序章
私の住む国、『ノアノルン王国』はとても平和な国である。
森や山といった大自然に囲まれ、戦争や侵略もここ数百年はなく、皆、のんびりと暮らしている。
とはいえ、騎士団はあるし、魔法も盛んに研究が進められている。
いざという時は皆、立ち上がるし、戦いになれば負けるつもりはない。
国の力は高めつつ、平和に楽しく暮らす。
それがこの国の在り方なのだ。
そして私、シャーロット・グウェインウッドはそんな国の公爵家の娘として生まれ、育った。
父と母、そして五つ年の離れた兄。
皆に愛され、何不自由なく育った私は、今年、十八歳となった。
十八歳はこの国では成人。成人した貴族には、多少の例外を除き、婚約者が与えられる。
私にも近々、婚約者ができるだろう。
それは仕方のないことだし理解していたが、ひとつだけ心配していることがあった。
――趣味の食べ歩きをさせてもらえるかしら?
この一点である。
私は、昔から食べることが好きな子供だった。
好き嫌いは当然ないし、その身体のどこに? と驚かれるくらいにはもりもり食べる。
生きていて何が楽しいと聞かれたら「食べること!」と即答するくらいには食事が好きなのである。
幸いなことにいくら食べても太らない体質なので、家族も好きにすれば良いと苦笑気味ではあるが放置している。
屋敷の料理人たちは食べっぷりの良い私を気に入ってくれていて、時々試食もさせてくれていた。
そんな私の趣味は、ある意味当然と言おうか、王都での食べ歩きだった。
王都の広場には毎日のように露店が出ており、美味しいものが売られている。それらの店を一軒一軒回り、最低でも一週間に一度は立ち食いを楽しむのが私の生きがいなのでる。
その生きがいを、私の夫となる人は許してくれるのだろうか。
結婚は公爵家の令嬢として生まれた者の義務だから仕方ないが、それだけが心配だった。
「……所領に引き籠もり系の領主がお相手とかじゃなければいいなあ」
今、私は王都にある屋敷に父と母と三人で住んでいて、所領にはあまり帰らない生活をしている。
それは何故かと言えば、去年結婚した兄が所領で妻と暮らしているからだ。
近く父から爵位を継ぐ予定の兄は、所領で領主となるべく日々、勉強をしている。
そのため私たちが所領に帰る必要はないのだが、私は今の王都での暮らしが大変気に入っていた。
だって所領は田舎なのだ。
田舎は田舎で美味しいものがあるが、王都の賑やかさ、食べ物の種類の多さにはやはり敵わない。
外国の食べ物が入ってくるのだって、まずは王都だ。食の流行は王都から。
だから私は王都から離れたくはなかった。
「鄙びた田舎に引き籠もりとか辛すぎるわ……いや、田舎の新鮮な野菜や肉を楽しめば良いのよ。……でも、たまに王都に連れて行って下さるような優しい旦那様ならいいな」
父も私の食に対する執着を知っている。その辺りは考慮してくれると信じたい。
「私の食べ歩きに目を瞑ってくれる人なら、ハゲでもデブでも、いっそ性格が歪んでても構わないわ」
父がそんな人物を私の夫に据えるわけがないとは思うが、わりと本気でそう思う。
◇◇◇
「お嬢様。公爵様と奥様がお呼びです」
それからしばらく経ったある日、私は両親から屋敷の一階にあるサロンに来るようにと言われた。
「お父様、お母様、お呼びでしょうか」
私を呼びに来た執事と一緒にサロンに行くと、すでにそこには父と母が待っていた。
別の執事が、テーブルにお茶の用意をしている。
執事たちは用事を済ませると一礼して、サロンから出て行った。
「好きな場所に座りなさい」
ゆったりとした一人掛けのソファに座った父は上機嫌で私に指示した。それに従うと、父はじっと私の目を見つめながら口を開いた。
「ロティ、お前に話がある。大事な話だ」
「はい」
ロティというのは私の愛称だ。
シャーロットと呼ぶ者もいるが、家族や仲が良い友人たちはたいがい、『ロティ』と親しみを込めて呼んでくれている。
大事な話だという父に背筋を伸ばして返事をすると、父はゆっくりと口を開いた。
「喜べ。お前の婚約者は、王太子ルイスフィード様に決まった」
「え? お父様、本気でおっしゃってます?」