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68話  ダイアモンドだね AH AH

 森から空へ吊り上げられるように浮かんだ影は三十をゆうに超えていた。


 しっかりと魔獣の種類や特徴、弱点を教えられている今ならわかる。

 マンティコアを中心に、針のように鋭い毛を逆立てているフェンリル、三つある頭それぞれの口からよだれをあふれさせているケルベロス、両翼を広げている鳥の身体と女の顔を持つハーピィ。

 脅威度はマンティコアが一番高いのに、占める割合が多い。


 そしてその更に上空に浮かぶ魔族が五人。

 全員いびつな巻き角に両端をかけた布を垂らして顔を覆っている。全員が薄茶の長髪、蝙蝠の四枚羽根。


『敵襲! 第二訓練場! 総員配置につけ! 非戦闘員は城下避難誘導!』


 駆け戻ったザザさんの指示で、翔太君が城内に拡声魔法を響かせる。


「―――礼ぃっ! 待て!」


 魔獣の群れが森の上空から静かに訓練場脇に降り立った瞬間に、先陣を切ったのは礼くんだった。


 恨むな憎むなと言い聞かせられたことを守ろうとしていた礼くん。

 けれど、参戦を決めたのはリトさんが殺されたからだ。

 大切な人を奪われた怒りが鎮まるわけがない。

 あの子はいつだって静かに自分の中で考え続ける子。静かに静かに闘志を燃やしていた。


 瞬時に訓練場の端にたどりつき、顕現された大剣がハーピィを袈裟切りにし、返し刃でマンティコアの首から尾までを一気に横薙ぐ。


 幸宏さんが放つ牽制の魔法矢と並走して、地を蹴った。

 後方からエルネスの詠唱が聞こえる。

 はるか上空の魔族との間に展開されていく障壁。

 翔太君の咆哮がびりびりと空気を震わせて、礼くんの位置から離れたところにいる魔獣たちを足止めしている。


 触れてなくては重力魔法の効力が落ちてしまう。

 そして魔法に対する抵抗力が高いものに対しても同様だ。

 ザギルがザザさんの「死の恐怖」に対して多少抵抗できるのもこれのおかげ。

 勇者陣に対しては、触れなければ引き寄せることが難しい。

 もっとも私だけは、この魔法への抵抗力がやたらと低いらしいのだけど。


 周囲の魔獣を滅多切りにしている礼くんは、それでもマンティコアの尾を先に落とすことを忘れてはいない。忘れてはいないからこそ、徐々に取り囲まれてしまう。

 私と礼くんの間に立ちふさがったケルベロスの頭を三つまとめてハンマーで叩き潰して跳躍し、礼くんの肩に飛びついた。


「かず」

「近接は後!」


 加速して本陣へと、礼くんごと落下する。


 魔獣の群れから離れれば、私たちの離脱を待っていた無数の矢と礫と火球が降り注ぐ。

 本陣に吸い込まれた私たちは、いくつもの大楯のカーテンで隠される。


 あやめさんがいくつものオレンジ色の光球を宙に待機させている。


 常道は遠距離攻撃で敵陣に穴をあけること。近接である私や礼くんが飛び込むのはその後だ。

 マンティコアの尾を先に落とさなくてはいけないのに、敵陣の密度が高いままでは回り込みにくい。

 これくらいの基本なら覚えてる。


「礼くん! エルネスの魔法の後行くよ!」

「―――はいっ」


 エルネスの詠唱が高らかに終わりへと近づいている。

 間断なく降り続く騎士たちの攻撃は魔獣たちに直接与えるダメージは少ないけれど、魔獣を貫ける幸宏さんの魔法矢がそれらに紛れることでその着弾率をあげている。

 翔太君の音魔法は魔獣の平衡感覚を失わせているはず。魔獣たちの動きが鈍い。


 練り上げられた魔力が彼女のフードをはためかせ、業火の波を呼ぶ殲滅魔法が発動しようとした瞬間。



「―――!!」


 一斉に粉々になった上空の魔族と本陣を遮っていた障壁。

 十メートルは撥ね飛ばされたエルネスの細い体。

 翔太君も土煙をたてて転がっていった。


「エルネスさん! 翔太!」


 あやめさんの光球が二人の身体に群がっていく。


 ザザさんの障壁が上空と、更に二人を覆うように張られ、それを中心に騎士たちの障壁が二重三重に展開されなおしていった。同時に敵陣の穴を誘うように礫や魔法矢の着弾点を、よく通る声で指示し続けている。


「まだまだああああ!」

「上っ等ぉ―――!」


 地面に指をめり込ませて、転がる身体を止め立ち上がった翔太君。

 エルネスも乱れた髪をそのままに詠唱を再開する。



 二人を吹き飛ばしたのは―――と、上空を振り仰ぐと、五人の魔族は直立不動のまま泰然と宙に留まっている。


 ……?


 あれは知っている。モルダモーデが使っていた見えない壁だ。殲滅能力の高い二人を先に落とそうとした。あれは圧縮空気だと見立てていた幸宏さんを伺うと、小さな頷きが返ってきた。


 だよね。あれはそうだ。魔族が攻撃を開始したのならば、なぜ追撃が来ない。やつらは全員微動だにしない。


 フェンリルが射出する鋭い毛は燃える火矢となり大楯ごと騎士たちを弾いていく。

 あやめさんの光球が弾かれた騎士たちを次々包み、楯の壁にあいた穴は後陣と復帰した騎士がまた埋めていく。

 ケルベロスは咆哮とともに氷礫を弾幕として、こちらの陣を前進させない。

 ハーピィの羽根が散らばり、マンティコアの尾を狙う魔法矢を相殺させる。


 ―――なのになぜ魔獣たちは前進してこない。

 ラインが引かれているように、最初降り立った位置から進もうとしない。

 何故、紫雷がとんでこない。


 ザザさんは騎士団長の迷いない顔を崩していないけれど、そばに駆け寄って見上げれば、少し戸惑い気味の視線が一瞬だけ送られた。


「おかしいですよね? 前線ではいつもこうですか」

「―――いえ、あまりに攻撃がぬるい。あの数相手でまだこちらには被害がほぼありません」


 何度も北方の前線で戦っているザザさんも、この魔獣たちの動きがおかしいと感じている。

 長年、戦線の大きな移動がほぼ発生していないとはいえ、戦闘自体が激しくないわけではない。敵も味方も消耗しつつ均衡を保っているのだ。


 魔獣はすでに何頭か仕留められつつも、いつの間にか森の奥から新たな魔獣が参入してその数は減っていない。一定の数を保っているだけで、攻撃頻度はあがらない。まるでこちらからの攻撃を受け止める壁になることに専念しているかのよう。


 魔族は高度を保ったまま、こちらを見おろしている。―――あの高さまで飛べるのは私だけ。障壁渡りをしても他の人たちではたどり着けない高度。


「……ザザさん、ちょっと攻撃を一時停止できますか」

「うはー、おいおいおいおい、すげぇなこりゃ」


 背後にザギルが降り立った。皮鎧どころか、腰のベルトも止まっていないし、シャツも乱れている。花街で訓練の真っ最中だったとを考えると、飛びだしたときにはあられもない姿だったんじゃなかろうか。むしろ今これだけちゃんと着てると褒めるべきか。


「おかえり。遅いし」

「マッハで来たわ!」


 エルネスの後方に、神兵団がぞくぞくと整列しだしている。

 城内にいた神兵団と、城下にいたザギルが同時到着なんだからマッハ超えてるかもしれない。


「ザザさん、詠唱も待機させてください……攻撃がきたら私が止めます」

「―――攻撃やめぇい! 詠唱待機!」


 ぴたりと止んだ弾幕。エルネスの詠唱は続いているけど、解放前に止めるはずだ。


 魔獣の群れも反撃を停止する。


 膠着した空気に、困惑が混じりだした。

 訓練場を挟んでにらみ合う両軍。

 いや、魔族も魔獣もにらむというような風情はない。ただそこに佇んでいる。


「―――カズハさんっ」

「てめぇっ」


 立ち並ぶ大楯の壁を飛び越えて最前線に降り立った瞬間、ザギルとザザさんが制止の声をあげ、紫雷が一筋私めがけて解き放たれた。


 ふぉんっとハンマーを振り上げれば、紫雷の軌道はゆがみ空を貫いて消える。

 魔族達の垂れ布ごしの視線が私に集中しているのがわかるけれど、奴らはその高度を下げてこない。

 再攻撃に移ろうとするであろうザザさんへ、後ろ手で制止の合図を送る。


 追撃はない。


 なるほど。―――なるほど。


「……あはっ、ははは」


 ついこぼれた笑い声が、想像以上に戦場に響いた。


 ふざけた真似を。

 出迎えだかなんだか知らないけど、随分と御大層なことをしてくれる。


「あんたらちょっと待ってなさい!」


 上空の魔族たちへ人差し指を突きつけ叫んでから、張り合うように悠然と背を見せつけてザザさんたちのもとへもどる。

 

「和葉ちゃんっ」


 駆け寄ってきた礼くんの頬へ手を伸ばして撫でる。


「礼くん、魔獣が間引かれたら残りお願いね。翔太君も。ここを守りなさい」

「……和葉ちゃん?」

「二人ともできるね?」


 戸惑いを隠せないながらも、力強くうなずいた二人に頷き返す。


「幸宏さん、アレやるんでよろしく。本陣全域で」

「―――マックスで三分もたない」

「充分。用が済めば解除していい。私も一撃だけだから。あやめさんは回復に専念で」

「和葉?」

「カズハさん、説明を」

「てめぇ、一撃で降りるんだろうな?」


 エルネスは詠唱待機にはいったまま、鋭い視線で私を見つめている。


「あれね、私のお迎えだから。モルダモーデは言ってたでしょう。私がいいって。あいつらの狙いは私だけ」

「和葉なにいってんの!」

「大丈夫。ついてなんて行かないですよ。でもあいつらにはお帰りいただかないとね―――ザザさん」


 私の手首を掴んだザザさんを見上げる。大丈夫大丈夫。


「時間稼ぎなんてもう思ってない。すぐ戻ります」

「なに、を」

「ちょっと殲滅してきますね。エルネス! 露払いは私がもらった!」


 エルネスの頷きを確認して、もう一度ザザさんを見上げる。

 ぱふんと胸元に潜り込んで抱きついてみると手首を掴んでいた力が少し緩んだから、そのまますり抜けた。ちょろすぎて笑う。


「ザギル! 説明してあげてね!」

「くそが! すぐ戻れ!」

「はあい!」


 障壁分の魔力がもったいないから、使わずにそのまま上空へ向かって落下する。

 魔族たちと同じ高度まで。


「―――顔くらい見せたら?」


 体つきも髪の色もモルダモーデと変わらない五人が五人とも、無言を貫いて警戒体勢すら取らない。……あいつがこんなに無口なわけがないのだけど。





 地上と私たちの間の空気がゆらりと歪む。


 幸宏さんが訓練場と宙に固定した魔法矢を起点に張り巡らされたそれは、その向こうの風景をゆらめかせて王城ごと水面下に沈めたような錯覚を起こさせる。


 元の世界ではまだ物体を防御することはできていなかったらしいけれど、衝撃波を防ぐところまでは実験段階まできていた。

 ふわっとした知識で発動するのであれば、一定レベル以上の知識はその威力を上昇させる。

 あやめさんの医学知識がもたらす回復魔法の効果と同じように、幸宏さんの知識は元の世界ではまだ実用化には程遠いと言われていたレベルまで引き上げた結果を、この世界にもたらした。


 この世界に理論を教えはしないけど、見せることだけは自分に許したこれはプラズマシールド。


 衝撃波どころか魔法も矢も防ぎきる防護膜。

 あのモルダモーデの見えない壁、圧縮空気。あれすら防いでみせることだろう。

 



 私がいいと言ったモルダモーデ。

 それが私を連れていくことなのか殺すことなのか、どちらなのかはわからない。

 けれどこれだけの魔獣と魔族が突然王城へ姿を現したにも関わらず、殲滅するでなく、侵略するでなく、迎撃と傍観のみに専念しているということは。


 やつらの獲物は私のみ。


 私以外の攻撃は受け流されるだけ。

 殲滅しようとしても翔太君やエルネスのように発動前に止められてしまう。


 腰のポーチから掴みだしたダイヤモンドの原石を横薙ぎにいくつも散らして、宙に浮かせる。

 金庫二個分買いあさって、幸宏さんと翔太君の秘密訓練に紛れて試していた。黙って運搬役して見学だけしてたわけじゃない。



 力の差を見せつけるだけ見せつけて、上がってこいと見おろすその傲慢さが―――



「胸糞悪いっ―――メテオォォォ!」



 轟音が空を揺らした。



 五つは魔族へ、残りのダイヤモンドは全て魔獣の陣営へ。

 視認などできるはずもない。発動と同時に魔獣と森は、爆発をダイヤの数だけ起こした。


 加速時間などいらない。

 発動と同時に音速を超えたダイヤモンドは指先ほどの大きさにも関わらず、地表を深く大きくえぐり取る。


 荒野でなくては実験できなかった。

 実験しても前線で使うことはできないだろうという結論が一度はでた。

 衝撃波が味方陣営にまで被害をもたらしてしまう、いわば自爆芸でしかなかったから。


 だけど、幸宏さんのプラズマシールドがそれを防いでくれる。

 もうもうと立ち込める爆煙が、なめらかにシールドをなぞって伸びていく。


 マンティコアだろうとなんだろうと、あの煙の下は四散した魔獣の残骸しかないだろう。



「……それでも回避するとかほんとかわいくない」


 五人の魔族は、それぞれが羽織っているローブに衝撃の名残はあれど、いまだ悠然と宙に浮いて……いや、片腕がなくなっているのと、片足がなくなっているのがいる。けど。


「あんたたち、血とかどうしたの」


 モルダモーデは、すぐに腕を再生させはしたけど、確かに出血していたのに、こいつらはそれがない。ヒカリゴケのような光の残滓がわずかになびいているだけ。

 返事どころか、自分たちの腕や脚が失われていることへの反応すら見せない。


 爆撃地帯の向こう側の森から、また魔獣が数体浮かび上がるけれど、その数は十に満たない。今の勇者陣ならすぐに落とせる。


 解除されていくシールド、誰かが風魔法で爆煙を吹き流していく。あのシールドは外からの攻撃も通さないけど、中からの攻撃も当然通さないんだ。


 また腰のポーチから取り出した一掴みのダイヤをあたりに振りまいて宙に浮かせる。

 私を中心に、緩やかに加速させつつ、衛星のように飛び回らせた。ひゅんひゅんと風を切る音。

 雪合戦で鍛えた技は意外と役に立つ。ダイヤは小さい分雪玉より軽いから扱いやすい。



 地上から叫ぶ声が聞こえる。私を呼んでいる。戻って来いと複数の怒声。

 戻るよ。すぐ戻る。


 でも、すぐ戻るとは言ったけど、一撃で戻るとは言ってない―――っ



「うるぁああああ!!」


 魔族たちの上空に、左右に、後方に、障壁を張り巡らせて、顕現させたハンマーを振りかぶった。

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