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97話 よそはよそうちはうち

「ねえ、大切な人を質にとられるってどんな気持ち?」


 不快気に目を眇める魔王の威圧など、もうどうというものでもない。

 アレだのなんだのと取るに足らないもの扱いをしてみせてはいたけれど、モルダモーデも先代勇者たちも安らかな顔で眠っているのだ。大切にしていたであろうものを抱かせて、綺麗な棺に横たえ、枯れない花に囲ませて。モルダモーデなんてオートマタのリゼまで与えられている。

 魔王にとって、彼らがただの補充要員ではないのは明らかだし、現に今とてもとてもお怒りだ。ざまぁ!


「わかったなら、うちの子たちの拘束をときなさい。あんたと違って私は手持ちの力全部で戦えるんだからね。弁えてもらおう」

「……我らがこの世界を支えてるのだぞ」

「知りませんねそんなこと」


 なんだってそんなことが脅しになると思うのかさっぱりわからない。世界を壊したくないのは魔王の望みだろうに。交渉下手か。


「あんたんちはあんたが守れ。助けがいるなら下手に出て頼め!」

「その力はもともと」

「もう私のものですぅー! もらう条件決めなかった方がばかなんですうう」


(……交代? 魔王交代イベント?)

(ぶふっ、やめろよ翔太……っ)





「和葉ちゃん!!」


 拘束を解かれた礼くんがタックル紛いにとびついてくるのを受け止めた。エルネスとあやめさんがきらっきらとした瞳で、私の角と翅に触ってもいいかと手を上げ下げしてる。うん。待ってね。ステイステイ。


 見た目は三十歳前後の礼くん。私がどんなに両手を広げても、その大きな身体を包んであげることはできないし、どうしたって私が包まれてしまうほうで。


 召喚されてすぐの頃、オムライスを食べて泣いた礼くん。

 あの時からずっと、私は君を毛布のように包んであげたかった。


「ほんとに痛くない? 痛くない?」

「うんうん。だいじょうぶだよ」

「そっか! わぁ、すごいね。ぴかぴかでかっこいい」


 私を抱き上げたまま、右から左から下からと角を覗き込んでくる礼くんの肩を軽く叩いて地面に座らせる。


「和葉ちゃん?」


 そっと額にかかる前髪を梳いて流し、そのまま頬を撫でた。

 少しうなじをひけば素直に私の肩に顔を埋める礼くんの頭を抱きしめて。


 君は今が楽しいというけれど。

 強くなれて嬉しいというけれど。


 だから本当は君の選択を大切にしてあげたいと思うのだけど。

 だからこれは本当に私のエゴでしかないとは思うのだけど。


 世界を支える力として魔王が使おうとしていた魔力は、おさまることなく膨れ上がり続けている。

 魔王が言ったとおりに、私は力を望んでた。

 得られる力は本人の性質や欲に依存するというのなら。


 私の得られる力がどんなものかなんて賭けるまでもない。



 ぱちぱちと色とりどりの小さな火花が降り散る。

 何枚ものとんぼの薄羽が広がって、私と礼くんに巻きつき羽衣となって包んでいく。


 ずっと耳の中でごうごう鳴っていた音が激しさを増して、ザザさんたちの声をかき消していった。



 尽きる気配もなくこんこんと湧き続ける魔力の流れを丹念に整える。

 ザギルだって、私の魔力操作は別に下手ってわけじゃないと言っていた。

 手に負えなかった力の使い方を私はもう知っている。




 ―――私のかわいい子。



 いつだって真っ直ぐに私に向かって駆けてきてくれた。

 一緒に寝てくれなきゃ眠れないと甘えてくれた。

 それでいて、ぼくが一緒だと和葉ちゃんは眠れるみたいと得意そうにしてくれた。

 ぼくはもう大きいからねって一人寝をはじめても、ルディんとこにお泊りするのと元気よく飛びだしていっても、ここが自分の居場所だと、満面の笑顔でただいまと帰ってきてくれる。



 ―――私の愛しい子。



 丁寧に丁寧に、夜泣きする子の背を撫でるように魔力へ行先を教えていく。

 ゆっくりとゆっくりと愛しい子がびっくりしないように私の力を注ぎ込む。



 腕の中の頭が小さくなっていく。

 ほんの少し寝癖がついた張りのある髪が、柔らかくなっていく。

 僅かにあげてた踵が地について、膝をついて。


 耳の後ろの日向の匂い。

 そうね、子どもってこんな匂いがしてた。


 ぎゅうと抱きつく力は意外と強い。

 男の子は骨格がしっかりしてて抱いた時に安定感があるんだよね。


 もぞもぞと居心地のいい体勢を探す旋毛がくすぐったい。

 顎でかきわけてキスを落す。



 ねえ、いつかそのうち、礼くんの帰る場所は私のところではなくなることだろう。

 大切な場所を自分でつくりあげるようになるだろう。

 そのために何かを捨てて何かを選ばなきゃならない時だってくるだろう。


 でも君はまだ十歳で、例えちょっと大人びて賢いところがあったとしても、まだ本当に大人になんてならなくてもよい歳なんだ。

 十年ぽっちでザザさんみたいにかっこよくなるなんて、がんばらなくていいんだよ。

 ザザさんが今のザザさんになるために積み上げたのと同じ年数を、君も使えていいはずなの。



 ―――小さくて暖かで一瞬だって目を離せなくて。



 私が手に入れた力は私のもので、私の願いだけを叶える力。

 モルダモーデや先代勇者は自分たちを受け入れた世界を守りたかったのだろうけど、そしておそらくそこまでの執着を育てることこそが()()だったのだろうと今ならわかる。

 生憎だけど私はそんなものより大切なものがあるんだ。


 この子が大切な場所をつくりあげるための力を育てられるように

 何かを決めなくてはならない時に、手段や方法を選べる知恵を身につけられるように

 未来を夢見る柔らかな感情を枯らすことなく抱いていられるように



 ―――泣かないように、痛い思いをさせないように

 ―――ああ、そうだ 泣いていた頃の記憶など消してしまって

 ―――あんなパパやママなんかといた時間なんていらないそんなのより私だけの





「……! カズハ!」


 薄羽の衣越しに強く掴まれた肩と、ザザさんの硬く厳しい声で、揺蕩いかけてた意識が戻った。


 ッッあっぶな!!! あっぶなかった!!





「っうぁわああ、和葉ちゃんが大人だぁ」


 何重にもかぶっていた薄羽を翅に戻していけば、現れたのはくりっとした目とまだ薄めの眉毛、あどけない口をぽかんと開けたかわいい子が、私の腕の中にすっぽりとおさまっていた。

 確かにさっきまでの礼くんの面影がある。丸くなった頬の輪郭。まだ喉仏が出ていない細い首と鎖骨を覗かせて襟元がぶかぶかになったジャージが薄い肩にひっかかっていた。


「―――っかわいいいいい! 礼くんかわいい! ああっもっとよく顔を見せて!」


 抱きしめては離して顔を確認してを何度も繰り返さないではいられない。


「ちょ、ちょっとカズハさん、僕にも」

「まだ! まだ待って! ああっ何回見てもかわいい!」

「えー……? お前でっかくなんじゃなかったのかよ……」

「和葉ちゃんが大人に……あ、でもまだ僕よりちっさくない?」

「いやまあ翔太急に伸びたから」

「待ちなさい待ちなさいまず診察させなさいほら」

「和葉! おなかっおなかでてるから! ねえ!」

「えっあっ、あ! 痛い! ジャージちっちゃい! いやあああっおなか痛い!」





「お待たせしました!!」


 城の中でエルネスとあやめさんに手伝ってもらって、礼くんとジャージを取り換えた。

 ジャージ生地は伸びるとはいえ、身長だけじゃなく胸や腰回りも大人サイズになった私には一人で脱げないくらいにきつすぎたし、礼くんに成人男性サイズのジャージは大きすぎたからね。

 あ、あとエルネスに簡単な診察された。正常といいたかないけど、まあ健康ではあるんでしょうねだそうだ。


 礼くんの本来の年は十歳。見た目三十歳前後だったから、私の二十年分を礼くんにあげた。

 私は与える者だとみんなが言うのだから、きっとできるようになると信じた私の完全勝利だ。


「切っちゃえば早いっていうのに、カズハがそれは絶対やだっていうから」

「駄目だよそんなのもったいない! それに礼くんにぴったりだったでしょ!」

「あのねー、ちょっとだけちっちゃいー」


 ザザさんに頭を撫でられながら礼くんは、にっこにことして少し足りない袖を見せている。ほら、男子と女子じゃ肩幅とか骨格も違うから……。反対の手は私の手をしっかりと握ったままだ。

 首を傾げてみせれば、いつものように反対側に首を傾けて満面の笑みで見上げてくれた。かわいいっ!


「……カズハさん?」


 礼くんをまた抱きしめて、つむじあたりに頬ずりしてたらザザさんが私の頬に手を添えてきて。


「僕にも妻の顔をちゃんと見せてください」

「―――っ」


 不意打ちやめて!! ほんとなにこのイケメン!

 だけど硬直しちゃった私の目を覗き込む金の瞳には憂いが浮かんでいた。


 あ、うん。そうね。ちょっとさっき暴走しちゃったものね。うっかり礼くんを赤ん坊にしてしまうところだった。大きすぎる力への高揚感にあてられていたのかもしれない。

 だって赤ちゃんになってしまえば、向こうの親のことなんて忘れて育てなおしてあげられるじゃない。そんな誘惑に負けそうになった私を、ザザさんが連れ戻してくれた。

 駄目だよねそんなのは駄目。

 辛かったり寂しかったり、それも全部今の礼くんを作り上げた礼くんのものなんだから。


 翅にくるまれた私たちに何が起きているのか正確にはわからなかっただろうに、ザザさんはしっかりと私がちゃんと正気でいられているのかを見定めていた。

 あの呪いでおかしくなってしまったとき、私が私でいられなくなることをどれだけ私が怖がっていたのかを知っているから。もうそんな思いはさせないと、前に言ってくれたことをちゃんと守ってくれた。


 礼くんには聞こえないくらいの小声でありがとうと伝えたら、ほっとしたように、でもまだ複雑そうに笑い返してくれて、金の魔色は消えて穏やかなハシバミ色になった。


「あれ!? 和葉ちゃんおっぱいある! ふわああああおっぱいぽよぽよん!」

「……レイっそれはずるい」


 私の胸に顔を埋めてた礼くんが、唐突に改めて気づいたのかちっちゃな手でふわっともちあげつつ堪能し始めた。う、うん。ブラないからね、寄せてあげないと気付かなかったかな。てかザザさんずるいって言った?


「いやいやいや、氷壁の好みにゃ全然足りねぇんじゃねぇの。つーかまだちっせぇなおまえ」

「頭つかむのやめて! 脳みそちっさいみたいなのやめて! って、え、あ、ザザさ」

「好み言うな! 違いますからね! 胸の趣味なんてないです!」

「ザザさんっ和葉ちゃんぽよぽよんだよー」

「レイ―――っ」

「……魔族の姿は受け入れられないと、アレは言っていたんだがな」

「あ」

「うわ。忘れてたでしょその顔! 俺ら魔王とずっと待ってたのに!」

「ちょっと空気辛かったよね……」 


 忘れてないし。魔王の城なんだから忘れてたわけないし。やだなそんなわけないじゃないか。


多分次で完結します多分年内間に合うはずです多分!

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