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95話 たったひとつの真実なんて半分くらいわかれば上等

「なんかこう、なんかないのほら和葉も」

「えー? ねえザザさん、本当にお腹痛いわけじゃないんですね?」

「そっちじゃなくてっ」

「……何故腹具合に直結するのかわかりませんけど、だい、じょうぶです。ええ」

「わーーっ! ちょっなにそれエルネスさんちょっと! それっ何殲滅する気っすか! おい翔太っ手貸せっ」

「えっ」

「だからっもう! ちょっと翔太! 翔太もなんか言って!」

「えっ」


 ぶつぶつと詠唱らしきものを唱え始めたエルネスの口を、幸宏さんが押さえ込んだ。あやめさんに袖口引っ張られながら、翔太君があやめさんと幸宏さんのどちらに応えればいいのかうろたえている。

 ……私、詠唱とかさっぱりだけど長ければ長いほど威力があがるとかなんとか聞いたことあるし、エルネスのつぶやきはまだまだ続きそうな勢いだった気がする。

 ザギルと目が合ったけど、どうせザギルに聞いてもわかんないしと目を逸らした。


「お前なんかすっげえむかつくこと思ったろ今!!」

「じゃあわかったの?」

「何がだよ!」

「ほらみなさいほらみなさい」

「ケダモノがわかんないなんて当たり前でしょ! だから!」

「ばっかお前、俺だってな、その大概空気読めないのよりかは」

「だって! そんな嘘みたいじゃない!」


 あやめさんの行き場のない両掌を自分で握りしめて叫ぶ姿は、理性の邪魔をする感情がもてあまされているのをありありと伝えてくる。あとザギルに言われたくない。


「嘘?」

「そんなの、嘘だったみたいな言い方じゃない。みんな優しかったじゃない。こっちに来た時、みんな私たちに優しかった」

「うん。そうですね」

「なのにそんな、導き? だか、なんだか知らないけど! そんな、アレがみんなにそうさせたみたいじゃない、そんなの」


 アレ、と魔王へ突きつけたあやめさんの指を、とりあえずそっと握って降ろした。一応ね、指さすのはよくないからね。礼儀としてね。


「んっと、あー、あーあー、アレですよね。わかりますよほらアレでしょ」

「うっそでしょ! ほんとにわかんないとか!」

「その目やめてください! ザギルと一緒みたいじゃないですか! わかりますって!」


 さすがにザギルじゃないんだからここまで聞けば思い当たるというもの。

 降ろさせたあやめさんの指をそのまま両手で包み込んで、しっかりと目を合わせる。

 握ってたチップはふたつともポケットにいれた。


「私も恋愛小説とか少女漫画は人並みに嗜みました」

「う、うん」

「『今までわたしに優しくしてくれたのは恋じゃなかったの? 偽りのものだったの?』ってあれですね? それでちょっとヒーロー役との間に溝ができる山場のあれですよね? ね?」

「え、あ、そう、そうか、な……って、なんなのなんか違うって言いたくなるんだけど!? 腹立つんだけど!?」


 正直、乙女かっと叫びたくなるけど、あやめさんは正真正銘の乙女なので無理なきことだと思うなんて考えてたら、エルネスがぷはっと幸宏さんの手から逃れた。


「馬鹿にすんじゃないわよ! なめてんの? 死にたいの!? 導きですって?! 私の! この私の思考が! 信念が! 矜持が! そんなものに左右されっぱなしなわけがないでしょう! いい!? 今のこの私を創り上げたのは! 磨き上げたのは! この! この私自身なのよ! 手柄持ってくんじゃない! 何年かけて研鑽し続けてきてると思ってるの!」

「何十年なんだよ」

「お黙りケダモノ!」


 振り乱した髪をぐんっと後ろに跳ね上げて仁王立ちになったエルネスの啖呵を、あやめさんと二人で口開けてみてた。跳ね上げられた髪は幸宏さんの顔にびしっと当たったし、翔太君は即座に自分の肩に顔うずめた。魔王も自分を睥睨するエルネスをちょっと口開けたまま見上げてる。


「……ね?」

「……う、うん。やっぱりエルネスさんかっこいい」


 うん。かっこよさだけですべてをねじ伏せるエルネスはさすが。

 もう一度ザザさんを見上げたら、苦笑いしてた。


「まあ、そういうことです」

「はじめて魔獣に襲われた日、騎士たちはみんな躊躇いなく私たちの盾になろうとしてくれました」

「はい」

「ザザさんは身を挺して私を庇ってくれました」

「あー、そうですね。まあ、結果としては不要でしたが」

「ずっとずっとそう。私たちが強くなってもそうでした」


 私の料理を美味しいと喜んでくれた。

 私が「おかえり」と迎えるのを安心すると言ってくれた。

 人によっては当たり前に手に入るであろうことはわかるのに、私の元には何故だかなかったそれらが全部ここにはあった。


「変わるわけがないです」

「私に言ってくれたこと、してくれたこと、与えてくれたこと、それが私にとってはホンモノで全てです」

「……はい」


 大好きだから大切にしようとしたし、そう伝えてるつもりだった。

 上手にできてたかなんてわからないけど、子どもだった私が父や母から欲しかったものを全部あげてるつもりだった。

 なのに、子どもたちは私が家事や仕事が好きだからやっていることだと思ってた。

 なんにも伝わってなんかなかったってわかったあの時。


 それでも私が大切にしていた気持ちは、誰が気づいていなくたって本当にここにあるんだと叫びたかったんだ。


 ねえ、その私がそんな思いをあなたたちにさせたいわけないでしょう。


 愛し気に口元を緩めたザザさんの手が私の頬を包んでくれて、その温もりが私の芯をあたためてくれる。

 ほらね、ちゃんと私が伝えたらきちんとこの人は拾い上げてくれるんだ。


「まあ、そもそも取り出して見せれるようなもんじゃなし、証明できないものをグズグズするのは無駄ですから!」

「そこはかとなく絶妙にかみあってない気がするのはなんでしょうね!?」


 やだわ。だってほら、子どもが見てるじゃない。





「……ヒトの身で我らに届くことなどありえないとわかるだろうに」


 仁王立ちのままのエルネスへ呟く魔王の声は、さっきまでの荘厳さは失せ、ただ老人のようにしわがれていた。

 気を持ち直すように息を細く長く吐き出したエルネスは、それでもその仁王立ちを崩さない。


「ええ、わかるわ。だけど、それは侮辱を呑み込む理由にはならない」

「……お前たちはいつもままならない」


 幼げで舌足らずな声音ににじむ苦々しさは諦念じみているように思えるけれど、多分それだけではないのだろう。様々な声音と同じ数だけ複雑な機微もあるように感じさせる。





 全てに答えると魔王は言った。その答えを聞いたうえで選べとも言った。

 だけどそれはきっと、全てを聞かなくては全ての答えは得られないという意味にもとれるし、実際そのつもりなんだと思う。


 だって魔王は私に願いを叶えてほしいのだから。


 しんしんと静かに降り積もる雪がゆっくりとその重みで大樹の枝をしならせていくように、囁きが重なり響き合う声は、確かに私を圧し潰すようだった。

 この道を選ぶしかないのだと、他の道を暗がりで塗り潰そうとしていたのだとなんとなくわかる。


 だって魔王は言っていたではないか。


 この世界が愛しいと。

 慈しみ見守り育ててきたと。

 もう二度と壊させはしないと。

 一度この世界を壊しかけた竜人たちの技術を厭いながら、使えるものは使うと言っていた。


 だからきっと、これまでの勇者たちは次代の勇者へと繋ぐ場に魔王を関わらせなかったんじゃないだろうか。

 ただそれでも勇者たちの選択は同じで、そしてモルダモーデも自分の意思で選んだ。


 多分だけど、多分きっと。


 失ったもの、奪われたもの、切望していたもの、再び手にすれば二度と手放したくはなくなるもの。


 魔王の導きがあろうとなかろうと、きっと勇者と魔王の「願い」は最終的に同じものになったのだと思う。





「別に操ってたとも洗脳したとも言っておらぬだろう」

「当たり前じゃないの。されてないんだから」


 呆れをため息にまぜた魔王に、エルネスは強気を崩さない。

 もういいのかしら。インタビューはもういいのかしらね。いいんだろうな。でもいいのかな。多分魔王はきっとおそらく私たちが思うイメージの『魔王』ではなく、所謂『創造神』に近い存在なんだと思うんだけど。


「大体ね―――って、カズハ何してるの」

「ん? お茶淹れなおしてる。はいはいはいみんなカップ返して」


 手渡されたカップを手早く水魔法で濯いでから、新たに淹れたお茶を注いでいくのを繰り返してたら、魔王もとことこやってきてカップを差し出した。


「結構気に入ったの?」

「悪くない」

「それはどうも」


 両手でカップを包んでこぼさないように慎重に椅子へ向かう魔王を、微妙な顔したエルネスの目線が追う。きっとまだ言い足りないんだろう。


 さくりとした歯ざわりは一度だけ。

 そのままほろほろとほどけて口の中に広がった。


「カ、カズハさ、ん……?」


 よく目を見開いて硬直してることはあるけど、多分今までで一番目も口も開いているザザさん。


「い、今なに口にいれました?」

「意外とさらっと溶けたんで、お茶いらなかったみたいです」


 のどつまりしたら嫌だからと思ってお茶淹れたんだけど、必要なかったらしい。

 じわじわとした熱がゆっくりゆっくりと喉から後頭部へ抜けるように伝わっていく。


 大丈夫ですよと頷いてみせたら、ザザさんが悲鳴のような叫び声をあげた。


「だして!!! だしなさい!! べって! べって!!!!!」

「わ、どうしたのザザさん」

「なななになに」


 おっきな両手で両頬を掴まれて、太い指先が唇に割りいろうと頑張るから、ぱかっと開けた口の中を見せてあげた途端に、ザザさんが膝から崩れ落ちた。


「なんで予備動作すらもないんですか……」

「は? ちょっとザザ……カズハ? あんたまさか」

「味はあんましなかったですよ」

「味なんて聞いてないわよぉおおおお!」

「う、うわぁ…マジで? マジか? うわぁ……マジで?」

「ぎゃははははははは! 喰いやがったか! やっぱこいつ喰いやがった!」


 心底面白げに仰向けにひっくり返りながらお腹抱えて笑うザギルを見て、私を見て、またザギルを見てと繰り返してるのは翔太君とあやめさん。

 跪いたザザさんの肩にさりげなく片手を置いて支えになってもらった。


「和葉ちゃん、美味しくなかったの? クッキーみたいに見えたのに」

「味しないから不味くもないし美味しくもなかったよ」

「そっかーじゃあ僕食べなくてよかった。でもクッキー食べたくなっちゃった。お城帰ったらある?」

「うん。あるよー。作り置きしておいたからね」

「やったー」

「うん、でも、ちょっと」

「和葉ちゃん?」


 鍋の中でふつふつと小さな気泡が上がりはじめるように、じわじわと高まる熱は頭蓋から跳ね返り、勢いを増して全身をめぐる血管にそって伝っていく。

 あ、これ、魔力回路かなんて冷静に感じる一方で、思考が少し霞がかってきてるのがわかる。


「カズハさん!?」


 かくりと力が抜けて倒れこんだ私を、ザザさんが受け止めてくれた。


「あのね、礼くん、帰るの、ちょっとだけ、待っててくれる?」


 これは知っている。あの城の裏手の遺跡で魔吸いの首輪をされた時に似た感覚だ。

 全身を暴れながらめぐる魔力がおへその下の丹田に集まっていく。

 視界がぐるぐると回りはじめる。制御、しなくては。


 ああ、でも、下腹に集まってきた魔力が、どんどんと嵩を増していく。


 和葉ちゃん和葉ちゃんと礼くんの涙交じりの声が聞こえる。

 だいじょうぶと笑ってあげなきゃ。

 だって魔王は私を殺さない。


 貴様何をしたどうなってるとザザさんが吠えている。

 エルネスに続いてザザさんまで魔王に噛みつくとか、多分二人には魔王へ本能的な恐怖が感じられているだろうに。

 みんなの声が重なって聞こえる。

 魔王の声が一人合唱のように重なって聞こえてたのとは全然違う。平時ならばこの賑やかさに心地よく埋もれていられた。だいじょうぶだよと声をあげられない。


 移り変わる視界は、実際に見えている視界なんだろうか。自分が仰向けなのかうつぶせなのかもわからない。確かにザザさんの腕の中にいたと思ったのに。


 みんなが慌てちゃってるから、だいじょうぶだって、いや、待って、なんかこの熱さはちょっと高熱だしたとかそんなんじゃなくて―――っ。


「―――あっあ”っづ!! あづいいいいい!」


 熱い熱い熱い! なにこれ! 熱湯!? 熱湯地獄なの!?


 加速度をあげて嵩を増す魔力が、次から次へと下腹から湧き上がる。

 今にもあふれ出しそうでいて、それでも表面張力でぎりぎりを保つ水面のように。

 血管が、筋肉が、皮膚が焼かれていくような熱。


「っ―――」


 破裂しそうな眼球を押さえつけた両手に絡みつく何かがある。

 瞼は確かに塞がれているのに、自分で塞いだはずなのに、なぜだか視界が鮮明に広がった。


 うたたねの時にみる夢みたいだけれど、これは確かに今閉じた瞼の向こう側の視界だとわかる。


 礼くんが、ザザさんが、みんなが私に向かって叫んで手を伸ばそうとしているけれど、透明な草がまた蔓のように伸びて捕らえられている。


 しゅるしゅる伸びる蔓は、私の腕にも手にも、足にも巻きついて、それは蜘蛛が獲物を糸でぐるぐる巻きにするようにも、私自身から吹き上がる糸で繭をつくっているようにも見えた。



 実際に眼で見てるわけでもない光景の、さらにその上からスクリーンのように紗がかかってまるで見覚えのない映像が重なる。

 無声映画みたいなそれは私の意思や理解に関わることなく熱をもって脳に焼き付けられていき、ああ、だからこんなに熱いんだと、夢の中の自分を見下ろす自分がいるときみたいに思考が二重に廻っていく。



 つる草の糸が染まっていく。

 ガラスでできたように薄青く透明だったそれが、ずるりと私から何かをひっぱりだすように黒く染まっていく。

 黒い繭は紡がれる先から瑠璃色の糸になり、伸びていくほどに散っていく赤や緑や青が光の束となり、絡み合って色合いを変えていき。

 水面に広がる波紋のように波打つ草が光を翻しながら染まっていく。




 鼓動のような波紋と呼応する熱が、眼に脳に脊髄に刻みつけていくそれらはこの世界の理なのだと、言葉ではなく皮膚が神経が心臓が理解していく。




 多分さほどの時間はかかっていないはず。

 だってまだつる草に拘束されているみんなは、抵抗を諦めていない。


 私だけに見えていたスクリーンは、もちあがるまぶたとともに消えていった。

 熱に叫んで枯れかけた喉を、弾む息が擦る。

 蹲ったまま顔だけを少しあげ、小刻みにまだ震える手をおろして瞬きをすれば、ぐるりと崖に囲まれた中庭が色鮮やかに彩度をあげていた。


 モルダモーデたち魔族が眠る棺を囲むガラス細工のような低木も、中庭に三本だけあった木の梢も、氷の城すらも色を与えられ。


 低木は馬酔木によく似ていた。艶々した濃い緑の葉に赤や白の小さな釣り鐘型をした花が鈴なりに揺れている。

 色を取り戻した木の枝からは、早回しのように葉が息吹き、次々と桃色の蕾がほころんでいく。

 幻想的に輝いていた氷の城は、白亜の壁で崖肌を背負い、いくつもの高塔と円錐形の屋根が冷たい日差しを鈍色に照り返している。




「もったいねええええ! お前草やら城やらなんぞに魔力食わせてんじゃねぇよ!」


 俺が喰うわと、何故だか一人自由に動けるらしいザギルが私と周囲を繋ぐ糸をちぎってはもしゃもしゃと口にいれだした。いやほんと自由だな?! 

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