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8話 大切なものの守り方

「総員配置につけ! ストーンウォール! 障壁展開! 信号火をあげろ! 赤と緑だ!」


 ザザさんの、張りのある声が響く。

 その指示だけで、騎士たちは確認しあうこともなく、一斉に己のいるべき位置へと散らばった。

 上空でぱんっぱんっと破裂音がして、見上げると立ち上る黒い煙と、赤と緑の火花が散っていた。

 王都への合図だと前に聞いた覚えがある。結構遠いのに見えるのかな。目がいいんだろうな。


 ゆるゆると視線を地面に戻す。

 今さっき、ほんとに今さっきだ。


 ―――美味しかったですカズハさま


 空の椀を持ったまま、深い礼をして。

 そう、名前はなんといった、もうすぐ幸宏さんたちが戻ると教えてくれた人、ああ、サイツさんだ。

 

 サイツさんの顔があった場所、サイツさんの左肩が、椀を持った左腕が、胸当ての左側に刻まれていた紋章が、あった場所へと視線を戻す。

 サイツさんであったはずの右肩から左脇への断面は、黒く焼け焦げている。


 炎なんてあがってなかった。

 ただ、紫色の、幅一メートルほどの閃光が走っていったのだけが、その閃光が、サイツさんを持っていったのだけが、わかった。



 この座敷童にまで優しい世界で、確かに殺しあうために私たちは呼ばれたのだと、奇妙な納得が胃に落ちてきた。





 配膳を終え、自分の分の椀と皿をもって幸宏さんたちと合流した。


「お先いただいてます」

 翔太君が軽く会釈する。


「牡丹鍋すげぇ美味いよ! ローストポークも絶妙な火加減な!」

「火加減は私なんだけど!?」


 幸宏さんは肉をもごもごしながら称賛してくれるけど、あやめさんの言い分はごもっともだ。


「指示してたのは和葉ちゃんだろー。オーブンもないのによく調整できるよな」

「肉用の温度計はつかいましたし、火の色の見方は厨房で習ったんですよ」

「こまっかいのよ! あとちょっと小刻みにとかもう気持ち一口とか訳わかんない指示なのに!」

「あやめさん、流石でした。魔力使うの一番上手ですもんね」

「あんな火柱あげたら抑えられるの私だけじゃないのおお!」


 ぐふぉっと、幸宏さんが含んでた肉を吹き出しかけた。


「―――おま、やめろよ、思い出、っ、すだ……ろ」


 あやめさんが火を抑えてくれた間、幸宏さん、ずっと笑い転げてたもんね……。翔太君も肘の裏で口押さえて震えてるし。

 ローストポークは丸焼き用の火の隅に網をかけてつくった。結構やればできるもので、いや、実際やったのはあやめさんなんだけど。


「でも、和葉ちゃんすごいね。詠唱もしてないのに」


 礼くんが、私と幸宏さんの間に腰を下ろす。いいけどちょっとそこ狭くないかな。また自分の幅間違ってる感じのあれかな。


「えいしょう」

「うん。だってあんな大きな火おこすなら詠唱しなきゃでしょ?」

「え?」

「え?」


 首を傾げると、礼くんは私とは逆方向に首を傾げた。

 あやめさんは盛大に眉間に皺を寄せた。


「エルネスさんに習ったじゃない。ある程度大きな魔法を使うときは、魔法名の詠唱で魔力の性質や威力を調整しないと、発動そのものが難しくてできないって一緒に―――いなかったわね……?」


 そもそもこの世界にくるまで魔力なんてものはおとぎ話だったわけで。私たちは一番最初に「魔力」というものの存在を感じることからはじめなくてはならなかった。

 水晶やら、魔法陣にかかれていたのと同じ文字が刻まれたオルゴールみたいな箱を使って、自分の中の魔力を感じ取り、操作する術を学んだのだ。

 ちなみにエルネスさんはその役職と外見からはかけはなれた「そう、そこでぐーっと」「ぽわってなるからそうしたらきゅうって感じで」といった感覚派だった。ちょっと難しかった。


「あれ、でもあやめさん、訓練の時そんなのしてなかったじゃないですか」


 以前の訓練風景を思い出す。確かに時々口がもごもごはしてたけども。


「火球や礫程度なら別にいらないけど。発動速いから手数うつのに必要だし。でもある程度威力あるのなら詠唱するわよ」

「……口もごもごしてたやつ?」

「恥ずかしいでしょ! 技叫ぶみたいで!」


 まあ、それはわかる。

 礼くんは隣で、えー、かっこいいのにと呟いてる。まあ、それもわかる。


「いや、え、待ってください。カズハさん、神官長はそこまで教えてくれてないんですか?」

「や、戦闘しないなら必要ないわねー、魔力体感出来たら生活はすぐできるわよーって」

「……はぁ?」

「両者合意のうえで授業から離脱しました」

「っんのババ……っと、えー、神官長は、その、天才肌なもんで、うん、カズハさん、城に帰ったらもう少し練習しましょう。神官長には僕から言いますから」

「え、あ、は、はい」


 ザザさんが乱れた!

 初めて見たかもしれない! ザザさんの貴重な罵倒シーン!

 幸宏さんはうずくまってる。苦しそうですね。息できてますか。少し笑いすぎなんじゃないかな。



「―――失礼します。よろしいでしょうかカズハさま」

 空の椀を持った騎士がザザさんの後ろにたって、私に礼をとった。


「とても、美味しかったです。カズハさま。特にこのスープ、ボタンナベ?」

「ああ、お口にあったならよかったです」


 料理を褒められるのは無条件で嬉しい。

 自分が美味しいと思うものに近づけようと思うと、どうしてもこの世界にあるもので近いものを探さなくてはいけないわけで。そこそこ苦労したわけだけど、だからといってこちら側の人の口に合うかどうかは別だ。私も美味しい、彼らも美味しい、のであれば苦労した甲斐もある。


「これは食堂のメニューに加わる予定はありますか?」

「どうでしょう。料理長も新しいもの好きなので一度は出るかもしれませんね」

「おお、それはありがたい。ぜひうちの隊の若いやつらにも食わせてやりたいと思いまして」

「それはいいな。僕からも料理長に言っておこう」


 騎士はザザさんと微笑みあってから、もう一度礼をとって少し離れたところで食事してる一団に、腕をあげながら近寄っていく。軽い歓声に迎えられてた。なるほど、ほんとになかなか評判よかったらしい。


「うちの隊って、この隊の方ではないんですか?」


 食堂に出入りして声をかけてくれる人のことは大体覚えているけど、その所属まではわからない。今の人はよく声をかけてくれる人だ。


「ああ、あいつは王都周辺警備担当の小隊長ですね。この隊は選抜した臨時の精鋭部隊です。勇者様たちの訓練と護衛を兼ねてますから」

「あの方、ザザさんとそんなに変わらない年代ですよね? 精鋭なのに小隊長なんですか?」


 やっと発作が収まったらしい幸宏さんが怪訝そうにザザさんに問う。何が怪訝なのかわからない私は幸宏さんに怪訝な顔をしてしまう。


「いや、精鋭でザザさんと変わらない年齢ならもっと階級上じゃないのかなって」


 なるほど。どうやら小隊長とはもうちょっと若い年齢の人が多いということか。幸宏さんの問いにザザさんが苦笑いをかえした。


「あいつ、変り者でね。柄でもなければ器でもないって昇進蹴り続けてるんですよ。僕としては、腕は確かだし人望もあるんでもったいないと困ってるんですけどね」

「あー、有能な人は上層にいてほしいですもんね」

「適切な人材配置ができないのは僕の能力も疑われるんだって脅しまでかけてるのに、まったく気にしてくれやしないんですよ……」


 ザザさんともともと仲良しなんだろうなぁ。同年代ぽいし。

 というか、幸宏さん、詳しいのかなそういうの。そういえば騎士の人たちと談笑してる姿をよく見る気がする。そう聞くと幸宏さんは一瞬気まずそうな顔をした。


「いやぁ、向こうの世界とは結構違うし詳しいといわれるとどうかなと思うけどね、てか、俺らの中で多分一番騎士たちと仲良くなってるの和葉ちゃんじゃないかな。さっきの料理中も息あってたじゃん」

「みなさん食堂来ますし、子どもと男性は胃袋が一番の弱点ですからね」


 幸宏さんとザザさんは顔を見合わせて「ちがいない」と笑ったそのときだった。


 気配も、前触れも、一切なかった。

 

 走り抜けた閃光が、世界の色を変えた。





 ザザさんが手をかざした先、森と私たちの間に高さ三メートル幅四メートルほどの岩壁が立ち上がり、二枚、三枚と同じような岩壁が両脇に並んでいく。

 薄青く半透明な靄が岩壁を包んだ。あれが障壁だろう。


 とっさに立ち上がり抱え込んだ礼くんの頭。私の体では礼くんの視線を遮ることができなかった。


「……え? 和葉ちゃん、あの人、え?」


 大なべを囲んでいた人たちも、さっきまでサイツさんを笑顔で迎え入れようとしていた人たちも、横たわるサイツさんだったものを一瞥もせずに、私たちと岩壁の間に立ちふさがる。彼らが礼くんの視線を防いだ。


 閃光はどこからきたのか私にはわからなかったけれど、ザザさんにはわかったのだろう。

 最初の岩壁で方角を示し、騎士たちは武器をもち、盾をもち、その方角へ向け魔力を練りだしている。

 勇者の護衛のためにいる精鋭陣だと言っていた。

 戦ってくれと頼まれたはずの勇者が立ちすくみ、その勇者の腕をとり後方へ引こうとする人たちがいる。

 それがこういうことなのか。


 まだ未熟な勇者を守るために、ためらいもせず盾になるのか。



 昔、男女の守り方の違いという御託を聞いたことがある。女は守るものを抱え込み敵に背を向け、男は守るものを背にして敵と向かい合うのだと。性差ではなく戦う術があるかどうかなんじゃないかねと当時思ったものだ。往々にして男性のほうが腕力があるので、性差と言えば性差なのだろうけど。



 三メートルの高さがあるにも関わらず壁の上に何かが現れた瞬間、赤い炎や青白い礫が弾幕となりその姿を隠す。

 数拍おいてザザさんが腕を横に薙ぐと、風が煙った視界を打ち払っていった。

 現れた姿は、トラの体躯、蝙蝠の羽根をひろげた獣。そのヒトのような顔立ちをみっしりと覆った毛には焦げ跡ひとつついていなかった。


「―――なんでこんなとこに」

 呟いた騎士はそれでも一歩も後ずさらず、盾を構えなおす。


「四班! 行け!」


 ザザさんの声に、私を礼くんごと抱え込んだ腕の力が強まった。


「早くこちらへ」


 さっき、一緒にグリーンボウを解体した人だ。ほんとに一緒にやるのかと何度も聞いた人。セトさん。

 あなたが四班なの? ザザさんは? 私たちに背を向けているあの人たちは?

 もつれる足と同じようにもつれた思考が駆け巡る。


 だって、ほら、壁の上、中空には、新たに二体、あの獣が現れた。

 三対の金色の瞳は、眼下を睥睨してから王者のごとくゆったりと、地に降り立ち。

 一斉にあげた咆哮で、最前線にいた騎士たちを数メートル吹き飛ばした。


 彼らはばね仕掛けのように立ち上がり、矢と魔法で牽制する後衛と即座に並び立つ。

 鎧の隙間から赤いものを滴らせている人もいるのに。

 倒れたまま動かない人もいるのに。

 大楯は再度前に出て、剣が、槍が、後に続く。



 硬直したまま引きずられていた私たちの中で、一番最初に動いたのは幸宏さんだった。


「あやめ! 回復に回れ! 翔太は右を潰せ!」

「っはい!」


 あやめさんはびくっと肩を震わせてから動かない人へ向かって駆け出し、翔太君は青ざめつつも鉄球を顕現させる。


「駄目だ! あれは魔獣だ! 引け!」

「じゃああんたらも引け!」

「―――尾を先に落とせ! 二班、六班回り込め!」


 幸宏さんに制止を振り切られたザザさんは、瞬時に号令をかけなおす。

 数人が左右に分かれ、翔太君は右の獣に鉄球を放ち、幸宏さんは残り二体に矢を連射しながら大楯の壁を飛び越え最前列に躍り出た。

 鎧を赤く染めている人たちの腹や肩に、淡いオレンジ色の光が幾つも舞う。あやめさんの回復魔法だろう。


 幸宏さんは一瞬振り返り、私と礼くんに目を止める。


「―――っ礼さん! 和葉ちゃん連れていって!」


 幸宏さんには、私が礼くんと騎士に抱きかかえられてるように見えたのかもしれない。

 私たちの動きを待たず、幸宏さんは獣二体に対峙しなおす。

 間断なく降り注ぐ騎士たちの矢や火球を小虫のように払う獣たちも、翔太君の鉄球や幸宏さんの魔力矢はすれすれで躱していく。


 両腕を礼くんの頭から胸に抱えなおして、力をこめた。


「行くよ!」

「で、でも」

「行くの!」


 案外、礼くんを軽く持ち上げられた気がしたけど、私の足は地についていなかったから、礼くんごと持ち上げられたんだと思う。


 でも、それも違った。

 私も、礼くんも、私たちを抱え上げたセトさんも、宙に浮いていた。

 

 三体のうち、どいつが抜けてきたのかはわからない。

 騎士たちの頭上を越えると同時に、私たちを吹き飛ばしたのだろうと、コマ送りのように空中で離れていく礼くんとセトさんの姿を見ながらぼんやりと思った。


 一番軽い私の体が、きっと一番遠くまで飛ばされるだろう。

 

 後頭部に衝撃が襲うのを、なぜこんなにゆっくりと感じるのだろう。


 二度、三度、四度、視界が空で埋まるたびに体内に響きわたる衝撃。

 痛くはない、痛みはない。

 こんなにゆっくりと時を感じるのに、地面を抉りながら、土煙を上げながら、私の体は抗いもしない。


「……ぐっ、けほっ」


 風景がやっと固定される。

 セトさんは立ち上がろうとして膝をつく。

 ザザさんがこちらへと駆け出す。


 上半身だけを起こした礼くんへと、獣が一歩、悠然と踏み出す。



 ―――認識できるのに体が動かないなんて、そんなことあるものか。


 うつぶせた低い体勢のまま、抉れた地を右足で蹴る。

 パリパリと乾いた音が右足を伝い、それは左足、左腕、そして右手へと細い糸が絡むように伸びていく。

 凝り固まった筋肉をほぐす、ちりちりとした快い痛み。

 右手に顕れた柄は、吸いつくほどに掌に馴染み。


 召喚された翌日、顕現させたはいいけど一ミリたりとも動かせなかったはずのハンマー。

 それは今私の右腕の一部かのように。

 線香花火のはじける火のように、暗い部屋ではしる静電気のように、乾いた音とともに、私とハンマーに張り付く細い光。


 喉の奥からこぼれだすのは私自身きいたこともない咆哮。


 重くて動かせない? ばかな。そんなことはあるわけがない。

 礼くんと獣の間に割り込み、従順に追随したハンマーに左手を添え、


―――私は重力を管理する。


「……っちの子に何するかあぁぁっ!!」


 振り抜かれたハンマーは、四つ足と腹を残して、獣の頭から尾までを抉り取った。

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