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老兵は死す  作者: ナオ
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老兵は目を閉じる

 老兵は思い出す。あれから有望な若い人材の多くが死に、無能な金持ちは彼らに守られて生き延びた。結果、新たに生まれてくる世代は……


「爺さんの言っていることはよくわからん。死ぬのはそんなに怖いことなのか?」


 そうだろう、と老兵は考える。彼は考えるという人を人たらしめる力を愚かな老害共によって封じられたのだ。死ぬことが肯定的に受け入れられ、それこそが救いであるとされた世界で、一体誰が死ぬことを恐れるというのだろうか。


「ああ怖い、本当に怖いことだ。なにせ人一人の全てが失われるのだからな」


「だけど教科書には死んだら俺たちは神の国で幸せに暮らせるって書いてあったぜ?それに英雄として国で祀られるようになるんだ。全てが失われるってぇ訳じゃねえだろ?」


 目の前の少年は盲目的に教科書を、いや洗脳書を信じている。それを作ったのが誰かということも知らずに。


「じゃあその神の国とやらから帰ってきたものもいないのに、なぜそこに幸せがあると言えるのかね?」


「ん?だって〇〇様がおっしゃられていることだぜ?」


 懐かしい名前を聞いた。かつて老兵が政治家であった頃、同じ夢を志し互いに競い合った者だ。結果として彼は変わり、老兵は嵌められて政治家としての地位を失ったのだ。


「なぜそいつが言った事が真実になるのかね?そいつは神でもなんでもないのに?」


「うーん?よくわかんねえや。でも英雄になるってのは良い事だろ」


「英雄!はっ、英雄ねぇ。死んだら英雄になったとして、お前はどうやってそれを知ることができるんだ?」


「そりゃあ魂でだよ」


「だがお前の言葉が正しいならお前の魂は神の国に入るんだろ?どうやってそれを見ることができる?」


「そりゃあ……」


「お前も知っているだろう?戦争で亡くなった人間が奉られている社を」


「そう、それそれ。それで俺たちが祀られているってことがわかるじゃねえか」


 少年の頭の中に、厳かな建物の中に設置された巨大な石が思い浮かべられる。それには多くの戦没者の名前が刻まれていた。


「ああ、ただし一個人としてではなく、群体としてな」


「うん?どういうことだい?」


「考えても見ろ。お前と同じ名前の人間がいたとして、どうやって祈りを捧げる人たちは知ることができる?あそこに刻まれているのは単なる名前という記号であってお前じゃない。死ねば英雄となるのではなく、お前という存在は無数にいる戦死者の中の一人というものになる。これは果たして『英雄』と呼ばれる者にふさわしいのかね?」


「うーん、なんか俺がイメージしている英雄とは確かに違う気がする」


「そうだろう、教科書に載っている『英雄』はごく一部、それも素晴らしい戦果を国に齎した者のみだ。仮に今お前が死んだとしても、誰もお前という存在を知ることはない」


「なんかそれは嫌だな。じゃあ教科書に書いてあることは間違いなのか?」


「ああ、そうだ。あれは〇〇とそれに付き従う政治家や金持ちどもが自分たちに都合のいいものの考え方を押し付けているに過ぎない。そもそも〇〇は神でもなんでもないだろう?」


「うーん……あっ、でも〇〇様は軍神の使いだって教科書に書いてあったぜ」


「ならばなぜあやつは戦争に参加せず、後ろでのうのうとしている?あやつが戦場にいるという話を聞いたことがあるか?」


「うーむ……」


「結局は全てが絵空事、全てがあやつらの創作でしかない」


「なんかわかったような、わからないような。でもなんか死ぬのは嫌だなあって思ってきた」


「かかっ、今はそれでいい。だがいつかしっかりとわしが言ったことに向き合え。自分で考え、自分で決断しろ。それが自分の人生を生きるということだ」



 老兵は思い出す。その少年との最後の会話を。少年はあれからすぐ激戦地に配属されることが決まった。今彼がどうしているのか、老兵が知る由はない。風の噂では多くの敵兵を殺したとも、あっさりと『英雄』になったとも聞く。だがその真相はいまだにわからない。ただきっと、もう彼と会うことはないだろう。次に会うのは『神の国』でか。


 名前も知らない、たった数時間の付き合いだった少年。別れ際に屈託のない笑顔で『じいさんまたな』と言った少年。考えるということを放棄し、ただ与えられた虚像だけを盲信し続ける哀れな少年。きっと今この瞬間にもそんな少年少女達が多く生まれているのだろう。


 老兵はゆっくりと目を閉じた。近くで爆雷の音が鳴り響いた。煌々とした光が当たりを包み込む。そうして老兵はまた一人、新たな『英雄』として石碑に名を刻んだ。

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