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96話 第二形態ならばZをつけるべきか問題

 やってみたらできたとか、口じゃ説明できねぇなってのはザギルの得意技だけど、これがその感覚だろうか。熱が引いていくのとともに、思考のぶれが整い鮮明になっていくのがわかる。


「貴様何呑気にっ」

「あ? いやお前らが何焦ってんだよ」

「和葉ちゃん和葉ちゃん」


 確かに鮮明になっていってると思うのに、口々に私を呼ぶ声に反応ができない。

 ぼうぼうと巻貝を耳に当てたときのような音がしてるけれど、確かにみんなの声はしっかりと届いているのに。

 黒いつる草の糸はまだ私の手足にぐるぐると絡みついていて、ザギルはそこから繭を紡ぐようにするするひいてはちぎってもぐもぐしてた。ハーブティは草かよって嫌ってたくせに。

 ぱさりと頬をなでた感触に、ひっつめていた髪がいつの間にかほどけたのかと払おうとして、


「ん? んんっ??」


 髪かと思ってたら、布団蒸しされたみたいにつる草に頭から覆われてた。本当に繭状になってたらしい。だから頭がこれ以上もちあがらないのか。顎をあげて前を睨み上げた。


 瞬きごとに、視界の解像度があがる。

 ぎりぎり見える崖上の樹氷と空と雲の境目がクリアだ。

 梢で揺れる薄桃色した花びらの僅かな陰影までもが捉えられる。

 露を含みはじめた下生えの葉の瑞々しさが細かな光を弾いてる。


 世界はこれほどまでに綺麗だっただろうかと、何の感慨もなく思った。

 そもそもこんな体勢で感慨だの感動だのあったもんじゃない。


 揺るぎなくしっかりと編み込まれた蔦の玉座は、濃い緑と深い赤の葉がグラデーションをなして魔王の小さな体を支えている。どこか偉そうに私を見下ろすその煌めく瞳にまたイラっとした。


「さすがに魔力尽きる気配もねぇなあ」

「ザギルっお前動けるならなんとかしろ!」

「和葉ちゃん和葉ちゃん」

「……あんたも食べ尽くす勢いだね」

「やー、美味いしよ」

「ザギルっちょ、ちょっとあなたそれ私にも一口っっ」


 礼くんに手くらい振って見せたいけど、生憎腕がそこまで動かない。

 グーパーして、指は普通に動くことを確認した。

 なんだろう。海鳴りのような雑音の中から飛び込んでくるように、みんなの声はちゃんとクリアに聞こえているのに、どこか距離を遠く感じる。


「ザギルっザギルばか! ずるい! 和葉ちゃん和葉ちゃんっつ」

「ったく、どのあたりがずるいっつんだよ。坊主、なんともねぇよ。ほら、これ見ろ。紋も変わってねぇだろ。カズハはカズハのまんまだ」


 ザギルはひらひらと自分の手のひらにある誓いの紋を礼くんに振ってみせた。あー、そっか。私が私でなくなれば、ザギルとの契約にも影響でかねなかったってことか。

 やっぱりそのあたりは一番気になるポイントではあったしねぇ。モルダモーデや過去の勇者たちが自分の意思で魔族になったってことは大丈夫だろうとは思ってたけど、そんなのでも確認できたのか。


「あんたそれにそんな効果を予測してたの」

「いや? でもまあ結果変わらなかったわけだしよ。契約そのままなら俺ァ別に文句ねぇよ。で? どうすんだよ。これ全部引きちぎればいいのか?」


 ザギルのもぐもぐは止まらない。これは草の味じゃないんだろうか。

 ぐっと拳を握りしめれば、ぱちぱちと皮膚を駆け上がる細い火花が、そのまま黒い草に吸い込まれていった。


「うん。自分でもいけると思うけど、これ以上魔力くれてやるのも腹立つし。自分でもいけるけど」

「おう」


 ザギルは繭を鷲掴みしてばりばりと引きはがしていく。

 髪がひっぱられるかと思ったけど、案外するするとはずれていった。ひっつめていた髪はやっぱりほどけてはいたようで、さらさらと肩を覆っていく。

 上体を起こしてやっとみんなのほうへ顔を向けたら、礼くんが弾けるような泣き声をあげた。


「和葉ちゃん! 和葉ちゃん! あたま、あたまだいじょうぶ!?」

「えっ」


 ぶほっと頭上でザギルが吹き出してる。

 みんなも一瞬泣きそうな顔してたのに、一斉に礼くんから目をそらした。ザザさん! ザザさんまで!


「痛くない!? 痛くないの!?」


 ぎっちりと巻きついたつる草がぎしぎしいいそうな勢いでじたばたして、必死に叫んでる礼くんがかわいい。かわいいけど、私のかわいい子を縛り上げてるそれが、無性に腹立たしくなってくる。

 にっこりと笑ってみせて大丈夫だよと伝えれば、目を潤ませながらぐっとしゃっくりを呑み込んだ。よし、いい子だ。


「ほら、これだこれ」


 ザギルが私の頭をつついたらしいのだけど、どこか違和感がある。直接頭をつつかれたというより、帽子の上とか何かを間に挟んでつつかれたような―――ああ。


 つつかれたあたり、耳の上あたりに手をやれば、つるりとしたシリコンみたいな感触がある。

 撫でて形をなぞれば大きな巻貝のような、これは角だろう。モルダモーデとはどうやら形が違うらしい。そういえば棺の中にいた魔族たちの角もそれぞれ大なり小なり形は違っていた。


 ほれ、とザギルが左手を宙にかざせば、地面からその手まで高さ一メートル幅五十センチほどの氷の壁ができた。ほんと器用だ。中心部が白く濁り多少のゆがみがありながらも、平らな表面が鏡状になっている。

 覗き込めば薄らぼけてはいるものの、両耳の上それぞれにくるんと巻いた羊角とやけに光る瞳の私が見えた。角も瞳も、私の魔乳石色だ。外側に行くほど黒から瑠璃に変わり遊色が輝いている。礼くんが泣いてるのは、この角が痛そうに見えたからなのだろう。まだ腰から下に纏わりついてるつる草をそのままに身体をひねれば、背中にはやっぱり同じ色の閉じた翅がある。これもモルダモーデの蝙蝠の羽ではなく、とんぼの翅が何枚も重なったもの。


「! ジャージ! ねえ! ちょっとジャージ破けてない!?」

「真っ先にジャージの心配かよ!」

「あ、だいじょうぶっぽい」


 どうやら翅は直接背中から生えてるわけじゃなく、背中との間にわずかな隙間があるらしい。翅自体、可視化した魔力で半実体みたいなものだと、さっき熱とともに刻みつけられた知識が頭によぎった。


「カズハ、さん……?」


 ザザさんのあまり聞いたことのない不安のにじむ声に、ちらりと彼を一瞥する。うん。わかってるよ。私が礼くんにすぐ駆け寄りもしないのがおかしくみえるんだよね。


 駆け寄って抱きしめたくなる衝動が沸いてないわけじゃない。

 でもそれは今、私の中心から少し離れたところにある。

 さっきからぐつぐつと煮立ち始めているのは違う衝動だ。


 何故、あの子が私のところに来れないの。

 何故、あの子たちが縛られなくてはならないの。


 礼くんたちを捕まえているのは、まだ色が戻っていない半透明のつる草。

 あれが私からあの子を遠ざけている。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私から何をとりあげようとしてる?



 礼くんたちの声を押しのけようと耳の中でごうごうと鳴っている音は、私の中で渦を巻きながら湧き上がり続ける魔力だろう。


 これをどう使うのか、どう使えるのか、もう私は知っている。

 これがどれだけの大きさなのか、何をできるものなのか、熱とともにあのチップが教えてくれた。


 魔王が望んだのは世界を支える力。

 いくつもの存在が寄り添ってできあがった魔王は、その力を世界の維持に使っている。

 豊かに育まれた世界は際限なく生命を産みだし力に満ち溢れて、けれどそのままではまた淀んでしまう。

 また壊れてしまわぬよう、また消えてしまわぬよう、魔王の()()()()()は自らの力を時には削りながら、世界の均衡を保ってきた。


 勇者は削った力の補充要員だ。

 世界を渡るときに勇者としての力にふさわしい器に変え、より大きな力を持つ魔族になるべく土台を整える者。


「いうなれば、今の私はスーパーコシミズ(ゼット)というべきか」

「なにいってんだおまえ」


 世界が強く豊かに大きく育てば育つほど、必要な力は増えていく。

 増えていった分は、先代勇者の墓標に記された没年までの時間が示している。

 魔族となり増幅した魔力の分長命となったはずの彼らは、代を重ねるごとに前代よりも早く眠りにつきはじめるようになった。

 一代当たり二、三人はいた魔族となった勇者たちが、モルダモーデ一人となるほどにまで。


 よいしょ、と腰回りのつる草を掴める分掴み、束にして握りしめる。


「ほら、ザギルあんたも手伝って」

「いいけどよ、別にもう手伝いいらねぇんじゃねえか」

「食べた分働く働くっ―――っしゃ!」


 私が握りしめた瞬間、より漆黒に染まったつる草を力任せに二人で引きちぎれば、それまで吸い込まれていっていた魔力が行き場を失い暴れだした。


 ちぎられた切り口から色を失い倒れかけた草は、何本かごとに纏まり溶け合い数十匹の氷の蛇となって襲いかかってくる。


「いやああああああ!? 蛇! 和葉っそれ蛇!!」

「あやめ! 細いスライムだと思え!」

「あやめちゃんっ蛇は結構美味しいって和葉ちゃん前言ってたし」

「無理ぃいいいいい!」


 いや食べないからね!? って、蛇を躱しながら返そうとした横でザギルがもしゃってた。さすがに二度見しちゃったけどまあいい。


 荒れ狂いあふれ出る魔力をなだめていなして、

 それを狙う蛇どもを蹴って薙いで叩き落として、

 蹴り上げた足をそのまま蛇ごと地面に叩きつけるように踏み出して


 さあ、おまえたちは私のもの、私が主、私が支配する。


 ほんの一瞬、城も崖肌も中庭も、ゆうらりと蜃気楼のように揺らいだ。


「……(ことわり)は理解できたはずだ」

「そうだね」


 ゆったりとした動作で魔王が立ち上がれば、玉座はほろほろと粉となって消えた。

 鎌首をもたげた氷の蛇十数匹が、魔王と私の間に壁となって立ちふさがっている。


「さあザギル号! やっておしまい!」

「うぜぇ!」


 上体を伏せ滑るように駆け出したザギルが、その勢いのまま蛇を次々なぎ倒す。

 咆哮で弾き飛ばし、ククリ刀で切り払い、地に落ちる前に頭をすくい上げ嚙み砕く。


 魔王の無表情が眉間の深い皺で崩れ、きつく噛み締めているであろう口元から舌打ちがもれた。


 ざわりと赤紫の羽根が、魔王の頭上に舞い上がり、

 ろうそくに火を灯したかのように、無数の炎の羽根が中空に浮かび、

 ぱしゅぱしゅとひどく軽い音をたて、

 羽根は半円にしなり次々と斬りかかってくる。


「ザザさん! 幸宏さん!」


 二人は障壁とプラズマシールドで応えてくれた。

 ぐつぐつ煮立っていた怒りが、徐々にふくふくとしたものに置き換わっていく。


 顕現したハンマーで羽根を叩いて、かち上げ、横薙ぎに粉と変える。


「ふふっ」


 漂う残滓を撫でるように両手を広げれば、赤紫の粉は瑠璃色の細石となり。


「メテオォッ!!」


 ザギルと戯れていた氷蛇が、周囲の草も一瞬で巻き込み魔王を守る壁となった。

 音も衝撃も吞み込まれ埋もれていく細石は、それでも壁に数か所握りこぶし大の穴を開ける。

 瞬きの間に滝となって落ちた壁の向こうで、魔王が棒立ちで佇んでた。

 あ、真後ろの木に穴開いてる。位置からいって頬を掠めたのか。


「うふふ」


 まだだ。まだ足りない。

 いやお前俺の位置も気にしろやと、ザギルが地面に突っ伏して叫んでる。


 手近な位置の低木をハンマーで、斬っとひと撫で。

 瑞々しかった濃緑の葉も伸びやかな褐色の枝もころころとした白い小花も、細石に変わり宙に浮きあがる。


 魔王の周囲にある草や低木がざわめき始める。

 そのアレクサンドライトの瞳を真っすぐに見つめながら、細石の弾幕を降らせた。

 ひゅっと細く息を呑んだのは魔王。


 モルダモーデたちが眠る棺は、周囲の低木が雪洞のような防壁となってぎりぎりで破壊を免れた。


 圧倒的な覇気に怒りを纏わせて瞳をぎらつかせる魔王に、にんまりとザギルみたいに笑ってみせる。


「ねえ、大切な人を質にとられるってどんな気持ち?」


 やっぱラスボスはさって、翔太君の呟く声が聞こえた。

 なによりもまず躾からですよ。話は全てそれからだ。

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