02話 ホントの気持ち
蜥蜴の身体を剥ぎ取り、ホープランドへと帰った俺たちは、負傷者を神官に診てもらい、傷を治して貰った後、あのD級冒険者の子たちとは一度別れた。
今回の魔物襲撃の件について冒険者ギルドに報告をしないといけないからだ。
格上の魔物と戦って疲れ切った彼らに報告を頼むのは酷だと思ったから、今回は俺が率先してその役目を引き受けた。
案外報告というのは神経を使うからな。個人的には、その辺の魔物を狩ってるよりも余程疲れると思う。
ギルドの扉を開けて、直ぐ目の前にある受付カウンターへと真っ直ぐに向かう。
すると、気怠げな様子の受付嬢が疲れた顔で書類を書いているのが目に入った。
見るからに話しかけるなって雰囲気を出しているし、邪魔するのも可哀想だからそっとしておいてあげたいところだけど、D級冒険者や新人の子達を待たせているからなあ……。
俺は心を鬼にして受付嬢に話しかける。
「忙しいところすまない。少しいいだろうか? 報告したいことがあるんだが…」
「んん? ってうわ!? S級冒険者様!? ちょ、ちょっとお待ち下さい! 直ぐアンシーを読んできますので!」
そう言って、パタパタと駆け足でカウンターの奥へと消えていく。
……なんで受付嬢の女の子達はみんなして俺とまともに会話をしてくれないのだろうか?
いや、別に全然気にしてないけど、受付嬢界隈では俺の悪評が広まってでもいるのだろうか?
全然気にしてないからいいけれど。
………本当だよ?
「お待たせしましたー! やーやー報告したい事っていうのはなんでしょう〜?」
暫しの待ち時間の後、奥から現れたのは栗色の髪をサイドテールにまとめ上げた、快活そうな女性だ。
名前はアンシー。毎度毎度、何故かこの人が俺の受付を担当するため、さすがに名前は覚える。
俺がまだS級になる前からの付き合いで、彼女とはもう随分と打ち解けていると個人的には思う。
他の受付嬢達に避けられている俺からしたら、彼女の存在は非常に助かるものだった。
「俺が来るたびに、いつも呼び出すことになってしまってすまないな」
「本当ですよー? これでも私は忙しい身なんですからね?」
「う……本当にすまないと思っているよ」
「この埋め合わせは今度してもらいますからね〜?」
アンシーはいたずらっぽく笑う。そういう笑顔の似合う女性だ。
いったい何を奢らされらのやら。怖い怖い。
「前から頼んでいた、俺が他の受付の子に怖がられないようになるための説明はしてくれてるのか?」
以前からアンシーは忙しい忙しいと言っていたので、他の受付嬢にも俺を避けないで対応してくれるよう説明してくれと頼んでいた。
そうなれば、一々アンシーを呼び出すことをせずにスムーズに話を進められるようになるし、アンシーも仕事が減るしで円満解決なのだが。
「……いやー、それがなかなか上手くいかないんですよね〜。なんせあなたはS級ですから。恐れ多いって皆言ってますよ。特に目が怖いって評判ですね〜」
言われて俺は自分の目元に手を当てる。
陰気な目だという自覚はあるし、今更それを言われたところで傷ついたりしないが、そこまではっきりと言われるとは。
逆に清々しささえ感じる。
……なんていうのは嘘。
やっぱり少しは気にする。
今度からは眼心って書いた目隠しをしてギルドに来るようにしようかな……。
「そんなに他の受付嬢の子が良かったんですか?」
少しナイーブになっていると、アンシーはそんな事を尋ねてきた。
顔をズイっと前に出してくるから俺は少し面食らう。
「どうした、急に?」
「だって、他の受付嬢の子と話せないって分かった途端、少し悲しそうな顔をしたじゃないですか。私じゃそんなに不満ですか?」
ぷんぷんという擬音が今にも聴こえてきそうな見事な怒りっぷりだ。
別にそれが理由で悲しくなったわけじゃないんだが……。
会話中なのに、彼女を蔑ろにして黄昏ていたから怒ったのだろうか?
「そんな事はない。アンシーにはいつも感謝している。だからこそ君の負担になりたくない」
ホント、いつも何から何まで申し訳ない……。
アンシーがいなかったら、この冒険者ギルドで居場所がなかったのではないかとすら思う。
「ふぅん、本当かなぁ? なんだか信じられないなぁ〜。感謝の気持ちはキチンと言葉で言ってくれないと伝わらないな〜!」
この女……俺がコミュ障なのを知ってて言ってやがる。
そういう素直にありがとうとかごめんなさいとかを言えない、駄目な人間だということは今までの付き合いでよく知ってる筈だろうに。
「…………」
「ほらほら、黙ってないで、あ〜り〜が〜?」
そっちがその気なら俺にだって考えがある。
俺は懐に手をやってアンシーにそれを渡す。
「ほんの気持ちだ、受け取れ」
「なんです、これ?」
アンシーは手のひらを開いて渡された物も確認する。
「え、お金?」
「俺の気持ちだ」
感謝の気持ちは金額で。
ちょびっと重たい袋を渡したから、アンシーも嬉しいだろう。
「はぁ……まったく……心はお金じゃ買えないんですよ? 相手が私じゃなかったら、軽蔑されてもおかしくない行動ですよそれ」
アンシーはため息を吐いて、呆れたような口調で俺を責める。
彼女の言ってる事は正しいけれど……。
「たしかにその通りだな。じゃあその袋は返してくれ」
「いえいえ、あなたからのお気持ちを無碍になんてできませんよ〜。ああ! そうでした! 報告に来てくれたんですよね! さあさあ、どうぞこちらに座って下さいな〜」
そう言って、しっかりと俺から受け取った袋は懐に仕舞い込むアンシー。
ほら見たことか、一度物をあげたら二度と返さないのがこのアンシーという女だ。
まあ、普段からお世話になっているから構わないが、調子の良い奴である。
そんなアンシーだが、仕事のことになるとさすがに真面目に働く。
俺はカウンターの横に備え付けられている椅子に腰を下ろし、アンシーは対面に座って、紙と羽ペンを用意して俺の話に耳を傾ける。
「こほん、それで、報告ってのはB級指定魔物、蜥蜴鰐のことですよね?」
「ああ、今まであの辺りに強い魔物が出たことはなかったはずだよな?」
「その通りです。あの辺りは過去一度もB級以上の魔物が出たことはありませんね。最高でもD級の魔物までしか出ない筈でした」
筈、か。
アンシーのその言葉に、俺は原因の心当たりがあった。
「これはやはり、他の国にも穴が現れたことと何か関係が?」
「無関係では無いと思います。この国でも穴が発生する頻度がここ最近増えてきていますし……。幸い、あなたがいる事でこの国にはだいぶ余裕がありますけれど、他所の国は厳しい状況だそうです」
彼女には全く似合っていない、難しい顔をして、アンシーは各国の情勢を語る。
俺の転生スキルが分身とかだったら、遠くの国まで手が届くのに、歯痒い思いだ。
残念ながら、そこまで便利な能力は貰えなかった。
「……今は関係ない話をしましたね。さあさあ、報告を続けてくださいな〜」
「ああ、そうだな」
俺はその後、報告書を書くのに充分なだけの説明をアンシーに話終えると、奢ると言ったのに随分と待たせてしまっている、D級冒険者の子達の元へと足早に向かって行った。
☆☆☆☆☆☆☆
彼がギルドを出て行く後ろ姿を、その少し背後から眺める。
相変わらず、自己主張の激しい後ろ姿だ。
その派手な格好について、指摘したときの彼の必死の弁明は面白かった。
今思い出しても笑いが漏れ出そうになる。
「ふふっ」
私は、彼からの話を纏め上げた報告書を小脇に挟んで、元いたカウンターの奥の部屋へと戻る。
「あ、アンシー戻ってきた」
先ほど、彼が来たことを伝えてくれた同僚が、私に近づいてくる。
「さっきは彼が来たことを教えてくれてありがとうね〜」
「だって、あの人が来たのを教えないと後で怒るじゃない。それを知らずに新人の子が対応した時のあんた凄い怖かったわよ。特に目が」
「前にも同じような事言われたけど、実感湧かないなぁ〜」
目が怖い。
これは私が彼についた嘘である。
彼の目が怖いから受付嬢が対応してくれないというのは真っ赤な嘘で、ただ他の受付嬢に私が対応させないように圧をかけているだけ。
彼には私がいないと駄目なんだから、他の受付嬢に報告の役目を譲ってはいられない。
「まあ、彼に入れ込むのもいいけどさ、あの新人の子、ビビって泣いてたから、フォローはしてあげなよ?」
「それはもちろん。というかもう仲良しだよ。別にあの子のことが嫌いなわけじゃないから、しっかりと理解をしてもらった今では良い関係を築けてるよ」
彼は一人でいろんな物事を抱え込み過ぎるきらいがある。
それを理解して支えてあげられるのは私だけなんだから。
「ああ、そう。で、報告書は?」
「ん、はいこれ」
さっき、他国の状況の話をしたときも、思い詰めたような顔をしていた。
彼がそこまで背負おうとする必要は無いのに……。
「ふんふん、なるほどね、D級冒険者8人を追い詰めた蜥蜴鰐を一人で倒しちゃうとは、やっぱりS級は凄いのねぇ」
「そりゃそうだよ、この国唯一のS級だよ?」
彼の分かりづらい表情の変化を読み取れるのも私くらいのものだ。
彼は自分がいつも仏頂面なのを気にしているみたいだけど、私から見たら十分表情豊かだ。
彼と長年の付き合いの人なら、微妙な表情の変化を感じ取って理解できるようになると思うけど、彼はあまり社交的では無いから、そういった人物も限られているだろう。
私以外だと……一人だけ心当たりがある人物がいるけれど、まあ、彼女なら問題ないでしょう。
恋愛とかには疎そうだし、彼とはビジネスパートナーのような関係みたいだから。
「それじゃあ、私はもう上がるね」
「え、もう!? 仕事は!?」
「彼がギルドに来る前に終わらせたから」
彼に救援連絡を送ったのは私だ。
そして、彼は他人を慮れる優しい人だから、彼自身がギルド報告に来ることは分かっていた。
だから、その前に仕事は終わらせておいたのだ。
もしかしたら、彼に報告の後、デートに誘われるかもっていう可能性が私を頑張らせた。
まあ、彼はヘタレだからそんなことは起こらなかったけれど。
「私の仕事を手伝っておくれー! アンシー様ーー!!」
「お、こ、と、わ、り。今日は早く帰りたいの。ごめんね〜」
同僚のしょぼんとした顔を見ると、手伝ってあげようという気が少し湧くが、今日は駄目だ。
私は尚も嘆き続ける彼女を後にギルドを去った。
自分の家へと帰り、部屋に灯りを灯す。
やっぱり一人暮らしは少し寂しい。
今では慣れたものだが、この家に住み始めたばかりの頃は遠く離れた家族に会いたくて泣く夜もあったなぁ。
帰ってきて服を着替えるでもなく、私は一直線にクローゼットの扉を開ける。
そこには、今まで彼から贈られた数々のプレゼントが所狭しと並べられている。
本当はもっと丁寧に一個一個飾りたいとは思うのだけれど、友人がよく家に来る関係上、あまり触られたくないので、こうして見えないところに隠している。
「ふんふんふふーん♪」
懐から取り出すのは、今日彼から貰った皮袋。中身はお金みたいだが、
懐から取り出すのは、今日彼から貰った皮袋。中身はお金みたいだが、別にそれを使う気はない。
たまに眺めて彼との何気ない会話やもらった時の気持ちを思い出すためにこうして保存するのだ。
本音を言うと、彼からありがとうって言われたかったけれど、こうしてプレゼントを貰えたから、私は充分嬉しい。
願わくば、この寂しい一人暮らしの生活を、彼が家族になって終わらせてくれたら何にも言うことなしなんだけどなぁ。
アピールしてもなかなか気づいてもらえないのが数少ない彼への不満点だ。
人がせっかく恥ずかしい気持ちを隠してアタックしているというのにまったくもう。
焦る必要は無い。彼も私には気を許しているし、このままアピールを続けていれば時間の問題だろう。
私達の関係はゆっくりと、けれども確実に、進んでいるのだから。