紅茶もいるだろうと思い、用意してきた」
「僕に執事のまねごとをさせるのは殿下くらいですよ」
はーっと溜息を吐きながら、アーノルドが答える。
だが、白手袋をしたアーノルドがワゴンカートを押す姿は、本職の執事にも負けていないくらいに様になっていた。執事だと紹介されれば、疑問に思わず信じ込んでしまう程度には。
しかし、今のこのカオスな状況はなんだろう。混乱しかない現状に頭を抱えたくなってくる。
――えっと、つまりわざわざ朝から押しかけてきたのは、着替えとお茶を持ってきたかったからって、そういうこと?
ルイスの話を総合するとそうなる。
「……」
ルイスの持つドレスを見る。私の視線に気づいたのだろう。ドレスを広げてくれた。
「わ……綺麗」
細身のシルエットが美しいドレスだ。リボンなどは少ないが、代わりに刺繍がびっしりだった。
非常に上品な仕上がりだ。
「君に似合うと思ってな、用意していたものの中から選んだ。今日は仕方ないが、是非次は選ばせてもらいたい。……と、お茶が冷めてしまうな。ロティ。座ってくれ」
「え? は、はい」
疑問に思う間もなく流されてしまった。近くのソファに座る。
そんな私にルイスが紅茶を差し出してくる。それを受け取りながら、私はとりあえずこれだけは言わなければと思ったことを言った。
「ルイス……その、できれば朝、部屋に入ってくるのは遠慮していただけると助かります」
「うん?」
首を傾げるルイスは本当に分かっていないようだった。
いや、まあ、彼がそういう態度も分からなくはないけど。だって私も屋敷にいた時はメイドが起こしに来ていたし、ドレスやお茶を持ってきてくれていた。
『世話をする』という昨日の彼の言葉を考えれば、今の態度は理解できるのだ。
なるほど、確かに言葉通り、彼は私の世話をしに来てくれたのだろう。
だけど。
――さすがにこれはどうなの……?
いくら世話をされることを了承したとはいえ、異性に黙って部屋に入ってこられるのは困る。
そういうことを、順を追って説明したが、ルイスは理解してはくれなかった。
「私は君の夫になる男だぞ? 何が問題なのかさっぱりわからない」
「ええ? 問題しかないと思うんですけど……」
問題だと思われていないことが問題である。
がっくりと項垂れると、話を聞いていたアーノルドが呆れたように言った。
「だから言ったでしょう、殿下。止めておいた方が良いですよって」
「……だが、入浴の手伝いというわけでもないぞ? 目覚めの紅茶と着替えは、基本的な業務ではないか。私はロティの世話をすると決めたのだから、不自由のないよう動くのは当然のことだ」
「殿下が女性だったら問題はなかったのかもしれませんけどね」
――本当、それ!
アーノルドの言葉に全力で頷いた。
だが、ルイスは非常に不満そうだ。
「……それなら私は他に何をすればいいんだ。昨日も思ったが、せっかく自由に世話をできる婚約者を手に入れたというのに、これでは意味がないではないか」
「ええ、昨日も言いましたが、お食事だけで十分だと思いますよ」
「……ロティ」
お前はどうなのだという顔で見られ、私は申し訳ないと心の中で謝りつつも彼に言った。
「すみません。できれば食事だけでお願いしたいです」
「……」
ショックを受けた顔で私を見てくるルイス。彼はボソリと私に言った。
「昨日、私にお世話されると言わなかったか?」
「い、言いましたけど……その……やはり遠慮していただきたいこともありますので……」
女性同士でないと駄目なものはあると思う。
私の訴えに、ルイスはムッとしつつも黙り込み、やがて私に聞いてきた。
「……着替えを手伝うのは駄目か?」
「遠慮していただきたいです」
キッパリと告げる。ここで流されたら困るのは自分だと分かっていた。ルイスの眉間に皺が寄る。
「そうか……では、洗濯は」
「絶対に止めていただきたいですね」
洗濯なんて絶対に嫌だし、下働きの仕事にもほどがある。それに、だ。あり得ないことだとは思うが、ルイスに下着を洗われた日には、窓から飛び降りたくなるに決まっている。
羞恥の極み。無理。絶対に無理だ。
「そう、か」
私の顔に何を見たのかは分からないが、これは駄目だということは理解してくれたようである。ホッとしていると、更にルイスは聞いてきた。
「部屋の掃除は?」
「えっと、駄目……いえ、ギリギリ大丈夫です」
できれば止めて欲しいと言いたかったが、できなかった。
だってルイスが目に見えて落ち込んだから。
アレも駄目。コレも駄目。じゃあ、どうすればいいのかとその目は語っており……世話をやかれることを受け入れた覚えのある身には、罪悪感がすごかった。
それに、自分に都合の良いことだけ受け入れるのもどうかと思うのだ。
彼の美味しい料理だけを享受し、彼が望むことは受け入れない。
それはさすがに駄目だ。
相手はれっきとした婚約者。お互い譲歩できるところはするべきだろう。そう思った。
――ま、まあ……掃除、くらい、なら……。
できるだけ綺麗に部屋を使うようにすればギリギリ。
なんとか譲歩の答えを出すと、ルイスはホッとしたような顔をした。
全部取り上げられたらどうしようと心配していたのだろう。
……本当に、本当に申し訳ない。
アーノルドも私の味方になってくれた。
「シャーロット嬢の言う通りだと思いますよ、殿下。殿下は昨日からずいぶんとはしゃいでおられます。もう少し冷静になるのが宜しいかと」
「……私は冷静ではないか?」
「ええ、大はしゃぎです」
「……そうか」
真顔でアーノルドに言われ、ルイスはばつが悪いという顔をした。そうして溜息を吐き、私に向き直る。
「どうやら君という婚約者ができてずいぶんと浮かれていたようだ。言われてみれば、世話以前に女性に対する配慮がなかったな。申し訳ない」
「い、いいえ。私の方こそ……!」
「これからは、行動を起こす時は君に尋ねることにする。……それで……調子良いとは分かっているが、まずは先ほどの非礼を許してもらえるだろうか」
「も、もちろんです」
許すも許さないもない。
大体、いきなり部屋に入ってこられたことには驚いたが、別に怒っていたわけではないのだ。
こうやって謝ってもらえたことだし、これからは私の意見も聞いてくれるというのなら水に流すことは吝かではなかった。
「わ、私も世話をされることを受け入れたわけですし、そこまで謝っていただく理由はありません。その……私も譲歩できるところは譲歩します」
「……! そうか、ありがとう」
パッとルイスが顔を輝かせる。アーノルドがくすりと笑いながら言った。
「良かったですね、殿下」
「ああ。ところでロティ、紅茶のおかわりはどうだろうか?」
「え、あ、いただきます」
いつの間にか紅茶のカップが空になっていたことに気づき、頷いた。
新たに紅茶を注ぎながらルイスが言う。
「お茶を飲んだら朝食にしよう。一緒に食事をした方が楽しいからな。朝食は食堂でと考えているが、構わないか?」
「はい!」
――食事!
一番楽しみなことを話題に出され、満面の笑みを浮かべる。
今までのやり取りが一瞬でどうでもよくなった瞬間だった。
ありがとうございました。
しばらく毎週火、金更新する予定です。よろしくお願いいたします。




