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93話 せかいのはんぶんをおまえにやろう

 すとん、と軽い音を立てて落ちてきたのは、人差し指の先、関節ひとつ分くらいの長さ、薄さは一センチほどの平べったい直方体のチップがふたつ。ヒカリゴケと同じ発色をしている。


 思わず空を見上げた。

 雲以外どこまでも遮るもののない空。


「……別に空から落ちてきたわけじゃない」


 ですよね。魔王、突っ込み丁寧だ。


「なんでふたつ?」

「カズハとレイ以外にはまだ早いからな。欲しいなら出すが、土台が未成熟なまま使っても効果は薄い」

「ほぉ」


 私の膝に転がったそれらのうち、ひとつを礼くんが、もうひとつを私がそれぞれ指先でつまむ。

 私を膝に抱えたままの礼くんは、親指と人差し指で挟んだものを私の頭越しに裏表ひっくり返してみてる。私も同じく裏表確認して、角を礼くんがもつそれにちょっと当ててみた。ウェハースみたいに軽い感触は頼りない。


 未成熟。未成熟ねぇ。ということはここに『勇者の成熟』が絡んでくる、と。


「力が欲しいのだろう。お前たちは確かにそう望んでいるはずだ。―――それらはお前たちが望む力を与えることができる。我らの世界の半分ほども手に入れられる力だ」

「「ぶっふぉ」」

「―――っ」


 吹き出したのは幸宏さんと翔太君。空気読め?

 いやまあ、私もちょっと鼻水でそうになったけど。だってあなた魔王が世界の半分をだなんて、ねぇ。

 あやめさんは両手で口を押さえて目をまん丸にして……え、感動して、る、だと……?





「召喚魔法陣が発動したその時に、一定の範囲内に条件を満たす者が四人から六人いることで召喚は成功する。前回と前々回不発だったのは範囲内の人数が足りなかったのだろうな」


 あっちの世界で人口が急増したのはいつ頃だったか、小学校あたりの授業で習った気がするけど覚えていない。でもまあ、第二次世界大戦後あたりからは間違いなく増え続けてるはず。

 前回失敗した召喚は五十年前。人口が増え続けている頃で、母数が増えれば条件を満たす者も増えるだろうけれど、失敗したからには一定の範囲内ってのが肝なのか。確かに私たちが召喚された時点で住んでたあたりは県境をまたいでこそいるけど世界規模で考えればそこそこ狭い。それとも他の条件が邪魔をするのか。

 ふんふんふんとメモを取り続けるあやめさんは、促すようにきらきらとした目を魔王に向け、その答えに首を傾げた。


「つよいたましいをもつもの?」




 強い魂とやらを持つことが条件だと魔王は言った。なんともつかみどころのない条件で、そりゃみんな訝し気に顔を見合わせもする。

 私たちはそれぞれごく普通の生活を送っていただけだ。それこそ、こちらの世界で生活する厳しさ―――魔物や賊に襲われ全滅してしまうような村や、生き残るために幼い頃から戦う術もしくは逃げる術を教え込まれる子どもたちのこと、そんな話を聞けば自分たちの絶望など絶望と言えるのか気がひけてしまうくらいに普通の生活を送ってきた。

 だからこそザザさんだって、絶望の深さなど他人と比べることじゃないという彼だって、あれほどまでに怒りを顕にしたのだ。こちらの身勝手で召喚したのに、あちらの世界と同じような平穏を与えてやれないからと。


 そんな私たちの何をもってして()()をはかるのだろう。


 魔王は当たり前のことだけれど前置きだから仕方がないとばかりに淡々と続ける。


 魂の傷が何によってつけられるかなど、その魂ごとに違う。風が打たれて止むか? 火は切り裂かれるか? 水は折れるか?

 重要なのは、傷つき、そしてなお再生する力を持つことだ。

  

 打たれ、切り裂かれ、折られ潰されて、そして再生することでその存在する力は強くなる。


「世界を形作る壁を越え、狭間でも存在し続ける力。それが魂の強さだ」


 なるほど。それならば私たちをとりまく環境や出来事が誰かと比べてどうこうというものではないのかもしれない。ただそれでもそれほど特殊であるような気はしない、かなぁ。

 呑み込みにくさが顔に出ていたのか、魔王の視線は私たちの顔を順に巡っていく。


「―――お前たちは、世界を渡れるだけの力を持ち、かつ、指定した範囲内で人数の条件を満たし、召喚魔法陣が起動した瞬間に、自らを産んだ世界への執着を失った」






 言っただろう、こちらに来ても楽しいと思える者を選んだと。

 世界を渡れるほど存在する力が強い者を世界は弾き出そうとする。

 弾き出されぬよう世界に留まるためには、そこに在り続けるという執着が必要だ。

 その拮抗する力のバランスが崩れれば、狭間に放り出される。

 我らがここに根付く前にそうなったのと同じにな。


 あの召喚魔法陣は、放り出されかけている者たちをこちらの世界に引き寄せ迎え入れるものというだけのこと。


 今はもう思い出しているだろう。

 お前たちはその瞬間、全てがどうでもいいと思っていたはずだ。






 ああ、確かに。確かにそれなら。


「私たちめちゃめちゃ運が良かったってことだ!」

「そうくるの!?」


 エルネスがぐりんとこちらに首を回して叫んだけど、そうよね、そういうことだと思う。


「つまりそういうところだってことなんじゃねぇの」

「「「えぇ……一緒にされるのはちょっと」」」


 何故みんな目を逸らすのか。

 あなたたちさっきなるほどって顔してたじゃない。見てたんだからね。





「んで、これをどうしたらどうなるの」


 親指と人差し指で小さな直方体(チップ)をつまんで翳しながら魔王にもう一度問えば、食えばいい、そう端的に返された。大抵の錠剤より一回り以上大きなそれは飲みこむにはちょっと抵抗のあるサイズなんだけど、がりがりいけるんだろうか。


「カズハさん? まだどうなるのか聞いてないですからね、食べちゃだめですよ」

「……今私口に出してましたか」

「ほんっとやめてくださいね」


 いやまあ、どうなるかなんて、ねぇ? 順当に考えれば過去の勇者が魔族になったのってこれでしょう。

 モルダモーデが勇者だった頃の姿は知らない。けれど、元は私たちと同じ世界から来た人間なわけだし、せいぜいが肌の色の違い、あとは角と翼がある程度なんじゃないだろうか。見かけだけでいえばヒト族との違いなんてそのくらいだ。


「強くなる、強くなる、ねぇ」


 モルダモーデは強さを求めたのだろうか。


「ねえ、モルダモーデは自分の意思でこれを飲んだのね?」

「そう聞いている」

「聞いている?」

「我らがその場にいたわけじゃないからな。我らが直接それを与えたのは初代だけだ。アレはその先代から受け取っている」


 だらしなく背もたれに身を預けて視線を流す先には、モルダモーデの棺がある。アレ、とぞんざいに示す口調はその表情と同じく平らかだ。


 せかいのはんぶんをもてにいれられるちから


 なぜモルダモーデはそんなものを求めたのだろう。

 ……いや、違うか。何を求めたのかはわからないのか。魔王が言ったのは、結果としてそういうものが手に入ることというだけだ。モルダモーデが求めたと言ったわけじゃない。


「ただあやつらは皆、自ら選ぶことを重視していたし、そう選ぶであろう者を選別していた。代々そう引き継いでいる。だからアレは自ら選んだのであろう」

「モルダモーデはそれで私を選別したの?」

「しらんな」

「しらんて」

「間に合わなかった」


 ゆらゆらと深みはそのままに赤紫から青紫へ、青紫から赤紫へと揺れるアレクサンドライトの瞳はひたと棺から動かない。


「それを使って十全に力を得られる土台が育った者はおまえ、カズハとレイだ。アレは第一候補にカズハ、第二にレイを想定していた。それでまずカズハを呼んだが他にもついてきた」

「だからふたつ」

「そういうことだ」

「ぼくもつよくなれるんだね? モルダモーデより?」


 私のつむじに頬をすりつけながら訊いた礼くんに、魔王は視線を戻して頷いた。


「であろうな。土台からいってお前の方が強そうだ」

「ふうん……今決めなきゃだめなの?」

「レイ?」


 ザザさんが跪いて礼くんに視線を合わせ、チップを弄ぶ指ごと優しく包む。細かな傷があちこちにあるごつごつした大きな手。


 礼くんは確かに強さをわかりやすく求めてた。

 それは母親から夫の代わりを求められてたから。

 母親がつくりだした父親の虚像に憧れていたから。


 でも、()()そうだろうか。


 憂いをにじませて探るようなザザさんの視線を、礼くんは何の気負いもなく少しきょとんとしつつも受け止めてから、また魔王へ答えを促すように顔を向けた。


「さて、どうだろうな。それらはつくりだすのにそこそこ力がいる。無尽蔵にいつでも出せるわけでもないし、それら自体がいつまでもつのか試したことはない」

「ふうん?」


 僅かに伏せたまぶたが、平凡な顔立ちにそぐわない強い輝きの双眸に陰を落とす。

 これは逡巡、だろうか。

 魔王の声音は何の規則性もなく変わり続けるから、その思惑が読み取りにくいのだけれど。

 その情感のあまり浮かばない表情は、感情の在り処を疑うようなものではあるのだけれど。

 例え人としてのそれと同じようなものではないとしても、けしてないわけではないんじゃないかと、この短い時間のお茶会で感じてはいた。


「じゃあぼくこれいらないや」

「……そうか」

「うん。いい」


 手の中のそれをどうしようかと少しためらってから、魔王へ、ん、と突き出した礼くんの顎がしっかりと前を向いている気配が頭上にある。

 ザザさんの肩がわずかに下がり、みんなのそっと詰めていた息がほどけた音が聞こえた。

 やめろというのも、とりあげるのも簡単だったのだけど、多分みんなが礼くん自身に決めさせなくてはいけないんだろうと思っていたのがわかる。

 本人に決めさせるのが正しいことなのかどうか迷ってもいたと思う。

 だって礼くんはまだ子どもだもの。


 ……正しかったかどうかわかるのなんてずっと先のことだけどね。


「だって、みんなぼくのこと急かさないんだよ。だからぼくは急がなくてもいいの。みんなだって、王様だって、ぼくが決めるの待っててくれるもん。待っててくれないんならいらなーい。ねー?」


 にこにこして私を肩越しに覗き込む礼くんに脊髄反射で、ねーって笑顔を返したけど。


「ザザさん四十歳なんでしょ。じゃあぼく()()()()()()でザザさんくらい強くてかっこくなれればいいんだもん。きっとぼくなれると思う」


 ―――十歳という年齢の割に幼げな言動をする礼くん。

 けれどもその年に見合わないほどに、じっと静かに考え続ける礼くん。

 そうだよね。君は私たち大人が思うよりずっと色々なことを肌で感じて理解している。


「レイ、おいで」


 ザザさんが中腰になって、礼くんの頭を抱き込んで、くしゃりとその髪をかき撫でた。

 礼くんが私をまだ抱え込んだまま、嬉しそうに身をよじってる。


「……僕は四十二歳です」

「あれ? 間違いちゃった。じゃああと二年分のびるね!」

「ええ、でも僕もその分もっとかっこよくなってなきゃいけませんね」


 本当なら憧れの人に追いつくまでに、三十二年もの時間を持っていたはずだった。

 今のザザさんが出来上がるまでに使った時間と同じだけの時間をかけて、自分の憧れを追うことができるはずだったのに。

 例え、それがいつか大人になるに決まっているという実感を伴わない子どもの将来予測でしかないものだとしても、君はそうして自分の時間が十年だと、そして二年ものびたと笑える子で。


 そうね、そう。確かにつよいたましいだ。






おひさしぶりです

完結までの分はストック書いてから放出すると宣言してから早どれくらい経ってしまったでしょうか

ブクマ残していてくださった皆様ありがとうございます

まあ、まだストック溜まってないんですけど!

年末までに完結させると豪語しちゃったので、どこからともなくくる圧に耐えかねて放出します。

するっとネタバレしちゃいかねないので、完結するまで感想欄閉じます。無事できたら解放するのでいや多分できるはず年内いけるはずダメだったらそっともうちょっと見守ってくださいメリークリスマス!


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