77話 二つ名は戦乙女だそうです乙女とかどうなの
「うん。やっぱり女は色事で磨くのが一番よね」
「本当にそういうものなんですね……私も頑張ろう」
満足げなエルネスとあやめさんの顔を見る限り、会心の出来なのだと思う。
精密なレースのビスチェから、薄羽を何枚も重ねて夜空の色みたいな漆黒と瑠璃のグラデーションを広げるドレス。花魁の打掛みたいに肩を大きく広げて羽織るオーガンジーには、金糸で小花と蔓の繊細な刺繍がみっちり施されている。
緩く編み上げた髪には金細工のヘッドドレス、地味顔には一筆入魂とばかりのメイク。
勇者パレードで公式お披露目がなされたので、これからは定期的に夜会やら園遊会やらが催されるらしい。前に開催された舞踏会は、他国の王族以外は選ばれた貴族たちしか出席はできないものだったけど、その制限がちょっと緩くなるそうだ。
で、今日はその初回の夜会となる。
「えっと、いつもより露出高いね? 背伸びした痛い子になってない?」
私を着飾ることに並々ならぬ情熱を傾けてくれる二人のセンスは全面的に信じてるし、ありがたくお任せしてるんだけど。
これまではなんだかんだと子どもの体ゆえの可愛らしさに重点が置かれていたのがなんだか大人っぽい方向にシフトしてきてる気がする。背中がっつり開いてるし。
「あら、気に入らない?」
「ううん。かっこいいし素敵だし、私いけてるんじゃないかなとも思うのだけど、気のせいな気もしないでも」
「気のせいじゃないし! 私も最初衣装負けしちゃうんじゃないかと思ったけど、さすがエルネスさんだし!」
あやめさんはぐっと握りこぶしをつくって力説してくれた。エルネス上げに落ち着くあたりがあやめさん。濃い紫を基調としたドレスは体にぴったりと添うラインでありながら、薔薇を象り桃色を重ねたフリルのワンショルダーが大人っぽさと可憐さを同居させている。
エルネスは青紫で総レース仕上げのスレンダーラインドレスが妖艶。安定の妖艶。
「ここ最近あんた色艶よくなってるからねぇ。あの堅物がなかなかいい仕事してるわよね」
「そ、そゆこというのやめたまえよきみ……」
エルネスさんてばなんかすごくセクシャルなニュアンスいれてきてないかね。私なんて受け止めたらいいのかねそれ。レシーブ難しい。
「あんた前回は別方向にぶっちぎったんだからね。今回はきっちり勝ちに行きなさいよ!」
「勝利条件がわからないよっ」
「あやめも油断すんじゃないわよ! ちゃんと私にくいついてきなさい!」
「は、はいっ」
「ちょっと神官長聞こえてますよ! またろくでもないこといってますね! やめてください! やめてください!」
激しいノックとともに廊下で叫ぶザザさんの声が響いた。
めんどくさいのがきたって呟いて、ザザさんを部屋に招き入れたエルネス。ひどい。
「神官長が何かと戦うのは結構ですけど、カズハさんを巻き込まないでく―――」
ずかずかと乗り込みながらザザさんが固まって私を凝視してる。後ろからぞろぞろついてきてたセトさんや礼くんたちが、その立ち止まった背中でたたらを踏んだ。
どうした。紳士のザザさんならいつも流れるような褒め言葉がでてくるのに。
「……私結構いけてると思うんですけど」
「―――あっ、いや、すみません。見蕩れました」
きたこれ! これでなきゃ!
片手で口を押さえたザザさんの目元がふわっと染まってる。さすが! さすがエルネス! 内心でガッツポーズをエルネスに捧げてたら、ザザさんの眉間がきつく寄った。何故。
かーわいー! と駆け寄った礼くんと両手をつないでぶんぶん振り回す。ありがとう礼くん! 礼くんもすてき!
「……セト、やっぱりこれからちょっと」
「無理ですよ。総長に何回休暇却下されたと思ってるんですか」
「……くっ」
総長ってのは、騎士団全てを総括する役割の人らしい。第一騎士団団長を兼ねている。第二騎士団長のザザさんにとって直属の上司にあたる人。二、三回会ったことはある。
ちなみにエルネスが神兵団の総司令で同格だから、序列から言えばエルネスのほうがザザさんより上。常に敬語だけど割と言いたい放題なので、それに気づいたのは大分後だけど。
今日の夜会では、前からザザさん休暇申請してたんだけど却下されたって言ってた。通常ならそんなことはないのだけど、やっぱりイベント時に休暇は受け付けてもらえないそうで。というか、何回もって。
幸宏さんと翔太君はエルネスとあやめさんに賛辞を送ってる。うんうん。彼らも紳士の道を歩んでおる。まあ、あの二人には賛辞を送らないではいられないだろう。わかるわかる。
「いやだっておかしくないか。総長はともかく第三の団長も今日は参加者側なんだぞ。第一も第三も今日は警護にはいってるのに、なんで僕だけ」
「自分に言われても―――行っても無駄ですよ。ついでにいえば陛下も却下に賛成してました」
「なんでお前が知ってるんだそれ! 陛下なんて休暇とれって普段散々言ってるくせに!」
踵返してドアに向かおうとするザザさんを、セトさんが追い打ちかけて窘めてる。しかめっ面は休暇がとれないせいか。
しかしなんだってそんなに今日お休みしたかったんだろう。決まったお休み以外に休暇とってるとこなんて私たちが召喚されてから見たことない気がするのに。
「ザザさん、そんなに今日お休みしたかったんですか? 珍しい」
「……エスコート、僕がしたかったんです」
「えすこーと」
「警護にはいっちゃうとエスコートどころか、会場でそばについてることもできないんで」
ため息ついて眉を下げたザザさんにふわっと抱き寄せられた。な、なるほど?
えっと、今勤務中判定のはずだしそれならこんな風にすること普段ないんだけど。ザザさんの基準どうなってんだろうか。というか、恥ずかしいんだけどな? 照れちゃうんだけどな?
抱きつき返すべきなのか、そうじゃないのかわからなくて手をさまよわせてると、がっと両肩つかんで顔をのぞき込まれた。
「いいですか。会場から出ないで下さい。出るなら必ず僕に声かけて下さい。バルコニーも庭園も会場カウントじゃないですからね」
「う? 庭園も開放され、てるって」
「声かけて下さい」
「は、はい」
「……あんたそれだから休暇もらえなかったんでしょうが」
「意味が分かりませんね」
飛んできたエルネスの呆れ声に振り向きもせず、私を抱き上げるザザさんの額が肩口にすり寄せられた。
「そうやってカズハ抱え込んで周り寄せ付けないのが目に見えてるから、離されたんだって言ってるの」
「夜会で寄ってくる虫払うのは恋人の権利です」
「あんたも貴族の端くれなら社交が色恋だけじゃないのわかってんでしょうが」
「カズハさん、前回のとは違って今回からは貴族とはいえ選別がほとんどされてないです。貴族もいろんなのがいますからね。心得もおぼついてないのいるんで、ほんっと珍しい食材とかちらつかされてもついてっちゃだめですよ。いいですかいいですね」
「聞きなさいよっ」
そんなおやつくれるからってついてっちゃいけません的なこと今更言われるとかどうなの。
「ザザさんって、付き合う前から隠す気あるのかってくらいダダ漏れだと思ってたけど、今思うとほんと隠してるつもりだったんだね……」
「今の大解放に比べりゃ確かに慎ましかったもんな……」
ダダ漏れ度アップしてるらしい……勤務時間中は前と変わらないと思うんだけどな。何故か今はちょっとプライベートモードだけど。
翔太君たちにそう言うと、またすごく哀れな人を見るような顔された。解せない。
「―――ヤツは?」
エルネスどころか他の声も総スルーし続けてるザザさんが、ふと思い出した顔で辺りを見回してザギルを探す。
「出かけるって言ってなかったから、近くにいますよきっと。前の合コンの時も最初姿見せなかったし、こういう場は好きじゃないみたい」
「まあ、そうでしょうね……ピアス、やっぱりよく似合います」
「えへへ、ありがとうございます」
耳たぶを細やかなオーナメント柄の金台座で覆うピアスには、大粒のブルーアパタイトと小さくて沢山のダイヤがあしらわれている。透明度が高くネオンのように輝く水色の宝石は、ザザさんのもう一つの魔色と同じ色。
この夜会にはドレスコードがあって、みんな自分の魔色をどこかに入れることになっている。で、そういう時はパートナーの魔色もいれるものだからとザザさんが贈ってくれた。びっくりした。ほんとびっくりした。
ドレスとかはエルネスたちにお任せしてたけど、それにもきっちり金色がはいってて、でも、ピアスは用意されてなかったから話が通ってたのかもしれない。それもまた照れてしまう。紳士な貴族の嗜み、隙がなさすぎる。
◇
ファーストダンスは前回と同じくルディ王子が申し込んでくれた。
礼くんは王女殿下と踊ってた。王女殿下ね、私より背高いんだよね……。
あやめさんは前回の合コンで仲良くなった何人かと代わる代わる踊ったりメモとったりしてる。そのメモどこに隠してた。あれか。その薔薇のフリルの中とかか。
翔太君も前回の合コンで顔を合わせてたご令嬢たちといつの間にやら仲良くなってたらしく、ほのぼのと笑顔でおしゃべりしてる。
幸宏さんは、うん、来るもの拒まずの笑顔でひらひらとご令嬢たちを渡り歩いてた。
私は壁の花になるから、警護にあたってるザザさんの近くにいればいいやなんて思ってたんだけど、意外や意外、ダンスのお誘いが次々とくる。
「やっとお話しできる機会がもらえました」
にっこりと口角をあげて、ワルツのリードをとるこの人は第三騎士団長カロンさん。ザザさんと同年代だろうか。ちょっと若く見えるけど獣人系だし実際の年はわからない。
「やっと? ああ、あんまりお会いしたことないですもんね。第三は王都警備が主とはいえ、団長さんなら城に普段いらっしゃるんじゃないんですか?」
「棟が違いますからねぇ。公式発表の前は私たちでもそちらにはあまり行けませんでした。食堂もこちらに新たに作られましたのでね、カズハ様の料理をいただける栄誉も与えられず、です」
「食堂ででる料理は私が味付けしてないですけどね」
くるりとターン。今日のパニエは控えめだ。軽やかな幾重ものスカートが流れるようについてくる。
「公式発表が終わりましたから、もう私たち第三もそちらの棟への出入り制限がなくなったのですけど」
「ああ、そういえば食堂に第二以外の騎士たちを見かけるようになりましたねぇ。というか制限されてたのですか」
「悔しいですが、第二騎士団はザザ騎士団長の求心力が高くて統率されていますからね、勇者様たちが最初に接する騎士たちとしてふさわしいとされたんです。勿論一番の理由は北の前線の主力なためですが、この世界に早く馴染むには信頼していただくことが重要でしたから」
「なるほど……まんまと馴染みました」
くすくすと笑いながら首を傾けて見下ろすカロンさんは、どこか探るような眼をしている。
「やっと制限もなくなりましたし、あのザザを溺れさせた戦乙女と是非お話してみたかったんです」
「え、なんか今聞き慣れない言葉続きましたねなんですか」
「先日の上空での戦闘に心奪われた騎士は多いです。戦乙女の呼び名は相応しいと思いますよ。―――最初の舞踏会の時に警護でお見かけはしてましたが、まさかあそこまで戦闘力が高いとは思っていませんでしたし、正直あの時よりも今はるかに女性らしく優美で見違えました。ああ、そうだ。先日部下が城下で失礼を働いたそうで……申し訳ありません」
「は? え?」
いやちょっと展開早いよね。ついていけないよね。城下って、あ、ザザさんのモトカノのそばにいた人が第三だったか。
「あ、あー、いや第三の方は何も。礼儀正しく接してくださいましたよ。ザザさんの元恋人はなんだか怒ってましたけど、私的には面白かったので問題ありません」
「ははっ、面白かったですか。それはいい。部下が驚いてました。あのザザ団長が人目も憚らずに溺愛していたと」
「で、できあい」
惣菜的なあれじゃないよね。出来合いとかそれじゃないだろう。溺愛だなんて非常に縁遠い言葉だったのだけど、そうか、そう見えるか。いやあれは見えるなきっと。バカップルよねそうね。顔あっつい。
たたら踏みかけた私を、上手にフォローして立て直してくれた。騎士団長ってのは紳士じゃなきゃなれないのか。
「半信半疑というか話盛ってるんじゃないかと思ってましたが、実際紹介を頼んでもまるできいてくれませんし。何より今も殺気飛んできてますからね。納得しました」
「殺気?」
ザザさんが? 誰に? さっきまでいたはずの場所を振り返ろうとしたらターンされて見えなかった。
「カズハ様が可愛らしく赤面したのが面白くなかったってとこですか。付き合いは長いですが、あいつが女性のことであんな顔するのは初めて見ましたよ」
「えー? どんなですかどんなの」
カロンさんの背の向こうを覗き込もうとするけど、この人おっきいなぁ。全然見えない。
「そのピアス、ザザからですか?」
ザザさんの方を見ようとステップとりながらも左右にぴょこぴょこ揺れながら、はい、と答えたら、心底楽しそうな笑い声が降ってきた。
「私の知る限り、あいつがその石を贈った女性はいないです。ご存知ですか。その石でそこまで透明度の高い水色はあまり出回ってないんです。よっぽど自分のものだと主張したいらしい」
「え? え? そういう? どういう?」
自分の魔色をまとわせるってそういう意味なんだろうか。ザザさんの魔色は金と薄青だけど、金ならともかく、珍しい石であれば自分のものだとわかりやすいってことなのかな。
自分のものだとか、いやん、にやけちゃう。
「あいつ途切れなく女性はいましたけど、深入りはしなかったですからね。仕事が何よりも優先だったので。聞いてるでしょうけど、今夜は参加者の選別が緩いです。あいつの過去の女性も数人きてますよ。気をつけてください」
「ザザさん、いつも振られるって」
「そりゃ形はそうですけど、駆け引きのつもりで別れ話持ち出してそのままってのも結構いるんですよ。わかるでしょう?」
「へ? よくわかんないです。というか、仲良しさんなんですね? すごく詳しい」
「妻の友人に何人かいますので」
「ザザさんの元恋人?」
「ええ。メリッサほど性質悪いのではないですけどね」
「メリッサって?」
「先日城下でカズハ様に絡んだ女性ですよ。さきほど姿を見かけた気がするので来てるかもしれません」
曲が終わって、指先にキスという実に優雅な挨拶をしようとしたカロンさんの手が横から払われた。
「カズハさん、そろそろ休憩しましょうか」
「おいおいザザ、お前持ち場どうした」
「たまたまカズハさんが僕の持ち場の近くで休憩するだけです」
「たまたまて……ったく、カズハ様、お相手ありがとうございました。興味があればさきほどの話の続きいつでもどうぞ」
「あ、是非」
背に軽く手を置かれ、会場の端の方へ誘導されるがままに任せて見上げると、しかめっ面の跡が眉間に残っていた。この人、前からこんなに可愛い人だったかなと思う。確かに可愛い顔するときはあったけど、最近可愛さの度が過ぎてると思うんだよね。
「カズハさん? 話って」
「ふふふ、ザザさんがどれだけ私をお気に入りかって話です」
「そんなの僕が一番語れるに決まってるでしょう」