87話 だんごっだんごっ
「白玉団子……っ!?」
「そう、シラタ、マ……―――んだぁ?」
トレイに鎮座しているつやつやの白い団子を、勇者補正の視力で、目を眇めつつ凝視する。典型的な月見団子のようにピラミッドで積み上げているそれは、きっちりと丸められて重力に負けずに球形を保っている。しっとりとした表面でありながらさほどお互いにくっつきすぎてはいない。
一玉つまめば、名残惜し気に他の団子と肌を引き合いながらもぷつんと離れるだろう。
「餅……じゃないと思うんですよ。多分あれは団子……白玉粉、上新粉……どっちでしょう」
「……ねえ和葉、それ今大事?」
「大事ですよ! 上新粉とか白玉粉とかまだ再現できてないんです! 試してみたけどさすがに粉は作ったことなくて」
「いやだから……今それ?」
上新粉は米、白玉粉はもち米が原材料だってのまでは知ってたけど、製粉方法までは知らなかった。小麦粉のように粉挽きしてみたけどなんか違うのだ。
私もそこそこマヨネーズなどの調味料をはじめ手作りチャレンジは一通りしたとはいえ、粉まで自力でってのは試してなかった。米粉も手作りしていたママ友がいたりしてたけど、そこまでやる親ってのはやっぱり必要にかられてというか、子どもが小麦アレルギーだったりするんだよね。うちの子どもたちはアレルギーも持っていなかったし。
確かねぇ、粉挽くだけじゃ違うの確か。実際、挽いただけでは微妙でザンネンな粉にしかならなかったし。
「……攻撃、してきそうにないね」
トレイをもったまま棒立ちでいるオートマタに、幸宏さんは警戒を緩ませない。プラズマシールドは勿論まだ解除していない。
「やっぱ教国でしょうか」
「……なにが?」
「もち米も白米も教国だったでしょ。だからあれも教国から持ってきたのかなって」
「……やっぱ今それなのね」
カザルナ王城では、もうゴーストことオートマタにおやつとミルクのお供えをしていないけれど、もしかして帝国や教国にもお供えの習慣があったのかもしれない。
「まあ、王国に直行の転移陣があるなら他の国にもあるわな」
つぅか古代遺跡あるとこにはもれなくあるんじゃねぇかというザギルの推測に、ザザさんもエルネスも頷いた。
なぜお供えをするかと前にザザさんに聞いた時、「食べるから?」と言っていたし、確かにこうして持ち帰ってくるのであれば食べていると認識されるだろう。……でもオートマタが食べるんじゃないのかな。水じゃなくてミルク寄こせとかえり好みしてたけど、「誰か」に持ち帰ってきていて、その「誰か」の好みなのかもしれない。それが誰かだなんてもう考えるまでもない。
オートマタは直立不動で真正面から私たちと対峙したままだ。
……ひとつくらいつまんでもばれないのではないだろうか。一口食べれば餅なのか団子なのか、白玉粉なのか上新粉なのかわかるのに。素早く近寄ってひょいっと
「動くな前出るなそこにいろ」
「レイ、離さないように」
「私今声でてたっ!?」
はあいと礼くんの腕がきゅっと私を抱きしめなおした。なんで。
むしろ私の動きを警戒してるとばかりの三人の言動に、目をかっぴらいて愕然としてしまった。
「……和葉ちゃん、多分俺らも団子にはさほど執着してないから。後でいいから。ね」
「ぼくお団子好き」
「うん。礼君ちょっと我慢ね。また和葉ちゃんが暴走するから」
「わかったー」
「なんですか幸宏さんも翔太君も団子馬鹿にしてるんですかいいですか白玉粉は求肥作れるんですよ」
「え。求肥ってあれでしょ、なんかふわふわで硬くならないおもちみたいなあれ。あれ白玉粉なの」
「そうですあやめさん、あれです。バニラアイスをくるむアレができます」
「「「「えっ」」」」
「そこまんまとつられないっ」
前方から視線を外さないままのザザさんが、食いついた勇者陣を窘めた。でも絶対ザザさんだって気に入ると思う。
「ザギルっおまえ何じりじり前出てんだっ」
「……一個かすめてくりゃわかんだろ」
「あんたたち……帰ったら教国に照会だすからっ緊急でだすからっいいわねカズハっ」
「あっはい」
いやまあ、それでもいいんだけど、やっぱりあのもち米や米があった地域は和食系強いんじゃないかなぁと思うんだよね。
同じ素材があっても、そこから加工食品への道のりはその地域によって違う。気温や地域性なんかも関わってくるのだろうし、その地域の者たちの文化が違えば当然好まれる味も違ってくる。
肉じゃがの肉しかり芋煮の芋しかりお雑煮の味付けしかり。
日本国内ですらそうなのに、この世界では種族すら入り乱れているのだから、同じ食材があったところで食べ方が同じとは限らない。むしろ同じほうがおかしい。
過去の勇者が持ちこんだ調味料や料理があちらこちらで根付いたのだって、勇者由来だからってだけじゃなくて、たまたま馴染んだ地域があったからこそだろう。
あれが白玉粉もしくは上新粉ならば。
それはきっと和食系が好まれる地域なんじゃないかな。加工という手間をかけるのならば好みの方向に加工するに決まってるんだから。
まあ、大体気になってる地域ではあったんだよね。もち米や米があった時点で。そして何気にあの地域は割と海も近くてですね。
「むぅ。やはり行ってみたいかもしれない」
「……教国? あんたまだダンゴ? から離れないの? 読みなさい? 空気読みなさい?」
「うん、教国。あー、アレ、攻撃してこないんじゃないかなぁ。リゼもそうだったしね」
オートマタはいまだぴくりとも動かないまま。団子乾くだろうに。
「気になるなら潰してもいいけど、出口案内してくれるかもだし、古代遺跡でも案内役してたし。そんなことよりやっぱり国外に旅行とかは難しいの? 過去の勇者も他国に援軍とか行ってなかったっけ」
「そんなことって流すとこじゃないわよ!?」
「教国も帝国も全力で警備はしてくれますし大歓迎されますよ。ただうちとしては……成熟してからが助かるというか、召喚国としては気が進むことではないです。勿論カズハさんたちの希望が最優先ですけどね」
とザザさんが教えてくれるけど、どうした騎士団長、眉尻がちょっと下がってるぞ。
私をくるむ礼くんのマントを顎で抑えつつ覗き込むと、「旅行、ですよね?」と確認された。
「そりゃそうですよ。遠征的なのだとお仕事じゃないですか。そしたらきっと迎えてくれる側の国としては舞踏会とかなんか色々おもてなしされちゃいそうで、それはめんどくさいし。こうね、特に目的なく見て回ってみたら意外な出会いがありそうじゃないですか。地元の食材とか料理とか」
「出会いという言葉が食い物に限定されるあたりが和葉ちゃんだよね」
幸宏さんまでヒトを食いしん坊扱いする。ひどい。そりゃしたいのはグルメ紀行だけども。
「あー、帰ったら調整はしますね。でもちょっと時間はかかると思うんで」
「やっぱりプライベート扱いでも同じですかね? 例えば新婚旅行「今なんと!?」と、か」
ぐりんと首だけこちらに回して、慌ててオートマタに視線を戻して、でもまたぐりんと首だけ回して三度見のガン見された。怖っ! 何それ! 鳥!? 鳥なのその首の回りっぷり!
「ユキヒロ、新婚旅行とはあちらでも結婚したばかりの夫婦が祝いや記念でする旅行で間違いないですか」
「う、うん。間違いない、っす」
「え、なんで私でなく幸宏さんに確認するの」
「よしっ認識に齟齬なし! 迅速に帰りますよ。帰って調整します、ええ、すぐに設定します伝手もコネも権力もありますので、なんとでもなりますしますできますザギルお前ちょっとあの人形なんとかしろ動かせ」
「無茶ぶりすんじゃねぇよ」
騎士団長の覇気がすごい。
壊せってんならともかくなんとかってなんだと、ザギルがぼやきながら屈んで床に薄く流れる魔法陣へ指先を添わせた。膝に力をためつつのクラウチングスタートの姿勢は、本人の野獣っぷりもあいまって獲物を狙う肉食獣のようだ。なにすんだろ。
「なにすんの。食べるの? どれを?」
「うっせ……魔力流れる気配はなさそう―――っと」
「動く!」
ひゅっと息を呑みつつ抑えた囁き声で警告を出したのは翔太君。
訪れた一拍の静寂に、小さな駆動音が走った。
チチチチチと細かく空気を震わせる駆動音は、リゼのそれよりもはるかに滑らかだ。あいつのは軋む歯車の音だった。
―――カチン
はまるべきところに何かがはまったような詰まる音とともに、案外と淀みない動きでオートマタが斜め後ろへと踵を返す。
昔テレビで見たロボットのように頭の位置は上下に揺れることなく、むしろバレエのターンのごとく優雅といってもいいほどの動きだった。床に触れそうで触れない長さのスカートの裾からは足さばきは見えない。あれは二本足で移動してるんだろうか。まさかのキャタピラだろうか。それほどに重心移動が水平だ。リゼは匍匐前進だったし、あいつのスカートの中は確認できてないからわからない。
こちらを認識してたのかどうかはともかく、オートマタの視界から私たちは外れた。オートマタなんだから実は後頭部に目があるとかあるかもしれないけど。全員固唾をのんでその動きを注視していれば、既定のレールにのるように、ザギルたちがまだ探索していなかった方角の壁に向けて移動していった。
「―――俺ァ、追っかけっけどお前らどうする。陣に魔力流す気配もねぇからココはひとまず安全だろ。俺だけなら先に様子見て確実に戻ってこれるぞ」
「ここで二手に別れる意味なんてないでしょう」
「……気は進みませんが、今はそれが最善ですね」
意向を聞く素振りで、暗に自分が斥候するのを提示するザギルに対して、攻め一択のエルネス。さすが蹂躙と殲滅の女王。ザザさんも選択の余地なしと幸宏さん達に陣形の指示を目線でだした。
礼くんにまで視線を送って頷くのに、何故私には指示がでないのか。視線が頭上を素通りするのか。何故。
◇
古代遺跡で登った螺旋階段も相当な長さだったけれど、光源もないのにランタン要らずの明るさを保っている通路は緩やかな弧を描きつつ延々と続いている。
今までいた部屋と同じように水晶のごとく薄碧い床は、その硬質さとは裏腹に足音を全く響かせない。
スカートの裾を捌く動作もないオートマタは滑るかのように私たちの先で歩みを進めている。ルディ王子に付き従っている上級侍女みたいな卒ない先導だ。私たちがたたらを踏むほど遅くもなく、かといって周囲への警戒が疎かになるほど早くもなく。どうぞ内装や調度品をお楽しみくださいとばかりに。ないけど。綺麗だけど愛想のない壁と床だけだけど。
「ねぇねぇ和葉」
小声にしようとしてるみたいだけど抑えきれずに普通の声量になってるあやめさんは、なにやら頬を染めてきらきらと目を輝かせてる。
「いつ決めたの? 何が決め手になったの」
「何がですか」
わからないわけじゃないけど、ちょっとすっとぼけてみると、もおっとばかりにぷっくり頬を膨らませたあやめさんかわいい。
「だってついさっきじゃない。結婚保留したのついさっきなのになんで急にって思うじゃない。全然その気なかったんでしょう? でも結婚するって決めたんでしょ?」
オートマタが手をかざして壁に切れ目がはいって示された通路、あの魔獣とモルダモーデ入りの柱の広間から脱出して、予想以上に何事もなく結構な時間オートマタの後をついて歩いていた。
あやめさんの声はどこかに吸収されているのか響きはしない。こんなに広く長い先の見えない通路なのに。
「その気なかったなんて言ってないですよ。考えたことなかったからイメージ湧かなくてピンとこなかっただけで」
「じゃあもうピンときたの? なんで? 何がきっかけ?」
「食いつきますね……」
「いいじゃなーい。私も知りたいわ。何よ何よそんなそれっぽいようなことなかったわよねぇ」
「なんだろう幸宏さん、こんな状況では女の人のほうがやっぱり強いんだねっていうか」
「翔太、俺はお前の中の平均的な女性像がまだ大丈夫か心配だよ……」
年齢と経験を考えれば幸宏さんと翔太君も大概肝座ってるとは思うんだけどなぁ。てかまだ大丈夫ってなんだろう。礼くんは私を変わらずマントの中に抱き込んだまま、足の甲に私の足を載せてご機嫌で歩いてくれてる。天使。
「うーん、そんな不思議ですかね?」
「和葉はもっといっぱい考えるんじゃないかと思ってたんだもん」
「え、いっぱい考えましたよ?」
「早くない!? 決めるの早くない!?」
「不思議なのって時間の長さなんですか!?」
「エルネスさん、私が不思議がるのって不思議なとこ……?」
「え、ええ、そうね、私も不思議だから不思議じゃないんじゃ、ないかしら」
「黙って聞いてたら……神官長? 余計なこと言わないでくださいね。なんですか僕が相手だと不足だとでも」
「ヘタレは黙ってなさいよ。どうせあんただって知りたいくせに」
「くっ」
「むぅ、そんなに早かったですかねぇ。というか選択肢が揃ったら後は選ぶだけでしょ。むしろなんで時間がいるんですか」
「エルネスさん、選ぶのが悩みどころというか時間かかるとこだと思うんですけどチガウのかな」
「間違いではないわよアヤメだいじょうぶ。カズハが常に男前なだけだわ」
「和葉ちゃんの辞書に『悩む』ってのがないんじゃないかな」
「考えてんだか考えてないんだかわかんねぇのがこいつの通常運転だしな」
「ほんとザギルは流れるように無礼ぶっこむね!?」
イメージ湧かなかっただけで沸いちゃえば、するっと選べるもんじゃない。意味がわからない。
そんな、ねぇ? そんな乙女じゃあるまいし揺れるようなものないでしょう。
だって彼の隣はとても居心地がよいのだもの。息苦しさなんて全然ないんだもの。
正直子ども持たないのなら結婚という形が必要なのかとも思いはするのだけど、私が持つ家庭のイメージというものがもう知らず知らずに元の世界でもっていた家庭の形に固まってしまっていて、それがザザさんと過ごした休日とは全くかすりもしないものだから。だから『結婚』なんてものに結び付いていなかったんだと思う。
でも、その休日が毎日になることがザザさんのいう結婚の形なのだと思ったら、すとんと落ちてきた。
あんなものは欲しいものじゃなかったとやっと気づけたはいいけど、じゃあどんなのが欲しかったのかとなればまるでわからなかった。だって知らなかったからね。そんな形もありだなんて。
待たなくていいんだよ。一緒に帰るから。
洗った皿を受け取ってくれるんだよ。空いたグラスを満たしてくれるんだよ。
私にとっても居心地のよい巣ができるんだよ。私だけでつくる巣じゃないから。私の居心地の良さを考えてくれるから。
一人で必死に守らなくてもいいんだよ。ちゃんと私が大事にしてるものがどれか知っていてくれているから。
そんな形は知らなかったもの。そりゃイメージ湧くわけがない。知らなきゃ欲しいなんて思うはずもない。でもわかってしまえば、見てしまえば、知ってしまえば。
あ、これ、欲しかったものなのでは? ってわかるじゃない。
「えっと、きっかけ? 決め手? というなら、あれですかね」
「どれどれどれどれ」
「羊羹もってたんで」
「「「「そこ!?」」」」
ちゃんとね、私がおなかすかせてる子ほっとけないのをわかってくれてたんだもの。大切なみんなの分の羊羹まで持っていてくれた。私の手が届かないところを補うように準備してくれていた。
私だけで頑張る必要ないのだと、行動で示してくれていた。
と、そこまで説明するのはなんだかこっぱずかしいし、今わざわざみんなに披露することもないだろう、彼はわかってくれてるだろうと、端的にまとめてみたのだけど。
「た、確かに食料確保は男の甲斐性とも言えるかもしれないわね……」
「いやそれなんて野生動物」
「俺こんなんに野獣呼ばわりされてんの納得いかねぇ」
「和葉らしい、の、かな……」
「―――持っててよかった……っ」
絞りだすような声に振り向いたら、ザザさんが拳を天に突きあげてた。