【書籍発売記念SS】夏とくれば思い出す
小気味よく、いや鬼気迫るといっていい勢いで包丁がまな板を叩く音が厨房に満ちている。
きゅうり、トマト、薄焼き卵……待って。薄焼き卵でそんな音する?マダムたち漲りすぎでは?
「よっしゃ」
盥ほどもあるボウルに満ちていた水をざばりとあけると、ザルに残るのはぷるぷるとしたキクラゲもどき。
そろそろ午前の訓練が終わって騎士たちとともにみんなが食堂に顔を出しに来る頃だ。
すでにみんな勇者としての戦闘力はカンストしてるんじゃないかともっぱらの評判で、訓練といっても有り余る勇者エネルギーの発散のようなもの。それでも騎士たちの士気もあがるし、勇者が元気で楽しく過ごしていることが王都民ひいては国民の安心につながるとかなんとかで歓迎されているってうちの隣のマダムが言ってた。
ザザさんと礼くん、それに時々ザギルで暮らす城下の家から、私は三日にいっぺんくらいの頻度で城に通い、厨房を相変わらず手伝っている。隣のマダムはその家の隣に住む第一騎士団部隊長の奥様だ。城からの距離がちょうどいいのか近隣には騎士団関係者が多く住んでいて、これはまさか噂の社宅ルールとかそんなのがあるのではと当初はびびったけど当然そんなことはなかった。普通にご近所づきあいをしている。つくりすぎたおかずをおすそ分けにいったら、ものすごくびっくりされたけど。おすそ分け文化もありませんでした。
刻んだキクラゲをホーローの調理用バットに放り込む。ずらりと並ぶバットにはそれぞれ刻まれた野菜や湯がいたもやしが山盛りだ。
「和葉ちゃーん!」
「はああいー」
下膳口に頭を突っ込んで私を呼ぶ声はほんの少しかすれ始めている。
ここ数日そうなんだけど、風邪ではなさそうというか勇者の体は病気知らずだし、声変わりかなと思う。ちょっと早いかなぁ。ほんの少しだけもの寂しくて、早いから違うと思うってぶつぶつ言ってたら、ザザさんがくすくす笑っていた。ほんと彼はずっとイケメン。
料理長に断りをいれて撤収。下準備はもう終わったし、具材入りバットを三つ持ち、ホールの長テーブルやカウンターに置いていく。お好みでどうぞというスタイルだ。あっ、そうだそうだ。いつものテーブルを陣取る礼くんたちに向かいかけた足を戻して、厨房にある引き出しのひとつからチラシを一枚取り出した。
三年もたてばさすがに文字も困らない程度には書けるようになるというもの。
どうしたの?と視線で問う礼くんに向かって、ひらひらとチラシを見せると、パァっと花咲く満面の笑み。
立ち上がって元気な声で読みあげてくれた。
「冷やし中華はじめました!」
やっぱこれ壁に貼らなきゃ始まりませんよね!
んくんくと麺を口いっぱいにすすっていく礼くん。もうねー、ついこの間、身長がついに私と並んだんですよ。もー、まだもうちょっと私のほうがってぶつぶつ言ってたら、やっぱりザザさんは笑ってた。でも彼だってちょっとむぅって顔して、身長差をしっかり確認してたのを見逃してませんよ私は。
「夏が来たって感じするよなー。スープも再現度高いし美味い」
ぷはーと満足げな息をついて冷やし中華を食べきり、鳥むね肉のみぞれ煮に手を伸ばすのは幸宏さん。その横で翔太君も長芋入り餃子に梅入りポン酢をつけた。
夏はさっぱりと!でもスタミナつけて!まあ勇者に夏バテないんですけど!勇者パワー維持のため、私たちは結構な大食漢である。
「やっぱり教国で和風食材発見しまくったのが大きかったですねー。大体なんでも再現できるようになりましたし。でもスープの決め手は料理長の特製ビネガーですね……」
「料理長さん、さっすがー」
「さっすがー!」
慌てて口の中の麺を飲み込んで、翔太君に輪唱する礼くん。二人でけらけら笑って、また食事を再開させる。なに最近それブームなの?
「てか、あやめってばまだ帰ってきてないの」
「んー、明日の入学式には間に合うように帰ってくるって言ってたんですけどねぇ」
午前中は訓練に充てることが多いけれど、みんな午後は好きなことをしている。その好きなことがまわりまわって勇者の恩恵になったりもするし。幸宏さんはこの間バイクつくってたし、翔太君は演奏はもちろんのことレコードだかCDだかわからないけどそんな感じの研究にはまってる。
あやめさんはスライム探しの旅に出た。
は?って思うでしょう。私も「は??」って言いましたよね。声を大にして。
もうかれこれ二か月前になるけど、西の方には臭くないスライムがいるって噂をどこからか聞いてきたらしい。
「おいおいおいおい冷やしチューカ出てたぞおい。なあ、俺の作ってくれ」
「あら、おかえりー」
「あ、ザギルさんだ。久しぶりー。ここんとこどこいってたのー」
「おー、ちょっとあちこちなー。ほらっほらほらほらっ俺の!麺はもってきたからよ」
麺はオーダーに合わせて厨房で次々ゆでてるのだけど、麺だけ二人前いれた器をザギルが突き出してくる。盛り付けるだけだというのにやってほしがるところも全く変わらない。時々ふらふらと長期間家を空けるけれど、今日のようにちゃんと予定通りに帰ってくるので特に理由は聞いてない。まあ北の方に行ってることも多いんじゃないかなとは思ってる。
ザギル好みに鳥ハムときゅうりが多めの盛り付けをしてあげれば、よし、と偉そうな頷きが返ってきた。
「てか、なんでこれ夏にしかやらねんだよ。意味わかんねぇ」
「そういう習わしなの」
「ねえ、ザギルザギル!制服出来てきてるんだよ。帰ったら見る?」
「ああん?どうせ明日の入学式とやらで着るんだろ。いーよ、そんときでよ」
明日は礼くんの王立高等学院の入学式だ。
十三歳が仮成人のこの国では、それまで読み書き計算戦闘訓練と、生活に密着したことを教える学校に通うことができる。十三歳になると平民の大半は働き始めることが多いけれど、貴族や富裕層はより高度な教育を受けるため高等学院に通うのだ。
礼くんより一学年上のルディ王子も昨年から通い始めていた。礼くんも通うのを楽しみにしていて、私たちもいそいそと式に参列する。
「ザギルも気に入るかもしれないし!」
「俺が気に入ったらなんだってんだよ」
「……十三歳以上なら誰でも入学できるって」
「ぶっふぉ」
「だからなんでもかんでも俺を数に入れるなっつってんだろ……」
「えー、ザギルいたら絶対おもしろいのにー」
それはそう。ザギルが制服着て通学とかもう絵面で面白い。
デザートは水まんじゅうだったのだけど、スライムかよって警戒するザギルもまた面白かった。
「……つーかよー。てっきり俺ァ、坊主は俺が来る前にもう成熟しきってたのかと思ったんだがなぁ」
「どうしたの急に」
水まんじゅうを二個ぺろりと平らげた後に、ザギルは目をすがめて礼くんの頭からつま先まで視線を往復させる。
「お前ら順番に魔力量の成長期があったけどよ、坊主だけはなかったっつうか、俺が城に来た時にはもう安定してたからなぁ」
「え、何それ。つまりそれって?」
「ちょっと留守してる間にやってくれんなおい。坊主。気づいてるんだろがよ」
瓜に似たカリッツァの浅漬けをぽりぽり頬張りながら、いひって礼くんが笑った。
「あのねー、あやめちゃんがもし帰ってくるの間に合わなくても、ぼくが迎えに行くから大丈夫だよ。ごちそうさまでした!」
ルディと遊んでくるって元気よく食堂を飛び出していったのだけど。え?
え?迎えにって、え?いやこちらの世界、さほど連絡手段に即時性はなくて、今あやめさんがどこにいるかとかリアルタイムでわかりはしないのだけど、え?
「ぅぉっかね、お前、首だけぐるっとこっち回すんじゃねぇよ。びびるわ」
「ちょ!礼くん大丈夫なんでしょうね!元気そうだけど!」
「自分で元気そうだ言ってんだろが。あれ、多分新しい技?かなんか手に入れてんぞきっと。小僧の音魔法みたいによ」
えー。ちょっと気になるんだけど。というか、成長期のときって魔力酔いとか安定しなかったりとかしてたんだけど。
「学校始まるっていうのに、倒れたりしないかな。大丈夫かな」
「俺に聞くな」
「ちょっとあんたやっぱり制服いらない!?」
「通わせようとしてんじゃねぇよ!バカか!」
なんでもかんでも教えてもらえる時期は過ぎたってことなんだろうけども!寂しいったら!
学園の給食室で求人してたりしないかなぁ!もう!
こちらではお久しぶりです!豆田です!
さて、本作「給食のおばちゃん異世界を行く」は7/3発売でございます!なんか巷ではもう店頭に並んでたりするそうですよ!
ちょっとほらそこのお客さん、帰りに本屋に寄ってみないですかね?どうです?
なので、お知らせとお祝いを兼ねてSSあげてみました!学園編だと思った?続きませんよ!
特集ページは↓に貼ってありますしろ46先生の神表紙絵をクリックしたらたどりつきます。
続刊するかどうかは売れ行き次第なので!買ってくれるとわたしもあなたもみんなしあわせ!よろしくおねがいします!






