67話 いつだって選択の時はTPOなどお構いなしで
「えええええええ!?」
滅多に見られないザザさんの貴重な素っ頓狂シーン。いや、私もびっくりしてるけど。
私とザギルが恋人だとか一体どこ情報なんだろう。
「えーと、私が恋人って、それザギルが言ってました?」
「は? え? ……いや、そう言われると……はっきりとは聞いてない、ですね」
「ですよねぇ。びっくりさせないでください」
「なによなによ、ザザやっぱりそう思ってたの?」
「あ、やっぱり違うんだ。そうだよな」
エルネスと幸宏さんを先頭に翔太君とあやめさんも寄ってきた。礼くんはルディ王子と王女殿下に持っていくのであろうお餅を吟味している。
というか、あなたたち話に食いつくの早すぎませんか。どっから聞いてましたか。
「し、神官長とユキヒロまで……なんでそんな僕だけの勘違いみたいな」
「や、だって、色までならともかくザギルが恋だの愛だの似合わなすぎじゃないっすか。和葉ちゃんは和葉ちゃんでコレだし」
「コレってなんですか」
「ザギルならそんなの『は? 気色わりぃ』で終了っぽくないですか」
「幸宏さんコレってなんですか」
「それ、は、そうなんですけど、神官長だって」
「今ザザさん、コレに同意しましたよね。コレってなんですか」
「私、ザギルに聞いたもの」
「は!? な、なんて!?」
「カズハと恋人になるのって聞いたら『なんだそればかじゃねぇの』って」
「ほらやっぱり!」
幸宏さんが笑い転げだした。さすが幸宏さん慧眼である。でもコレってなに。
「ななななんで教えてくれないんですか!」
「面白いから決まってるじゃないの。カズハはコレだし」
「コレってなによ!」
「面白いってなんですか!! 神官長あなたはいつもそうだいつもだ! ぐああああ! あんのクソ野郎があああ!」
「お、落ち着いてくださいザザさんっザギルがサイテーなのは今更じゃないですかっエルネスさん悪くないです!」
「アヤメ! 今の流れでどうして神官長悪くないんですかっ」
「やだわぁ、あんたがヘタレなだけでしょう?」
頭抱えてヘッドバンキングしているザザさんは、赤くなったり青くなったり忙しい。
……これもしかしてものすごくザギルにおちょくられてたんじゃないのか。
またどうせ、どうとでもとれるような言い回しで思いこまされてたとか。「俺そんなこと言ってねぇし?」ってのはザギルの得意技だし、ザザさんは勇者の縁組とかにも責任感じてたりしてたし……。
「えっと、ザザさん、ザギルに揶揄われてたんでしょうけど、そんなあれですよ勇者付だからといってそこまで責任感じて心配しなくても」
「―――っ」
「「「「うわぁ」」」」
「えっなに」
「外野黙ってください。わ、わかりました理解しました。ちょ、ちょっと落ち着きますので皆さん話題変えてくださいお願いします変えてください」
我らがエアリーダー、空気を読める男の幸宏さんがしょうがないなって顔して、ザザさんのお願いを受けて立ってあげた。ザザさんはお茶をあおってる。
「……しかし、結構前から思ってはいたけど、和葉ちゃんお嬢様だったじゃん?」
「ええ、まあそうですね?」
「ザギルみたいなあからさまにチンピラっぽいのとなんて接点なかっただろうに、馴染むのすごい早かったよね。抵抗なかったの?」
微妙に話題変わってない気もする。いいのかエアリーダー。ザザさんが何かびくっとしてるけど。
「……いやー、私もつい最近気づいたんですけどね。子どものころに曾祖父に預けられてた時期があるって言ってたの覚えてます?」
「あー、鶏の絞め方教えてくれたとかいう」
「そうそう。ザギルって曾祖父に似てるんですよね……チンピラっぽい口調もそうなんですけど、あのマイルールだけで生きてる感じが。なので抵抗とかそういうのがなかったのではないかと」
「そうっ、そう、そっふ」
幸宏さんはもしかしてツボるかなとは思ってたし案の定だったけど、ザザさんまでもお茶むせながらしゃがみ込んだ。蹲った二人を少し呆れた目で見やりつつ、翔太君がどんな人だったのと先を促す。
「そうですねぇ、子どもみたいに感情の起伏が激しくて何考えてるのかわからない人でしたね。前の晩にめちゃめちゃ仲良くお酒飲んでた人を次の日ぼこぼこにしてたりとか。だから慕う人も多い反面、敵も多くて、親戚からはもてあまされてたみたいです。私が預けられたのも他に預け先がなくて仕方なくだったようですし」
「わぁ、初っ端からザギルっぽい。酪農家だったんだよね? その筋のヒトじゃないよね?」
幸宏さん、よく覚えてるなぁ。酪農家だったとかって話したの結構前なのに。
「お、おそらく違うか、と? 本業は酪農家だったんですけど、やたらとサイドビジネスに手をだしてがばっと儲けたと思ったら借金まみれになって、で、またすぐに別口でがばっと儲けては借金まみれになってを繰り返してたそうですよ。大きくなってから聞いた話ですが」
「……豪胆な。でも和葉ちゃんが懐いたってことは可愛がられてたんだ?」
「うーん、多分。酒の席では私を膝から降ろさなかったし、自分が思い立てば学校さぼらせて釣りやら鹿撃ちやらに連れ出して。でも、自分の気が向かなきゃ知らんぷりで、なんなら二、三日帰ってこないとかもざらでした」
「あー、なんかそのあたりもザギルさんっぽい。僕や礼君にもそんな感じだもん。意外と面倒見いいのに、べたべたはしないんだよね」
翔太君と礼くんのことは割とザギルなりに可愛がってるんだと思う。気が向くとちょっかいだしてるもんね。
曾祖父は本当に気まぐれな人で、だからこそ構ってくれるときは心からそうしたくてしてるんだとわかりやすい人だった。それに知らんふりしているようで、車で片道一時間かかるバレエ教室の送迎もしてくれた。最初は通うの諦めてたんだけど、いつの間にか手続きして連れて行ってくれるようになったのだ。ザギルもそういうところがある。
「帰ってこないって、その間どうしてたの」
「家にね、いつも誰かしらいたんですよ。当時は親戚だと思ってたんですけど、どうやらただのオトモダチというか、曽祖父に懐いてるだけの人というか。あれはなんだったのか……いまだによくわからないんですが……ただその中には常に女性がいて、多分それは恋人でね。しょっちゅう入れ替わってたし時々複数いましたけど、主にその人たちが面倒みてくれました」
「元気だね……いくつくらいだったの」
「自称年齢がしょっちゅう変わってたんでわかりませんねぇ。八十は超えてたと思うんですけど」
「マジか。その年で彼女入れ替わりのなんなら複数の現役って……なんというか男の夢あふれてんね」
「は、はちじゅう超えで……あれ、そちらではヒト族だけですよね」
「あ、うん。でも多分和葉ちゃんのひいおじいさんが特殊なんじゃないっすかね……」
ザザさんが突然くいついてる。そうだね……こっちのヒト族の平均寿命超えてるもんね……。というか、向こうでも平均寿命の年齢だと思うけど。
「体格のいいヒトでしたしねぇ……山火事の話したことあるでしょ?」
「ああ、和葉ちゃんの火魔法暴走のもと」
「あれもね、曽祖父のもってる山だったんですよ。周りの大人が大騒ぎしてる中、私をこう、今のザギルみたいに子ども抱っこしてね、うはーこりゃすげぇなって笑ってたんですよね。まずいんじゃないかこれどうするよって、げらげらと。曽祖父がそんなんだから私も怖くなくって」
「山火事ってそちらでも大ごとでしょうに……どうなったのそれ」
「それがね、突然の豪雨で火が消えたの。んで、やっぱ俺は持ってるなぁってまた笑ってた」
「持ってるって?」
「なんというか、天運というか天の配剤というか? 商売もそうなんですけど妙な豪運があるって評判だったんですよね。ろくでもないことばかりするのになぜか上手いこと収まるって」
「ろくでもないことって例えば?」
「色々あるんですけど、その山火事の原因ね、曽祖父のたばこの不始末だったんですよ」
「え」
「夕方一緒に山に入った私だけ知っててね、火元のあたりがどうもそれっぽくて、耳打ちして聞いたんですよね。そのときの曽祖父のにやにやした顔が、今思えば本当にザギルそっくりでした」
「ひいおじいさまはなんて……?」
「黙ってりゃわかんねぇ、ばれなきゃいいんだって。結構経ってからばれてましたけどね。めちゃめちゃ怒られてました」
「それ和葉ちゃんのルーツじゃないの!?」
「カズハじゃない。それカズハでしょ!」
「なにそれ心外! 今ザギルに似てるって話だったよね!?」
―――なあ、お前どうするよ。どうしたい?
―――欲しいもんは欲しいって言わなきゃなぁ?
悪夢に勝って目覚めてから思い出したのは、曽祖父が別れ間際にくれた言葉。
ザギルと全く同じことを言ってくれていた。
十歳の私にはその言葉の意味がわからなかったのだ。だから忘れていたのだと思う。
それにその時私は多分ちょっと不貞腐れていた。呼び戻されるのが予定より早かったのは山火事の原因が曽祖父であることがばれたからだったし、普段疎んじてた曽祖父に、自分たちの都合で私を預けたくせに今更曽祖父を非難する両親のことも理解できなかった。
好きにしていいと尊重の形を借りた放任ではなく、どうしたいのかと私の意思を聞いてくれたのは曽祖父が初めてだった。
初めてだったから、意味がわからなかった。望めばこのまま曽祖父のもとにいてもいいのだと、受け入れてもらえるのだととることができなかった。選択肢を差し出して、私に選ばせようとしてくれていたのに。
欲しいものもわからなかった。自分が欲しいものを自覚することもできていなかった。
言葉も態度も荒々しい曽祖父との生活は驚きの連続で、してはいけないことは自分で決めていいのだと教わった。曽祖父は自分で決めすぎていて時に違法すれすれではあったのはおいておいて。……私が知らないだけですれすれどころじゃなかったこともあったかもしれない。
酒の席では私を膝から降ろさなかった。つまみを私の口にいれる振りをしては、自分で食べてふざけてた。けれど、私が美味しいと言ったものの最後の一口は必ずくれた。
クラスメイトの悪ガキに田んぼに突き飛ばされて泥だらけで帰ると興味なさげにしつつも、エノコログサをつかったカエルの取り方を教えてくれて、気に入らない奴のかばんに突っ込んどけと笑った。さすがにやらなかったけど、カエル釣りは面白かった。
どうしたいかも、何が欲しいのかも答えられずにいた私に、まあ、来たくなったら来いと頭を撫でて、両親のもとへ帰る私を見送ってくれた。もっとも、両親はまだ帰国しておらず、家に待つのはお手伝いさんだけだった。それならなんのために呼び戻すんだろうと思ったものだ。
それからしばらくたって曽祖父の訃報があったから、それが私にくれた最後の言葉。
選ぶほうを間違えればもう二度と手に入らなくなるものがあることを、私に教えてくれた。
選べないこともまた、選択肢のうちの一つでもあるのだと理解した。
曽祖父との生活を選んでいたとしても、一緒にいられたのはわずかな時間だったことだろう。だけど、それでも、それだからこそ一緒にいればよかったと、そのくらい楽しい生活だったのだと、その時やっと自覚して後悔したのだ。
「カズハ、そのときいくつだったの」
「十歳くらいかな」
「……十歳に鶏絞めさせたとか鹿撃ちつれてってたとか半端ないけど、和葉ちゃんが妙に狩人なのは、もしかしなくてもそれが原点なんだろうな」
「十歳で狩はこっちでも早いですからね……カズハさんに豪胆なところがあるのは血筋でしたか」
「なんで曽祖父に私が似てる前提になってるんですか。おかしくないですか。あの人かなり無法者だったんですよ。全然違うじゃないですか私と」
「お行儀よい外面ある分性質悪いよ!」
「ザギルに確かに似てるんだけど、どっちかっていうと和葉に似てるよね……」
……おかしい。話すネタを間違えたかもしれない。
「つまりあいつとカズハさんが似てるということになるのでそれは抵抗ありますが、納得できる自分もいますね……」
「なんですかその三段論法! やめて!」
「カズハが十歳の頃に八十歳ぐらいってことはさすがにもうご存命じゃないわよね。長命種ってそっちにはいないのでしょう? お会いしてみたかったわ……カズハそっくりの無法者に」
生きてたら面白いのにとばかりにエルネスが問う。
「なんかねぇ、私も詳しくは知らないんだけど、飲み屋でよそ者の若いチンピラ叩きのめして高笑いしながら脳梗塞でぽっくり逝ったらしいよ」
「どんだけ豪傑なんだよ! すごいな!」
◇
餅も綺麗になくなって、臼や竈も片づけて。
王女殿下にお餅を持って行った礼くんも戻ってきて。
どうだった? と聞くと、喜んでたって嬉しそうに呟いた礼くんの頭を撫でて。
晩御飯までの間どうしようか、腹ごなしに訓練しようか、鬼ごっこでもしようかなんて。
一度部屋に戻ろうかと歩いてたら、ザザさんが追い抜き際に「夕食後、部屋に迎えに行きます」って囁いていって。
うわぁ、なんだろこれ、どきどきしちゃってるんじゃないか私。
デートっぽくないかなこれ。もしかして……本当に説教じゃないよね? 大丈夫だよね?
「―――翔太? どうした?」
スキップしそうな自分を諫めてたら、前を歩いていた翔太君が大きく目を見開いて、ばっと振り返った。
私たちの後方、訓練場の奥、森の向こうを凝視している。
そして城中に響き渡ったのは、音魔法で拡声された翔太君の強張った声。
「……なんか来る―――魔獣! 敵襲!!」